旧友
ホルンはロロ村へ帰る。が、そのロロ村では一大事がおきていた!
汽車はボーラン市を離れる。
個室に落ち着いたホルンは、楽な姿勢になると窓の外を眺めた。窓の外のボーラン市の混み合った建物がまばらになり、やがて田園風景に変わる。
夜明けに汽車は終点に着いた。駅を出ると、乗合馬車が客待ちをしていた。
「ロロ村へ行きたいんだが」
御者はうなずき、ホルンは馬車に荷物を積み込んで乗り込んだ。
ぴしっ、と鞭がなり、馬車はゆっくりと走り出した。
馬車の中でホルンは考え込んでいた。
むろん、メイサにどのように話をするかということである。
パックはひとり、旅に出るつもりだ。ボーラン市で蒸気機関の修理や、点検の仕事をするつもりだと言う。そのあとミリィを探す旅に出るのだろうが、いつ出会えるのか、また、出会えたとしてどうやってロロ村へ帰るのか。さっぱり判らない。かといって、メイサにあまり無用な希望を与えたくもない。
馬車は街道を順調に進み、やがて総督府のある町へと近づいた。
窓から外を眺めたホルンは眉をひそめた。
いつもなら総督府の近くには、帝国軍の兵士らがいるはずなのに、今日に限ってひとりも見当たらない。町の様子もなにか変だ。
なにかあったな?
ホルンは異変を直感した。
がたん、と馬車がとまった。
「おい、なにがあった?」
窓から顔をつきだし、ホルンは御者に声をかけた。
「だんな、これ以上行けないようですぜ」
「なんだって?」
進行方向を見ると、通行止めである。
道の真ん中にバリケードができていて、数台の馬車や旅の商人たちが戸惑った表情で立ち止まっている。
バリケードには数人の兵士が銃を持ち、通行を止めている。兵士らの背後には、帝国軍の蒸気装甲車が停車して、ボイラーからもくもくと煙をあげていた。装甲車の機銃は、街道にぴたりと照準を合わせている。
ホルンは馬車から降りた。
「どうしたんです?」
立っている商人らしき男に尋ねると、男はホルンをふりかえり首をひねった。
「さあ、なんでもこの道は通行止めになっているらしいですな。困りますよ。あたしゃ総督府に商品を納入しているものですがね、今日代金を受け取る約束だったんですわ……」
商人は、困った困ったと連発していた。
ホルンは通行止めをしている兵士を観察した。
着ているのは帝国軍の制服であるが、どうも妙だ。着慣れていない。ボタンもきちんととめていないし、サイズも合っていないようである。
兵士の持っている銃も、帝国軍のものではない。
そろりとその場から離れると、ホルンは馬車に戻った。
「おいきみ、おれはなんとしてもロロ村へ行きたいんだ。この道を迂回して、山道のほうへいけないか?」
御者は頭をかいた。
「ようがすが、そうすると酒手を別に頂きますぜ」
それでいい、とホルンはうなずいた。
御者ははやく乗りなせえ、と怒鳴って鞭をふりあげた。ホルンはあわてて馬車に乗り込んだ。
ぴしっ、と鞭が鳴り、馬車は動き出す。
街道をそれ、馬車は山道にはいった。おおきく山を迂回してロロ村を目指すつもりだ。
山道を登る途中、ホルンは馬車をとめさせた。
「ちょっと待っててくれ」
そう言うと、茂みの中へはいっていく。
茂みをつっきり、山の稜線側へでる。
ここからなら総督府が見おろせる。
ホルンは目をみはった。
総督府の建物から煙があがっている。
窓ガラスが割れ、帝国の旗が降りていた。帝国軍の軍旗は、毎朝衛兵が掲揚し、夜になると降ろすきまりである。昼日中から、降りているとはなにか異常事態である。
替わりに見慣れない旗が総督府に翻っていた。
それを見たホルンの眉がひそめられた。
あれは……見覚えがあった。
共和国軍の旗だ!
