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森は生きている

 行けども行けども森はつきない。こんな深い森ははじめてだ。木々は密集してきて、パックはときどきムカデを大木のまわりを大回りさせて進んでいく。

 人家どころが、道すら見当たらない。いったい、あの娘はどこへ行ったんだろうと、パックは不安になってきた。さっきの少女はまぼろしだったのか?

 森を進んでいくうち、ちりちりとした焦燥感が高まっていく。うなじに、誰かの視線を感じる。

 はっ、とふり返るが誰もいない。しん、と静まりかえった森が続いているだけだ。

 口を引き結び、パックはふたたびムカデを進ませた。

 誰かが見ている……。

 それは確信となった。

 はっきりとした敵意が森の中に満ちている。ひそやかなつぶやきが、森のどこかでささやきかわしている気配があった。

「マリア……なにか聞こえるか?」

 背後のマリアは首をふった。

「いいえ、何も……」

 そうか、とパックは肩をすくめた。

 やっぱり自分の気の迷いなのだろうか?

 

 ざわざわざわ……。

 

 木々の梢が騒いでいる。風もないのに、かすかな葉ずれで差し込んでくる日差しが瞬いている。

 ひゅっ、とパックの頬をなにかが触っていく。

 ぱっ、とパックは手を挙げた。

 

 ぴしりっ!

 

 手の甲に鋭い痛みがはしる。木の枝が掠ったのだ。いつの間にか木々は密集していた。がさがさがさ……。ムカデは茂みをかきわけ、進んでいく。

 パックはムカデを停止させた。

 敵意はますます高まっていく。誰かが、いや、何者かがパックをじっと睨みつけ、見張っているのだ。その視線はパックの一挙手一投足を監視していた。

「誰だ! おれを見ているのは? こそこそ隠れていないで、出て来い!」


 出て来い……

 出て来い……

 出て来い……

 

 パックの叫びはむなしく木霊した。

 がつん、とムカデの鼻先が大木にぶつかった。パックはムカデをバックさせようとギアを入れ替え、背後をふりかえった。

 

 !

 

 なんと、背後にも大木があり、バックできない。にっちもさっちもいかなくなり、パックは焦った。

 どうなってる?

 なんとかムカデを動かそうとするが、前にも後ろにも、右にも左にも大木ががっちりと邪魔をしている。

 くそっ、とパックは毒づいた。

 

 がさがさがさ……!

 

 上のほうから大きな枝が垂れ下がってくる。どさん、と葉っぱがパックの身体をつつむ。

「わあっ!」

 叫ぶ。

 ぎりぎりぎりと、パックの全身は木の枝に締め付けられていた。

「パックさま!」

 マリアが叫び、手を伸ばし、パックの身体を引き戻そうとする。立ち上がった彼女は枝を振り払い、パックの腰のベルトに手をかけた。

 ぐっ、と全身に力を込め、マリアはパックを引き寄せた。

 めりめり……と音を立て、枝が折れていく。

 その時、森全体から怒号のような叫び声が満ちていた。

 苦痛に満ちた叫び声。

 どさっとパックはマリアに引っ張られ、ムカデの座席に這いつくばった。

「な、なんだ?」

 ぼうぜんと顔を上げ、つぶやく。

 いまや森全体が叫び声をあげていた。その声は地の底から轟くようである。

 どすん、とムカデの横腹に大木の枝が当たる。

 どす、どすん、と何本もの大枝があたってくる。

 ひゅるひゅると蔦がパックとマリアの身体にからまった。そのままぐーっ、と締め付けてくる。

 パックは歯噛みし、ポケットからナイフを取り出し、刃をぱちんと引き出すとぶちぶちと絡み付いてくる蔦を切り裂いた。蔦の断面から青臭い匂いがして、樹液がしたたる。

 木が攻撃をしてくるのだ。森そのものが敵意を持っている!

 パックは操縦席に飛びつき、叫んだ。

「見てろ!」

 ぐいっとレバーを引いた。

 がちゃがちゃと音を立て、ムカデの牙が開閉した。ぐいっと頭を上げ、襲いかかる枝をがっちりとくわえる。

 ぼきりと音を立て、枝がちぎれとんだ。

 ぎえええ……と、木々は苦しげなうめき声を上げている。いまや、パックにははっきりと判っていた。

 この森が敵なのだ。

 この森は生きている。生きて、意志を持って動いている!

 アクセルを一杯にふかす。

 しゅーっ、とムカデのシリンダーから熱い蒸気が吹き上がった。

 その時、さあーっと周りの木々がムカデから離れた。

 そうか!

