投獄
ひさしぶりの投稿です。ミリィとケイ、そしてヘロヘロの三人は町を見つけるのですがそこで大変な目にあうことに……。
ミリィ、ケイ、ヘロヘロの三人は旅を続けていた。
案内棒の指し示す方向に従い、旅をしているうち、季節が冬から春に変わるように、まわりの景色も荒涼とした荒野から、緑おおい地帯へと移っていく。どうやらエルフの魔法による荒廃の影響がない地域にきたようだった。
「そろそろ町につきたいわ。もう、何日もお風呂に入っていないんだもの」
ミリィはため息をついた。ケイもうなずいた。
「そうよねえ……そろそろ食料も補給したいし……」
エルフの携行食料はすくなくなっている。あと何日もたせられるか、とケイは心細さを感じていた。
「案内棒に聞いてみたらどうだ。どこかの町に案内してくれるかもしれないぞ」
ヘロヘロの言葉に、ミリィとケイは顔を見合わせた。
「そんな使いかた、考えたこともなかったわ」
ケイはつぶやいた。
「ちかくに町があれば、案内棒は連れて行ってくれるかしら?」
ミリィは物入れから案内棒をとりだした。手にとり、じっと見つめる。
「やってみましょう!」
ケイの言葉に、ミリィはうなずいた。
「あたしたち、近くの町に行きたいの! 教えてくれる?」
そう言って、ぽんと案内棒を空中に放り投げる。
案内棒は空中でくるくると回転し、やがて水平になると停止した。しかしふらふらとなかなか矢印がさだまらない。ミリィは眉をひそめた。
「どうしたのかしら? なんだかあたしたちに教えるのを嫌がっているみたい」
「まさか」
ケイは笑った。ミリィは空中で漂っている案内棒を見上げ、声をかけた。
「ね、行き先を教えて! お願い」
案内棒はぶるぶると震え、やがてある方向をさしてとまった。
「そっちへ行けばいいのね。ありがと!」
ミリィが手をさしのべると、案内棒はすっと空中をすべっておさまった。ケイは首をかしげた。
「こんなこと初めて……。どういうことかしら?」
「いいじゃない、とにかく案内棒の指したほうに行きましょう!」
三人は歩き出した。
人が住んでいる地域に近づいたことは、周りの景色で確認できる。
ただの草原だったところにひろびろとした畑が見えはじめ、砂利をしきつめた道があらわれた。収穫の季節はすでに過ぎていたので、畑にはなにも植えられていなかったが、あきらかに人手が加わっていることが判別できた。
やがて白い壁と、赤い屋根瓦のならぶ町が見えてきた。
町の中心には高い望楼のついた建物がそびえている。城である。城の望楼には青地に金色の紋章を刺繍された旗がひるがえっていた。
三人が町のなかにはいると、人々がじろじろと好奇の視線を投げかけてくる。たいていはヘロヘロにむけてである。目が合うと、ぎょっとしたような顔になり視線をそらす。
人々の身につけている服は地味な色合いの、簡素なデザインのものである。男はざっくりとしたフードつきの上着に、ぴっちりとしたズボン。くるぶしまでかくれる革靴、上着は粗末な紐で縛っている。女も同じようなデザインだが、足もとまですっぽりかくれるスカートと、黒いエプロンをかけているのが違うくらいだ。町全体に禁欲的な印象があった。
ヘロヘロを見た住民のなかにはあわてて奇妙な手つきをする者もいた。指を交叉させ、目の前でさっと横にふり、その手を背後にかくす。なにかのまじないのようだった。
ヘロヘロは渋面をつくった。
「どうやらおれは嫌われているらしいな」
ミリィとケイはヘロヘロの額から突き出ている角に目をやった。黄色い絵の具を塗りたくったような顔のヘロヘロは、どう見ても普通の人間には見えない。
ケイは宿屋の看板を見上げた。
「泊めてくれるかしら?」
三人は最初に目に入った宿屋に近づいた。
ドアを押し開けると、カウンターで店番らしき少年がぎょっとした顔でこちらを見る。
ケイは少年に近づいて話しかけた。
「あの、泊まりたいんですけど」
少年は震えだした。明らかにその視線はヘロヘロに向いているようだ。
「あ……悪魔……! お、お助け!」
真っ青になり、少年はカウンターから飛び出すと、あたふたと裏口に駆け込んだ。ばたりと音をたて、ドアを閉めると逃げ出していく。
ケイはミリィを見て肩をすくめた。
「駄目みたい……」
三人は宿屋から外へ出た。
外へ出ると、町の通りからはひと気がなくなっていた。
