聖剣
パックとミリィのふたりは、聖剣にふれる儀式をするためにお山へと登る。
翌日からギャンはパックにからまなくなった。
やれやれと思ったパックだったが、油断は禁物だと気持ちをひきしめた。
あいつのことだ。絶対、あきらめることはしない。いつか、また機会を見て、パックに復讐するつもりだろう。
そのうち日がたち、やがてパックとミリィの誕生日をむかえた。
ふたりは十三才になった。
山に登る日が近づいた。
「それじゃ、気をつけてな」
「お弁当持った? 忘れ物はない?」
山への登り口で、ホルンとメイサはパックとミリィを見送った。
ホルンは腕を組んで、メイサは心配そうにエプロンの端を掴んで登山にむかうふたりを見送る。
山に登る儀式は、当人だけしか行くことは許されない。
パックはミリィと肩をならべ、登り口を見上げていた。
パックはおおきなバッグを背負っていた。なかには大事な荷物が入っている。
時刻は朝早い。
この時間、太陽は山の向こうであたりはまだ暗かった。パックはホルンから手渡されたカンテラをかざし足もとを照らしていた。
細い踏み分け道が、山のふもとから中腹へかけ続いている。そのさきは岩だらけの荒野になっているが、ここからは暗くて見えなかった。
が、いずれ太陽が辺りを照らすだろう。
「それじゃ行ってきます」
パックがそう言うと、ホルンとメイサはうなずき、ふたりは歩き出す。
「すこし寒くなってきたね」
小声でミリィが話しかけてきた。
パックはうん、とうなずき背中のバッグの位置を直した。
確かにミリィの言うとおり、少し寒くなってきたようだ。秋が近いのかもしれない。
ロロ村の夏は短い。
あっという間に、季節は秋へとむかっている。
それでも一時間も歩かないうち太陽が姿をあらわし、あたりは急速に明るくなってきた。
さあーっ、とまぶしい光が差し込むと紅葉にそまった森の葉に金色の輝きがもどってくる。パックはカンテラを吹き消し、腰のベルトに取り付けた。
ふとふりかえると、ロロ村が眼下に箱庭のように見えてくる。
気がつかないうち、結構登っていたのだ。
踏み分け道の両側に、ところどころ家ほどもありそうな巨大な岩が点在している。いくつかの岩には奇妙なレリーフが彫刻され、あるいは怪物の姿が彫られていた。
ふたりは黙って登っていく。
初めて登ることになるのだが、途中の目印についてはホルンとメイサにくどいほど説明をうけていた。
遠い昔、ここには魔王の城があった。
山全体が魔王の城の領域であった。
その魔王にいどんだのが、ひとりの勇者である。
勇者は魔王を聖剣に閉じ込め、山頂に封じ込めたと言う。
ロロ村はその勇者の子孫によって作られたのだ。したがってロロ村の子供たちは勇者の偉業を忘れることなく、十三才になったらかならず山に登り、聖剣にふれ、勇者の徳をしのばなければならない。
そう教えられてきた。
「ねえ、パック」
なんだ、とパックはミリィをふりかえった。
ミリィはうつむき、なにか言いかけている。
「なんだよ?」
うん、とミリィは生返事。
パックはいらいらしてきた。
「言いたいことがあれば言えば?」
わかった、とミリィは顔をあげた。
「パック、あのね。ギャンのことだけど」
ギャン?
いまさら何を言い出すのか?
「どうしてギャンがパックにからむのか、あたしわかるんだ」
へえ……とパックは真顔になった。
「どうしてだい?」
「そのお……去年のことだけど」
「うん?」
去年……。
それはギャンがパックをやたら敵視し始めた時期である。
「ギャンは学校を卒業したら、都会へ行くんだって」
「ふーん。ま、親父のサックは金持ちだからな。都会の学校へ進学しようと思えば、できるんだろうな。でも、そんなことなんでミリィが知っているんだ?」
「ギャンがそう言ったの。あたしに」
「お前に? なんで?」
「一緒に都会へ行かないか、って言ったのよ」
ふえっ? とパックは妙な合いの手をいれた。
「どういうことだい?」
「あたしに結婚してほしいんだって」
ええーっ、とパックは今度は本当に驚いた。
「一緒に都会へ出て暮らさないか、だって」
「で、で、でも、ミリィは……つまり、その、ええと……!」
パックは混乱していた。
結婚?
ミリィに結婚してくれ?
あのギャンが?
