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山賊

 ぼんやりとした視界に金色の輝きが目に入ってくる。なんだろうと目を凝らすうち、その輝きは人の顔になった。少女の顔である。マリアだ!

 はっ、とパックは目を覚ました。

 気がつくと、マリアの膝に頭をもたれ、仰向けになって寝ていた。

 起き上がろうとすると、ずきんと額に痛みがはしる。うっ、と手をやると、ぽっこりと脹れた瘤が触れた。

 棍棒で真正面から打ち据えられたのだ。本来なら、額がぱっくり割れて、死んでいたかもしれない。しかし気絶しただけで済んだのは、ちょうどあげかけた槍が多少なりとも棍棒の打撃を受け止めたからだろう。

「気がついたな、小僧……」

 きしるような声に、パックは声の主を探して顔を上げた。

 目の前の地面に、どっかりと腰をすえ、ひとりの大男がパックの顔を見つめていた。ひどく太っているが、切り裂いたような細い目が陰険そうで、油断はできないとパックはひそかに考えた。大男は毛皮の上着に、なにかの獣の頭蓋骨を利用したヘルメットを被っている。でっぷりとした腹に皮製のベルトをしめ、そのベルトに幅広のナイフを斜めに差し込んでいた。大男のまわりには、パックに襲い掛かった男たちがずらりと居並んでいる。

 誰がどう見ても、山賊そのものである。

 パックと山賊の親玉の間には焚き火が燃えており、ぱちぱちと薪がはぜる音がしていた。時刻はすっかり夜で、霧がはれたせいか夜空に星がまたたいている。

 山賊の親玉は右手に酒のはいった盃を持っていた。それをぐいと持ち上げ、唇にかたむける。ごくごくと喉仏が動き、かれは盃を干した。ふーっ、と熱い息を吐き出す。

「そのキンキラキンの娘、最後まで抵抗したが、お前さんが気絶して命をとると言ったら、あっさり降伏したよ。いったい、そいつはなんだね? 人間か?」

「ロボットだよ」

「ロボット?」

「人間そっくりの、機械。ロボットという言葉、聞いたことないのか」

 いいや、と親玉は首を横にした。

「お前さんが乗ってきた、そのムカデそっくりの奴も機械かい?」

 親玉が指を上げパックの背後を指差した。ふりむくと、ムカデが変わらぬ姿で鎮座している。そうだとうなずくと、親玉はまた首をふった。

「そいつに触ろうとして、部下の一人がひでえ目にあった。まるで稲妻に打たれたみたいだった」

 パックはじぶんの立場も忘れ、くすりと笑った。ニコラ博士はムカデに盗難防止のための仕掛けをしていたのである。それを解除せずに勝手に動かそうとすると、電流が流れるのだ。

 ムカデの動力は蒸気だが、蒸気エンジンの出力が直接足を動かすわけではない。蒸気エンジンの出力は発電機に繋がっていて、発電された電気がモーターを回転させる仕組みである。その電気が蓄電池に蓄えられ、まさかのときに外部に流すのだ。

 しかし一体、この男の正体は何だろう?

 最初手下らしき男たちはパックをいきなり襲った。パックもやむをえず戦って、意識をなくしたが、普通そうなったら手足を縛るかなにかしているはずなのに、いまのかれらからは敵意というものをまるで感じない。

「あんたら、一体何者だい? ぼくらをどうするつもりなんだ」

 詰問すると、親玉は困ったような顔になった。

「さてそれなんだが、わしらもお前さんの正体を知りたいと思っているところだ。最初、あんたがあのムカデみたいなものでやって来たのを見たときは、てっきりハルマン教皇のあらたな手先だと思ったんだ。それでああいうことになった。悪かったよ、殴ったりして……」

 ハルマン教皇とはゴラン神聖皇国を統べる法皇のことである。

「ということはあんたら、ゴラン皇国とは敵対しているのか?」

 パックの言葉に親玉は皮肉に笑った。

「敵対とは良い言葉だな。むしろわしらは追われているといったほうが正しい。ゴラン皇国の徴税官から逃れてこんな山奥に暮らしてもう十年になる……。さて、お前さんの名前だが?」