人っ子一人見当たらず、町なみには重々しい沈黙が支配していた。
ミリィはつぶやいた。
「どうしたのかしら?」
その時、道のむこうからぱかっ、ぱかっという馬の蹄の近づく音がする。馬は一頭でなく、数頭はいるようだ。顔を上げたミリィは驚きの表情を浮かべた。
騎士だった。
まるで中世の絵画から脱け出てきたような、鉄の鎧を身につけた数名の騎士が、馬に乗って近づいてくる。騎士の鎧は、陽射しをうけ、きらきらと輝いていた。その手には太くて、長い槍を持っていた。騎士の側には従者らしき男が付き従っている。
騎士が馬上で手綱を引くと、馬はあがいていなないた。
逃げ出そうとしたミリィたちだったが、いつの間にか背後にも同じような騎士が馬を進め、立ちふさがっていた。
騎士の中で一番立派な鎧を身につけたひとりが槍をぐいとつきだし、鉄兜のむこうから喚いた。
「おぬしらは何者だ? そしてそやつは悪魔か!」
槍はヘロヘロを狙っている。
ヘロヘロはふん、と鼻をならした。
「悪魔? そんな低級なものではない。おれは魔王だ! 魔王ヘロヘロ。憶えていてもらおう」
むう……、と騎士は唸り声をあげた。
「あやしいやつ! 町の住民から報せを受けたのだが、城下を騒がした罪でお前たちは裁判にかけられる。おとなしくついてくればよし、もし抵抗するならこの場で殺す!」
騎士の言葉にヘロヘロはかっとなり、拳をかためた。唇がめくれあがり、鋭い牙がむき出しになる。その様子に、騎士はたじろいだが、すぐさま立ち直り槍を構えた。
「抵抗するかっ!」
ミリィはヘロヘロの腕を掴んだ。
「だめよヘロヘロ! 大人しくしなさい」
「大人しくだと? こいつらおれを……」
「駄目だったら!」
ミリィの腕をふりはらい、ヘロヘロは一歩前へ進み出た。くわっ、とばかりに口を開き、鋭い牙を見せ付ける。
「おれをだれだと思っている……おれは……!」
「ば……化け物!」
そのヘロヘロの物凄い表情に、騎士の一人が浮き足立ち、おもわず手にした槍を横に薙ぎ払う。
がつん! と、槍のさきがヘロヘロの額の角に当たった。
ヘロヘロは衝撃で膝をがくりと折った。
とっ、とっ、とっ……と、ヘロヘロはけんけんをしてバランスを崩す。
どて! と、腹這いの姿勢で倒れこんだ。
ぽきっ……。
なにかが折れる音がした。
「ヘロヘロ!」
ミリィは叫んだ。
大変、骨折でもしたのかしら。
「うーむ……」
ヘロヘロはひと声唸ると立ち上がった。打ち所が悪かったのか、ぶるぶるっと頭をふった。
ミリィとケイは同時に叫んだ。
「ヘロヘロ、あんた!」
「おれが、何だと言うのだ」
ミリィに叩かれたショックからか、ヘロヘロはややぼんやりしているようだ。
「あんたの角……」
「おれの角? おれの角がどうしたって?」
ヘロヘロはぴしゃりと自分の額を叩く。
と、その目が驚きのあまり見開かれた。
ぱし、ともう一方の手で額を押さえる。
「おれの角が!」
「なくなっているわ……」
ミリィがあとを続けた。
ころりとヘロヘロの角が地面に転がっていた。
三人が連れてこられたのは町の中心にそびえる城の大広間だった。
なんて薄暗い部屋なのかしら。
ミリィはのしかかるような石組みで作られた天井を見上げて思った。
天井はアーチ型になっていて、ちいさな窓から外の光が差し込んでいる。しかし光源としてはそれだけで不足で、部屋には松明が灯され照明となっていた。松明に使われている油はあまり純度の高いものではないようで、じりじりと音を立てながら燃えていて、いやな匂いが部屋には充満していた。なるべくこんな場所は長いしたくないとミリィは思っていた。
あれからヘロヘロはぼんやりとした表情で、騎士たちに抵抗の気配もなく、大人しく言われるがまに連行されていた。角のとれたかれの顔を見て、ミリィは最初に会ったころのことを思い出していた。
ケイはミリィにささやいた。
「ね、ヘロヘロの角、どうしてあんなに簡単にとれちゃったのかしら?」
「判らないわ……」
ミリィは首をふった。
黙っていろ、と背後についてきた騎士が命令した。
と、広間に緊張がみなぎった。騎士たちは三人に膝まづくよう指示した。しぶしぶ三人は固い、石の床に膝をついた。
衣擦れの音がして、広間の向こうから数人の人物が入室してくる。
緋色と金の彩りが目を奪う。
「枢機卿のおなーりぃ……」
ながく、尾を引くような独特な発声で従者がさけぶ。
枢機卿……?
