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回心

牢屋の中でヘロヘロはあらたなる決断をします。ヘロヘロは魔王であることをあきらめるのか?

 へたへたとミリィは地下牢の床に座り込んだ。

「なんてことなの……牢屋に入れられるなんて……!」

 ケイはあたりを見回している。

「窓がないのね……もっとも、地下だから当然だけど」

 明かりは牢屋の覗き穴からもれている僅かな灯火だけである。通路を照らしている松明の光が、かすかに差し込んでいるだけだ。したがって牢屋の扉以外は真の闇で、ほとんどなにも見えない。

 のそり、とヘロヘロは一歩牢屋のなかへ歩み寄ると、手探りをしている。

「寝床だ……」

 つぶやくとどさりと身を横たえた。

 そのまま黙って天井を見上げている。

 ミリィはヘロヘロが心配だった。

 角が折れてからというもの、ヘロヘロはまるで別人のように大人しくなって、なにか考え込んでいるのかあまり口をきかない。いつも皮肉なことばかり口にするヘロヘロも癇に障るが、こうして黙り込んでいるのもそれはそれで不気味である。

「あーあ!」

 ケイはため息をついて座り込んだ。

「なんでこうなるの! あたしたち、これからどうなるのかしら?」

「たぶん、死刑だな」

 闇の向こうからかえってきた声に、ケイとミリィはぎくりとなった。

「だ、だれ?」

「そこにいるのは女の子かね? ここに若い女の子がよこされるのは珍しい」

「だから、だれなの?」

 ミリィは思わず立ち上がり、叫んだ。

 牢屋の向こうはあいかわらずの闇である。

 いくぶんか目は闇に慣れたというもの、まだものの形を見分けられるほどではない。

 くくく……と、含み笑いが聞こえてくる。

「なに、先客さ。つまりきみらと同じ、囚人仲間ってわけだ。まあ、仲良くしようや」

 ケイはすっと片手をあげ、指を一本たてた。

 口の中でなにかつぶやく。

 と、彼女の指先がぽっと明るく輝いた。ケイの指先からはなたれた光は、すうーっ、と空中を移動してそこに留まった。ミリィはぼう然として、その光の玉を見上げていた。

 次の瞬間、牢屋の中は明るく照らされた。空中の光の玉が、力強い光を放ち始めたのだ。

 闇になれた目には、ほんのわずかの明かりだが真昼の太陽の光のように目に付き刺さった。

 あまりの驚きに目をしばたかせたミリィは驚いてケイを見た。

「ケイ、あなた……」

「あたしだってこのくらいの魔法は使えるの。これでよく見えるようになったわ」

 彼女はにっこりとほほ笑んだ。

 ケイの魔法で牢屋の中は明るくなった。

 牢屋は思いのほかひろい。奥行きは十メートルはあり、天井も同じくらいあった。壁はすべて石組みで、天井には太い木の梁があった。

 その牢屋の向こうの壁近くに、ひとりの老人が粗末な寝床に横になっていた。老人はケイの灯した明かりに目をしばたかせ、驚きのあまり目を丸くしている。ぽかんと開いた口にはほとんど歯がなく、まっしろな白髪に胸までたっする髭をのばしていた。

 ミリィは一歩、老人に近づいた。

 老人は恐怖の表情を顔にうかべ、壁に背中を押し付けるようにして必死に身を遠ざけようとしている。

「よ、よるな! 魔法を使うとは、おぬしらは魔女か?」

「魔女? あたしが?」

 ミリィは首をかしげた。

「あたしはふつうの人間よ。お爺さんはだれなの?」

「わしはワフーという。ほんとうにおぬしは人間の女の子かね?」

「ええ、あたしはミリィ。そして明かりをつけたのはケイというエルフの娘よ」

「エルフ?」

 老人はぽかんと口を開けた。

「エルフとはあれかね? 森に暮らし、信じられないほど長生きの種族のことかね?」

 ケイはうなずいた。

「ええ、そうよ。あたしたちのこと知っているの?」

 老人はうなずいた。

「むかし、わしがまだほんの子供のころ絵本で読んだことがある。しかしただのお話しだ。まさか本当にいるとは……」

 ミリィはさらにワフー老人に近づき声をかけた。

「ねえお爺さん……ワフーさん。どうしてあたしたち、牢屋になんか入れられることになったのかしら。あたしたち、どんな悪いことをしたの? いきなりこんなことになって、あたしたちどうしていいか分からないの」

 ワフーは用心深くミリィたちを見つめている。

「よかったら、ここに来るまでのことを聞かせてもらえないかね?」

 ミリィはことこまかに町についたいきさつ、そして城の大広間での枢機卿とのやりとりを話して聞かせた。ワフーはミリィの話しにいちいちうなずき、聞き入った。

「お前さんがた、放浪罪で投獄されたのだよ。ゴラン神聖皇国では、市民権のない放浪者はそれだけで罪びととされるからのう」

 ゴラン神聖皇国……。ミリィは地理の授業で習ったことを思い出した。そんな北方にじぶんたちはきていたのか!

