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戦闘

帝国軍と共和国軍との戦いが勃発! ギャンは帝国軍将校として活躍を見せます。

 ギャンは懐からマッチを取り出し、靴の踵にこすりつけて火をつけた。その火を口もとへ持っていくと煙草を吸い付ける。近頃、覚えた悪癖である。一服吸いつけ、煙を吐き出しながら空を見上げる。

 よく晴れた昼下がりである。天は高く、ちぎれ雲がひとつふたつゆったりと横切っている。

 ギャンは帝国軍の蒸気車の後部座席にすわり、くつろいでいた。車の背後には、鉄人兵が乗り手のないまま膝をおりまげうずくまっている。

 目の前の街道には壊れた装甲車や、遺棄された機関銃、速射砲などがちらばり、その間を幾人かの共和国軍の兵士の死体が埋めている。戦闘が一段落し、敵はあっけなく粉砕され逃走していった。その中を帝国軍の兵士らが、共和国大統領バタン・スリンの姿がないか確かめている。おそらく大統領は最初の戦闘ではやばやと逃げ出したのだろうという噂だった。

「やはりありませんね。捕虜にした敵兵士らの証言でも、大統領は早い段階で逃走したとのことですから」

 部下のトラン中尉が報告に来た。すこし太り気味で、暑いのか制服の襟をあけ顎から汗をしたたらせている。中尉は三十代なかばで、ギャンにくらべ二十は年上だ。ギャンが生まれる前から帝国軍に暮らし、カタツムリが這うような着実な歩みで昇進してやっとことし中尉に進級している。あっというまに少尉から少佐に昇進したギャンとはくらべものにならない。

 中尉の報告にギャンはうなずいた。それは最初から判っていたことである。なにしろバタン・スリン大統領の逃走を目撃したのはギャン自身だからだ。

 総督府を占領した共和国軍は、包囲した帝国軍の投降の呼びかけを無視し、おこがましくも攻撃してきた。応戦した帝国軍は数をたのみにじりじりと包囲の輪を縮め、水も漏らさぬ作戦で攻撃したのである。目的は大統領の拘束であったが、それは失敗した。

 じつはギャンが大統領の逃走を手助けしたのである。もっともだれにもわからないよう、細心の注意をしてだが。ギャンはこの段階で共和国軍が壊滅してしまわないよう、大統領だけは逃がそうと考えていた。それができる立場にもいた。

 戦闘がはじまり、ギャンは味方の兵士の配置を、大統領が逃走できるよう変えていた。その大統領が逃げ出すのを目撃しても、帝国軍兵士たちはだれひとりとしてその記憶を所持していない。ギャンの魔法であった。

 その結果、総督府の奪還には成功したが、大統領の逮捕には失敗したのである。

 責任はこの戦闘を指揮した上層部ということになった。

 ギャンは帝国の地理を思い浮かべていた。

 南に共和国軍、北にゴラン神聖皇国。

 いま帝国軍の主力は共和国軍討伐のため、南に移動している。帝国の首都ボーラン市を守るのは近衛兵で構成された、わずか一個師団にすぎない。神聖皇国が帝国を攻撃しようと考えるなら絶好の機会である。

 神聖皇国と帝国の間には海が隔ててある。神聖皇国が帝国を攻撃しようとするならば、まず海軍を動かすはずだ。

 ギャンはそれを待っていた。神聖皇国との戦争が始まれば、現在の共和国軍との戦いなど老婦人のお茶会とした思えないほどの、凄まじい戦いになるはずだ。

 共和国軍など、ほんらいは数個連隊規模で討伐できるのだが、帝国は威信のためか全兵力の半分にあたる二個師団を動かしていた。

 卵を割るのに大砲を持ち出すようなものだ。

 ギャンは軍令部の作戦に冷笑的だった。

 と、かれは座席から背をはなしのびあがった。

 むこうから伝令が一騎、馬をとばして近づいてくる。

 帝国の軽騎兵である。

 それを見てギャンはくすりと笑った。帝国はいまだに前世紀の遺物としか思えない騎兵を所持している。それも重騎兵、竜騎兵、軽騎兵の三種である。重騎兵、竜騎兵ともに蒸気機関による装甲車や戦車が登場する前は戦闘の花形であったが、いまはもうさすがにパレードなどの飾り物になっている。ただ軽騎兵だけは伝令として、現在も使用されていた。