スリン共和国。
かつて帝国と戦ったスリン共和国の軍旗がはためいているのだ。
ホルンは唇を噛みしめた。
ついに共和国の残党が動き出したのか。
ホルンはかつて、その共和国軍に所属していた。ホルン大佐といえば、共和国軍でも勇猛を賞賛されたものである。が、ホルンはしだいに共和国の唱える理想が信じられなくなっていた。
やがて戦いは帝国軍の勝利に終わり、ホルンは軍隊を離れた。もう、戦いはこりごりだと思っていたのだが……。
しかし変だ。なぜ今、なのか? たしかに共和国軍は帝国軍によって壊滅的打撃をうけ、共和国そのものは崩壊し、党首のスリン・バタン永世大統領は残党をかりあつめ、復讐を誓っている。しかし共和国の戦力は帝国軍と対抗することが出来るほどの規模ではない。たしかに総督府を襲い、武器を奪うことは出来ただろうが、それ以後の展開はほとんど期待できない。
もしかしたら、背後に別の勢力があるのかもしれない。たとえば帝国の同盟国のどれかがひそかに共和国と手を握り、代理戦争を仕掛けているのかもしれない。
これはうかうかできないぞ。
ホルンはそっと茂みにもどり、街道に待たせてある馬車に乗り込んだ。
「やってくれ」
一言つぶやくと、車中にもどる。
ごとごとと車輪をきしませ、馬車は動き出した。
ロロ村が見えてくると、ホルンの胸騒ぎはおさまった。
よかった、まだロロ村には共和国軍は進攻していないようだ。
自分の家に馬車を止めさせ、荷物を運び入れていると、ブルンが例の蒸気トラクターを運転してきた。あいかわらず息子のダストンが旗をふって先導している。ブルンはホルンの姿を認めると、あわててトラクターを停車させた。
「ホルン、帰ってきたか!」
「やあ、ブルン。久しぶりだな」
「噂じゃ、総督府への道が帝国軍によって通行止めになっているということだが、通れたのかね?」
「いや、噂じゃない。本当だ。総督府には行けないよ。おれは裏道を通ってきたんだ。それに通行止めしているのは帝国軍じゃない。共和国軍だ」
ホルンの言葉にブルンは目を丸くした。
「共和国軍?」
「そうだ、総督府に旗が揚がっていた。おそらく共和国軍の連中は、帝国の武器、弾薬を奪うために襲ったんだろう。これから村の連中を集めてくれないか。対策を協議しないといかん」
「対策?」
「そうだ、いつ共和国の連中がこっちに来ないとも限らん。もしそうなったら、どうするかみなで考えないと」
ブルンは口をすぼめた。
「物騒な話しだな」
よしきた、とブルンは胸を張り、トラクターを再び動かし始めた。
しゅっ、しゅっと蒸気の音を立てトラクターが遠ざかると、ホルンはメイサの家のドアをノックした。
かちゃり、と音がしてドアが開き、メイサが顔を見せた。
ホルンはメイサの顔を見て痛ましく思った。
メイサはすっかりやつれ、こころなしかふくよかな顔もやせて見える。
ホルンの顔を見上げ、彼女の顔に一瞬希望のひかりがさした。
「あの……ミリィは?」
ホルンは首をよこにふった。
「いいや、まだだ。しかし手がかりはつかめた」
メイサはホルンの背後を確かめた。
「そう、パックは一緒じゃないの?」
「ああ。パックはミリィを探すために、ボーラン市に残った。仕事を見つけ、金をためたらミリィを探す旅に出るつもりだ」
そう……と、メイサは肩を落とした。
ホルンはメイサの肩をつかんだ。
「元気を出せ! きっとパックはミリィを連れて帰ってくるよ」
触れたメイサの肩がやせて、手に骨の感触がはっきり伝わった。
「ありがとう……」
ぼそりとつぶやくと、メイサは家の中へ戻っていった。
ドアが閉まり、ホルンは首をふった。
夕方になり、村の男女たちが集会所に顔を見せはじめた。
集会所は村の中心にある。
椅子が用意され、ホルンは演壇にあがって口を開いた。
「総督府は共和国軍の手に落ちた。これからやつらがどう動くのか? 推測だが、おそらく帝国に対し、ふたたび戦端を開くつもりだろう」
ホルンの言葉に集会所の中はざわついた。
静かに! とホルンは両手をあげた。
ぴたりとざわめきが静まった。
ひとりが手をあげ、発言を求める。ホルンはうなずいた。
