新兵器
テスラ博士の鉄人兵が公開に!ギャンの野望はふくらむ……
「ゴラン神聖皇国がスリン共和国と手を組んだというのか!」
報告を受けたフーシェ内務大臣は真っ青になった。
王宮の大臣執務室で、ギャンはラー大尉とともに総督府の陥落と、ゴラン神聖皇国についての報告を行った。
内務大臣は執務室のなかをいきつもどりつし、頭をかかえていた。
執務室にはほかに帝国陸軍大臣、海軍大臣も出席していた。
「さっそく戦争の準備をしなくてはなりませんな。全兵員に緊急招集をかけ、予備役も後方支援の態勢をとらなくては。それと総督府へむけ、ただちに軍を進発させましょう。報告があったロロ村へも派遣しなくてはなりません」
陸軍大臣の言葉に海軍大臣もうなずいた。
「わがほうもすべての艦船に出動の用意をさせましょう」
内務大臣は首をふった。
「まだ早い! 戦争準備の前にまずゴラン神聖皇国に外務大臣に命じて特使を派遣しなくては! ハルマン教皇に、真意を確かめる必要がある。第一、まだ宣戦布告もされていないのだぞ」
陸軍大臣は眉をしかめた。
「馬鹿な! 共和国の背後に皇国の手が伸びているとすれば、準備はすぐにでもはじめないと間に合わないですぞ!」
「しかし予算もまだ通過させていない現状では、そんなことにかまけてはおられんのだ。元老院はもとより、平民議会がどう動くかわからん。あんたらわかっておるのかね? 戦争には大変な戦費が必要だ。特別枠を設けて、予算を組みなおす必要がある」
「予算と言えば……」
陸軍大臣が思い出したというようにギャンの顔を見つめた。
「少尉、きみはたしか兵器開発部の所属だな」
「そうです」
「先週、きみのところから新たな予算が計上されたな。莫大な金額だ! 内容は新兵器開発とうたっていたが、いったいどんな計画なんだ? 良い機会だ、説明してもらおうか」
ギャンはにっこりと笑った。邪気のない、だれの疑いも溶かすような笑顔である。
「まさに新兵器です。これにより、わがコラル帝国は無敵の軍隊に生まれ変わります!」
陸軍大臣と海軍大臣は顔を見合わせ、同時に口を開く。
「その新兵器とは何だ?」
言い終わっておたがいむっとした顔で見合った。
ギャンは胸をそらせた。
「鉄人兵団です!」
全員、目を丸くした。
翌日、ギャンの案内で内務大臣、陸軍、海軍両大臣がテスラ博士の研究室に招待された。
研究室に入った三人は、目の前の光景にあっけにとられていた。
「これが……そうか……」
あまりの驚きに、言葉も出ない。
それは巨大な人型の機械であった。つまりロボットである。
身長五メートルはあるだろうか。
どっしりとした足は大地を踏みしめ、長い両腕は金属の輝きに照明を跳ね返している。
「まだ試作品だがな……動作は保証するよ」
テスラ博士は誇らしげに自分の作品を手の平で叩いた。ぱんぱんという金属特有の反響音が研究室にひびいた。
その人型の兵器は恐ろしげな印象をあたえるよう、デザインも工夫されている。手首にはごつごつとした棘のついたリングをはめ、顔はいかつくどことなくゴリラを思わせる。
「動かしてみましょうか?」
そう言いながらギャンは梯子をかけ、ロボットの胸にのぼった。胸の前が両側に扉のように開き、内部に人間が乗り込めるような座席が出現した。ギャンはその座席にのぼり、ベルトをかけた。
胸の扉が閉まるが、視界が確保されるよう覗き窓がついている。その窓からギャンは首をつきだした。
「少しさがっててください」
その声に、全員あわてて後ずさる。
ぶるるるるん……。
エンジンの始動音がして、ロボットの関節からしろい蒸気がふきだした。
しゅっ、しゅっ、しゅっ!
ばしゅーっ!
もうもうと蒸気が湧き出し、みなわっと驚きの声をあげた。
ぶるぶる……とロボットの全身が震えだした。
ぐっと片足をあげ、一歩踏み出した。
ずしいぃん……!