 真っ赤な上着に白いズボン。ズボンの横には黒と黄色でラインがひかれ、かぶっている兜の天辺にはひらひらと羽飾りをあしらっている。軽騎兵が馬を飛ばし近づくと、腰のサーベルががちゃがちゃと鳴った。

 騎兵はギャンを認め馬を近づけた。

「ギャン少佐殿でありますか?」

 ああ、とギャンがうなずくと騎兵は馬からひらりと飛び降りさっと敬礼をした。かちんとブーツの踵を打ち背筋を伸ばす。

「報告いたします! 帝国第五連隊隊長ホルツ大佐は今回の作戦の主目的であるバタン・スリン大統領の捕獲に失敗。更迭されました。したがいましてギャン少佐が連隊の隊長として任命されることになります。これが任命書です」

 さっと胸ポケットから封筒を取り出す。

 受け取り、ギャンは中身を確認した。

 騎兵はさらに報告を続ける。

「軍令部より命令! 本日ただいまよりギャン少佐以下第五連隊はロロ村に進軍。ロロ村を占拠する共和国軍を撃破し、村を解放するようにとのことです!」

「承知した、と伝えてくれ。おれはこれよりあの鉄人兵に乗り込み、ロロ村に向かう、とな」

 騎兵はさっと敬礼した。

 ギャンが答礼すると、騎兵はふたたび馬にまたがり軍令部へ向け去っていった。

 隊長か、良い響きだ。

 となりでひかえていたトラン中尉にギャンは顔を向けた。

「中尉! すぐ全員に伝えろ。これからただちにわが軍はロロ村奪還に向かう、とな。可及的速やかに進軍の用意!」

 トラン中尉は敬礼した。

 立ち去る前、ちょっとギャンにむかい口を開いた。

「少佐殿、連隊長就任、おめでとうございます」

 顔が赤らんでいた。

 早く行け、とギャンは手をふった。

 はっ、と答え中尉はきびきびとした歩きで立ち去る。

 出発だ! 蒸気機関に火を入れろ! なにを愚図愚図しておるか!

 中尉の怒鳴り声が聞こえてくる。

 ギャンは後ろの鉄人兵に目をやった。

 この総督府作戦では使う機会がなかったが、今回は出番がありそうである。

 楽しみだ……。

 ギャンはにやりと笑みを浮かべていた。

 

「いよいよ帝国軍が近づいてきた。戦いになるだろう」

 ガゼの言葉にホルンは顔を上げた。

 自宅に軟禁状態になって、もう十日以上になる。ホルンはガゼの、村の占領に対する協力を拒否した。ガゼはホルンのロロ村に対する影響力を考え、自宅に軟禁する処置を決めたのである。自宅の玄関には二十四時間共和国の兵士が見張りに立ち、銃を構え近づく村人を遠ざけていた。一日に三回、メイサが食事を持ってくるときだけドアを開けるだけで、あとは一切ホルンは村人の顔を見ることなく過ごしていた。

「ガゼ、もうやめろ」

 ホルンの言葉にガゼはきっとふり向いた。

「なあ、戦いはやめないか? 帝国は本気だぞ。前は逃げられたが、今回はそうはいかん。お前、死ぬぞ。メイサのためにも、生きろ!」

 ホルンは数日前の、総督府の方角から聞こえてきた砲撃の音を思い起こしていた。半日間、大砲と機銃の音が聞こえて、ぱたりと止んだ。あっけないほどだった。帝国軍は主力をこのあたりに集結させているのだろう。たった半日で共和国軍の反撃が終わったということは、それほど彼我の戦力が圧倒的な差を持っていることを示している。