「戦端を開くとはどういうことだね? 戦争になるのか?」
「おそらくな。しかし共和国軍の人数は帝国軍に比べると物の数にもはいらないほど少数だ。そうなると、やつらはゲリラ戦術をとるはずだ」
「ゲリラ戦術?」
「そうだ、帝国軍の装備、制服を着てなりすまし、不意を襲うつもりだろう」
「帝国はどう出るね?」
「共和国軍のことに気づいたらまず戦力を終結させ、このあたりに戦線を形成するはずだ。へたをすると、付近が戦場になる……いや、もっとはっきり言うと、このロロ村が戦場になる可能性もある」
今度こそ集会所の中は大騒ぎになった。ホルンの言葉にみな浮き足立っている。
今度はホルンはそれを静めようとせず、じっと立ったままみなの顔を眺めている。
やがてひとり、ふたりと喧騒がおさまっていった。
しーん、という静寂が支配した。
みな、ホルンの言葉を待ち受けていた。
「現在、共和国軍は総督府を襲い、占領している。が、当然のこととして付近の村にその手をのばしてくるだろう。もしもこのロロ村が占領されることとなったらどうすべきか、それをみなと話し合いたい」
「どうすればいい、というのだ?」
ひとりが声をあげた。ホルンはうなずき、続けた。
「現在、ロロ村は帝国の領土となっている。しかしそれ以前は共和国の所属だった。戦争が始まったら、帝国軍にとって敵の領土と見なされる怖れもなきにしにあらずだ。だからこの際、はっきりとわれわれが帝国の側に立つと言うことを宣言する必要がある。そのため、まさかの事態に帝国軍に通報する用意をしておきたい」
ホルンの言葉に、みな落ち着きなく顔を見合わせた。
ひとりの老婆がつぶやいた。
「それじゃわしらは帝国に味方するってことかい? 帝国の軍隊がきたら、歓迎して酒や料理をふるまえってことかい? あたしゃ御免だね! 軍隊なんて、だいっきらいだからね!」
そう言うと、口をへの字に曲げ腕を組んだ。
そうだ、そうだという声があがる。
「帝国軍も、共和国軍もどっちに村に入れなければ良いんだ。そうすりゃ、戦争なんておこらない。どうしても戦争したければ、ほかのところでやってくれと頼めばいいのさ!」
ひとりの若い男が熱弁をふるった。
ホルンは首をふった。
「みんな、そう言うわけにはいかんのだ。戦争というやつは好むと好まざるとに関わらず、いったん始まったら、巻き込まれるのは必然だ。そうならないためには、おれたちが独自の軍隊を持っていなければならないが、この村で武器といったら狩猟用の散弾銃くらいのものだ。追い払うためには武力がいる」
「それじゃ話し合えばいいんじゃないのかな……話し合えば……」
ひとりがそう言いかけ、黙った。自分の提案があきらかに馬鹿げたことであるか気づいたようだった。
村の全員はしーんと静まり返る。
ブルンが立ち上がった。
「村の衆! みなは覚えているかね。以前、われわれが共和国の領土だったころのことを?」
かれは遠い目をした。
「わしは覚えている。スリン共和国のバタン・スリン永世大統領の圧制はそれはひどいものだった! となりの村では、共和国の要求する税金がはらえず、村の男たちの半分が徴用され、鉱山で採掘作業を強制された! このロロ村からも、何人も引っ張られた。かくいうわしも、強制徴募で働かされたひとりだ。わしはもう二度と、あんな体験はしたくない!」
ブルンの言葉に、みなそのころのことを思い出しているようだった。
ひとりがそうだ、とつぶやいた。
ひとり、ふたりと賛意をあらわしていく。
ざわざわとざわめきが広がっていく。
この集会にただひとり参加しない者がいた。
村はずれに住む、シュバルという中年男である。
かれは変わり者だった。
身なりはいつも同じ、地味な作業衣をまとい、村の者と出会っても挨拶ひとつするではなく、ほとんど無視して歩く。生活は薪を拾いそれを隣りの村へ行商に出かけいくばくかの金を得て暮らしている。だから暮らしはひどく貧乏で、家は掘っ立て小屋同然だ。それでも家の周りにはちいさな畑を耕し、毎日の食べ物には不自由したことがない。
それは十数年前のこと、パックが生まれる前の話である。