 パックは身をかがめると、ムカデのボイラーの火炉の蓋を開き、中から燃えている薪を一本、手に取った。

 それを頭上にかかげる。

 ざあああ……と、森全体が恐怖に打ち震えた。さっとパックが薪をふると、ざわざわざわと森の枝は火から逃れるかのように身を縮めていく。

 こいつら、火が怖いんだ……。

「マリア! こいつを持ってろ!」

 マリアに火のついた薪を手渡し、パックは操縦桿を握った。後ろの席でマリアが立ち上がり、火のついた薪をさかんに振り回している。ぱちぱちと火の粉がまって、ぎゅうっと枝や根っこが縮こまる。

 さあーっとムカデの進路が開かれた。パックのその隙間にムカデを進ませ、森を抜けていく。

 とにかく、こんな妙な森はこりごりだ!

 その時、遠くから悲鳴が聞こえてきた。

 

 ぎゃあああっ!

 

 それは人間の悲鳴だった。

 断末魔の叫び声。

 なんだろうと、パックはその方向にムカデを進ませる。

 

 

 森の隙間に、真っ赤な衣服をまとった人間がひとり、倒れている。

 悲鳴はその人物があげたらしい。

 つるりとした坊主頭に、真っ赤なローブを身にまとっている。その人物は、パックのムカデが近づくと顔を上げた。

「あんたは……」

 パックはその顔に見覚えがあった。

 あの法務官という奴だ!

 真っ赤な法衣を身にまとった男は、パックの顔を認めて、かすかな笑みを浮かべた。身動きが辛いのか、ちょっとした動作をするたび苦痛の表情が浮かぶ。

「この森は……生きておる……こんな森が……ゴラン皇国の領土にあったとは、知らんじゃった……」

 ごほごほと咳き込む。

「大丈夫かい? 怪我してるんじゃないのか?」

「放っておいてくれ!」

 というのが法務官の答えだった。

 ちらり、と憎しみの色が浮かぶ。

 パックはマリアを見た。マリアはうなずいた。

 さっとムカデから地面に降りると、かがみこみ、倒れている法務官をかかえあげた。

「なにをする……かまわんでくれ……」

 弱々しく呻くが、抵抗する力はない。マリアは法務官をかかえたまま、ムカデに乗り込んだ。

「放っておいてもいいんだけどね。目の前で死にかけているのを黙ってみてちゃ、後生が悪いや」

 そう言うとムカデを動かした。

「どこか、休める場所があるといいんだけどな……。あんた、あんなところで何してたんだ?」

「お前を尾行していたのだ」

 法務官の答えに、パックは「えっ!」と驚いた。

「お前を尾行して、あの森に来た途端、森の木々に襲われた! 不覚じゃった……いったい、この森の正体はなんだ! なぜ、人間を襲う?」

「それより、なぜぼくを尾行していたのか、聞きたいな」

「お前の目的を探るためじゃ……いったい、帝国の人間がこんなところで何をしている……?」

「ミリィって女の子を探すためさ」

「女の子?」

「そうさ、おれの幼なじみなんだ。それがどういうわけか、この国に連れ去られたふしがある。どうにか会えないかと思って、やってきたのさ」

 法務官は頭をふった。

「信じるものか! お前はスパイに違いない……そんな、女の子を探しにわざわざ……馬鹿馬鹿しい……」

「信じないのはあんたの勝手だ! ぼくはスパイなんて柄じゃないぞ」

「その金色の娘はなんじゃ? それにこのムカデに似た機械……お前は”男爵”の一味なのか?」

 これで”男爵”という名前を聞くのは二回目だ。パックは法務官をふり返った。

「その”男爵”ってのは何だ? なんでぼくと関係あると思うんだ?」

 ふっと法務官は皮肉な笑みを浮かべた。

「お前は”男爵”の一味に違いないわ……いまに馬脚をあらわす……」

 ぶつぶつとつぶやくと、がくと前のめりになる。顔色が土気色に変わっていた。

 パックは叫んだ。

「いけねえ! 気絶しやがった!」

 前方に視界がひらけ、明るくなっていた。森の出口だ! パックはムカデの速力を上げた。

「パックさま、家があります!」

 マリアがささやいた。

 パックはうなずいた。

 その言葉どおり、森の出口に一軒のちいさな家があった。だれか人が住んでいるのか、屋根の煙突からは白い煙が立ち昇っている。

「おーい! 誰かいないか? けが人がいるんだ!」

 パックの叫びに、家のドアが開かれ、中から人が現れた。

 その顔を見てパックは叫んだ。

「きみ……!」

 現れたのはひとりの少女だった。

 ファングだった。

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