「そうはいかない。おれは大統領と共に帝国を倒すまでやめない! メイサのことは……」

 ガゼはおおきく息を吸い込んだ。

「おれは死んだものと思ってくれと、昨日言っておいた。あれは判ってくれる」

「馬鹿な! ミリィはどうなる? あの娘は、一度もお前の顔を見たことがないのだぞ。お前だって娘の顔を見たことはないだろう?」

「判っている……。しかし、どうしようもないのだ……。すまん! ふたりのことを頼む」

 ホルンはかぶりをふった。

「おれにはわからん。お前がなぜ、そんなにも共和国に忠誠をつくすのか?」

 その言葉に、ガゼは無言だった。

 その時、ドアが開きひとりの共和国兵士が入室してきた。制服はよごれ、あちこち焼け焦げや、かぎ裂きができている。兵士の顔も泥と血でよごれ、ひどい有様だ。

「どうした?」

 ガゼが叫んだ。兵士はあえぎあえぎ報告した。

「総督府は陥落しました……わが方の損害は多大……大統領閣下は……」

 兵士はさっとガゼにちかづくと、なにごとかを耳打ちした。

 ガゼの顔色が変わった。

 よし、とうなずくと大股にドアにちかづき外に出ると叫ぶ。

「撤収だ! 全員、車両に乗り込め!」

 なにごとかとホルンが顔をあげると、ガゼはふりむき笑った。

「大統領は無事脱出した! おれたちはこれから南方に移動し、あらたな戦線を設定する。安心しろ、ロロ村はもう戦争から逃れることが出来るさ」

 立ち上がるホルンを尻目に、ガゼはさっさと歩き去った。

 ホルンの家の前に、巨大戦車が停まっている。

 その巨大さは、ほとんど陸の戦艦と言って良いほどである。

 高さは三階建て、いやもっとあるだろう。見上げるほどの巨体に四門の主砲があたりを睨んでいる。主砲は砲線が重ならないよう高さ、位置を工夫してある。したがって四門同時におなじ目標を狙うことも出来る。もっとも高いところにある主砲は、低い位置を狙うことが出来るよう、俯角がとれるよう工夫されている。

 その巨体を移動させるためのキャタピラも巨大だ。キャタピラ部分だけでも、大人ひとりぶんの高さはある。乗り込むためには車体後部からドアを開け、階段を引き出して乗り込む。

 ガゼは数人の兵士らに出迎えを受け、戦車に乗り込んだ。

 戦車には一度に五十名の乗員が乗り込むことが出来た。が、いまはその倍の百名近くが乗り込んでいる。撤退のためである。

 かつかつかつ……と、ブーツの足音高くガゼは最上階にある司令室に入った。

 司令室には共和国軍の参謀将校らが待っていた。

 ガゼが入室すると、全員起立した。

 司令官の席に着席すると、ガゼはマイクを引き寄せた。

 スイッチを入れると、ガゼの声が戦車のすみずみまで響く。

「わたしはガゼ司令官だ! これより共和国軍は南方へ撤退し、あらたな拠点を築きあげ帝国軍との戦いを続ける。そのため全軍の安全な撤退を支援するため、この戦車が殿軍となって主力を守ることとなる。戦いの目的は敵軍の打破ではなく、味方の安全な移動を支援するためである。したがって損害はなるべく少なく抑えたい。諸君の奮励を期待する!」

 がらがらがら……。

 巨大な軋り音のような響きを立て、キャタピラが動き出した。

 どすどすどす……。

 戦車の移動であたりの地面が津波のように揺れている。

 ホルンはあわてて家の外に飛び出した。

 ゆっくりと戦車が巨体を移動させていく。

「ガゼ……」

 ホルンはつぶやいた。

 その側にメイサがよりそった。

「あの人、死ぬつもりなんでしょうか?」

 ホルンは眉をよせた。

「判らん。だが、共和国のため命をささげるつもりなのは確かだ」

 メイサは手で顔をおおった。

「わたしに判りません。なんであの人あんなに……」

「おれにもわからんさ」

 ふたりはじっと戦車を見送っていた。

 

