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ふたり

マリアがじょじょに人間らしさを見せる展開です。このさき見せるマリアの変貌を期待してください。

 ムカデのたてる単調な音が平原に響いていた。操縦桿を握るパックは、いかにも北の大地に来たという実感を味わっていた。

 寒々とした景色が目の届く限り続いている。こげ茶色の大地に、ところどころ乾燥した草が黄色い穂先を伸ばしている。まるで生きるのに必死で、旅人の目を楽しませる緑も、花もつける余裕もないようである。

 空は一面の曇り空で、白に近い灰色のベールがべったりと覆っていた。

 風は冷たく、乾燥している。

 アンガスの町を出たあと、ムカデを走らせるパックは、ここは故郷のロロ村とは違うということを心底感じとっていた。

 まず人家そのものが見当たらない。

 ぼうぼうとした荒れ地がただ続くだけで、その間にはなにもない。森すら、ほとんど見当たらないのだ。痩せて、畑にすらならない荒野がひろがっている。

 聞こえるのはムカデの走行音と、ひゅうひゅうという風それだけだ。

「なんだか寂しいところですね」

 背中でマリアがつぶやいた。

 パックはびっくりした。

 彼女がこのような感想を口にしたことは、ついぞなかった。なにがおきても、なにを見てもほとんど反応はなく、ただ他人に問いかけられたときだけわずかに返答をするくらいだったのだ。

 そういえば、近ごろマリアは変わってきたように思える。

 パックはマリアのため、アンガスの町でフードつきのコートを買い求めていた。やはりむきだしの金属の身体を持つマリアはひどく目立つ。そのため、服を着せ、遠目には人間の女性らしく見せかけたのである。さらには寒い気候に彼女の熱が奪われることを防ぐ目的もある。コートを身につけた彼女は、かなり人間らしく見え、その点では成功だった。しかしそのため、パックにとっては奇妙な違和感を覚えるのも確かであった。

 そう、どことなく人間臭く見えてくるのだ。仕草にも、口調にも人間の女性らしさがあらわれてくる。

 なぜだろう。

 パックが考えるに、それまでマリアはパックとふたりきりになる、ということはなかった。それが旅に出て、パックと言葉を交わすうち、徐々に人間らしさが生まれてきたのではないか、と思える。

 もしもニコラ博士がここにいたら、ひどく興味をわかせるのではないだろうか。

 と、マリアが背後をふりむいた。

「どうした?」

 パックが問いかけると、マリアは答えた。

「追跡されています。背後から、馬の足音が聞こえます」

 なんだって、とパックはマリアの見ている方向に目を凝らした。

 荒涼とした地平線のかなたに、かすかな土ぼこりが舞い上がっている。

 きら、きらっとなにかが陽の光を受け、金属質の反射を見せている。

 やがて馬の足音がパックにも聞こえてきた。

 ぱかか……ぱかか……と、リズミカルなギャロップで数頭の馬が近づいてくる。その馬には、全身を甲冑でかためた兵士がまたがっていた。

 重装騎兵である。

 全身に甲冑をまとい、馬もまた面頬、胸当てを装着している。騎兵たちは、肩紐をつけ長い銃身をもったライフルを背負っていた。

 やがて距離が縮まると、兵士は背中のライフルを引き抜いて、パックに狙いをつけた。

 銃身の先が喇叭のように広がっている。いわゆるマスケット銃、あるいはフリント・ロックと呼ばれる形式のライフルだ。

 ぱあん……ぱあん……と、銃口が火花をちらした。

 ひゅん!

 かすかな音を立て銃弾が発射され、ちかくの地面にちいさな土ぼこりをたてた。

「冗談じゃない! やつら、本気だ」

 パックは青ざめた。

「逃げたほうがいいでしょう」

 マリアは冷静にささやいた。言われるまでもなく、パックはムカデの速度を上げた。

 がっしゅ、がっしゅとムカデの蒸気機関が逞しいシリンダーの音を立て、がちゃがちゃと六対の足が地面をかける。

 ぱん、ぱんと発射音が聞こえる。

 

 ちゅーん……。

 

 音が金属的に長く尾を引くのは、銃弾が近くを通過した証拠である。

 

 きいーん……!

 

 ついにムカデの金属の外皮に銃弾が命中した。パックは焦った。

 銃弾がやんだ。

 なんだろうとパックはふりむいた。

 すると騎兵たちはライフルの先に弾をこめている。先籠め式の、単発銃なのだ。弾を転がしこみ、火薬を流しこみ、それを棒でつついて固める工程が必要な旧式の銃である。火皿に発火用の火薬をいれ、それを火打石で点火する。

 しかし距離は縮まっている。

 騎兵たちは装填を済ませると、ふたたびパックに狙いをつけた。

 もう、騎兵たちひとりひとりの顔が見分けられるほどに近づいている。

 その先頭に、アンガスの町で見たゴラン皇国兵士の隊長の顔をパックは認めていた。

 あれから追いかけてきたのか!

