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再会

エイラが再登場! 彼女は思いがけないことをサンディに言います。

 サンディを見て、ニコラ博士は驚いた顔をした。

「どうした、きみは確か……!」

「どうしても帰らなくてはいけなくなったの」

 ふむ、と博士は頭をなぜた。

「例の、プリンセスの結婚のことかね?」

「ええ、新聞で読みました」

「市民はよるとさわるとあの話題だ。正直、わしも驚いている」

 まあ、かけなさいとニコラ博士は研究室の椅子をすすめた。サンディは博士と向かい合う形になって腰をおろす。彼女は博士の研究室を見わたした。

 前よりいろいろな実験器具や、本が増えているようだ。全体として雑然としているが、どことなく居心地の良い雰囲気が溢れている。

「それで、どうするつもりかね? これからの予定は?」

 サンディは膝で組んでいる両手に目を落とした。

 それについては何も考えていなかった。ただ、夢中で戻ってきたのだ。

 やがてサンディは口を開いた。

「戻ってきて、王宮を見ました」

 それだけでニコラ博士には通じたようだ。博士はうなずいた。

「見たのかね。うむ、改築工事はきみが旅立ったすぐあとに着工されたんだ。この帝国大学にも、協力を要請されたよ」

「協力?」

「そうだ城の内部に蒸気の配管を張り巡らせるための設計を依頼された。だが、そんなことしてどうするのかな。風呂場を新設するつもりかな?」

 そう言って博士はくつくつと笑った。ひとしきり笑ってすぐ真面目な顔になった。

「それよりもうひとつの噂が気になる。なんでも北のゴラン神聖皇国が軍備を増強しているという噂だ」

「それはもしかして……」

「うむ、ゴラン皇国は帝国に宣戦布告するかもしれないということだ」

 サンディは胸騒ぎを感じた。パックが向かうのはそのゴラン皇国である。

 なにもかもいっぺんに動き出しているようだった。

 ともかく、はやくエイラに会わなくてはとサンディは決意をかためていた。

 

 ニコラ博士のもとを辞して、サンディは城へ向かった。

 近づくにつれ、王宮の異様な光景の細部が見えてくる。

 城のあちこちに太い蒸気のパイプがのたくるように這い、前庭には巨大なボイラーが鎮座している。ボイラーからは巨大な煙突が数本つきだし、もくもくと黒煙が噴き上げていた。

 目が痛い。煤煙がたなびき、あたりを薄暗くしている。見回すと、通行人たちはみな鼻と口をおおう大きなマスクと、目を守るためのゴーグルをかけていた。サンディは近くの商店でそれらを売り出していることに気づき、自分用にそれを買い求めた。それを身につけると、ようやく人心地がついた。

 商店の親爺は、サンディに手渡しながらぼやいた。

「まったく、王宮の連中はなにを考えているんだろうねえ? 毎日、ひどいこの煤煙と臭いで、昼間の間は息もできやしねえ」

 そういう親爺もまたマスクとゴーグルをつけている。

 サンディは城の裏側へとまわった。

 城の裏側にはふかい堀が取り囲み、水がたたえられている。

 その堀をのぞきこみ、サンディは愕然となった。

 サンディのおぼえている城の堀は、澄んだ水面の美しいところだった。冬には白鳥が翼を休め、夏にはカワセミの姿が見られるところだった。しかしいま目の前にひろがるのは、どんよりと濁り、ひどい臭いをはなっているどぶ川であった。水はどろりとたゆたい、表面には日の光をうけてぎらぎらと光る油膜がはっている。

 ひどい……!

 なんてことをするの。

 あまりの変貌に、彼女は拳を握り締めた。

 裏側には深い森がひろがっている。もともとは狩猟場で、春と秋の二回、狐狩りをおこなう王族専用の森である。しかし狐狩りにたいする市民の批判の声の高まりと共に、いまはそれも行われることもなくなり、いまは公園となっている。森の梢を見上げたサンディは、木の緑がくすんでいることに気づいた。王宮から流れてくる汚染した空気にやられたのだろう。

 森の中に進むと、かつて狐狩りをしていたころ、王族たちの休憩所として設けられた東屋が見えてくる。白い大理石の柱にささえられた丸天井に、精緻な木彫の長椅子がしつらえてあった。

 サンディはふきんに誰もいないことを確認してその東屋にはいった。

 床には寄木細工のような模様のタイルが敷き詰められていた。さまざまな色模様の石版を組み合わせたもので、東屋が作られて百年以上たつが、いまでも鮮やかな色調を見せている。