 パックは立ち上がった。

「ぼくはパック! 南のコラル帝国からやってきた」

 コラル帝国……という言葉に、かれらは一様に驚きの声をあげた。親玉は目を見開いた。

「やはりそうか! そのムカデの紋章からよもや、とは思っていたが……。コラル帝国は南の大陸だと聞いているが、なぜそんな遠方から来たんだね?」

 パックはむっとなって答えた。

「ぼくは名前を教えた。今度はあんたの番だろ!」

 親玉は鼻をこすって笑った。

「まさにお前さん……パック君の言うとおりだな。おれはドーデン。こう見えても、昔はフライ村の村長をしていた」

「村長?」

「そうだ。皇国の徴税官がやってくるまではな……」

 ドーデンと名乗った大男は遠い目をした。 ぽつりぽつり思い出話をするドーデンの話しはこうだ。

 ゴラン皇国の徴税が厳しくなり、それまで農産物の物納で収めていた税が現金による納税に切り替わったのが十年前である。現金収入がある村はよかったが、フライ村には特に現金化できるような特産物はなく、納税に困窮した。何度かの督促があり、やがて徴税官が派遣されてきた。徴税官と村人の間に衝突があり、その闘いから逃れかれらは山奥に移り住んでいるということだった。

 かれの話しに、まわりの男たちもしんみりとしている。どうやら全員、そのフライ村の出身らしい。男たちの年令は、ドーデンと同じくらいの五十がらみから、パックとほとんど変わりないくらいの若者までいる。たぶん、幼児のころ村を離れたのかもしれない。

「どうして、ゴラン皇国はそんなに税金を課すようになったんだ?」

「戦争のためだ!」

 ドーデンの顔は厳しいものになった。

「知っての通り、皇国と帝国はむかし戦争をした。その結果、皇国の領土はおおきく削られ、生き残った将軍たちは復讐を誓った。いつか帝国に宣戦布告する時を夢見、戦備を充実させるため、税金を重くしたのさ!」

 パックには思い当たる話しだった。アンガスの町で、皇国の軍艦を見た話をすると、ドーデン以下、全員が目を丸くした。

「それではもう、皇国は帝国に宣戦布告するつもりなのか!」

 ドーデンはうなるようにそう言うと、腕を組んだ。なにごとか考えにふけってるらしく、口をつぐんで黙り込む。

 そこへひょろりとした上背のある若者が飛び込んできた。

「ドーデンさん! 報せだ!」

「なんだ、ジャギー。なにを慌てている」

 ドーデンは物思いから我に帰り、ジャギーと呼んだ若者に目をやり口を開いた。ジャギーはドーデンの前に前のめりになって喋った。

「キャラバンだ! この近くにキャンプをしている!」

 なに! と、全員が立ち上がった。みな興奮をあらわにしていた。真ん中で燃えていた焚き火に水をかけ、靴底で踏みにじって火を消す。

 この反応に、パックは驚いた。

「出発準備だ! みんな、油断するなよ!」

 ドーデンの叫びに「おう!」と全員が叫び返した。がちゃがちゃと得物を手にし、おたがいの防具を確認しあっている。あきらかに戦闘準備だ。

 ぽかんとしているパックに、ドーデンはにやりと笑いかけた。

「皇国のキャラバンが通りかかったんだ。ひさしぶりの獲物だぜ!」

 みなうきうきしてる。

 パックの顔にドーデンは肩をすくめた。

「そう難しい顔をするな。村を追われて生きるためにはこんなことでもしなくちゃならねえ……しかし、おれたちが獲物とするのは皇国の輸送隊だけだ。かつてのおれたちのような村を襲ったことは一度もない。なに、皇国がおれたちから奪ったものを取り返すだけさ。それに、獲物の一部はおれたちのように困っている村に渡すしな」