 パックはぞっとなった。

 隊長はにやりと笑うと、ライフルの引き金を引いた。

 ばっ、と銃口がしろい火薬の煙で覆われ、銃弾が発射された。

 がつっ、と音を立てパックの後ろに座るマリアの身体に銃弾が命中した。

 マリアはパックを守るようにして身体を押し付けている。

 パックは夢中になってムカデの速力をいっぱいに上げた。

 もう、蒸気圧は限界ぎりぎりである。

 顔を操縦席に押し付けるようにして、パックは夢中で操縦を続けていた。

 ばしっ、かーん、と甲高い銃弾がムカデの外板にはじかれる音がしている。なんとか銃弾をかわそうと、パックは操縦桿をめちゃくちゃに動かし、ムカデを蛇行させた。

 もう、どこを走っているのか、どこへ向かっているのかも判らない。

 どのくらい走り続けたろうか。

「……パック……パックさま……」

 マリアの声が聞こえてくる。

 どうやら何度もパックに声をかけていたようだったが、聞こえなかったのである。

 え、とパックは顔を上げた。

 ふりかえる。

 騎兵たちは姿を消していた。

「ふりきりました。もう、安全です」

 ムカデの速力を落とす。パックはのびあがって背後を確かめた。

 たしかに騎兵たちの姿は影も形もない。

 ほっとパックは力をぬいた。

「助かった……」

 つぶやいた。

 

 馬が横倒しになり、喘いでいる。目は白目がむきだしになり、口からは泡をふいていた。部下の一人が痛々しげにつぶやいた。

「もう、これは駄目です。楽にしてやらないと……」

 隊長は酸っぱい顔になってうなずいた。

 ライフルを手にし、弾丸を銃口から転がした。火薬を詰め込み、銃口を倒れこんだ馬のこめかみにあてた。

「許せ!」

 ささやくと引き金をひいた。

 だあーん、と銃声が荒野に響いていた。馬は絶命していた。

 馬というのは走り続けられる限度というのがある。せいぜい三十分全速力で走ったら、もう体力の限界である。野生の馬はいつも走り回っているイメージがあるが、移動のため走るときは速歩くらいの速度である。全力で走るのは天敵に襲われたときで、数分全力で走れば天敵は振り切れるから、それ以上の長距離を駈ける必要はないのだ。

 しかも重装騎兵の装備は重く、さらに馬自体に装甲しているから重量はさらにふえる。蒸気の力で走るムカデと違い、馬は生き物なのだ。

 騎兵隊はその馬の限界をこえ、鞭をいれて無理やり走らせていた。馬の体力がつき、立ち上がれなくなるのも無理はない。本来、騎兵は乗り替え用の馬を用意し、乗っている馬の足が遅くなると、乗り替えの馬にまたがり、走り続ける。

 それを用意しなかった隊長の失敗であった。

 後悔に隊長はうなだれていた。

 ぎゅっと拳をかため、顔を上げた。

「おのれ……あの小僧……かならずや、追いつめてやるからな……!」

 隊長は復讐を誓っていた。

 

「ここはどこだろう……」

 パックはつぶやいた。

 さきほどまでの平坦な荒れ地ではなく、ごつごつとした岩山が突き出したところに来ていた。

 ムカデの上から地面の傾斜を感じている。

 どうやら高地の斜面を登っているようだ。

 空気にじっとりと湿り気を感じる。ほどなくあたりは霧につつまれた。

 ごつごつとした岩山はおぼろな霧に包まれ、シルエットとなってまるで巨人がうずくまっているように見えた。

 ムカデを停止させ、パックは地面に降りマリアの身体を調べた。彼女の背中側に無数の傷跡がある。銃弾を受けたあとがちいさくくぼみになっていた。

「ひでえなあ……」

 パックのつぶやきにマリアは身体にちからをいれようとして、パックはあわててそれをとめた。

「やめろ! また身体の蒸気をつかってへこみを直そうとしてんだろ? そんなことで蒸気の無駄遣いをするんじゃない!」

「でも……」

 マリアは身体をひねって背中の傷跡を確かめようとする。

「いいからやめろって! 蒸気はいつまで持つか判らないんだ。これから燃料がいつ手に入るか判らないから、無駄遣いはやめろって言うんだ」

 はあい、とマリアはうなずいたが、その口調はあまり素直とは言えない。

「でも、燃料が手に入ったら、すぐに直しますからね!」

 マリアの口答えにパックは目を丸くした。

「どうしてそんなのが気になるんだ? 身体の動きが邪魔されるわけじゃないだろ」

「それはそうですけど……」

 マリアは目を地面に落とし、つま先で地面を蹴った。

 ああ、とパックは思い当たった。

 そうだ、マリアは女性型として制作されたんだ。つまり女らしい、じぶんの外見に対する気持ちから、ちょっとのへこみにも気になるのではないだろうか?

