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総督府

変貌したギャン。かれは野望を成就させるため、着々と活動を進めていく。

 本当にギャンか?

 コールはあらためてその少尉の顔をながめた。

 たしかに目鼻立ちは記憶の中のギャンである。

 が、雰囲気ががらりと変わっていた。

 かつてのギャンは、どこかひ弱な印象をあたえていた。傲慢で、かつ他人をへとも思わない冷酷さもあったが、やはりお坊ちゃまとしかいいようがない。

 ところがいまのギャンは、その美貌に凄絶とさえいえる酷薄な線が加わって、まるで別人といっていい。十五才のはずだが、一挙に十才も年をとったように見える。

「どうしたコール。ロロ村が大変なんだろう?」

 コールはじりじりと後退した。なんだか、いまのギャンはとてつもなく危険な感じをあたえる。このままここにいてはいけないような……しかしコールはそれ以上、動けなかった。

 ギャンがじっと見ている。そのふたつの瞳に睨まれ、コールの全身は凍りついた。

 まるで蛇に睨まれたカエルのようだ。

 そこにいた兵士が口を開いた。

「なんでも共和国軍がロロ村を占領したようであります」

 なるほど、とギャンは肩をすくめた。

「共和国がまた動き始めたとなると、ほってはおけないな。おい、貴様すぐさま駐屯地に急報してくれ。おれはここに残る」

 命令をうけ、兵士はきびきびと敬礼して装甲車に乗り込んだ。がろろろ……、とエンジンが咆哮し、装甲車は走り去った。

「さて、と……どうするかな」

 ギャンは片手に銀の握りのついたステッキを持ち、肩には膝丈まであるコートを引っ掛けている。軍帽をまぶかにかぶり、ひさしの下からコールを見つめた。

「おれの思ったより共和国の動きは早くなったようだ……計画を少々前倒しする必要があるかもしれん……」

 つぶやき、そこではじめてコールに気づいたというように顔をあげた。

 うっすらと笑みを浮かべている。

「コール、お前には少しの間、眠ってもらおう」

 すっ、と片手をあげ手の平をむける。

 その手の平をコールの額に押し当てた。

 とたんに、コールの膝がかくんと折れ、うずくまる。

 コールは目を閉じ、眠り込んでいた。

 ギャンは片手でコールの襟を掴むと、そのまま持ち上げた。

 おそるべき腕力である。

 ぽい、とコールの身体を茂みに放り投げると、あたりを見回す。

 誰もいないのを確認して、空を見上げた。

 す──、とギャンの身体が宙に浮いた。

 そのまま空中に浮きながら、総督府の方向を見た。

 ギャンはややうつむき加減の態勢で空を飛び、総督府の方へ飛び去った。

 

 しばらくしてコールは眠りから醒めた。

 きょろきょろとあたりを見回す。

 なんで茂みなんかに寝ていたんだ?

 なにか重要なことを忘れていたような……。

 あっ!

 共和国軍がロロ村を──!

 たしか帝国軍の兵士と話をしたはず。

 が、その後の記憶がぼんやりとしている。だれかほかの人物と出会った、そんな記憶があるがだれと出会ったのかはっきりしない。そこだけ霞がかかっている。

 ふらふらと立ち上がり、これからどうしようと考えた。

 自転車をおこし、サドルに跨る。

 とりあえず、村へ帰るつもりである。

 

 空中を飛んで、ギャンは総督府に近づいた。

 煙は収まっていたが、窓ガラスのほとんどは割れ、壁には銃弾の痕がついている。歴然と戦闘の痕跡が残っていた。総督府前の中庭には、帝国の旗にかわり、共和国の旗が翻っていた。

 総督府のまわりの商店の店先はすべて閉まっている。

 建物の裏側にギャンはひらりと着地し、あたりの様子をうかがう。

 この匂い! 死臭だ……。

 建物の裏側に、十数人の帝国軍兵士が死体となって横たわり、乱雑に重ねられ放置されていた。埋める暇もなかったと見える。しかし数が少なすぎる。たぶん、ほかの生き残った兵士たちはどこかに捕虜となっているのだろう。

