それぞれの道
ミリィの手がかりがわかり、パックたちはそれぞれ自分の道を別れることに。
新聞を開いたホルストは、サーカスの記事に目を留めた。
「ふうむキオのサーカス来演……か。サーカスのう……子供のころ、一度見たことがあるなあ……」
ホルストは歩道に面したレストランのテーブル席で、だらだらとした午後の休息を楽しんでいた。コーヒーはお替り自由で、もう三杯目になっていた。
記事の中の、奇術師の紹介文にホルストは引き付けられた。
奇術……そう、ホルストが魔法使いを志したのも、そのサーカスで見た奇術師の技に刺激されたからだ。
いまの自分は、奇術師などおよびもつかない奇跡をあらわすことができる。
ホルストはいつしか空想していた。
魔法のちからを大勢の観客の前で披露する自分の姿を。
パイプをとりだし、煙草をつめる。口にくわえ、指をぱちりとならし、指先に火を灯す。それをパイプに近づけ、一服吸い付けた。
煙を吐き出し、遊びでそれを空中でいろいろな形に変化させた。
帆船、竜、肌もあらわな踊り子。
遊びであるが、ホルストの魔法はそこまで成長していた。
と、ホルストは自分を熱心に見つめている目に気づいた。
反対側のテーブル席に、ひとりの男が座り、じっとこちらを見ている。
太った身体に、派手な色合いのスーツを身につけている。でかい蝶ネクタイをしめ、真っ赤な燕尾服、黄色いチョッキ、青いシャツと、見ているだけで目がちかちかしてくる。
男の顔はまるく、目もおおきく見開かれていた。口ひげとつながった顎鬚をたくわえ、それが男の顔をどこかフクロウのように見せていた。男はホルストと目が合うと、フクロウのように首をひょこりと動かして挨拶をした。
立ち上がると、近づいてきた。
「失礼……いまあなたのおやりになった技ですが……」
「技?」
「さよう、火を指先に灯したり、煙をいろんな形に作ったり……」
ああ、とホルストはうなずいた。遊びであるから、あらためて他人がこれに興味をしめすとは思っていなかったのだ。
「魔法ですわい。なに、遊びですが」
「魔法!」
男は頓狂な声をあげた。
やがてうなずいた。
「魔法……ああ、魔法ね。よろしい、あなたがそういわれるなら魔法で結構! わたしはこういうものです」
男は名刺を取り出した。
それを受け取り、目を通したホルストは驚いた。
「あなたがキオのサーカスの団長ですと?」
「さよう。キオはわたしの名前です」
そう言うとキオ団長はホルストのテーブルに椅子を引き寄せ、腰をおろした。
「あなたにお願いしたい!」
座るといきなりキオは真剣な様子で話しはじめた。
「その記事にある奇術師ですが、その記事が載ったすぐあと、事故がありまして……それで腕を骨折してしまったのです。なんと利き腕を折ってしまったので、舞台にたてなくなってしまい、わたしは代役を探していました。それでいまのあなたの技を見て確信しました」
「わ、わしの?」
ホルストは目をぱちくりさせた。
「そうです。あなたに代役をお願いしたいのです!」
そう言うとキオはいきなりテーブルに両手をつき、頭をさげた。
「どうか、どうかわしのサーカス団を救ってくだされ! 奇術師のいないサーカス団など、成り立ちません! 専属の奇術師が復帰するまでで結構ですから!」
ホルストは呆然となっていた。
ホテルの部屋に帰ると、ホルストが窓際に椅子を出して座っていた。パックたちがドアを開けると、気のない様子で顔をあげる。
「ああ、お帰り」
どこか上の空である。
じっと窓際に顔を向け、外を見ている。
どうかしたのかな、とパックは思った。やっぱりひとり残ったのが面白くないのだろうか?