「そ、そ、それで、ミリィはなんて答えたんだい? 結婚するのか?」
ミリィはなぜか赤くなった。
「馬鹿ねえ! いくらなんでもそのころ十二なのよ。断ったわよ。でもギャンは都会に出るころにはあたしも年頃だからできるってきかないのよ。あれから何度もつきまとわれて……それでもあたしが断ったから諦めたらしいけど」
「それでなんでギャンがおれを憎むんだ」
ミリィはきっとパックを睨んだ。
「あたしがパックを好きなんだとギャンは思ってるみたいなの!」
「……」
パックの顔に血が上った。
ミリィとは隣り同士、生まれたときが一緒でまるで兄妹のように暮らしてきた。
はっきり彼女が好きか、と問われれば答えようがないが否定も出来ない。
気まずい沈黙がふたりに流れた。
もくもくと歩くうち、パックは小屋を見つけ救われたように口を開いた。
「見ろ! ホルスト爺さんの小屋だ」
小屋は粗末な木材で出来ていて、傾いていた。その傾きを支えるため、一方の壁に柱が斜めに突き刺さっている。
小屋の前にはちいさな畑があり、数種類の野菜が植えられていた。さらに小屋の裏手には鶏小屋がくっついて、なかからは鶏のコッコという鳴き声が聞こえている。
小屋の屋根からは石組みの煙突が突き出し、なにか煮炊きしているのか薄い煙がたちのぼっていた。
ふたりは小屋に近づき、入り口の前に立った。
入り口には一枚の布のカーテンが垂れ下がっていて、どうやらそれがドアのかわりをしているようだった。
パックは布を持ち上げ、内部を覗き込んだ。
小屋にはちいさな窓がついていたが雨戸が降りているのか内部は真っ暗だった。
「だれじゃ!」
だしぬけに背後から声をかけられ、パックとミリィは驚きに飛び上がった。
ふりむくとそこにひとりの老人が立っていた。
うすよごれたフードのついたマントを身につけ、目をらんらんと輝かせた老人である。
顔の半分はまっしろな髭でおおわれ、まっくろな皮膚は無数の皺に埋もれている。
捻じ曲がった木の杖を手に持ち、じろりとパックとミリィに視線をそそいでいた。
「あ、あの……ホルストさんですか?」
「いかにも、わしがホルストじゃ。お前さんは?」
「ぼく、パックと言います」
「あたしミリィです」
パックとミリィが自己紹介すると、ホルストはゆっくりと髭をしごいてしげしげとふたりの顔を見つめた。
「ふうむ……わしの記憶に間違いがなければ、パックお前はホルンの息子で、ミリィ、お前さんはメイサの娘じゃな。たしか今年十三になるはずじゃ」
パックは勢い込んだ。
「そうです、そうです。それで……」
ホルストはさっと手をあげパックの言葉をさえぎった。
「それでお山に登りに来たんじゃな。ご先祖の剣に触れるために」
「はい!」
パックは答えると背中のバッグを降ろし、口をあけなかから用意した荷物を取り出した。荷物は食料や調味料である。老人に会ったら手渡すようホルンとメイサに言われてある。
「これ父さんとミリィの母さんからです」
老人は軽く礼を言うとそれらを受け取り、小屋の中に運んだ。それらがホルストの報酬というわけである。
つぎつぎと手渡したパックの贈り物のなかで、刻み煙草の袋を目にしたホルストは、そのときだけ喜色を浮かべた。かれは煙草が唯一の好物なのだ。
かれは山に登ってきた村の子供の案内役で、この仕事をもう四十年続けてきている。小屋の番人は二、三十年に一度代替わりをしているがかれはもっとも長く続けていた。
老人はとん、と杖を地面でたたくと声をはりあげた。
「さて、いよいよお山に登るときがきた! ご先祖がこの世界に真の平和をもたらせたことに感謝する儀式がこれからはじまるのじゃ! ふたりとも覚悟は出来ておるな?」
パックとミリィは老人の前で胸に拳をあて、頭をさげ声をそろえた。
「はい、出来ています!」
よろしい、よろしいとホルスト老人は老顔をほころばせた。
すべてホルンとメイサから教えてもらっていたことである。
老人は胸をはり、山頂を見上げた。
「さあ、出発じゃ! 案内するぞ、ついてまいれ!」
老人は意外と元気な足取りで歩き出す。パックとミリィも慌てて後を追う。
小屋からは急に坂が急になった。
ごつごつとした岩場がつらなり、なんどもその岩をよじ登るようにして登る。
