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サーカス

ホルストの招待で、パックたちはキオ団長のサーカスを見物することに。そこで団長の意外な申し出にパックたちは……

 帝国軍は動き出した。

 総督府の奪回と、共和国軍に占領されたロロ村を解放するためである。

 ボーラン市のメイン・ストリートを、帝国軍の主力が隊列を組んで進軍していく。

 それをパックとサンディ、それにマリアの三人は眺めていた。

「すげえなあ……」

 口をぽかんと開け、パックは素直に感心していた。通過する軍の車両は途切れなしに目の前を横切っていく。兵員を満載した輸送車からは、兵隊たちが道行く市民に手をふって喚声に答えている。道路の両側には、ひとめ見ようと大勢の野次馬が押しかけ、通過する車両に向かって熱狂的な応援をしていた。だれかが配ったのか、ちいさな帝国旗が市民の手に渡され、みなそれを小刻みにふっていた。

 最初ロロ村が占領されたというニュースを聞いたときはパックはいてもたってもいられない気持ちだった。すぐにもロロ村に帰ろうと言い出したパックを止めたのはニコラ博士だった。

「お前がいってもなにもならん。第一、戦争になったらなにをする気なんだね?」

 そう言われ、パックは言葉をつまらせた。ニコラ博士は続けた。

「ロロ村は帝国の領土だ。そのロロ村が占領されたのだ。すぐにでも、帝国軍が動き出すさ」

 そしてニコラ博士の言葉は裏打ちされた。

 まわりの市民と一緒に、パックは大声で軍隊に声援をおくっていた。

 頑張れよ……ロロ村を頼むぞ……。

 そんな気持ちだった。

 帝国軍の隊列も、そろそろ終わりにさしかかっているようだった。

 もう帰ろうか、と思ったパックは、わあ! という喚声にふり返った。

 隊列の最後から、見慣れないものが近づいてくる。

 なんだろう……。

 のびあがったパックは、あっと叫んでいた。

 なんと、隊列の最後から巨大な人型の機械が歩いてくる。

 三階建てほどの建物くらいはある高さで、ゆったりとした歩みで大通りを進んでくるのだ。

「な、なんだあ……」

 となりの事情通らしき男が、パックに説明した。

「なんでも帝国軍の新型兵器だって噂だぜ」

「新型兵器?」

「ああ、鉄人兵っていうんだそうだ。ほれ、これを見ろ」

 男は号外をひろげて見せた。

 それには総督府とロロ村が共和国軍に占領されたという記事のあとに、軍の新型兵器についての記事があった。巨大な、ゴリラを思わせるロボットが精緻なイラストで掲載されている。

 近づいてくるのは、それの実物である。

 男はじろじろとマリアを眺めた。

「言っちゃなんだが、あんたの連れているその女の子、中にだれか入っているのかい?」

 パックは首をふった。

 ボーラン市は大都会だけあって、マリアが外を出歩いても他人の詮索をあまり受けない。ただ、物珍しげな視線は慣れっこになっているが、たいていぎょっとしても知らんぷりをするくらいのものだ。男がまともに質問するのは珍しい部類にはいる。パックは男に向けて肩をすくめて見せた。男はそれで納得したのか、眉をあげてうなずいた。

 ずしり……ずしり……。

 鉄人兵が通過していく。

 地面を踏みしめるたび、地響きがすごい。

 ぼんやり眺めていたパックは、その胸あたりにある操縦席を見て「ん?」となった。

 操縦しているのは若い、少佐の階級をした兵士である。戦車兵のヘルメットを目深にかぶり、横顔しか見えない。が、その横顔は確かに見覚えがあるような……。

 あれは……ギャンではないのか?

 パックは目をごしごしとこすった。

 ヘルメットから金髪がのぞき、貴族的な横顔がちらりと見えていた。

 どう見てもギャンである。

 が、その顔はパックの記憶したギャンとはどことなく違っていた。

 他人の空似、というやつか?