そのシュバルはいつものように家の周りで薪を拾い、森の茸などを採って食料をさがしていた。
草むらを歩くかれがひとつの石につまづいた。
ひと声悪態をつくと、かれは自分をつまづかせた石を拾った。放り投げようとした彼の目が石をじっと眺める。
何の変哲もない、ただの石だ。
それをじっと見つめるシュバルの目が奇妙な光を帯びた。
石の表面にあらわれたかすかな模様。
渦巻きのような、あるいは波の線のような模様がシュバルの目に入った瞬間、かれは一瞬にして別人に変化していた。
はっ、とかれはあたりを見やった。
森の木々に陽射しがあたり、初冬の枯れた枝ごしにゆっくりと雲が流れている。
その風景に、かれはあるものを見ていた。
渦を巻くなにか、形容しがたいなにかのちから。
それは村のあちこちに点在する石碑や、村の家々に掲げられている模様とおなじものだった。
その模様はつねに動きまわり、集まり、そして一瞬もおなじ状態ではいなかった。
かれだけに見える、なにかであった。
おれは作らなければならない……。
シュバルはつぶやいた。
それが何なのか、そしてなぜ作らなければならないのか、かれには説明できない衝動だった。
石を握りしめ、シュバルは歩き出した。
その日からシュバルの活動が始まった。
家の側の空き地にシュバルは自分をつまづかせたあの石を、地面に慎重においた。
そっと離れ、それを見る。
かれの顔に微笑が浮かんだ。
ゆっくりとうなずき、シュバルはその隣りにもうひとつおなじような石をおいた。
ちょっと首をかしげ、位置を調整する。
今度はいいようだ。
もうひとつ、積み重ねる。
そしてまたひとつ。
シュバルはつぎつぎと石を拾ってきて、積み重ねはじめた。
家の周り、そして村のあちこちからシュバルは石を拾ってくる。
それはどんな石でもいいというわけではなく、また大きさもまちまちで、指の先ほどのちいさな砂利のようなときもあれば、荷車がないと動かせないような大石まで、大きさ形もまちまちであった。
それを家の近くに持ってくると、慎重な手つきで積み上げ、セメントなどで隙間を塞ぐ。
そして十数年。
シュバルの作り上げたものは徐々に形をなしてきた。
それは宮殿だった。
シュバルの石宮殿といえばロロ村では良く知られていた。しかしそれは馬鹿げたことを大真面目に行う、という意味合いである。
なぜならシュバルの作り上げた石の宮殿には、だれも住むことが出来なかったからだ。なにしろ外観だけで、中身はすべて石とセメントが詰まっている。一種の、巨大な彫刻のようなものであったのだ。それを営々とシュバルはただひとりで、十数年の歳月をかけ作り上げた。
尖塔がそびえ、列柱がいくつも回廊の天井をささえ、壁には奇妙な模様や、不思議な生き物の姿が刻まれている。堂々たる外見だが、ただそれだけである。
村のみんなはシュバルになぜこんなものを、と質問したが、かれはだれとも口を利かず、黙ったままであった。
その目はかれだけにしか見えないものを見ているようだった。
ホルンの集会があった数日後、かれはいつものように石の宮殿の建築作業を続けていた。
宮殿は完成直前だった。
巨大な塔が宮殿の中心にそびえたち、そのまわりに異様なかたちの怪物や、奇妙な紋章が描かれ妙に不安定な印象をあたえる。シュバルはその塔に登り、てっぺんの飾りをすえつけているところだった。
一仕事終わると、シュバルは息をいれあたりを見回した。
その視線が、森のはずれに引き付けられた。
木々の向こうから、しろい蒸気があがっている。
なんだろう?
シュバルは目をほそめた。
しゅっ、しゅっと蒸気を吐き出し、なにかが森の街道を進んでくる。
またブルン爺さんの蒸気トラクターか、とシュバルは思った。
ばきばきという森の木が倒される音にシュバルは眉をひそめた。もしブルン爺さんの蒸気トラクターなら、街道を進んでくるはずである。森の中を木々を押し倒すなんて乱暴なことはしない。
待ち受けると、それはシュバルの思っているものではなかった。
ぜんたいにごつごつとしたシルエット、地面を踏みしめるのは車輪ではなく、キャタピラである。そしてぐっと突き出した砲塔。
戦車だ!