 帝国軍の主力は何事もなくロロ村に迫った。途中、予想された共和国軍の抵抗はなかった。ということは、敵は撤退を始めたということである。

「敵軍は撤退を始めたようですな。斥候の報告でも、大規模な移動が確認されております」

 ふむ、とギャンはうなずいた。撤退は予想されていたが、これほど無抵抗とは予想外だった。もうすこし骨のあるやつらかと思っていたが、これでは当てが外れた。

 しかし、と部下のひとりの報告にギャンは耳を澄ませた。

「気になることがひとつ。敵軍は巨大な戦車を保有しているようです。これが殿軍となって撤退の最後に立ちはだかっている模様です」

「巨大戦車? それはどんなものだ?」

 にわかに興味をおぼえ、ギャンは身体を乗り出した。

「それが……まるで城か、戦艦のような巨大さで、報告によりますと主砲を四門もそろえ、人員は百名近いという報告です。信じがたい報告ですが、複数の斥候が同じことを報告しておりますので、事実と思われます」

「なんで、そんな巨大な戦車を造ったんだろうな?」

「判りません。戦争の常識からは外れております。そんな巨大戦車をひとつ作るより、十台の通常戦車を作ったほうが機動力が増すはずですからな」

 部下は苦笑した。ギャンはうなずいた。

 まあいい。その戦車が実在するなら、おれの戦いも目立つことができる。

 ギャンは部下に命令した。

「よし、ともかくロロ村に急行することだ。全軍、進撃を命じろ!」

 はっ、と部下はきびきびと応じた。

 ロロ村の入り口近くで終結していた帝国軍は、ギャンの指令により動き出した。

 ギャンは待機していた鉄人兵に乗り込み、作動スイッチを入れた。

 ぐおおお……!

 野獣の咆哮のような音を立て、鉄人兵に命が吹き込まれる。

 全軍は進撃を開始した。

 

 ロロ村の向こうの森からかすかな土ぼこりが上がっている。

 帝国軍の戦車部隊の隊長が砲塔から顔をだし、双眼鏡を目に当て叫んだ。

「ギャン少佐! あそこに敵軍の移動した痕跡があります!」

 よし、と鉄人兵の操縦席からギャンはうなずいた。

「砲撃を開始!」

 かれの命令で帝国軍は砲門を開いた。

 帝国軍の砲門は蒸気を使った蒸気砲である。

 ぼうだいな蒸気が砲口に送り込まれ、圧縮された蒸気圧が砲弾を発射させる。

 ずばあん、と砲弾が発射されると、あとにはもうれつな白い蒸気が残される。

 ずばっ!

 しゅるしゅるしゅる……!

 ずばっ!

 しゅるしゅるしゅる……!

 砲弾には空気の抵抗で威嚇的な音が鳴るよう、ちいさな笛が取り付けられている。それが落下するときぴいーっと甲高い音を立てるのである。

 ぴるるるるる……!

 どかーん!

 それらの音は、敵軍の兵士の戦意をそぐような効果を上げていた。しかし村人にとってはそれ以上の恐怖であった。

 主戦場はロロ村ではないにしろ、頭上を飛び交う砲弾の音に村人は青ざめた。みなホルンの家のまわりに集まり、不安な顔を見合わせていた。

「安心しろ。この村には砲弾は落ちないよ」

 この中でただ一人、戦争を体験しているホルンは断言した。その言葉に村人は一様にほっとした顔をしたが、やはり不安はぬぐいきれない。

 どすん!

 どすん!