 パックはいつまでも見送っていた。

 

 パックたちはその足でボーラン市帝国大学の学寮へもどった。

 学寮のとなりには、教授たちのための研究棟が付属されていて、ニコラ博士はそこの一室を与えられ、研究活動に入っている。

 博士の部屋に入ると、ニコラ博士は机に向かってなにか論文を書いているところだった。

「ああ、おかえり。どうだった、帝国軍のパレードは?」

「すげえ、迫力だったよ、博士。博士も見にくればよかったのに」

 ニコラ博士は苦笑して首をふった。

「あんなの見ても何の足しにもならん。ここで論文を仕上げているほうがましだ」

 あいかわらずだな、とパックは思った。

「そうそう、帝国軍の新兵器ってのを見ましたよ」

「新兵器?」

「これです」

 パックは男がくれた号外を博士にひろげて見せた。

「これは……」

 ニコラ博士の顔が暗くなった。

「どうしたんです?」

「テスラめ、やりおった……!」

 うめく。

「テスラ……あ、ニコラ博士の弟……」

「そうじゃ、あやつめ鉄人兵団などと言っておったのだが、作り上げたのだな。共和国軍くらいなら、通常の兵器でじゅうぶん対抗できるはずなのに、こんなものを投入するとは」

 ニコラ博士の表情に、パックはにわかに不安になった。

「どうなるんですか?」

「判らん! これによって戦禍が広がらないことを祈るよ。あのような新兵器を投入した結果、軍が総督府とロロ村の奪回だけで戦線をとどめる理性があるかどうか……はなはだ疑問じゃな」

 号外には、共和国軍の背後にゴラン神聖皇国の手が動いているということは書かれていなかった。これは帝国内部の極秘事項であり、現在も秘密裏に外務官僚が皇国に派遣されているところであった。言うまでもなく、ゴラン神聖皇国のハルマン教皇の真意をさぐるためであり、本当に共和国と手を組んでいるのか、その証拠をつかむためである。

 そうそう、とニコラ博士は話を変えるためか、一通の封書を取り出した。

「こんなものが来ておった。ホルストからじゃ」

「ホルストさん!」

 パックは声をあげた。

 ニコラ博士はにやりと笑った。

「サーカスの招待状じゃよ。お前とサンディ、それにマリア。なんとわしの分まであるぞ!」

 きゃあ、とサンディは歓声を上げた。

「うれしい! サーカスよ! ねっ、パック、一緒に行きましょうよ」

 目を輝かせ、パックの手をとった。

 パックは首をふった。

「行けないよ……おれには仕事がある」

 旅費を稼ぐため、パックはニコラ博士に紹介され、市のいろいろなところで使われている蒸気機関の調整、修理の仕事を引き受けていた。ニコラ博士のもとで修行した成果か、パックはどこの機械を修理しても、最初の一時間で評価を受けていた。ニコラ博士は旅費くらい、研究費を流用して出してやると言ってくれたのだが、パックは頑固に自分で稼ぐと言い張ったのだった。

 ニコラ博士は笑い出した。

「パック、旅費くらいもう溜まっただろう? いいから息抜きのつもりで行ってこい。ミリィを探す旅の記念とでも思えば良いさ。それにホルストがせっかく招待してくれたのだ。行ってやらんと、あやつに悪いぞ」

 そうか……そうかもな……。

 博士の言うとおり、旅費はなんとか溜まっている。

 パックはサンディを見た。

「判ったよ。サーカスを見に行こう。おれだって、正直見たい気持ちもあるし」

 サンディは満面の笑みを浮かべた。

 つぎにパックはニコラ博士に顔をむけた。

「だけどひとつ条件がありますよ」

「なんじゃ?」

「ニコラ博士も一緒に行く、ってのはどうです?」

「わしが? 冗談じゃない! わしは研究でいそがしい」

「ホルストさんに悪いって言ったのは博士ですよ」

 う……と、ニコラ博士はつまった。

 サンディも調子をあわせた。

「そうよ、博士の招待状もあるんでしょう?」

 うう……と、ニコラ博士の額に血管が浮いた。

「むう……、判った。わしも行こう!」

 博士は両手をあげた。おてあげ、といった形だ。

 

