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訪問者

父親の諭しに反発するパックだったが……

 その夜、いつものように夕食をすませパックとホルンは食卓で向き合った。

 夕食の間、ホルンは一言も発することなくパックはそんな父親の雰囲気におされ、また言葉もなく食事をすませた。

「パック、おれがなにに怒っているかわかるか?」

 静かに話しはじめたホルンにパックはびくっとなって父親の顔を見つめた。

 そう、ホルンは確かに怒っていた。それは静かな怒りで、わめいたり怒鳴ったりするような火山のような怒りではないが、静かなだけにパックはびくびくとなっていたのだ。

「わかんないよ……」

「お前がギャンにつかった技だ。あれはおれが毎朝、お前に教えていた剣の技だな?」

 うん、とパックはうつむいた。

 だがすぐ顔をあげ声をあげた。

「それがなにかいけないことなのかい?」

 ホルンは髭をしごくように掻いた。

 なにか真剣なことを考えているときの癖である。

「どうだ、ギャンを相手にして。やつは手ごわかったか?」

「いいや……。ぜんぜん」

 そうだろう、とホルンは顎をひいた。

「おれを相手に毎朝稽古していたんだ。いっぽうギャンとは言えば、剣の稽古などしたことないだろう。つまり素人だ。お前はまだ駆け出しだが、ギャンにくらべれば剣の腕は格段にちがう……わかるか?」

「わかるよ。おれはギャンより強いってことだろ。だから?」

「だからだ……。なあ、あんなところでギャン相手につまらぬ勝負をするよりもっと良い方法があることに気づかなかったか?」

「もっと良い方法ってなにさ?」

「逃げるという手だ。あんな連中、たばになったってお前なら簡単に逃げられるだろう。それ以前に、ギャンの呼び出しを断ることだってできたはずだぞ」

 パックの顔がだんだん紅潮してきた。

「そんなの、できないよ。そんなことしたら、おれは卑怯者と言われる!」

「卑怯者と言われても、他人に怪我をさせるよりましだろう?」

 で、でも……でも、とパックはうまく言葉で説明できない。確かにホルンの言うとおり、あの場から逃げ出そうと思えば出来たろう。しかしそれはギャンに次の口実をあたえることになる。パックはあの場で決着をつけるべきだと思ったのだ。

 そんなパックの気持ちを読んだのか、ホルンは言葉をついだ。

「あの時、おまえは木の枝を使ったな。だがもし、太い木の棒だったらどうだ? 軽くあしらえたろうか? ひどい怪我をさせることになったかもしれない。その場では勝ったと思えても、長い将来おまえが後悔しないとは言い切れないだろう? 他人を怪我させたり、ましてや殺したりすることはひどくつらいぞ……」

 パックははっとなった。

 ホルンは戦争にいっている。

 その戦争のことを、父親はいままで何一つ語ったことはなかった。いまもそうだ。しかし、いまホルンが語ったことがなにも関係ないとは言えないだろう。

「もう寝ろ。一晩眠ったら、おれの言うこともすこしは胸に落ち着くかもな」

 うん、と答えてパックは立ち上がった。

 パックの部屋は二階にある。

 階段を登る途中、ホルンにおやすみを言いにふりかえると、かれはテーブルに両手を乗せ、思いにふけっていた。

 パックは何も言えず、静かに部屋にもどった。

 

 眠りは浅かった。

 どんどんどん、という玄関のドアをノックする音に目が覚め、ベッドから起き上がる。

 父親の足音が階下で聞こえ、玄関へ向かう。

 パックは足音をしのばせ、そろりとベッドから降りて階段に近づいた。

 あたりは真っ暗だ。

 と、ぽっと階下に明かりがつき、ホルンがドアを開く気配がする。

 その明かりをたよりにパックは階段を降りていった。

 二、三歩降りてすぐに一階の様子が見えてきた。ホルンはドアを開いたところで、玄関からひとりの男が内部に入ってきたところだった。

 ホルンはその顔を見てあきらかに驚いた様子をしていた。

 パックは見つからないよう背を低くすると、その場を見守った。

 入ってきたのはホルンと同じくらいの年頃の痩せた陰気な印象の男性だった。

 ぺたりと額にかかる黒髪、げっそりとこけた頬には一面に無精ひげがのびている。身につけているのは濃い灰色の足もとまでかくれるようなコートで、頭から被るフードを背中にはねあげている。その下に着込んでいるのは上下そろいの革の上着にズボン。そして膝までおおうブーツ。服にはながい酷使をものがたるほころびや、ほこりがこびりついている。

