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王宮

今回からサンディのストーリーになります。彼女はボーラン市に戻る決意をする。

 ペラはコラル帝国最北端に位置する港町である。

 波止場には船が常時、数隻停泊し、荷揚げ作業が朝早くから夕方まで続いている。停泊している船はほとんどが風帆船だが、最近では蒸気機関を搭載した外輪船が増えている。海上交通の要衝でもあり、さまざまな地域からの流入者が集まってくるこの町ではよそ者はあまり目立つことはなかった。

 パックはこの町にきて、北の大陸へとわたる便船を探していた。

 問題はムカデだった。

 マリアの蒸気を補給するためにも、ムカデの機関は必要で、そのムカデを運ぶ船を探すのが問題であった。船長に交渉しても、ムカデを見せたとたん、怖れをなして断られることが常であった。いくらムカデがただの機械だと説明しても、その姿から迷信的な恐怖をふりはらうことができないらしい。

 その間サンディは町の宿屋に宿泊していた。

 パックが船をさがして町を歩き回っているので、彼女は比較的暇をもてあましている。

 もっとも町を散策するだけで結構楽しい。

 船乗りがおおいのはあたりまえだったが、この町を経由してさまざまな地域へ出発する旅人もおおく、さまざまな人種が見られるここでは、店もいろいろな商品を扱っている。

 航海に必要な六分儀、望遠鏡、コンパス、そして地図。サンディは北の大陸にむかうことを考え、地図を数枚購入していた。またポケットにおさまるほどのちいさい望遠鏡を見つけ、買い求めていた。パックには黙っていたが、隠し持っていた宝石や首飾りなどを質屋を見つけて売り払ってもいた。質屋の親爺は、サンディが持ち込んだそれらをびっくりするほどの高額で引き取ってくれた。

 そしてレストラン。

 北の大陸からの旅人がおおいせいか、この町のレストランでだす料理は香辛料をきかせた、口のなかが焼けそうに辛い料理を出す店がおおい。そういった料理は口にあわなかったが、デザートには夢中になってしまった。

 口が肥えた客が立ち寄ることがおおいのか、デザートもこったレシピのものがある。

 どういう料理法で出来ているのか見当もつかないほどだ。その中でもサンディのお気に入りは、あつあつの薄皮にたっぷりの砂糖をかけ、その薄皮にナイフを入れるとびっくりするほど冷たいアイスクリームがかくれたケーキである。ナイフをいれて顔を出すアイスはすこしも溶けていなく、これでどうやって熱い薄皮を被せるのだろうとサンディは首をひねった。

 その日もサンディはいきつけのカフェでお茶を頼み、店で定期購入している新聞をひろげ紙面に目を通していた。ペラには一週間おくれで首都から新聞が届けられる。やはりボーラン市の出来事は気になるのだった。

 ある記事にサンディは目を引き付けられた。

 一面にでかでかと活字が躍っている。

 読み進む彼女の眉間に皺がきざまれていく。

 ばさり、と紙面をおき、サンディは立ち上がった。

 つぶやく。

「まさか……こんなことって!」

 ぎゅっと新聞紙を握りしめ、サンディは支払いもそこそこに店を飛び出した。

 

 宿屋に飛び込むと、パックが待っていた。

 パックはサンディの顔を見つけると、ぱっと表情を輝かせた。

「サンディ、やっと船を見つけたよ! ムカデを乗せても良いって船長がいたんだ! これで北の大陸へ渡れる」

「そう、おめでとう。でもあたし、行かない。ボーラン市に戻らなきゃ」

 パックの口があんぐりと開けられた。

「で、でも……きみ……?」

「ごめんなさいね、パック。どうしても戻らなきゃいけないわけができたのよ」

 そう言うと彼女はパックにカフェから持ち出した新聞を差し出した。

「読んで!」

 なんだい、と言いながらパックはサンディに渡された新聞紙を手に持ち、読みすすめた。

 はっ、と顔を上げる。

「これ、きみのことかい?」

 裏返しにして紙面をひろげる。

 それにはこうあった。

 