 さっと走り出し、裏口から総督府の建物の中へ潜り込んだ。

 通路を歩き出し、ぴたりと立ち止まる。

 かすかに人の声が聞こえてくる……。

 ギャンは耳を澄ませた。

「なんでガゼ准将はロロ村なんか占領したんだ? あんなとこ、占領する価値があるのか?」

「さあなあ、たぶんそこを臨時の連隊本部にするつもりなんだろう。それにロロ村ってところは、ガゼ准将の故郷だからな」

「偉い人の考えは判らんなあ……」

 どうやら一般兵士たちの無駄話だろう。ガゼ、という名前にギャンは眉を寄せた。

 どこかで聞いた名前だ。

 ああ、ミリィの父親の名前だった。たしかミリィの生まれたころ戦争で死んだと言う話だったが、生きていたのか。

 ひとつうなずき、ギャンはかれらの足音が近づくのを待ち受けた。

 曲がり角から二人の兵士が現れた瞬間、ギャンは両手をあげ近づいた。さっ、とふたりの額にギャンの手の平がすいつく。

 くた! とふたりは膝を折り、床にうずくまった。そのふたりをギャンは手近の部屋の中へ引きずり込んだ。

 壁に寄りかかるように座らせると、ギャンは膝まづいてふたりの顔を覗き込んだ。

 ふっ、と手をふるとふたりの目がうっすらと開く。ぽかん、とギャンの顔を見つめた。

「おれの声が聞こえるか?」

 ふたりはがく、とうなずいた。

「お前たちは共和国の兵士だな?」

 ふたたびうなずく。

「大統領はどこだ? バタン・スリン大統領だ」

 ふたりは指をあげ、天井をしめした。

「ふむ、この階の上にいる、というのか? 大統領はここの総督府にいるのだな?」

 がく、がくとふたりは何度もうなずいた。

 よし、とギャンは手をふり、ふたりをまた眠らせた。

 立ち上がり、通路にもどる。階段を見つけ、昇りだした。

 最上階に行き着くと、総督の部屋の前に歩哨が立っている。銃をかまえ、緊張している面持ちである。たぶん、あの部屋に大統領がいるのだ。

 ギャンは頭のなかで総督府の建物の見取り図を思い浮かべた。総督府は帝国の領土にいくつか点在しているが、すべておなじ設計図で建てられている。それによると最上階の総督の部屋には、続き部屋があるはずだ。そろそろと後ずさると、ギャンは心当たりの部屋のドアを開いた。壁に近づき目を凝らす。

 ギャンはそれまで被っていた軍帽を脱いだ。

 と、その額に卵大の盛り上がりがあった。その盛り上がりは瘤のようだったが、縦に一本切れ目があった。

 その切れ目が徐々に開き始める。

 なんと、切れ目から現れたのは目だった! ギャンの額に、第三の目があるのだ! その目を壁に向け、待つ。

 壁がだんだん透明になっていく。

 驚くべきことに、総督の部屋があらわになっていった。もちろん、ギャンの側からだけ透明なのであって、部屋側からは通常のままである。

 これがギャンが獲得したあらたな能力だった。

 あれ以来、ギャンはつぎつぎと魔力の使用法を学んでいった。

 空中を飛翔する能力、一瞬で他人を催眠に落とし込む能力、手を触れずに物を浮き上がらせる能力など。この、壁を透明にするというのもそのひとつである。

 ギャンは不満だった。いろいろ能力を獲得できたが、ロロ村で見た変貌したヘロヘロのあの破壊のちからを鮮烈にいまでも思い返す。

 なぜじぶんにはあのちからが生まれないのだろう。

 悪戯程度には充分だが、世界を征服するなどいまの段階では思いもよらない。もっと破壊的な能力をギャンは欲していた。

 おそらくまだ自分が魔王として成長していないのだろうと考える。

 それまで獲得した能力を、フルに活用して立ち回るべきだろう。

 ギャンの目の前にあらわになった総督の部屋には、ひとりの老人がデスクに向かい座っていた。背後は窓で、総督府の前庭の景観がひろがっている。デスクの老人は書類をひろげ、ぶつぶつなにごとか口の中でつぶやきながら目を通している。