 快活に笑うと、かれらはぞろぞろと隊伍を組んで歩き出した。なれた行動なのか、みな無言で、足音はほとんどたてない。

 パックはマリアにうなずくとムカデに乗り込んだ。スイッチをいれ、起動させる。

 前にも記したようにムカデの動力は蒸気機関が発電させた電力である。蓄電池にじゅうぶんな電力が蓄えられていれば、蒸気機関を始動させることなく、動くことが出来る。

 蓄電池だけで動くムカデは驚くほど静かに歩くことが出来る。そろそろと歩くムカデに、盗賊たちはぎょっとしたような表情を見せた。

「おいおい……そいつでついていくつもりか?」

 ドーデンは小声でささやいた。

「いいだろ。あんたらの戦いぶりを見てみたいから……」

 パックも小声でささやき返した。ちっ、とドーデンは舌打ちをしたが、追い返す様子はなかった。ジャギーに声をかける。

「おいジャギー。案内してやれ」

「お、おれがあれに乗るのかい?」

「そうだ、さっさと乗れ」

 ドーデンにうながされ、ジャギーはおっかなびっくりムカデに乗り込んだ。マリアが手を伸ばすと、ジャギーはびくっとなったが、それでも無言で這い上がる。両目が飛び出さんばかりに見開かれていた。

「パックさま……かれらの闘いに参加するつもりですか?」

 パックの背中でマリアが尋ねる。パックはさあな、と首をふった。

 いったい自分はどうしたいのだろう?

 まあ成り行きにまかせるさ、と思った。

 

 途中からドーデンら、盗賊の姿が見えなくなった。ムカデの前部にあるライトがむなしく地面を探すが、岩場にはすっかりひと気がなくなっている。

「おい、明かりを消しな」

 ジャギーがささやいた。

「しかしこう真っ暗じゃ……」

「おれは夜目がきく。明かりが向こうに見えたらまずい」

 ジャギーは叱りつけるようにささやいた。パックはムカデのライトを消した。たちまちあたりは真っ暗闇になってしまう。ムカデは停止した。

 しばらく停まっているとようやく目が慣れてきた。空を見上げると月が出ている。それでもかなり暗い。

「あっちを見な」

 ジャギーが指差した方向を見ると、突き出た岩の向こうにかすかにオレンジ色の炎の照り返しが見える。ライトをつけっぱなしにしていると、気付くことはなかったろう。

 ムカデをその方向へ動かす。

 ちっ、とジャギーは舌打ちした。

「騒がしいな……気付かれちまう」

 パックの耳にはムカデはひそとも音を出さないと思えたのだが、盗賊にとっては別なのだろう。

 それでは、とパックはムカデから地面に降りた。ジャギー、マリアがそれに続く。

 照り返しの見えた岩場に頭を低くして近づいた。

 岩の向こうを覗くと、おおきな焚き火をしている光景が目に飛び込んだ。そのまわりに数人の男たちが囲んでいる。鎖帷子を着込み、ヘルメットは脱いでいるが、あきらかに兵士の格好だ。ひとり、真っ赤な僧服の男がうっそりとした陰気な表情で炎を見つめている。僧服は兵士たちから離れた場所で陣取り、なにかの聖典らしき本を開き熱心に読み始めた。唇が動き、ぶつぶつと聖なる言葉をつぶやいている。はらりと僧服のフードが後ろにたれ、かれの顔があらわになった。男の頭は天辺をつるつるに剃り上げられていた。

 炎から離れた場所には荷馬車の一群が止まっている。荷馬車には荷物が満載され、そこには完全武装の兵士が鋭い目つきであたりに気を配っていた。

「徴税官の輸送隊だ! 季節ごとに巡回して、徴税してまわるんだ。見ろ、あの荷馬車を! すげえ、お宝がうなってるぜ」

 腹ばいになったパックのそばにジャギーがすりよってささやいた。ぎらぎらとした視線は荷馬車に注がれている。パックは僧服のほうを指さした。

「あれは?」

「法務官だ! 徴税が滞りなく執行されるよう監視しているのさ。もし税を滞納するようなことがあれば、その場で懲罰する役目も負っている……畜生、あいつさえいなけりゃなあ!」

「どうして? ただの坊主じゃないか」

 ジャギーはパックの顔をのぞきこんだ。

「お前、なにも知らないんだな。法務官はただの坊主じゃない。あいつは怖ろしい力を持っているんだ……!」

 かれは心底怯えあがっているようだった。顔色は青ざめ、僧服を見るその目には恐怖が浮かんでいる。

 ふうん、とパックはふたたび荷馬車のほうへ目をやった。

 あっ、と息を呑んだ。

 いつの間にか、荷馬車の影に数人の盗賊が忍び寄っていた。一体、いつの間にあんなところまで忍び寄れたのだろう。荷馬車を見張っている兵士は、巡回してあたりに気を配っている。