 ──『コラル帝国のプリンセス、サンドラ嬢婚約へ!』

 

 見出しがあり、記事の詳細がある。

 それによると王宮でひらかれた舞踏会でプリンセスが恋に落ち、婚約することになった、とある。結婚は来月で、盛大な結婚式がひらかれ、それには王宮に住まう王族、そして各地の貴族がまねかれるという。

 サンディは首をふった。

「まさか! でもそのプリンセスの写真にあるのは、エイラっていう女の子で、あたしの幼友達なの。あたしが王宮を飛び出したんで、エイラが身代わりになったんだわ。前にも言ったけど、王宮の娘は十五才になったら結婚しなくてはならないの。だからあたしの身代わりに、彼女が結婚させられることになったんだわ」

 ふうん、とつぶやきながらパックはさらに紙面を読み進めた。

 と、パックもまた眉間に皺をきざんだ。

「プリンセスの相手は帝国軍の若き少佐で……その名前は!」

 顔をあげる。

「ギャン少佐だって!」

 パックの様子にサンディは尋ねた。

「知っている人? どんな人なの、ギャン少佐って?」

「おなじ村の人間だ」

「パックの村? たしかロロ村っていったわね」

「ああ、あいつが結婚の相手だって? とんでもない! あいつが相手なら、なにか陰謀があるに違いないよ」

「陰謀? どうして……?」

 パックはギャンのことを語った。

 ロロ村でのふるまい、そしてミリィへの片思い、ヘロヘロを苛めたことなど。

 サンディは鼻をしかめた。

「あまり女の子に好かれる性格の男の人、って感じじゃないわね」

「当たり前さ。村では取り巻きがいたけど、それもあいつの父親の金が目当てだったんだ。みんな、あいつを嫌っていた」

「エイラが可哀相……きっと無理やり婚約させられたんだわ……だからあたしが帰らなきゃならないのよ。彼女をたすけなきゃ!」

 パックはうなずいた。

「わかった。それじゃこれから船に行って、契約をキャンセルしなきゃ」

 サンディは驚いた。

「どうして? せっかく契約できたんじゃない」

「だってこれからボーラン市に戻るなら、おれが送ってやらなきゃ……」

 いいわよ、とサンディは首をふった。

「ボーラン市に向かう駅馬車があるから大丈夫。あなたはミリィをさがすっていう大事な仕事があるんじゃない。それにキャンセルしたら、あとでほかの船が都合よく見つかるとは限らないわ。あたしはひとりで行くわ。ごめんなさいね」

 パックは眉をさげた。

「そうか……判ったよ」

 そこへマリアが入ってきた。

 彼女はサンディの手荷物を用意していた。

「お話しはうかがっておりました。サンディ様のお荷物をまとめておきました。いつでも旅だてます」

 サンディは首をふった。

「あんたって、気がきいているのね!」


 翌朝、ペラの町はずれにある駅馬車の乗り場で、パックとサンディは別れを惜しんだ。

 空は晴れ上がり、日差しが町を照らし出し、気温はぐんぐん上昇している。乗り場にはサンディのほか、ボーラン市に向かう乗客が乗車の順番を待ち、混雑している。その中でムカデと、金色のボディを持つマリアはさすがに人々の注目を集めていた。

 サンディはパックに革袋を押しつけた。

「これ、あげる!」

 なんだい……と、革袋の中身を確認したパックは表情をくもらせた。サンディに革袋を差し出す。

「これは受け取れないよ」

 中身はサンディの持ってきた装身具の残りだった。純金の指輪や、宝石のちりばめた腕輪など、売り払えばひと財産はあるだろう。サンディは首をふった。

「いいわ。持っていってよ。まさかのときに役に立つわ。それにあたし、あんたには黙っていたけど、一部は質屋で換金しちゃっているのよ」

 早口にそう言うと、彼女は馬車に乗り込んだ。マリアが彼女の手荷物を後部の荷物入れに運び上げる。御者が乗客にたいし、出発の時刻がせまっていると叫んでいる。パックはあっけにとられていた。