 おそらく、この老人がスリン共和国永世大統領、バタン・スリンなのだろう。

 浅黒い肌、高い鷲鼻。強い意志と、決断力に富んだ表情をしている。髪の毛は真っ白で、オールバックにして背中側にたらしている。身につけているのは共和国軍の制服で、どちらかというと質素ななりをしていた。手にペンを握り、書類のあちこちに細かな字で書き込みをしていた。ときどき机の上に置いたカップに紅茶を注ぎ、唇を湿らせる。

 どうしようか、とギャンは迷った。

 このまま総督の部屋に乗り込み、有無を言わせず大統領を捕虜にしてコラル帝国の首都、ボーラン市に連行することは簡単だ。だが、それでは劇的な盛り上がりに欠ける。ギャンの理想として、帝国と共和国の間に戦端が開かれ、おたがい多数の死傷者が出たころを見計らい、ギャンひとりの手柄で帝国に勝利をもたらす、というシナリオを描いていたのである。少尉を一気に飛び越え佐官クラスの士官に出世し、宮廷に自由に出入りできる身分を獲得したいと熱望していたのだが、いまのタイミングではまだ早い。

 ここはひとまず引こうか、と考え始めたころ大統領が顔を上げた。音は聞こえないが、ノックがあったらしい。

 まず共和国軍の兵士が入ってきて、なにか喋った。

 ちっ、とギャンは舌打ちをした。部屋の中をのぞくだけのつもりだったので、音声を聞き取れるような処理をしていなかった。あわてて念じると、ギャンの耳に会話が聞こえてくる。

「……殿のお見えです」

 大統領はうなずいた。兵士はうやうやしくドアの方を向き、客を招き入れる姿勢をとった。

 入ってきたのは、禁欲的な表情を浮かべた老人だった。身にまとうのは緋色の僧服で、襟と袖に金糸で豪華な刺繍を施している。頭には高々とした山高帽をかぶり、銀縁の眼鏡をかけていた。寒がりなのか、襟には毛皮の襟巻きをして、鼻の先が赤くなっている。

 おやおや……、とギャンは見守った。この新来の客はあきらかに宗教関係者だ。

 大統領は立ち上がり、自ら客を歓待し、接客用の椅子に向かいあって腰かけた。かなり大事な客らしい。

 大統領は兵士にさがっていろと命令した。兵士はさっと敬礼すると、部屋を出て行く。

「よくおいで下された。オープ大僧正殿。ハルマン教皇殿はお元気ですかな?」

 ハルマン教皇……。

 ギャンはその名前を聞いてにやりと笑いを浮かべた。

 そうか、共和国の後ろ盾はゴラン神聖皇国だったのか!

 ゴラン神聖皇国は、コラル帝国の北に位置する強国である。国家の中枢にはハルマン教皇を首班とする神聖教会が権力をふるい、国民はすべてこの教会の信者であることを強制されている。かつてはコラル帝国と覇を競っていたが、十年以上にわたり友好国であることを続けていた。が、帝国内部にはゴラン神聖皇国の友好を疑う声もおおく、国家の内部とくに軍部では疑いの目をもって見ていた。

 その大僧正と大統領が会見をしている。結果はあきらかである。ゴラン神聖皇国は、コラル帝国に叛旗を翻そうとしているのだ!

 これは面白くなってきた……。

 ふたりは表面上親しげな挨拶をかわし、おたがいの健康などを気遣った会話をしていたが、ギャンの目にはまるで隠し持ったナイフをたがいの腹に突きつけあっているように見えた。狐と狸の化かしあい……。

 ギャンはそっとその場を離れ、階段をおりて一階に戻った。

 さらに階段をおり、地下へと進む。

 気配をさぐると、あたりに人間の排泄物特有の悪臭がただよう。

 第三の目をつかい、壁をにらむ。

 思ったとおり、地下には帝国軍の兵士らが監禁されていた。みなどこかしら傷を負い、手足を鎖で縛られ酷い状態である。食事もまともにあたえられていないらしく、ギャンの感覚にかれらの恐怖と、怒りがびんびん伝わってくる。