蒸気駆動戦車が近づいてくるのだ。
巨大な戦車が森をつっきり、近づいてくる。
まるで家ほどのおおきさがあり、砲塔もひとつだけでなく前後にふたつづつ、合計四本の砲塔があたりを睨んでいる。これは陸の軍艦である!
戦車の司令塔の蓋が開き、ひとりの男が顔をだした。
「なんだ、シュバルの石宮殿か。暫く見ないうち、完成したようだな」
シュバルは目を丸くした。
顔をのぞかせたのは、ガゼであった。
メイサの夫、つまりミリィの父親である。かつてガゼはロロ村にひそかに忍んできてホルンと会見し、共和国軍に引き入れようと画策したが、断られている。
「ガ、ガゼ……あんたは死んだと思っていたが……」
ガゼはにやりと笑った。
「ところが死んではいない。こうして生きている」
「准将どの、いかがいたしますか? 捕虜にしたほうが……」
かれの部下だろうか、もうひとりが顔を出し口を開いた。
よせ、とガゼは首をふった。
「このシュバルはこうして石の宮殿を作るだけが生きがいの男だ。害はない。それよりこんなところで愚図愚図はしていられん。先に進もう」
ガゼはちょっとシュバルに向けてうなずくと、ふたたび司令塔に引っ込んだ。
ぐわああ……と蒸気エンジンが咆哮し、戦車は動き出した。ずしずしと地面を振動させ、通過していく。目を瞠るシュバルの前を、戦車に続いて多数の兵員輸送車、トラックが通過していく。
軍隊だ!
シュバルはぼうぜんとそれを見送った。
共和国軍の侵入を知ったのはもうひとりいた。
コールだった。
パックの友達で、村の情報通。あらゆることに鼻を突っ込む習性のあるコールは、その日村の入り口近くで街道を見張っていた。ホルンの集会があってから、コールはいつか共和国軍がやってくるのではないかと勝手にじぶんを通報係と任じていたのである。
そしてそれは報われた。
近づいてくる戦車と、軍隊にコールは立ち上がり、側に立てかけていた自転車のサドルに跨った。つい最近、両親にねだって買ってもらったものである。
ペダルを踏み込み、ホルンの家を目指す。
「ホルンさん!」
ドアを開け叫ぶ。その時ホルンは炉をおこして村人にたのまれた鍬の修理をおこなっているところだった。コールの言葉にホルンは槌をおいて顔を上げた。
「どうしたコール?」
「き……協和国軍が……!」
コールの言葉にホルンは立ち上がった。真剣な表情になっていた。
「きたか……?」
「ああ、戦車が先頭だ! それに沢山の車が……」
うなずき、ホルンは外へ出た。
すぐ近づく軍隊を見る。
「ホルンさん! おれ、帝国軍へ報せに行くよ!」
「判った、共和国軍に掴まるなよ!」
うん、とひとつうなずいたコールは自転車に跨り、ペダルを踏み込んだ。山道を選び、共和国軍の背後から村を出る進路を選ぶ。
ホルンは接近する戦車を見守った。
じつに巨大だ。前後の砲塔がぐるぐると左右に動き、あたりを警戒している。
戦車はホルンの家の前に停車した。
司令塔から顔を出しているガゼにホルンは目を見開いた。
「やあ」
ガゼはホルンを見おろした。
うむ、とホルンはうなずいた。
実を言うと、この再会をホルンは予測していたのかもしれなかった。ガゼの襟にひかる階級に、ホルンはつぶやいた。
「准将か……出世したな」
ガゼのやせこけた頬がほころんだ。
「まあな。お前に話しがある」
「おれに?」
「そうだ。わが共和国はふたたびこうして軍を結成して、帝国に宣戦布告することに決めた。ついてはこのロロ村を接収して、駐屯地とすることになった。おれは無益な戦いは好まない。お前から話をして、村のみんなに軽率な行動をとらないよう、よく言い聞かせてくれないか?」
がちゃ、と背後でドアが開く音がした。
ホルンとガゼはその方向を見た。
メイサが真っ青な顔で立っている。
「あなた……」
「メイサ……」
ふたりは見詰め合った。
がく、とメイサはドアによりかかった。
「生きていたのですね。なんとなく、そんな気がしていました」
「報せなくて悪かった。ミリィはどうした? 会わせてくれないか」