 これは困ったことになったぞ。パックはマリアがこれからますます女性らしくなって、しまいには化粧品が欲しいとか言い出すのではないかと思った。

 その時、じぶんはどう対応すれば良いのだろう?

 

 パックはまわりを見わたした。

 霧にかくれ、あたりはほとんど見えない。

 どうしようか、とパックは迷った。これじゃ、先に進もうにもあぶなくて動けない。ムカデを動かして、地面に穴があったら落っこちかねない。しょうがない、霧が晴れるまで野宿しかないな、と諦めた。

 マリアに命じてキャンプの用意をさせた。

 アンガスの町でテントや寝袋を買い込んだのが役に立った。ムカデの蒸気を落とし、テントを張って中へ這いこむ。寝袋に潜り込み、目を閉じた。

 マリアがテントの中に入って、パックの側に横たわった。

「なんだ、なんだ?」

 パックはうろたえた。マリアはロボットである。眠る必要はない。これまでも、パックが寝ている間、マリアは部屋で静かに待っているだけだった。

「気温が低いです。パックさま、寒さを感じていませんか」

 そりゃまあ、とパックは答えた。確かに気温は低く、こうして寝袋にじっとしていても寒さがじかに地面から伝わってきそうである。

「わたしが側にいれば暖かいと思います」

 つまりマリア自身がパックのために暖房装置になろうというのだ。たしかにマリアは蒸気を体内にめぐらせているから、触ると暖かい。彼女が寄り添っているおかげで、パックはほんのりとした温かみを感じていた。

 うん……とパックはうなずいた。

 うつら、うつらと眠りに落ちる。

 夢の中で、パックはミリィの夢を見ていた。ぼんやりとした視界の中でミリィの顔はよくわからない。

 ミリィ……! パックは夢の中で叫んでいた。

 ふりかえると、ミリィの顔はマリアのそれに変わっていた。

 

 朝です、というマリアの声にパックは薄目を開けた。

 テントの入り口の隙間から、しろい朝日が筋となって差し込んでくる。

 テントから這い出したパックは、目の前に突き出された槍の穂先をまともに見ることとなった。

「動くな!」

 押し殺した男の声にパックは凍りついた。

 あわててまわりを見回すと、テントは数人の男たちによって取り囲まれていた。

「立て! ただしゆっくりとだ……」

 命令に従い、パックはのろのろと立ち上がった。ようやく自分を取り囲んだ男たちを観察する余裕が出た。

 みな薄汚いなりをしている。

 何年も着古したような色合いの服を身につけ、足もとは粗末な編み上げ靴だ。服にはあちこち継ぎ当てがあり、全員日に焼けた真っ黒な肌の男たちである。

 パックの背後からマリアが姿をあらわすと、かれらの間に動揺がはしった。

「そ、そいつはなんだ!」

 真鍮の身体を持つ彼女は、朝日を反射し、黄金色に輝いていた。

 隙を見てとったパックは、槍をかまえている男に突進し、その腕をとった。わっ、とちいさく叫んで男は槍を取り落とした。その槍をさらって、パックは構えた。

 わあ! と叫び声と共に男たちは襲い掛かってきた。ひとりが棍棒を振り下ろしたのをパックは槍で払い、ぐるりと回転させて石突でもって突いた。胸をつかれた男は、両手をふりまわして背中から地面に大の字になる。

 なにがなんだか判らないが、とにかくこの窮地を脱出しなければ。

 パックは槍を目茶目茶に振り回して囲みを破ろうと奮闘した。マリアは両手をつかって男たちを押し返す。

「パックさま、後ろ!」

 マリアの声にパックはふりかえった。

 ひとりの男が棍棒を振り下ろすところだった。

 あっ、と思って槍を持った手を挙げたが遅かった。

 パックの額に棍棒が炸裂した。

 目の前に火花が散り、パックは意識を失った。

「パックさま!」

 マリアの声が聞こえたが、あとは闇の中に溶け込んでしまった……。

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