 今度は共和国軍の反撃だ。巨大戦車の砲門が開いたのだ。共和国軍の砲門は火薬を使った発射装置である。黒い煙が硝煙の匂いと共に立ち昇る。

 ふたつの軍隊の砲弾がロロ村を飛び越え、おたがいを狙っている。

 村人の一人が叫んだ。

「帝国軍だ!」

 どどどど……と、帝国軍の主力が接近してきた。戦車、装甲車、兵員輸送車が列をなして進撃してくる。ときおり、索敵のためか戦車の砲門が砲弾を送り込む。反撃があれば、そこに敵がいるものとして照準を修正するためである。

 ロロ村の村人は歓呼の声をあげた。

 帝国軍の兵士は手をあげ、それに応える。

 敵を目指し、帝国軍は進撃していく。つぎつぎと通りすぎる車両を見送ったホルンは、その最後に現れた異様なものに目を見張った。

 なんだ、あれは?

 巨大な人型の機械。鉄人兵である。

 鉄人兵はホルンの目の前に停止した。

 その胸の窓に見える顔に、ホルンは驚いた。あれは……ギャンだ!

「やあ、ホルンじゃないか」

 ギャンがホルンを見おろし、叫んだ。

「ギャン……」

 くすり、とギャンは笑った。

「ひさしぶり。こんな形で再会するとは思ってもいなかったぜ」

 ホルンはギャンの制服に目をとめた。

「軍にはいったのか?」

 そうさ、とギャンは鼻をこすり得意そうな顔になった。肩の階級賞を見せびらかせる。

「これでも少佐さ。安心しろ、ロロ村はおれが守る」

 ギャンの変貌に、ホルンはあっけにとられていた。少佐の階級以上に、ギャンは面がわりしていた。村にいたころの生意気で、そのくせ気弱なお坊ちゃまの雰囲気は影を潜め、いまではまるで別人といっていい。

「少佐殿! 敵の巨大戦車の位置が判明しました。これより全力を挙げ、攻撃を開始します」

 部下の報告に、ギャンはうなずいた。ホルンに向け、ちょっとおどけた仕草で敬礼をする。

「それじゃ、これからおれの仕事があるからな」

 ギャンは鉄人兵の操縦席にふたたび引っ込んだ。

 がるるるん……鉄人兵の、獣のような咆哮があたりを圧する。

 

 帝国軍はロロ村を通過し、共和国軍の主力と激突した。

 共和国軍の主力はあの巨大戦車である。

 戦車自体が移動要塞といってよく、その四門の主砲は近づく帝国軍をよく撃破した。

「あの戦車があるかぎり、敵の撤退を阻止することは出来ませんな。撤退を成功させれば、南方の共和国軍が息を吹き返します。それはなんとしても阻止しなくてなりません」

 部下の報告にギャンはうなずいた。

「よし、戦車はおれにまかせろ。お前たちは側面をついて攻撃する」

 ギャンの命令は時宜にかなったものだから部下たちはなんの不審も抱かなかった。さあ、ここからがおれの見せ場だ。

 ギャンは楽しんでいた。かれにとってはこれはゲームだった。

 操縦席から双眼鏡でギャンは敵の戦車を見た。

 たしかに巨大だ。

 そびえるような巨体、あたりを威嚇する四門の主砲。まるで戦艦にキャタピラをつけたようなものだ。しかし巨大すぎるゆえ、その動きは鈍重だ。そこに付け入る隙がある。

 ギャンの命令で帝国軍の装甲車、戦車の群れは村を大回りして敵の側面を狙う位置へ移動している。巨大戦車の砲門は左右に展開し、味方を狙っている。

 鉄人兵はかがみこんで、地面の岩をひとつ掘り起こした。それひとつで人間ひとかかえほどもある大きさだ。そんな岩を、鉄人兵はかるがるとあつかい、まるで小石のように片手で持ち上げる。

 鉄人兵の腕がひかれ、ちからがためられた。

 ぶーん、と音を立て鉄人兵の腕がのび、手の中の岩が空中に放り投げられた。

 岩は放物線を描き、戦車にむけて投げられた。

 着弾する。

 少し遅れてがつん、という衝撃音が聞こえてくる。

「当たりましたな」

 部下が報告する。ギャンはうなずいた。もうひとつ鉄人兵の手に岩が握られた。

 また投げる。

 吸い込まれるように岩は戦車を直撃した。

 