 ケイは憤慨していた。

「旅をしていただけで罪人なんて、そんなのないわ! それじゃあ、この国のひとたちはどうやって旅をするのよ?」

「町の領主に通行許可証を発行してもらうのだ。本人の身分証とともに、旅の目的、どこへ行くか、そのルート、そして滞在日数、自宅に帰る予定日などを申請すれば発行してもらえる。それ以外、許可証なくして旅をすれば、放浪罪として逮捕される仕組みじゃ」

 とうとうと並べ立てるワフー老人の長広舌に、ミリィとケイはあっけにとられていた。説明する老人にとっては、自明のことなのでそれが不自然と言う意識はないらしい。

「まるで奴隷みたい」

 ミリィのつぶやきにワフーはきっと顔を上げた。

「奴隷じゃと? 冗談ではない! わしは奴隷などの身分ではないぞ! もっともわしが裁判にかけられ、運がよければ死刑を免れ、奴隷として生命を保証されるかもしれんが。まあ死刑になるよりはましじゃよ」

「奴隷? ゴラン神聖皇国には奴隷がいるの?」

 質問したミリィにワフーはうん、とうなずいた。

「ああ、いるとも。正式の身分証を持った奴隷がこの町にも何人か住んでおる。この国の奴隷は身分は保証されるし、一生懸命五年か十年真面目に勤めれば、金をためて市民権を手に入れることも出来る。悪い生活ではないよ」

「奴隷なんて信じられない……」

 ミリィの言葉にワフーは目を丸くした。

「あんたは奴隷を見たことないのかね? いったいあんたの生まれはどこかね?」

「ロロ村というの。コラル帝国の……」

「コラル帝国! あんたはコラル帝国からきたというのか!」

 ええ、とミリィがうなずくとワフーは首をふった。

「それを枢機卿に話したのかね?」

 いいえ、とミリィが首をふるとワフーは肩をすくめた。

「わしの忠告を聞く気があるなら、けっしてじぶんがコラル帝国の国民であることは知られてはならんぞ。もしそのことを知られたらスパイと思われるからな」

「どうしてスパイだと思われるんです?」

「知らんのか? ゴラン神聖皇国はコラル帝国を不倶戴天の仇敵としておるんじゃ。コラル帝国の人間だと知られたら、ただではすまん」

 ケイが口を挟んだ。

「ワフーさんはどうして牢屋に入れられることになったんです」

 老人はくしゃくしゃと笑った。

「異端審問にかけられたのさ! わしの主張が、枢機卿の癇に障ったのじゃな。”神秘の書”に書かれたことにわしがちょいと異論をさしはさんだことにされたのよ。なに、酒に酔ってつい喋ったことを密告されてしまってな……まったくとんだことだわい」

「その”神秘の書”ってなんです?」

「預言書だよ。ゴラン神聖皇国が将来進むことになる予言がそこには書かれているとされている。わしはもともと聖職者でな、しかしあまり信仰の強いたちではなかったのでな。わしには”神秘の書”に書かれたことが一から十まですべて信じることは出来なかった。それが悪かったのじゃな……」

 ワフーの額にふかいしわがきざまれ、かれは唇をへの字に曲げた。

 ふと顔を上げ、寝床で背中をむけているヘロヘロに目をやる。

「ところであんたらの連れはどうしたのかね。さっきからずっとあのままじゃが、どこか身体が悪いのかな?」

「そんなんじゃないと思うけど……」

 ミリィはヘロヘロをふりかえった。ヘロヘロは寝床に横になり、さっきからぴくりとも動かない。

「ヘロヘロ、あんた眠っているの?」

 いいや、とヘロヘロは返事をした。

「どうしたのよ、ずっとそんな調子で」

 ほっといてくれ! と、ヘロヘロは叫んだ。

 と、ケイが唇に指をあてた。

「だれかくるわ!」

「明かりを!」

 ミリィが叫んだ。ケイはさっと牢屋を照らしている魔法の明かりに近づき、ふっと息を吹きかけた。魔法の明かりはたちまち消えた。

 かつーん、かつーんと足音が近づいてくる。

 ミリィは背伸びして扉の覗き穴に目を押し当てた。

 通路の向こうから、番人らしき人影が近づいてくる。右手には数枚の皿をもち、左手には取っ手のついた桶を提げていた。桶が揺れると、中の液体がちゃぽんちゃぽんと音を立てる。

「飯じゃ!」

 ワフー老人が起き上がった。

 番人はミリィらの牢屋の前にくると懐から鍵束を取り出した。がちゃがちゃと鍵束をならし、そのうちの一本を選び出す。扉を開けるのかと思ったら、膝をかがめて扉の下の部分にその鍵をつきさし、ひねった。