 と、ひとりの盗賊がひらりと飛び上がり、兵士の背後にまわった。

 気配を察したのか、兵士はぐるりと踵を返した。背後の男は陽動のようで、さらにもうひとりが兵士の背中に襲いかかった。きらりとほそい線のようなものが焚き火の明かりを反射した。

 ぐっ、と兵士は首をおさえた。

 細い、針金が兵士の首にまきついている。

 ものも言わず、兵士は悶絶していた。音がしないようふたりの盗賊は兵士の身体を抱きとめ、そっと地面に横たえた。

 手馴れた作業のようであった。

 たちまちあたりからわらわらとドーデン以下、数人の盗賊がわいて出て、荷馬車の中身を物色し始める。目当てのものが見つかったのか、順繰りに荷物を手渡し、運び始めた。

 これまでいっさい物音はたてない。すべて無言の作業であった。

 かなりの量が運び出されたころ、ふいに本を開いていた僧服の男が立ち上がった。

 ぎょろぎょろと目を剥いてあたりの気配をさぐっている。ちょっと首をかしげ、耳をすませた。

「気付かれた!」

 ジャギーが小声で叫んだ。

「盗賊だぞ!」

 法務官が鋭い声で叫んだ。たちまちあたりにいた兵士たちに緊張がはしる。防具を身につけ武器を取った。

「なぜ気付かれたんだ。音は立てなかったのに」

「あいつは特別なんだ。なんでもおれたちには見えないものを見て、聞こえない音を聞くことが出来るそうなんだ……。法務官がいては、気付かれるのも当たり前だ」

 パックの質問にジャギーは悔しそうに答えた。

 焚き火から松明に火が移され、兵士たちはあたりを照らし出した。松明の火にあかあかとドーデンらの姿が浮かび上がった。ドーデンはぎょっと立ちすくんだ。

「あいつらだ!」

 兵士たちの声にドーデンたちはあわてて逃げ出した。兵士たちは銃の狙いをつけ、引き金に指をかける。

 

 だあーん!

 

 銃声が響き、ひとりが胸を抑え、うずくまった。逃げ出したドーデンたちの周囲に兵士たちが立ちふさがる。

 唇を噛みしめたドーデンはやぶれかぶれの行動に出た。

 そまつな得物を手に、兵士たちに立ち向かう。たちまちあたりはわあわあという、闘いの騒ぎになった。ときおり兵士たちの銃声がこだまし、戦いの物音がまじる。

 くそっ、とジャギーは毒づくと立ち上がった。手に長めのナイフをふりかざし、戦いの中へと突っ込んでいく。

 無茶だ……。

 パックはいらいらしていた。

 戦うにももうすこし、工夫というのがあるだろうに、ドーデンたちはただ無闇矢鱈に武器を振り回しているだけである。

 戦いのさなか、真っ赤な僧服の法務官はひややかな表情でそれを眺めている。

 その目の前にジャギーが現れた。

 ジャギーはぽかん、と法務官を見つめた。法務官はなんの感情もまじえない表情で、ジャギーの顔を見つめかえした。

 わあ──! とジャギーは叫んでいた。

 ナイフを持った手をふりかざし、法務官に向かって突っ込んでいく。

 さっ、と法務官の右手が上がった。

 ジャギーはまるで電流に触れたように痙攣した。なにやら法務官の右手からジャギーにむけて放射されているようで、その力にジャギーは完全に捉えられている。

 

 もうパックは我慢できないでいた。

 さっと立ち上がり、背後に止めてあるムカデに駆け寄り装置を起動させた。

 こんどは蒸気機関を動かす。

 しゅっ、しゅっというたくましい蒸気機関の音が聞こえ、ムカデは息を吹き返した。

 ぐるりとムカデの鼻先を眼下のキャンプへと向け、パックは前進させた。六対の脚ががちゃがちゃと盛大な音を立て、金属のムカデは戦いの正面へ突っ込んでいく。

 わあああ……、とパックは声を限りに叫んでいた。

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