顔を上げたミリィは、こちらを睨みつける目に気づいた。
ぶくぶくと太った中年の男が、険しい目つきでこちらを見ている。足もとまでかくれるような分厚い生地の僧服を身につけ、顎がすっぽり埋まるような襟巻きをつけていた。その襟巻きから突き出た顔は、熱さのためか真っ赤にゆだっている。
「下郎! 許しがないのに顔をあげるとは無礼であろう。控えよ!」
ミリィはあわてて顔をふせた。
「この者たちか。報せがあったのは?」
甲高い声がミリィたちの頭上を通り過ぎる。
はっ、と背後で身動きする気配があり、騎士のひとりが質問に答えた。
「さようでございます。ダイスの町の住民より、悪魔が襲ってきたとの報告があり駆けつけますと、この者どもがいたのでございます。見たとおりひとりはあきらかに人間の女でございますが、そのほかのふたりはそうではございません。従いまして、枢機卿のお出ましを願うことになったというわけでございます」
ふむ、と枢機卿はうなずいたようだ。
「おぬしの判断はただしい。たしかにこの者どもは人とは思えぬ。黄色いそやつはあきらかに魔の属性をもっている。そして黒き肌をもつその娘も、人間とは違っておる。さて……まずは名前からあきらかにしなくてはならんな。即答をさしゆるす。おぬしら、名前を名乗るがよい」
これはミリィたちにむけて言ったらしい。
ミリィたちは顔を上げ、名前を名乗った。
「ミリィです」
「ケイ」
ヘロヘロは黙っている。
枢機卿はいらだった。
「これ、即答を許すと言ったろうが! なぜ黙っておる?」
「ヘロヘロ」
ぼそりとヘロヘロは答えた。
「妙な名前じゃの。して、どこからまいった」
三人の間で目配せがあった。結局、ミリィがこたえた。
「エルフの館からです。ここから北にある森の中にある……」
枢機卿の眉がけわしくなった。
「エルフだと? それは伝説ではないか。エルフなどというものが、この世にいるわけがないであろう。嘘を申すな。正直に言うのだ」
「そんなことないわ! あたしはエルフよ! あたしはエルフの娘、ケイよ!」
ケイはかっとなって叫んだ。枢機卿の顔が真赤になった。
「無礼者! 許しもなく発言するとは。この三人を即座に牢屋へ放り込め!」
枢機卿の命令で、その場にいた兵士たちがわっとミリィたちを取り囲んだ。無数の手がミリィたちを捕まえ、有無を言わさず連行していく。ケイの弓矢はとりあげられ、ミリィの鞭も持ち去られてしまった。階段を降りると、そこは牢獄だった。薄暗い廊下の両側に、ずらりと扉がならんでいる。そのひとつが開けられ、三人は荒々しく押し込められた。
抗議しようとしたミリィの目の前で扉がぴしゃりと閉められ、がちゃりとおおきな音をたてて鍵がかけられた。足音が遠ざかり、階段をのぼっていき、地下への扉もまた閉められる音が聞こえた。
三人は投獄されたのだ。