 がちゃり、と音を立て扉の下のちいさな窓が開いた。どうやらそこから食料を差し入れする仕組みらしい。ワフーはちょこちょこと小走りに近づいた。

「食え……」

 番人はぼそりとつぶやき、小窓から皿を突き出した。なにかどろりとした液体がたまっている。うれしそうにワフーはそれを受け取り、大事そうにかかえる。皿を受け取ると、番人はパンを投げ入れ、ワフーはひったくるようにそれを拾い上げた。

 ミリィたちの分も番人は牢屋の中に寄越してきた。それを受け取ったミリィは、疑わしそうな顔になった。

 ばたん、と小窓が閉められ、番人はまた遠ざかった。

 足音が聞こえなくなるのを確認して、ケイはまた明かりを灯した。

 ワフーは与えられたパンを皿の中に浸してもぐもぐと齧りとっている。

 それを見てミリィは指を皿の中につっこみ、ちょっぴり掬い取って舐めてみた。

 塩辛いだけで、味も何もない。うえっ、とミリィは顔をしかめた。とても食べられるようなものではなかった。ケイもまた同じような感想らしい。皿を前にもてあましているふたりを見て、ワフーが声をかけた。

「どうした? 食えんのか」

 ミリィがうなずくと熱心な表情になった。

「だったらわしに寄越せ! 残すなどもったいない」

 ミリィとケイがワフーに皿を渡すと、ワフーは実に嬉しそうな表情になった。がつがつと食べ始め、あっというまに底まできれいに舐めとってしまう。

 ミリィは床にすわりこんだ。ケイも側に来てならぶ。

 ワフーは満腹したのか、眠そうな目になってこくり、こくりと舟をこいでいる。

 やがて横になり、寝息をたてはじめた。

 ふたりはぼそぼそと小声で話し合った。

「どうなると思う? ケイ。こんなところに閉じ込められて」

「わかんない。大体、人間の町にきたのだって、あたし初めてだし。それよりミリィ。ヘロヘロのことだけど……」

「そうなのよねえ……あれからなんだか、すっかり静かになっちゃって。やっぱり角をなくしたのがショックだったのかしら」

 ふたりは寝床に横になっているヘロヘロを見た。

 あいかわらず背中を見せ、まるで不貞寝をしているように見える。

 ミリィは話しかけた。

「ねえヘロヘロ。なんか喋りなさいよ。そんなに角がとれたのがショックだったの?」

 ヘロヘロはむくりと起き上がった。

 ふたりに顔をむける。

 きわめて不機嫌そうである。

 角のあったところには、まるいあざのようなものができている。それをヘロヘロは指でなんども撫でている。

「おれは魔王でなくなった……」

 意外なヘロヘロの告白に、ミリィとケイはあっけにとられていた。

「魔王じゃなくなったって、どういうこと」

「あの角がなくなってから、おれは人間たちの苦痛、感情をなんにも感じとれなくなってしまった。その感情を受け取れないということは、魔法のエネルギーを吸収できなくなったということだ……くそ! 世界を支配したおれが、こんなところで!」

 ミリィは首をかしげた。

「ねえ、どうして世界を支配できないことがそんなにショックなの?」

「はあ?」

 ヘロヘロは妙な顔になった。ミリィの言うことが理解できないという表情だ。

「おれは魔王だったのだぞ! かつて世界はおれのもとにひれふし、おれは全世界を支配していたのだ! なのにいまはこんなちっぽけな力しかない……」

 口惜しそうにヘロヘロは拳を握り締める。

「だからどうして世界を支配したいの?」

 ミリィの言葉にヘロヘロは絶句した。

「どうしてって……そりゃ……」

 いいかけ、かれは目を白黒させた。

 眉を寄せ、真剣に考え始める。

「おれは魔力を強めた……魔力を強めるためよりいっそう人間たちの苦痛や、感情を必要とした。そのため特別に設計した城もつくらせた……するとさらにおれは強さを増した……」

 ミリィとケイはじっとヘロヘロを見つめた。

 なにか重大なことがヘロヘロにおきている、そんな直感がはたらいていた。

 回想しているヘロヘロは遠い目になった。

「そうだ、あのころはおれは支配欲に燃えていた。もっと沢山の感情、もっと激烈な苦痛を求めていた……それが手に入るとさらに強い魔力を求めた……」

 かれは自分の手の平を見つめた。

「だがいまはあんな力は持っていない……持つことも出来ない……」

 はっ、とヘロヘロは何かに気づいたように顔を上げた。

「だがどうして必要なんだ? おれは生きている! 千年間の眠りを越えていまは生きているじゃないか!」

 立ち上がった。

「それでじゅうぶんじゃないのか?」

 ぼう然とつぶやいた。

「おれは魔王になる必要があるのか?」

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