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教皇の正体

ゴラン神聖皇国の教皇の正体があきらかに!

 ホーバンはハルマン教皇のほそ首にナイフを突きつけ、魔法医師は両手を縛り上げ、紐の端を自分の腰に巻きつけた。こうしてふたりを引っ立てつつ通路に向かう。

「どうするつもりなんじゃ。こんな真似をして、わしは老人じゃぞ!」

「どうするもこうするもない。ここを逃げ出すまで、人質としてふるまっていただく」

 ふうむ、と教皇はホーバンの顔を見上げた。

「おぬしの顔には見覚えがある。その僧服で判らなかったが、たしかわしの配下の兵士長のひとりにおぬしそっくりの男がおった……」

 ホーバンは苦い笑い顔を見せた。

「そうさ、その兵士長がおれさ。だがおれはつかえる主人を間違えた。おれはゴランの国に忠誠を誓ったが、人の生き血をすする吸血鬼につかえたつもりはない!」

 ホーバンの言葉を耳にしてなぜか教皇はにやりと笑った。

「お前たち、どこへ向かうつもりなんじゃ?」

「ロロ村よ!」

 ミリィが叫んだ。

 そうだ、ロロ村だ。生まれ故郷に帰る、それがいまの彼女の願いだと、ミリィはあらためて確信した。

 胸の中にロロ村の光景がよみがえる。

 懐かしい家、隣に見えるのはパックの家だ。

 ああ、あそこで薪を割っているのはパックの父親のホルンじゃないか。となりでは、できたたてのシチューをもって母親のメイサがにこにことほほ笑んでいる。

 いつの間にかミリィはロロ村に帰ってきていた。

「お母さん!」

 ミリィは叫んだ。

 その声にメイサが顔をあげた。

 ミリィの顔を認め、驚きの表情になる。

 その目にみるみる涙が盛り上がった。

 たまらず、ミリィもメイサに駈け寄った。

 ふたりは家の前で抱き合った。

「ああ、ミリィ……ミリィ……どんなに心配したか……!」

「お母さん、お母さん!」

 ミリィも母親の顔に自分の頬をおしつけた。母親からは懐かしい匂いがする。

「ミリィ……」

 だれなの、じぶんを呼ぶのは……。

「ミリィ、目を覚ませ!」

 なんだ、ヘロヘロの声じゃないか……目を覚ませって……。

「しっかりしろ! お前は聖堂から一歩も外に出てはいないぞ」

 はっ、とミリィは目をまたたいた。

 薄暗い石壁の奇妙な部屋。壁には魔方陣が描かれたタペストリーがかかっている。

 そう、あの魔法医師の部屋だった。

 ミリィはあたりをきょろきょろと見回した。

 教皇があの寝具にねそべり、さきほどの姿勢のまま奇妙な表情をうかべている。なんだかあてがはずれた、といった顔だ。教皇はゆっくりとヘロヘロを見つめた。

「なぜじゃ……なぜ、お前にはわしの催眠がきかん?」

 ヘロヘロは背中をそらせた。

「当たり前だ。おなじような技は、おれも昔さんざん使ってきた。お前のやろうとしていることなど、先刻承知さ」

 教皇は目を細めた。

「お前はただの人間ではないな……名前を聞かせてもらおうか」

「おれの名前はヘロヘロという」

「ヘロヘロ……」

 教皇は驚愕の表情になった。ヘロヘロは興味深げな目つきになった。

「おれの名前に聞き覚えがあるのか? お前の正体こそ知りたいな。お前、本当の教皇なのか?」

 なぜだか教皇はうろたえた。

「ば……馬鹿なことを……わしが本物のハルマン教皇であることはそこにいる男が証明してくれるではないか!」

 そう言って教皇は膝まづいたままのワフーを指さした。ヘロヘロはワフーに顔を向けた。

「ワフー、あんた、この教皇が昔の教皇とおなじ人間だと思うかね? あんたはこの国で長いこと聖職についていたそうだな。教皇のことも良く知っているはずだ。どうだ、昔の教皇といまここにいる男がおなじ人間だと、断言できるのか?」

 ぽかん、とワフーは口を開けた。

「し、しかし、しかし……そこにおわすかたが、教皇さまでないとすると……わしは……」

 ワフーは震える両手で顔を覆った。

「ヘロヘロとは古代語で”恐怖”を意味する。転じて”魔王”の意味ももつようになった。そうさ、おれは魔王だった……千年前、聖剣に封じ込められるまでは……」

「魔王……」

 教皇はおうむがえした。

 ヘロヘロはきっと教皇をにらんだ。

 瞳がくわっ、と見開かれ、両目からは内側からひかりがたたえられる。

「正体をあらわせ! いつまでもおれの目をごまかせると思うな!」

 指先をつきつけ、ヘロヘロは全身にちからをこめた。

 目に見えないエネルギーが指先から教皇に放射されているようだった。

 ぶるぶると教皇は全身を震わせはじめた。たらたらと顔全体から脂汗がふきだす。

 ぐぐぐぐ……!