ときおり巨大な石組みの残骸が行く手をふさぎ、意外な場所で醜悪な怪物の像がぬっと出現しあたりは気味が悪い景色となった。
「このあたりは魔王の城の城郭部分でな、山全体が城といっていい。魔王はこの山全体に結界をはり、みずからの魔力を強くしておったのじゃよ」
ホルスト老人は足場の悪い岩の間を身軽に飛び移りながらふたりに説明を続けた。
パックとミリィといえば、老人の後を追うだけで精一杯で、まわりの風景を鑑賞する余裕などまったくなかった。
朝早く出かけたというのに、昼過ぎになってもまだ山の中腹にも達しない。そろそろ太陽は中天をこし、西の空にひくくかかりはじめている。
もう一、二時間で夕暮れになる。
「まだつかないの?」
とうとうミリィは悲鳴をあげていた。
パックもまた頭から足の爪先までずっぽりと疲労につかって、答えることも出来ないでいた。
「まだまだじゃ! 今夜はキャンプすることになるぞ」
「キャンプ……野宿ってことですか?」
パックはげっそりとした。
こんなに苦労するとは思いもしなかった。
老人はにやりと笑った。
「苦労すればそれだけご先祖の恩というのが身にしみるもんじゃ。それ、今夜はそこで休むとするか」
老人はふたりに巨大な根をはっている巨木を指さした。
パックとミリィは倒れこむようにしてその巨木の根本に身を投げ出した。
はあはあと何度も深呼吸をくりかえして、やっとあたりを見回す余裕ができた。
気がつくと太陽は西の稜線に沈むころで、オレンジ色の光があたりを染め上げている。
老人はキャンプの用意をしていた。
付近から小枝を拾い、焚き火の準備をしている。
「ほれ! お前たちも手伝わんかい!」
パックとミリィは立ち上がり、枯れ枝や倒木の切れ端をさがした。ようやく身動きできるくらい回復している。
小枝が積みあがると、老人はぴしゃりと額をたたいた。
「ほい、しまった! マッチを忘れたわい」
パックとミリィは顔を見合わせた。
「ぼくらだってそんなもの、持ってないですよ」
老人はうなずいて見せた。
「わかっとる! 火をつけるにマッチだけということはない。さて……」
つぶやくと老人は小枝の山にむかって手の平を向けた。
ぶつぶつと口の中でなにごとかを呟いている。なにかの呪文のようである。
老人の顔が真剣なものになった。
なにか精神を集中しているようである。
……。
…………。
老人の中で、気合のようなものが高まっているのが感じられる。
あたりにはりつめた緊張感に、パックとミリィはなにも言えず、だまって老人のことを見守っている。
「!」
老人の口から声にならない気合が発せられ、全身にちからが満ちた。
パックは目を見開いた。
小枝の山の中心あたりに、ぽ、とちいさな炎がともり白煙がたちのぼった。
老人は目をまんまるにしてそれを見つめると、素早くひざまづきふーっ、ふーっと息を吹きかけた。
ちいさな炎が老人の吹きかけた息でめらめらっと燃え上がった。
やがてぱちぱちと火がはぜる音がして、焚き火が燃え上がる。
「やった! 成功じゃ!」
老人は嬉しげな声をあげた。
「なにをしたんです?」
パックが尋ねると老人は満面の笑みでこたえた。
「魔法じゃよ! 炎の魔法じゃ! わしがこの山で四十年も暮らしているのも、魔法の研究をしているからじゃ。ここはかつて魔王が城をつくっただけに、魔法の力がとくに強いのじゃ」
「魔法?」
パックはあきれた。
「でも、まさか」
ミリィがつぶやくとホルスト老人はきっと彼女を睨んだ。
「なんじゃ、じぶんの目で見て信じられないというのか?」
「おれも信じられません。魔法なんて……」
パックの言葉に老人はため息をついた。
「なんということじゃ……。ご先祖様が魔王を封じたのも魔法の力あってのことじゃ。
魔王が封印されてからのち、魔法のわざはなぜか忘れられてしもうたが、この世に魔法の力は満ち満ちておるんじゃ。さっきわしがやったのがその証拠じゃよ」
「ほかに魔法の技をつかえるんですか?」
老人は肩をすくめた。
「いまのところあの炎の魔法だけじゃ。それも四十年間、ずっと研究してやっとちいさな火を熾すことに成功したくらいじゃよ。昔はもっと強力で、すばらしい効果をもつ魔法が世界にあふれていたもんじゃが……。わしはなんとかしてその魔法をこの世に復活させたいと考えておる」
「それでこの山にこもっているんですか?」