 市のはずれにある広々とした空き地に、サーカスのテントは張られていた。

 赤と黄色の縞模様のテントに、万国旗がひらめいている。すでにテントの周りには入場を待つ客が長い列をつくっていた。

 敷地の中には団員のためのトレーラーが何台も停まり、芸人たちが本番前の練習や、ショーに出演する動物たちに餌をやっている。人気なのは象で、見物人がバナナや林檎をやれるよう、餌の売り場が開かれている。子供たちは小遣いをはたいてその餌を購入して、象にやっている。象が長い鼻をのばして餌を受け取ると、子供たちは歓声を上げた。

 その中に、パックはムカデで乗り入れた。

 六対の足を動かしてやってくるムカデに、市民たちは驚きの表情を浮かべる。中にはサーカスの出し物だと勘違いしているものもいた。

 サーカスの団長のトレーラーに、ムカデを横付けすると、音を聞きつけてホルストが現れた。その格好に、パックは叫んだ。

「ホルストさん、どうしたの、その格好?」

 これか、とホルストは自分の服を見てちょっと笑った。

 ホルストはいつもの外套ではなく、黒地に金の縫い取りがあるローブを羽織っている。背中側には星とさまざまな紋章が縫い取られ、頭には三角帽を被っていた。

「キオ団長がぜひに、と言い出してなあ。こうでないと、舞台映えしないのだそうだ」

 そう言うホルストの髭はワックスで固められ、先をぴんと尖らせている。

 かれらの会話にキオ団長も出てきた。

「これはこれは……ああ、ホルストさんの招待客の方々ですな……」

 言いかけると、かれの目はムカデに釘付けになった。

「あの……あれはなんですかな?」

「ニコラ博士の発明した蒸気ムカデさ!」

 パックが答えると、キオ団長の目がきらりと光った。ムカデと、それに乗るマリアを交互に見つめる。

「あれでいらしたのですか……ふうむ」

 感心してムカデとマリアをじろじろと眺めた。ちょっと、とホルストの袖をひっぱる。

 キオ団長は背伸びして、ホルストに耳打ちをした。

 ホルストの目がおおきく見開かれた。

 パックに向かって口を開く。

「おい、パック。団長の提案だがな、あのムカデで登場してほしいそうだ。マリアも一緒に」

「へえ? マリアと?」

「お願いします」

 キオ団長は熱心にパックに向かって頭を下げた。

「登場シーンがどうにもいい演出が思い浮かばなくて困っていたのですよ。あんたらのムカデならどんぴしゃりだ! それにあのマリアさんですかな、彼女もまた印象的だ。彼女をショーの助手として使いたい。ホルストさんのためにぜひ、お願いいたしたい!」

 それと、とキオ団長はサンディにも声をかけた。

「お嬢さん、あなたも出演する気はないですかな?」

「あたし? ど、ど、どうして……!」

 サンディは真っ赤になってしまった。

「あなたのような可愛いくて、きれいなお嬢さんなら観客のうけもぴったりだ! 是非、出演願いたいですな」

 慇懃に団長は頭を下げ、サンディの手をとった。

 どうしよう、というようにサンディはパックを見た。

 ニコラ博士がくすくすと笑い出す。

「いいじゃないか、やってみろよ」

 はあ、とパックは頭をかき、サンディを見る。

「どうする?」

「パックがやるというなら、あたしもやるわ!」

 しょうがないなあ、というようにパックは肩をすくめる。

「じゃ、やるか!」

 うん、とサンディもうなずき胸を張った。

「団長さん、あたしやります!」

 おお、とキオ団長は感激していた。

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