「くそっ! なんてことだ! たかが石ひとつで……」

 ガゼは司令塔で喚いていた。

 岩を投げつけられた戦車の内部は大騒ぎであった。

 たしかに岩を投げつけられたくらいで戦車の外板はびくともするものではない。厚さ数センチの鉄の板は、砲弾の直撃にも耐ええる強度を持っている。

 しかしその衝撃は内部に深刻なダメージを与えていた。

 戦車のエンジン、そのほか主機関にはダメージはなかったが、微妙な調整を必要とする砲門の照準は、その衝撃におおきく狂ってしまっていた。また直撃する岩の打撃は内部の兵員たちにも衝撃をあたえ、揺さぶられた衝撃であたりの機器に打ち付けられ、怪我をする兵士が多数出ていた。すぐさま替わりの兵士が交替するのだが、その間戦闘は不可能になる。

「あれはなんだ、いったい……帝国軍の新兵器か?」

 司令塔の覗き穴から鉄人兵を見て、ガゼは叫んだ。

「判りませんな。ともかく、このままでは撤退作戦は失敗します。すでに帝国軍は側面に戦線を展開させ、わが方の撤退を阻止しようという動きを見せています」

 参謀のひとりがつぶやいた。

 ガゼはきっとその参謀を睨んだ。

「なんとかして味方を逃がすんだ! そのためにこの戦車で敵軍を引き付ける必要がある。主砲をあのロボットに集中させろ!」

「しかし照準が狂っていますので……」

「そんなことはどうでもいい。目測で発射しろ!」

 ガゼの喚きに参謀は直立した。

 司令塔の内部があわただしくなった。

 戦車の主砲が鉄人兵に集中した。

 ずばっ!

 ずばっ!

 ずばっ!

 つぎつぎと主砲が火を噴き、砲弾が送り込まれる。

「ガゼ将軍! 敵のロボットが……!」

 部下の報告にガゼはふたたび覗き穴に目を押し付けた。

「動き出した……」

 ガゼはつぶやいた。

 

 鉄人は動いていた。

 どす、どすと地面を響かせ、二本の足が大地を踏みしめる。

 胸の操縦席では、その振動にギャンが耐えていた。上下にゆすぶられる鉄人の座席で、それに耐えるのは容易ではない。全身を五点支持のベルトで締め上げ、操縦席が独立した衝撃吸収機構で守られてはいるが、その振動は身体を持ち上げ、脳天に突き上げるような衝撃を与えてくる。ギャンでなくては耐え切れないほどだ。ギャンはその振動を、みずからの魔力でやわらげていた。これこそがギャンがこの機械をあつかえる秘密だった。

 鉄人はまるで人間のように軽々と動く。これもまたギャンの魔力と連動している。

 鉄人の動力源は蒸気である。蒸気圧が全身のポンプに送り込まれ、シリンダーを介して鉄人の手足を動かしている。それを操るレバーだけでなく、ギャンは魔力を使って俊敏な動作を鉄人にあたえていた。鉄人の動力源の蒸気にふくまれる”魔素”がギャンにちからを与えているからである。

 ずばっ!

 戦車の砲門が砲弾を送り込む。

 狙いはもちろん鉄人である。

 が、砲弾が着弾する寸前、鉄人はまるでそれを予測したかのように横にステップし、避けていた。ギャンは魔力で砲弾の進路を予見していた。

 それやこれやでギャンは鉄人の性能を完全に引き出していた。

 あっという間に鉄人兵は戦車に肉薄していた。

 腕をふりあげ、鉄人の鉄の拳が戦車をうちすえた。

 があん、とうつろな響きをたて、戦車の外板に鉄人の拳がめりこんだ。

 ぐるぐると戦車の砲門がてんでばらばらの動きをしめした。鉄人の攻撃に、内部の人員がダメージをうけたのである。鉄人はその砲門のひとつを握りしめた。ぐい、と腕が動き、砲のさきがへしおれた。ぐい、ぐい、と鉄人はつぎつぎと砲門をへし折っていく。またたく間に戦車の主砲は役に立たなくなってしまった。

