表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/59

衝動

 はっ、と法務官はふり向いた。

 目の前に、パックが操縦するムカデが迫ってくる。法務官の気がそれ、ジャギーは動けるようになって慌ててその場から逃げ出した。

 法務官は棒立ちになったが、すぐに立ち直り、右手をムカデにかざした。

 

 パックの手足が勝手に動き出す。法務官の力が、かれを捉えたのだ。

 なんだ、これは?

 パックは必死になって操縦装置を動かそうとするが、どうにもならない。アクセルを目一杯踏み込んだまま、ムカデは突進した。

 あぶない! このままでは法務官を轢いてしまうぞ……。

 その時パックは悟った。

 法務官はパックを狙っているのではない。ムカデに向けて力を放射しているのだ。だがムカデは生き物ではない。ただの機械だ。それがかれには判らないのだ。

 やめろ! このままじゃぶつかってしまうぞ!

 どしゃばしゃと盛大な音を立て、ムカデは驀進した。

 右手をかざし、念を送っている法務官の顔にはじめて焦りの表情が浮かんだ。

 目を丸くし、おのれの力がおよばない相手が存在することを悟ったようだ。

 あわてて逃げ出そうと、くるりと背を向ける。

 はっ、とパックを縛り付けていた法務官の念力が解けた。あわててムカデの進路を変え、速度を落とす。

 やっちまえ! と、ジャギーが叫んでいた。

「殺せ! そいつは村の吸血鬼だ!」

 彼の顔には法務官に対する憎しみがあふれていた。

 法務官は手近の岩場にたどりつき、するするとよじのぼる。とてもそんな身軽なことが出来るような身体つきではないが、まるでなにかの爬虫類のように手足を岩の面に貼り付け、驚くべき素早さで駆けのぼった。

 岩場の頂上に立つと、パックをにらみつけた。

 あかあかとした焚き火の照り返しにより、かれの顔はなにか人間以外の生き物のような変貌を遂げていた。

 両目が黄色く光り、唇からしゅーっ、という音を立てる。

「小僧……お前の顔、覚えておこう……その機械のムカデもな!」

 さっと身をひるがえすと、かれは岩場の向こうへ姿を消した。

 パックはあっけにとられていた。

 いったい、あの法務官というのは何者だ?

 

 ばあん! という銃声と、火薬の臭いにパックはわれにかえった。

 わあっ、という喚声と共に、ドーデンの一味と兵士たちが入り混じり戦っている。

 戦いはドーデン側の不利であった。なによりかれらには銃というのがない。一方的におしまくられ、かれらは岩場の片隅に追いつめられていた。

 ジャギーが叫んでいた。

「パック! 村長を助けてくれ……」

 村長?

 そうか、ドーデンのことだ。かれは以前、村長をしていたと言っていた……。

 パックはムカデのアクセルを踏んだ。兵士たちの集団に突っ込む。

 背後をふりかえった兵士たちは一様にぎょっとした表情になる。突っ込んでくるムカデに、目が点になった。

 がんがんとムカデの外板に兵士たちの甲冑があたって音を立てた。兵士たちを跳ね飛ばし、ムカデは立ちすくんでいるドーデンの前にやってくると、兵士たちの銃口からかばうように横にとまった。

「はやく! 今のうちに!」

 ありがてえ! と、ドーデンは返事をする。

「お前ら、逃げるぞ!」

 おう! と部下たちが応じ、全員が荷車にとりついた。あの騒ぎの中で、獲物を積み込んでいたらしい。がらがらと騒音を立て、荷車が動き出す。ドーデンたちの執着に、パックはあきれた。命があぶないこの瀬戸際に、獲物をあきらめない態度はある意味、立派といっていい。

 兵士たちが一斉に銃を発射しだした。しかし銃弾はかつかつという乾いた音を立て、ムカデの外板にあたってむなしく弾かれる。

 パックはドーデンたちを守るようにしてムカデを走らせた。荷車の背後にムカデを置き、岩場を離れる。

 顔を真っ赤にさせ、部下たちは荷車の梶棒にとりついて走り続ける。絶対、あきらめないつもりだ。

 このままでは疲れて停まってしまうのはあきらかである。

 一行が切り立った崖の隙間に入ったとき、パックの頭にひらめいたものがあった。

 ぐい! と操縦桿のハンドルを引く。

 ぐっとムカデの頭が持ち上がった。

 がつ! がつ! と音を立て、ムカデの六対の足先が岩の面につきたてられた。

 ほぼ垂直の岩面を、ムカデはよじ登っていく。これがムカデの能力なのだ。

 兵士たちはあっけにとられ、棒立ちになった。

 パックはムカデの蒸気機関の出力をいっぱいにあげた。

 がばり! と、ムカデの口のところにある楔形の牙を開く。そして目の前の岩を掴み、六対の足をふんばった。

 しゅしゅしゅしゅ……と、白い蒸気がムカデの全身からわきあがった。

 ぐぐぐぐ……。

 押していく。

 やがて

 岩はゆらりと傾きはじめる。

 ぐらり、と岩は岩場から離れていった。ごん、どすんと音を立て、岩の塊は岩場をころげ落ちていった。

 わあ! と兵士たちはいっせいに飛びのいた。

 ごろん、ごろんと音を立て、岩の塊が崖の隙間を埋めてしまった。

 道はとざされた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