その言葉に、メイサはうっと声を詰まらせた。見る見る目に涙があふれる。
「どうした? あの娘になにがあった?」
彼女はドアの前にくずれおちた。
ガゼは司令塔から降りると、メイサに駈け寄った。
「そうかミリィが……しかし信じられん」
メイサの家の客間で、ホルンとメイサ、そしてガゼがテーブルについている。ホルンはメイサの代わりにミリィにおきたことを語った。ガゼは黙ってホルンの語ったことを聞いていたが、それが終わると首をふった。
「本当なのか、魔王が復活したというのは」
ああ、とホルンはうなずいた。
「おれも信じられない話だが、だが信じざるをえない。奇妙な出来事は次々とおきている。それにその証拠となることも、おれはこの目で見ている」
ボーラン市で見たことをホルンは語った。
「判った……」
最後にぽつりとガゼはつぶやいた。
ぱん、とテーブルを叩き、立ち上がる。
「ミリィのことはこれまでにしよう。パックがあの娘を探しに出かけたということなら、奴の帰りを待つ。おれに出来るのはそれだけだ。いま、おれの使命はこの村を確保し、帝国と戦うことだ」
その表情は厳しいものになっていた。
とんとん、とドアがノックされる。
入ってきたのは共和国軍の兵士だった。
さっ、と直立不動の姿勢をとると敬礼する。
答礼をかえしたガゼは命令した。
「報告しろ」
はっ、と兵士は緊張した。
「現在、この村全体を支配しました! 要所要所には見張りが立ち、現在この村からの出入りは完全にチェックされております!」
「よし、そのまま待機。別名あるまで隊員の半分に休息を許可する。ただし、どのようなことがあっても、村の人間とのトラブルは厳に禁止する。違反したものは厳罰に処す。このことを徹底させろ!」
兵士はふたたび敬礼して出ていった。
ガゼはホルンを見た。
「というわけだ。おたがい利口になろうや」
そう言ってにやりと笑った。
山道を必死になってコールは走っていた。
ペダルをこぎ、坂道をあえぎながら登る。ちらりと村をふりかえると、村のあちこちに兵士たちが銃を手にして立っているのが見える。村の広場には、あの巨大な戦車が鎮座していた。
これからどうなるんだろう……。
不安をふりきるようにコールはペダルを踏む足にちからをこめた。
コールの目指すのは、このちかくにある帝国軍の駐屯地である。総督府は帝国軍の地方行政の要であるが、駐屯地は非常事態に対応するための基地として位置している。そのひとつが、ちかくにあるのだ。
道はようやく下り坂になった。
ペダルをこぐのをやめ、コールは道を自転車の勢いのままに下っていった。
と、曲がり角のむこうから帝国軍の装甲車が姿をあらわした。
コールは思わずブレーキをかけた。
ききーっ、とブレーキの音を響かせ、自転車は横倒しになった。
いててて……、とコールは腰をさすった。
「大丈夫か?」
装甲車からひとりの兵士が飛び出してきた。
コールを介抱して立ち上がらせる。ぱん、ぱんと身体についた土ぼこりを払ってくれた。
「あぶねえなあ、あんな勢いで坂道を下ったら、ぶつかるぞ」
「ごめんなさい……あ、あの大変なんです」
「大変?」
「そうです、共和国軍が攻めてきたんです」
はあ、と兵士は頓狂な声をあげた。
「共和国軍? スリン共和国のことかい? あいつらは帝国にさからって、壊滅したんじゃないのか?」
違いますって、とコールは足踏みした。
「まだ健在ですよ! 現にロロ村が攻撃を受けたんです!」
ロロ村?
装甲車のほうからもう一人の声がした。
兵士はふりかえった。
「あ、少尉殿!」
じゃり、と装甲車からもうひとりが地面に足をおろした。ぴかぴかに磨き上げられたブーツ、ぴんとのりの利いた真新しい軍服。
襟には少尉の位が輝いている。
その顔を見たコールはあっ、と叫んだ。
「ギャン!」
ひさしぶり、とギャンは笑った。
いよいよ帝国と共和国の間に戦端が開かれます。登場したガゼとギャン。このふたりが物語りにどう関わっていくか、お楽しみに!