 教皇はうなりつつ背をそらしはじめた。

 どた! と、教皇は寝台から床にころげおち、その場でのたうちはじめた。

「正体をあらわすんだ!」

 ヘロヘロは怖ろしい声で命令した。ヘロヘロの両目からはなたれるひかりは金色のまばゆいものとなり、室内をあかあかと照らし出す。そのひかりをまともに浴びた教皇は苦しげな表情になり、どたん、ばたんと全身を床にうちつけ咆哮をあげていた。

 ひいひいひいとあえぎつつ、教皇は顔を上げた。

 

 !

 

 驚愕の表情がその場にいた全員にうかんだ。

 そこにいたのはもはやハルマン教皇とよばれる老人ではなかった。

 全身緑色の鱗におおわれた、人間というよりは爬虫類を思わせる人間に似たなにかであった。

「魔物だわ……」

 ケイがつぶやいた。

 しゅうーっ、と魔物は息をはきだし、口もとから先端がふたつに割れた真っ赤な舌をへらへらと出し入れしている。その目は真っ赤で、瞳孔は縦に裂けていた。

「どうして判った……わしの正体を、どうして見破ることが出来る……お前は、本物の魔王なのか……」

 とぎれとぎれに魔物はつぶやいた。その声はすでに人間のものではなく、口の構造からか、発音にひどく苦労しているらしかった。

「そうさ、おれは魔王ヘロヘロ。かつてはその名で呼ばれたこともある」

 ヘロヘロはなぜか憂鬱そうにつぶやいた。

「だがいまは魔王の力をうしない、ただのエルフの姿をかりたヘロヘロさ……。さて、お前にすこし聞きたいことがある」

「なんだ?」

「お前はいつ、教皇とすりかわった。どうしてそんなことが出来た?」

 ぐうぐうぐう……と、魔物は奇妙な声で笑い声をたてた。

「数ヶ月前のことだ……季節は夏だったな……おれはお前とおなじように千年前、突然魔法がこの世界から消えうせたとき、身体を失った……。なにしろおれたち魔物は”魔”のちからで生きているからな、魔法が消えうせれば死ぬしかない。しかしおれたち魔物のうち、知能のたかい魔物はじぶんの魂を身体から引き離せることができる者がいたんだ。おれは魔法が消えうせたとき、このままでは身の破滅とさとり、魂だけ抜け出しこの世にとどまることにした」

 夏……ミリィはロロ村の山で聖剣が折れたときのことを思い出した。

 そう、あれからこの世界には魔法のちからが蘇ったのだ。

「それからおれは千年のあいだ、この世界にさ迷うこととなった。身体をうしない、魔法のちからもなくなったおれにはただ魂としてさ迷うしかなかったのさ。ところが、突然魔法のちからが世界にもどってきた。そのちからで、おれは人間に憑依するちからを取り戻すことができた。もっとも、憑依する相手の同意が必要なのだが……そのとき、この国のハルマン教皇に目がとまったのさ。教皇は死の恐怖におびえていた。死を免れるなら、なんでも取り引きに応じるとおれに約束した。おれは教皇の身体を手に入れた。約束どおり、教皇のいのちはおれの魔法のちからでよみがえることとなった。だが、おれは教皇の記憶、人格まで手につけないとは約束しなかった。おれは教皇の記憶、人格をおいだし、かわりに自分の魂を吹き入れることにしたんだ……」

「それでは教皇を殺したのもおなじではないか!」

 ワフーが叫んだ。

 魔物はじろりとワフーをにらんだ。

「なにが悪い? おれは教皇の身体を生かすことに同意しただけだ。記憶、人格までそのままにしてやるとは言っていない」

 にやりと魔物は笑った。その顔にはかつての教皇のおもかげがわずかに見てとれる。

 魔法医師はつぶやいた。

「それでは血の交換の儀式は……あれはなんだったのだ」

 わはははは……と、魔物は高らかに笑った。

「そこの兵士長はおれを吸血鬼と呼んだな。そうだ、おれは吸血鬼なのだ! おれのちからを維持するには、人間の血が必要なのだからな! たっぷり人間の生き血を吸わせてもらったよ! そこのエルフの娘の血はおしかった……一度、エルフの血を吸ってみたいと思っていたのだからな……」

 がくぜんと魔法医師は崩れ落ちた。じぶんのやってきたことが、教皇を生きながらえさせることではなく、吸血鬼の命を永らえさせることに気づいたのだ。うずくまった魔法医師はしばらくそのまま震えていたが、やがて顔を上げた。その顔には決意の表情がある。