 戦車はあわてて後退を始めた。

 ぎゅるぎゅるぎゅると戦車のキャタピラが逆転をはじめる。

 鉄人は身をおりかがめ、そのキャタピラに狙いをつけた。

 指をキャタピラにかけ、ぐいと引く。

 ばちん、と大げさな音をたて、戦車のキャタピラがちぎれ飛んだ。

 片方のキャタピラがちぎれ、戦車はぐるぐるとその場で旋回をはじめていた。

 やっととまり、ばらばらと戦車から人員が逃げ出していた。

 ぐっ、と鉄人が身を近づける。

 その口がばくりと開いた。

 巨大な口には、ぎらりとひかる鋼鉄の牙がのぞく。

 その奥にまるい、筒があった。

 その筒から、オレンジ色の炎が吐き出される。

 ぐおーっと轟音をたて、長い舌が舐めるように戦車の外板を炎があぶった。火炎放射器なのだ。

 ぎゃあーっ、と悲鳴が戦車の内部からあがった。

 肉の焼けるいやな匂いがたちこめる。

 外を観察するための覗き穴から火炎放射器の炎が内部を炙っている。いきながら焼かれる苦痛による絶叫が聞こえてくるのだ。

 その悲鳴を耳にして、ギャンは喜悦の表情を浮かべていた。

 死ね!

 死んでしまえ!

 生きていても役に立たないが、こうして死んでおれのためにエネルギーとなってくれる。

 ギャンの額の第三の目はおおきく見開かれていた。

 戦車のなかで絶叫している人間の中、ギャンはひとりの人間の存在に気がついた。

 司令塔から発散するある人物のイメージ。

 ギャンは第三の目を使い、それに焦点をあわせた。

 燃え上がる司令塔のなか、ひっしに耐えているひとりの将校。

 あれは……あの顔には見覚えがあった。

 ガゼだ!

 まだ幼いころだったが、ミリィの父親のガゼの顔には記憶があった。ミリィが生まれるころ村を離れ死んだと噂されたが、こうして生きている。

 ギャンはにやりと笑った。

 あいつは確か共和国軍で将軍となっていたはずだな。

 よし……。

 ギャンは魔力の手をガゼにのばした。

 燃え上がるガゼの制服の炎がじょじょに消えていく。ガゼはひっしになって火を消しとめようとしていたから気づかないはずだ。だがかれの顔はひどく焼けただれている。生きてはいるが、この火傷はあとをひくだろう。

 ガゼはよろよろとした動きで司令塔を脱出した。部下のだれかがかれの肩をささえ、必死になって逃げていく。

 ギャンはガゼを見逃した。あいつはここで死ぬにはまだ早すぎる。ここは生かしておいて、あとでおれの見せ場をつくる道具となってもらおう……。

 どん、どん、と散発的な砲撃の音が聞こえてくる。

 帝国軍が逃走する共和国軍に対し最後の攻撃をくわえているのだ。

 戦闘が終わり、ぞくぞくとギャンの鉄人兵に味方兵士らが終結してきた。

 みな帝国軍の勝利を報告している。

 その中でギャンの活躍は群をぬいていた。なにしろ陸の戦艦ともいえる巨大戦車を単身、戦闘不能においこんだのである。

 ギャンは胸の操縦席の蓋を開き、立ち上がった。

 するすると鉄人の身体をよじのぼり、その肩に這い上がるとあたりを見回す。

 わあわあという部下たちの喚声が聞こえてくる。

 勝利感にギャンは酔っていた。

 その目が、ロロ村のはずれにとまった。

 あれは……なんだ?

 それはシュバルの宮殿だった。

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