もう一歩!
ずしいぃん……!
踏み出すたび、地響きがする。
ずしずしと大地を踏みしめ、ロボットは研究所の出口へと向かう。
「扉を開けてくれ!」
ギャンの声に、待機していた兵士があわてて扉を開いた。
どすん、どすんとロボットの歩きにつれあたりの機械が揺れている。
三人の大臣は走り出した。
研究所の外に、廃棄処分になっていた旧式の蒸気装甲車が停めてあった。
ロボットはその前に立ち止まると、手をふりあげた。
ぶーん、と音を立てふりまわし装甲車のまんなかにふりおろす。
ぐわしゃ!
ものすごい音を立て、装甲車は一撃でぺしゃんこになってしまった。
もう一度!
今度は地面にめりこんだ。
ロボットは両腕を伸ばし、スクラップになった装甲車を持ち上げる。
ぶん、と放り投げる。
どしゃ、とスクラップは地面に投げ出され、何度かバウンドした。やっと停まったときは、原型を失っていた。完全なくず鉄である。
ぼうぜんとして言葉もなかった大臣たちはやっとわれに返った。
「すごい……なんという威力だ!」
陸軍大臣がつぶやいた。
それに海軍大臣も同意した。
「まったくだ、あんな兵器があれば、わが軍は無敵といっていい!」
大臣たちは感銘をうけていた。
だがテスラ博士は首をふった。
「だが、これを戦争に使うには問題がある!」
なぜだ、という目つきにテスラ博士は肩をすくめた。
「乗り手がおらんのじゃよ」
「乗り手?」
「これを操縦することができるのは、いまのところギャン少尉しかおらん。ほかのものがあれに乗り込むと、揺れで正気を保つことすら難しい有様じゃ! 大量生産にはいるには、その問題を解決しなければならん」
ふうむ……と、陸軍大臣は顎をなでた。きっとテスラ博士に向き直り、口を開いた。
「博士、ぜひこの鉄人兵団は完成させなければならん! 予算はいくらでもつぎこむ。なんとしても実用化してもらいたい」
判った、とテスラ博士はうなずいた。
デモンストレーションが終わり、大臣らが帰った後苦々しげな顔つきなってロボットを見上げた。
「どうしたんです? なにか不満でも?」
ギャンが問いかけると首をふった。
「いや、なんでもない」
そうですか、とギャンは肩をすくめた。
まあ、今回はこんなものだろう。総督府のこと、ゴラン神聖皇国のこと、そしてこの鉄人兵団のことを披露できたのは上出来にはいる。これによって、ギャン少尉という名前は大臣たちの胸に深く刻まれたはずだ。あとは待望の、共和国との戦争によって、ギャン自身が活躍して英雄となる道が残されている。
ギャンには自信があった。
ギャンが立ち去り、ひとり残されたテスラ博士は、難しい顔つきでロボットを見上げていた。
唇が噛みしめられる。
「くそ! やはり兄にはかなわないのか……」
鉄人兵団の構想が現実のものとなり、テスラ博士は大急ぎで試作機を造る羽目になった。
いや、それはいいのだが出来たものは博士の構想とはまるで違っていた。最初はもっと人に近いサイズにしようとしていたのである。が、装置の小型化と、知能を組み込む手順に自信がもてず。やむをえず人間が乗り込む設計に変更したのだった。
いわば眼前の鉄の巨人は妥協の産物である。
兄のニコラ博士が作り上げた真鍮の少女、マリアをテスラ博士は思い浮かべた。あれこそ芸術だ……おれの鉄人兵はただの人型の乗り物にすぎん。かれは苦く敗北を噛みしめていた。
数日後、ギャンのもとへ軍令部から昇進の辞令が届いた。
封書を開くと、ギャンを少佐に任命するとあった。
少佐か……。三階級特進である。
これで宮廷へ出入りできる。
ギャンは自分の部屋から王宮を見上げていた。
見てろよ! かならずおれがあそこの主になってやる!
かれはにたにたと笑みを浮かべていた。