 ぴしり、と御者が鞭をならし、馬がいななく。

 サンディは窓から首をつきだし、叫んだ。

「さようなら、いろいろあなたには世話になったわ! ミリィって娘を見つけたら、よろしくね!」

 サンディ! と、パックは叫び返した。革袋を返そうとムカデに飛び乗る。

 しばらく馬車と併走したが、サンディは受け取ろうとしなかった。

 やがてムカデを停め、パックはちいさくなっていく馬車をぼうぜんと見送っていた。

 彼女の革袋を握り締め、つぶやく。

「こんなの、どうすりゃいいんだ?」


 席に落ち着いたサンディはあらためて新聞に目を通していた。

「プリンセス結婚……ですか? ほほお、おめでたいことですな」

 となりに座った商人らしい老人が、サンディの手に持っている新聞をのぞきこんで感想を口にした。新聞の一面には記事と、エイラの写真が掲載されている。エイラの写真には「プリンセス・サンドラ」とキャプションがつけられている。

 写真を見てサンディは彼女が眼鏡をかけていることに気づいていた。

 あの娘、眼鏡なんかかけていたっけ、とサンディは首をひねっていた。

 馬車は八人乗りで、サンディのほかにとなりに座る老いた商人。子供づれの五人家族。そしてボーラン市の大学に入学するという学生だった。話題はプリンセスの結婚というニュースだった。

 サンディの持っている新聞は一週間遅れなので、あと三週間で結婚式である。

 頭の中でサンディは日をめくった。

 馬車でボーラン市に向かっても、最低二週間はかかる。市内に入って一週間たらずしか余裕はない。なんとかこの結婚話をやめさせなくては、と彼女は決心していた。

 だが、彼女の頭の中に肝心要のことは思い浮かばなかった。

 それはエイラがこの結婚を望んでいるか、いないかということであった。

 

 旅は順調に進み、途中天候は雨に数日降られたが、それでも馬車は着実にボーラン市に向かっていた。

 旅の途中、馬車は宿に立ち寄り、乗客は宿泊することになる。

 宿屋にも新聞は届けられていて、その度にサンディはプリンセスの結婚についての最新情報を手に入れていた。

 結婚式の準備は着々と進められているようだった。

 招待客のリストも掲載され、そうそうたるメンバーの名前が書き込まれている。

 それを読んで、サンディは唇を噛みしめた。

 これでは結婚そのものを白紙に戻すなんてかなり難しい。もし、これを白紙に戻すことになったら、王宮の面目まるつぶれである。

 記事には補足として、王宮の改築についても記されていたがサンディはあまり興味がなく、その部分は読み飛ばしていた。

 だから馬車がボーラン市の市内にはいって、はじめて王宮を目にしたときひどく驚いた。

 王宮はひどく様変わりしていたのである。

 城のまわりには工事のための足場が組まれ、大掛かりな改築工事が行われていた。

 優美だった城のシルエットは、いまやグロテスクといえるほど改造され、あちこちにパイプがうねっている。城の前面の庭に巨大な蒸気機関が鎮座し、煙突からはもくもくと黒煙が吐き出されていた。周囲にあった森は切り倒され、地面が露出していた。

 まるで巨大な工場のようだった。

 サンディは我知らず涙ぐんでいた。

 これは彼女が知っていた王宮ではない!

 まっすぐ城に向かうつもりだったが、サンディはそれを思い直し、情報を仕入れることにした。

 それには帝国大学に行かなくてはならない。

 そこにニコラ博士がいるからである。

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