「ガゼ……! 生きていたのか?」

 ホルンはぼうぜんとつぶやいた。

 ガゼと呼ばれた男は苦く笑うとうなずいた。そのままキッチンのテーブルに近づくと、どさりと椅子に腰をおろした。ひどく疲れているようで、肩がおおきく上下していた。

 ホルンは心配そうに声をかけた。

「なにか食べるかね。あまりものなら、あるが」

 ああ、とガゼはうなずき、ホルンは台所から食料をとりだしてテーブルに並べた。

 食料が並べられると、ガゼはがつがつと食べはじめた。ホルンは黙ってビールを持ってきてテーブルに置いた。

 男はそれも鷲づかみにするようにしてさらうと、がぶがぶと飲みはじめた。

 ひとしきりかれの飢えをみたす作業がつづき、ビールを飲み食べ物を咀嚼する音がキッチンに響いていた。

 ガゼ……ガゼ……?

 どこかで聞いたことがある名前だ。

 パックはおもわず大声をあげそうになり、あわててじぶんの口を押さえた。

 ミリィの父親の名前だ。

 そうだ、確かに間違いない。

 ロロ村の墓場にはその名が刻まれた墓があるはずである。

 死んではなかったのか──。

 それが生きていてホルンに会いにきたらしい。

 どういうことだろう?

 ようやく人心地がついたのか、ガゼはふうっとため息をついて天井を見上げた。

 パックは思わず首をすくめたが、ガゼは背中を向けているので見られる心配はなかった。

「なぜ生きているなら知らせない?」

 ホルンは小声であるが、怒気を声にふくませてなじった。

 ガゼは肩をすくめた。

「おれはお尋ね者だからな。すくなくとも帝国にとっては。おれが死んだことになっていれば、メイサに迷惑をかけることもない」

「娘のことは知っているのか?」

「ああ、あの戦いの最中に生まれたということは聞いているよ。あんたにも息子がいるそうじゃないか。おめでとう」

「おれのことはいい。お前、これからどうするつもりなんだ。それに、なぜ今おれに会いに来たんだ?」

 ガゼの顔が真剣になった。

「決まってる。決起のときが近づいているんだ。共和国のため、戦うときがな」

 ホルンは渋面になった。

「まだそんなこと言っているのか。戦争はおわった。決着はついた。共和国はほろび、ロロ村は帝国領になった。もう、スリン共和国なんてものは存在しないんだ。おまえは存在しないもののために戦おうというのか?」

「スリン人民軍のホルン大佐との言葉とも思えないな。共和国はまだほろんじゃいない。元首の、バタン・スリン閣下はまだ生きておられる。閣下がおられるかぎり、共和国は健在なのだ! お前は帝国の圧制に賛成なのか?」

 ホルンは静かに答えた。

「圧制? 帝国には圧制などないよ。それがあったのは共和国のほうじゃないか?」

 ガゼは叫んだ。

「馬鹿いうな! 皇帝などというまがいものの権威によりかかるような帝国に圧制がないなんて!

 人民を解放するための蜂起がせまっているんだぞ。共和国には優秀な将軍が必要だ。お前が適任なんだ。なあ、おれと一緒に来てくれ。お前のちからが欲しい」

 ホルンは哀しげに首をふった。

「おれは二度と戦争はごめんだ。それにお前の言う、共和国の戦争には大儀などない。どんなに説得されようが、おれは行く気はないからな」

 どん、とガゼはテーブルをたたいた。

「そうか、わかった! もう頼まん」

 立ち上がり、玄関にむかう。

 その背中にホルンが声をかけた。

「これからどうするつもりなんだ?」

「軍を編成する。そしていつか帝国を打倒し、人民のための政府を立ち上げる。近いうち、帝国は人民の足に踏みにじられ、皇帝とその側近の貴族たちは、人民の搾取のむくいをうけるだろう!」

 ホルンはふたたび首をふった。

「そうか……死ぬなよ」

 ガゼは無言でドアを開き、出て行った。

 しばらくそれを見送っていたホルンはふいに顔をあげ、口を開いた。

「パック、盗み聞きはよくないな」

 うへえ……! とっくに気づかれていたのか。

 立ち上がるとまともにホルンと目が合う。

「パック、いまのことはメイサに言うなよ。もちろんミリィにもだ」

 ああ、わかったよとうなずくと、ホルンもうなずきかえす。

「もう寝ろ。明日も学校があるんだろ」

 いろいろ質問したいことはあったが、いまのホルンには何を尋ねても無駄だろう。

 パックは部屋に戻った。

次回はいよいよ聖剣の儀式にむかうパックです!

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