 ギャンはそれらの苦痛をうっとりと味わった。

 かれらの死の恐怖は、ギャンにあらたなエネルギーをあたえてくれる。

 もっと貪りたかったが、別の目的のため諦めた。

 通路の向こうに見張りの兵士がいた。

 退屈しているのか、机に向かってクロス・ワードをやっている。

 つかつかとギャンが近づくと、その足音に兵士ははっと顔をあげた。

 さっとギャンは手の平をつかって、兵士の意識を奪った。がくり、と首を垂れた兵士は、その場で絶命している。手早くその身体をさぐり、帝国軍兵士たちを監禁している牢屋の鍵を手に入れる。軍帽をかぶり、額の目を隠した。

 鍵を使って牢屋の扉を開けると、兵士たちがぎょっとした表情で顔をあげた。

 ギャンは叫んだ。

「おれは味方だ! 逃げ出そうじゃないか!」

 わっ、と兵士たちに喚声があがる。

 ギャンは次々と兵士たちのいましめを解いていった。

「ありがとう、助けがくるとは思ってもいなかった」

 最後にいましめを解いたのは、大尉の階級を持った男だった。年は三十近く、がっしりとした身体つきで、浅黒い肌をしている。おそらく、この男が総督府の代表だろう。

「はっ、わたしは帝国兵器開発部門のギャン少尉であります! 総督府からの定例連絡が途絶え、どうしたのかと探っておりました!」

 ギャンはてきぱきとこたえた。

 大尉はうなずいた。

「わたしはラー大尉だ。きみの働きに感謝する。脱出して、帝国軍令部に報告したいが、その可能性はあるかね?」

 ギャンはさっと立ち上がった。

「この階に武器庫があります。その武器を奪えばたぶん……」

 みなまで言わせず、ラー大尉は立ち上がった。

「よし、全員武器庫へ突入する!」

 わあっ、と兵士たちは一斉に走り出した。大尉はかれらを指揮し、武器庫に飛び込んだ。手当たり次第に武器を奪うと、そのまま階上へと突進していく。

 だだだだだっ!

 機関銃の発射音が響き、硝煙のつんとする匂いが漂った。わあっ、という叫び声が交錯し、あたりに血の匂いがしてきた。そのころやっと共和国軍の兵士たちが集まってきて、総督府内に戦闘が開始された。

 死だ、死だ、死の匂い……。

 無数の死者がはなつエネルギーを味わい、ギャンは興奮していた。

 数は共和国軍のほうが圧倒的に優位だった。最初の不意打ちの効果がうすれ、態勢を整えつつある敵軍に、帝国軍の兵士がひとり、またひとりと倒れていく。

 とうとう数えるほどに減ったころあいを見計らい、ギャンはラー大尉に話しかけた。

「大尉殿! このままでは無駄死にです。表に装甲車が止まっているのを見ました。あれを奪い、退却しましょう!」

 ラー大尉は一瞬迷ったが、結局ギャンの提案をのんだ。

「よし、退却だ! 装甲車を奪う!」

 少ない部下を率い、大尉は表に飛び出した。

 表にも共和国軍の兵士たちがいる。兵士たちは飛び出した帝国軍兵士たちに驚いたようだった、すぐ武器をかまえ応戦した。

 ギャンはじっと敵兵士たちを見つめた。

 かれらの視界から、ギャンと大尉の姿が消えた。一種の、遠隔催眠である。

 ギャンは大尉の袖を引っ張ると、停車している装甲車に駈け寄った。

「部下が……」

 大尉はうめいた。

 残りの帝国軍兵士たちは、共和国軍の兵士によって次々と倒されていく。駈け寄ろうとする大尉を、ギャンは押しとどめた。

「大尉殿だけでも助かるべきです! まずは軍令部への復帰が肝心です」

「し、しかし……」

 ギャンは軍帽を脱いだ。第三の目が開かれる。

 大尉の目がうつろになった。

 その大尉の身体を装甲車に押し込むと、ギャンはエンジンを全開にして走り出した。

 必要なのはこのラー大尉ひとり。あとは死のうと生きようとギャンには関係ない。

 うふふふ……。

 ギャンは操縦席でほくそえんだ。

 じつに愉快だ! おれはついている!

 装甲車は総督府を脱出し、首都を目指していた。

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