ミリィの質問に老人はうなずいた。
あたりを見回し、両手をあげ天を仰いだ。
「この世の中には目にも見えず、においもせんが魔法のちからが満ちている。わしにはそれが感じられるんじゃよ! 数十年前、この山に来てはじめて魔法の力を感じ、それいらい古文書をあさり、研究を続けてきた。魔法の力をただしくつかえば、人間はすばらしい存在になれるはずなんじゃ!」
老人の身振りに空を見上げたパックは、いつのまにか夜になっていたことに気づいた。ぱちぱちと焚き火がはぜ、こまかなオレンジ色の火の粉が天に向かってのぼっていく。
ホルスト老人は火の粉を見上げつつ、憧れるような眼差しになって話しを続けた。
「魔法の技がこの世に満ちていたころ、人々は巨大な岩を空中に浮かべ、城や町を作ったという。さらに魔法の技で遠く離れた場所の知人と話しをすることができ、死に瀕した病人すら、医療の魔法で治療することができたそうじゃ。いまではその言い伝えがどれが真実で、どれがたんなる伝説なのか判らなくなっているがな……」
魔法か……。
パックは老人の言う魔法が世に溢れていたころの世界を想像しようとしたがよくわからなかった。
「さあさあ、いつまで寝ておるんじゃ? 朝じゃ、朝じゃ! とっとと起きんかい!」
老人のわめき声にパックとミリィは目を覚ました。
まぶしい光にふたりは目をしばたいた。
のろのろと身を起こし、老人が朝の支度をしているのを見守る。
ホルスト老人は朝食の用意をしていた。
とはいえ、固いパンに焚き火で柔らかくしたチーズをのせ、飲み物は付近の小川から汲んできた水だけであったが。それでも空腹は満たされ、歩き出す元気は出てきた。
「さあ、出かけるぞい!」
とん、と杖で地面をうち老人は歩き出した。
パックとミリィはその後に続く。
どうやら足が慣れたのか、前日よりは登山は楽であった。
足もとを見たパックは、かすかな石組みの床があるのに気づいた。土と埃で埋もれているが、確かに石組みの床で、平坦なところが多くなってそれで歩きやすい。
ふとまわりを見ると、そこかしこに昔の壁や天井をささえていた石柱が立っているのがわかる。あそこのアーチ状になっているのはなにかのドームの名残だろう。
上へ上へと登るにも、ところどころはっきりと階段になっているところがあり、それで登りやすくなっている。
ここは魔王の城だったんだ……。
パックはようやくそれを理解していた。
となりのミリィもまたそのことを理解しているようで、畏れに似た表情が顔に出ている。
ホルスト老人のように魔法のちからを感じることは出来ないが、かつての魔王のちからがまだここには残っているように思えた。
やがてふたりは老人に案内され、山頂へと近づいた。
「ここじゃ」
老人は厳粛な顔つきになって立ち止まった。
ふーっ、とパックはため息をついた。
山頂からふもとへかけ絶景がひろがっている。
どのくらい高さなのか、ふもとのロロ村はまるで箱庭のようにちまちまと家々が立ち並んでいて、ちいさな畑や、家畜のための放牧場が一望の下に見てとれる。
パックは足もとに雲が流れるのをはじめて目にした。それくらい高く登っていたのだ。
ロロ村から北西へ目を転じるとはるかかなたに「青の嘆き」とよばれる大山脈が連なっているのが見える。そのむこうはコラル帝国の首都、ボーラン市があるはずだ。
ボーラン市……。
かすかな憧れが胸のうずきとなってパックを襲った。
この年頃の男の子として、大都会への憧れはパックにもある。そこは平穏であるが、退屈な日常を送るロロ村とは違った、なにか刺激的で思いもかけない日々がパックを待っているように思えていた。
「パック……」
ミリィに呼びかけられ、パックはわれにかえった。
ミリィとホルスト老人はまじめな顔つきで山頂の一角を見つめていた。
パックも視線をやった。
そのさきに……。
そこに聖剣があった。
どっしりとした岩の台座に一本の古びた剣が突き刺さっている。剣は垂直に立ち、突き刺さったところは岩に同化しているように見えた。
ホルンとメイサに教わったことを思い出し、パックとミリィはその前に近づくと膝まづいた。
目を閉じ、頭を垂れてご先祖のことについて思いをめぐらす。
立ち上がるとふたりはすばやく目配せをした。
どっちがさきに剣にふれる?