 彼女はその床に膝まづいた。

 タイルのひとつに手を置き、横にずらす。

 ごとり、と音がしてタイルの一枚が動いた。持ち上げると、隠し階段が現れる。

 これが彼女が王宮から脱出するさいに使った、秘密の通路なのだ。

 するりと隠し階段に降りると、サンディはタイルを元に戻した。とたんにあたりは真っ暗になる。手さぐりで壁を触りつつ、彼女は歩き出した。

 道は一本道で迷うことはない。

 この隠し通路は何の目的で設けられたのだろう。おそらく古い時代、コラル帝国が絶対君主制のもとにあったころ、陰謀で王族が王宮を逃げ出すときの用意に作られたに違いない。やがて帝国は絶対君主から、議会制に制度が変わり、その必要はなくなったのだが。

 足元の感覚から道は下り坂になる。サンディの想像では、たぶんこの通路は城をかこむ堀の下をくりぬいて通じているのだ。やがて下り坂は終わり、道は平坦になった。

 爪先にのぼり階段が触れた。

 それをとんとんと登っていくと、突き当りのドアに手が触れた。

 ノブを探ると、それを廻した。

 出たところは城の地下室である。ドアは壁の模様に隠され、そこに隠し通路に通じるドアがあることが判っていないと、容易に発見されることはなかった。

 地下室から通路に出ると、サンディは自分の部屋を目指した。

 そこにエイラがいるはずだった。彼女がじぶんの替え玉という役目をつとめているなら、かならずそこにいる。

 自分の部屋の前にきて、サンディは我知らず緊張しているのを感じていた。

 部屋のドアを開く。

 円形の部屋の中心に天蓋つきのベッド。ぎっしりと本が詰め込まれた巨大な書棚。書き物をするための筆記台。古典様式でつくられた暖炉。なつかしい自分の部屋だ!

 その部屋の窓際に、ひとりの少女が座っていた。

 くるぶしまでたっする長いスカート、たっぷりとした袖のブラウス。レースの飾りがついた帽子。みなサンディの持ち物である。

 少女はサンディの気配に気づき、こちらをふりむいた。

 黒ぶちの眼鏡のむこうの、茶色の瞳がおおきく見開かれた。

 エイラだった。

 驚愕の表情がのぼる。

 立ち上がる。

「サンディ……!」

 つぶやき、一歩前へ出た。

 たまらずサンディも駆け寄った。

 ふたりの手が触れ合う。

 次の瞬間、ふたりはおたがいの身体を固く抱き合っていた。

 嗚咽がもれる。

 ようやく身を離し、サンディはエイラの顔をのぞきこんだ。

 変わった。なんとなく、サンディの知っていたエイラではない。どことなく大人びた雰囲気がある。

 なにを言っていいのかわからず、笑顔の中に戸惑いが浮かぶ。

 思い切ってサンディが口を開いた。

「新聞を読んだの」

 はっ、とエイラの顔に血が上った。

 そう……、とうつむく。

 ふたりは窓際に腰かけ、向かい合った。

「どうなの? あの結婚は強制されたものなの?」

 サンディは問い詰めた。エイラの返答しだいでは自分が一肌脱ぐつもりだった。

 エイラは首をふった。

「いいえ、あたしが望んだの」

 がくり、とサンディの顎がさがった。

「そ、そ、そうなの……? あなた、あの……その……」

「ギャン少佐よ」

 エイラが相手の名前を口にした。

「で、でも……あなた……あたしの……」

「そう……あたしはあなたの替え玉。あなたが王宮を出て行ったので、内務大臣があなたが帰るまで替え玉になるよう頼まれたのよ。でもサンディが帰ってくれたので、ようやくお役御免ってわけね」

 エイラの表情が変わった。眉がせばまり、険しいものになる。

「あたしはギャン少佐を愛しています! あのかたと一緒に暮らせるなら、なんでも耐えることができるわ! たとえ替え玉だとしても、あたしあなたの代わりに皇女として勤めることだってやれる。だからサンディ、あなたはこれから平民の娘として自由な暮らしを満喫していいのよ。ね、そうしましょう」

 彼女はじょじょに身を乗り出していった。口調が必死になる。

「ねえ、サンディ。あなた、王宮の暮らしは窮屈だっていつも言っていたでしょう? 平民の娘だったらどんなにいいだろうって、あたしに言っていたわね? それならいい機会じゃない? あなたは平民の娘になる。あたしは皇女となって、愛する人と結婚する。おたがい望みがかなうのよ」

 サンディは両手で頬をおさえた。

 まさか、こんなことって!

 どうしたらいいのだろう?

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