「それではわしはこの魔物のためにゴランの国民の命を……!」

 苦悶の表情になった魔法医師は立ち上がると、もうぜんと壁に走り出した。

 額を壁にまともに打ち付ける。ごつ! という、にぶい音が響く。ずるずると壁にもたれかかった魔法医師の額はふたつに割れ、脳漿があふれていた。医師はその場で絶命していた。かれは自殺していた。

 あっけにとられているミリィたちの前で、吸血鬼はくすくすと笑っていた。

「あはははは! 死におったか! まったく人間という生き物は、簡単に死ぬなあ……」

 おのれ! と、ホーバンは身構えた。

「殺してやる! ハルマン教皇のかたきだ!」

 ひいひいひい……教皇の身体をのっとった吸血鬼は腹をかかえて笑っていた。

「いいのかな、そんなこと言っている場合かな?」

「なに?」

 吸血鬼は大声をあげた。

「衛士ども、なにをしておる? 曲者だぞ!」

 どやどやと多数の兵士の足音が近づいた。教皇を運んできた衛士たちが、決死の表情で駆け込んでくる。先頭を走ってくる隊長らしき男が叫んだ。

「教皇さま、ご無事で……むっ!」

 隊長はミリィたちを見て緊張した。さっと腰の剣に手をかける。一同のなかで武器を手にしているホーバンに数名の兵士が殺到し、剣をつきつけた。ホーバンはあきらめて手から武器を放り投げた。がちゃん、と短剣が床に落ち音を立てた。

「お前たちは何者か? ここでなにをしておるっ!」

「こやつらはコラル帝国のスパイじゃ! わしの命を狙いにやってきたのじゃ! 隊長、はやくこやつらを逮捕せよ!」

 あっ、とミリィは声をあげた。

 さきほどまでの魔物の姿から、吸血鬼はハルマン教皇の姿に戻っている。叫ぶ声も、ハルマン教皇の声だ。

 隊長は部下たちに命じた。

「聞いたであろう! 教皇さまのお命を狙っておる曲者どもを捕らえよ!」

「待って、この教皇は偽者よ!」

 ミリィは叫んだ。

 隊長はあっけにとられた。

「なにい? 馬鹿なことを……」

「本当なの! あたしたちの前で魔物が正体をあらわしたんだから!」

 指さす先の教皇の姿を借りた吸血鬼はうすく笑っている。かれは口を開いた。

「まったく……なにを言うかと思うと夢のようなことを……さあ、なにを愚図愚図しておるのか? さっさと逮捕するのじゃ」

 はっ、と隊長は返事してミリィたちに迫った。剣をつきつけ怒鳴る。

「大人しく縛につけ! 抵抗するとこの場で殺してやる」

 ミリィは唇を噛みしめた。ヘロヘロをふりむき、尋ねる。

「どうしてこの人たちには正体がわからないの? あんたのちからでなんとかならないの?」

 ヘロヘロは肩をすくめた。

「催眠のちからがよほど強く作用しているのだろうな。ホーバンやワフーはもともと教皇の教えに疑問を持っていたからおれのちからで正体を見抜けたが、こいつらは骨の髄から神聖皇国と教皇に忠誠心をささげている。解除するには苦労しそうだ」

「じゃあやりなさいよ! このままじゃあたしたち、また牢屋に逆戻りよ」

 やれやれとヘロヘロは教皇をふりかえる。

 ヘロヘロの凝視をあび、教皇はぎくりと緊張した。あわてて隊長に命じる。

「こやつらを殺せ! 危険分子であるぞ!」

 教皇の命令をうけ、隊長はびくりと剣を振り上げた。

 さっとヘロヘロは隊長をふりかえり、目をほそめた。

 ぎらぎらとした眼光がヘロヘロの両目からほとばしった。

 そのひかりを浴び、隊長は凝固した。

 からん、と手にした剣が床に落ちる。他の兵士も目がうつろになり、だらりと両腕がさがりまるで戦いの態勢にはない。教皇のすがたを借りた吸血鬼もぼんやりとしているのみだ。

 さっとホーバンはその剣をさらって構えた。

 早口でささやく。

「いまだ! 逃げ出すんだ!」

 弾かれたようにミリィとケイは手を取り合って走り出した。

 ふりかえるとヘロヘロ、ホーバン、ワフーもそそくさと逃げ出してくる。

 その時になってようやく吸血鬼は立ち直ったようだ。

「曲者が逃げるぞ! 追うのだ!」

 どたどたとあわただしく乱れた足音が聞こえ、兵士たちが血相をかえて追いかけてくる。

 ミリィは物入れから”案内棒”を取り出した。

「どこに逃げたらいいか教えて!」

 叫びながら案内棒を投げ上げる。

 投げ上げられた案内棒はくるりと空中で一回転すると、さっとミリィの前にすべりこんで矢印の先を向けた。

 ミリィたちは案内棒に導かれ、走り続けた。

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