ミリィは笑みを浮かべすばやく剣に近づいた。
手を伸ばし、そっと柄の部分に指先を触れさせる。
それだけだった。
ちょん、と触っただけでミリィは大急ぎで手をもとにもどした。まじまじと触れた指先を見つめているが、なんともなっていない。
次はパックだ。
息を吸い込むとパックは剣に近づいた。
見れば見るほど古びた剣だ。
いったいどんな素材で出来ているのか、錆ているようではないが長い年月風雨に晒され、ほこりが何層にもなってこびりついているようである。
全体としてそっけないデザインで、聖剣というような印象ではない。
まっすぐな両刃の剣にどっしりとした柄と鍔。装飾と言うのはまったくなく、実用一点張りといった感じだ。
剣を見ているうち、パックのどこかでなにか奇妙な感覚がうずいていた。
なんだろう……。
なんだか懐かしい、といった感情がわきあがってくる。
さらに近づくとその感覚はいっそう強まった。
これはじぶんの所有物だ、そういう感覚がしてくるのだ。
手を伸ばす。
柄を握る。
と、剣を引き抜きたいと言う衝動がこみあげてきた。
ぐっとちからをいれる。
「パック!」
ミリィとホルストは同時に声をあげた。
パックのしていることに気づいたのだ。
するり、と剣が岩の台座から引き抜かれた。
まったく抵抗はなかった。
まるでついさっきやわらかな土に突き刺さったばかりの剣を引き抜いたようであった。
あっけにとられ、パックは引き抜いた剣を手に持ちしげしげと見つめていた。
案に相違して剣は軽かった。
まるで紙で出来た玩具の剣を持っているかのようであった。
「なんということじゃ……」
ホルストは目を一杯に見開き、あんぐりと口をあけていた。
「ホルストさん、どういうことなの?」
ミリィの問いにホルストはぶるぶると顔をふった。
「わからん、こんなことは聞いたこともない……聖剣が引き抜かれることがあるなど!」
いっぽうパックは引き抜いた聖剣を手に持ち、まじまじと見つめていた。
刀身を見つめるうち、身体のうちになにかがこみあげてくる。
ぶうん……。
ぶうん……。
なにかが唸りをあげている。
剣が唸りをあげているのだ。
「パック!」
ミリィとホルストはまた叫んだ。
いまやかれらにもはっきりと聞こえている。
剣が唸りをあげている。
ぶうん、ぶうん、ぶうん……!
剣を持っているパックもその唸りに身を震わせていた。
剣はこまかく振動し、パックは両手で柄を掴み必死に支えていた。そうしていないと手から振り落とされそうだ。
びゅーん、びゅーん……。
いまや剣の唸りはあたりを圧し、おそろしいほどのちからが満ちていた。
ぴいいいんん──!
わっ、と三人は目を閉じた。
剣の刀身がいきなり光ったのである。
それは青い光だった。
目も開けられていられないほどの、強烈な青い光が刀身を輝かせたのだ。
────。
気がつくと三人は地面に倒れていた。
ぼうぜんとなり、ゆっくりと身動きをする。
なにがおきたのか、ただ混乱した記憶があるだけだ。
パックは目をしばたたいた。
目の中にまださっきの青い光が踊っているようで、ちらちらとなにか霞がかかっているようでもある。
「ふう……いまのは何だろう……」
つぶやくとようやく立ち上がった。
聖剣を拾おうと身をかがめた途端、あっと叫んだ。
「どうしたの?」
ミリィが声をあげた。
「折れている……」
パックは呟いた。
その通り、聖剣は折れていた。
真ん中から刀身が真っ二つである。
「なんじゃと!」
ホルスト老人は悲鳴をあげた。
おろおろと近寄ると、パックの足元の聖剣を見下ろす。
「本当じゃ! 折れておる!」
そのとき背後から声が聞こえた。
「ここはどこ?」
「なにを言っておる、ここはお山の山頂ではないか」
パックとミリィは老人の前に立ってぽかんと口を開けた。
「ホルストさん、いまのはぼくらじゃないよ」
「なにい? それじゃだれが……ここにはわしら以外、だれも……」
そう言いながら老人はゆっくりと振り返った。
その瞳が見開かれた。
「だれじゃ、おぬしは?」
叫びながら指をさした。
そこには四人目の人物が立っていた。