ホルンはベッドに腰かけ腕を組んだ。
「さて……」
口を開く。
が、それ以上言葉を重ねることはできないようだ。
「パック……」
パックはホルンを見た。
「なに?」
「お前、これからどうする?」
「どうするって、どういうことさ。決まってる。これからミリィを探しに出かけるさ。マリアを通じて、あのエイダっていう思考機械の援けも受けられるしね」
そうか、とホルンはうなずいた。
「わしは賛成できないな」
それを聞いたパックは大声をあげた。
「賛成できないとはどういうことさ?」
「お前ひとりが旅をするということさ。お前は子供だ。やはり帝国軍に頼んで、捜索してもらったほうがいい。おれはそろそろ村に帰ろうと思う。なにしろこれが」
と、財布を取り出した。
「もう残り僅かだからな。お前だってそうだ。子供のお前がどうやって旅の費用を稼ぐつもりなんだ?」
それを聞いていたサンディが叫んだ。
「これがあるわ!」
そう言って、宝石類が詰まった革袋を取り出す。袋の口を開き、中身をテーブルにあけた。ざらざらと音を立て、まばゆい輝きをはなつ宝石や、装飾品がぶちまけられた。
目をまるくするパックに、サンディは気取って話しかけた。
「言ったでしょ、あたしミリィを探す手伝いをするって! これを売れば、旅の費用になるわね」
ホルンは首をふった。
「お嬢さん、それはいけない! それはあんたの家から持ち出したものだろう? それを使うと、パックは泥棒と同じことになる」
「違う、これはあたしのものなの! 所有者はあたしなんだから、泥棒にはならないわ」
「しかし子供のあなたがそんなものを所有しているなんてことは信じられない。どう考えても、家のものを黙って持ち出したとしか思えんが」
「だってそうだもん! お父さまがあたしにって、誕生日のたびにくれたものを宮殿の……」
そこでサンディははっ、と口を押さえた。
ホルンは彼女の目をじっと見つめた。
「宮殿? あなたは宮殿にお住まいだったのか」
「し、知らないわ! とにかく、これはあたしのものだから、処分するのはあたしの勝手なの! 判ったわね、あたしはパックと一緒にミリィを探すわ!」
「父さん」
パックはホルンに話しかけた。
「父さん、心配するなよ。サンディのものには手をつけないよ。金のことなら心配ない。おれの見るところ、このボーラン市にはたくさんの蒸気エンジンを利用する機械や設備がそろっている。蒸気エンジンの修理だったら、おれは自信がある。それらを修理して金を稼ぐ。だから、おれひとりにさせてくれ」
「パック……」
ホルンの眉がさがる。
首をふり、苦い笑みを浮かべた。
「わかった、お前はおれの思っているより大人なんだな」
「わしもここに残るよ」
だしぬけにホルストが口を開いた。
え、とホルンとパックがホルストを見た。
「実は……」
と、ホルストは昼間の出来事を話した。
ホルストはにやりと笑った。
「奇術師の代役、面白そうじゃないか! わしは一度そんなことをやってみたいと思っていたんじゃよ! わしの魔法が、どのように観客にうつるか、試してみたい」
「わしも残ろう」
ニコラ博士が話しだし、みなびっくりした。
「あのバベジ教授の思考機械、わしは感銘を受けた。わしはかれに申し出て、”魔素”の共同研究を提案してみるつもりじゃ。じつはロロ村にやって来る前、わしはボーラン市の大学に招かれていた。そのときの教授たちとは、いまでも手紙のやりとりなどやっておって、わしの研究成果を知らせておった。だからすぐにでも教授職につくことができるから、生活のほうは心配ない」
「まったく……!」
ホルンは肩をすくめた。
「あんたら勝手な人間だ! まあいい。おれはロロ村へ帰ろうと思う。しかしあのムカデはどうするね? ここに残しておくのかね?」
ニコラは首をふった。
「いや、あれはパックに預けよう。マリアの蒸気を補給するにも必要だからな。それにパックに任せておけば、整備もちゃんとやってくれるだろうから」
「そうか、村に帰るのはおれひとりか……」
ホルンは笑った。
ホテルをひきはらい、ホルンはボーラン市の駅のホームに立った。見送るパックたちにホルンは笑いかけた。
パックに顔を近づけ話しかける。
「いいか、あのサンディという娘。お前が旅に出る前に家に戻してやれよ。おれの見るところ、どうやら王宮に住まう貴族のだれかの家柄のようだ。いくらなんでも、お前があの娘を連れまわすわけにはいかんだろう?」
「判っているよ。父さん」
「それからあの剣だがな。やはりおれが村に持ち帰ろうと思う。お前が持ち歩くには重すぎるし、なんとかおれの鍛冶屋としての経験で元に戻す方法を探ってみたい。どうだ? じつはもう、おれの荷物の中に入れておいたんだ」
パックはうなずいた。
「判った。父さんにまかせる」
駅員が汽車が出発する、と大声で叫んでいる。ホームで別れをおしんでいたほかの乗客が、ぞろぞろと客車に乗り込んだ。
ぽーっ、と長々と汽笛がなる。
ホルンは客車に乗り込んだ。
がったん、と音をたて汽車が動き出した。
ホルンはおおきく手をふって小さくなった。
汽車がすっかり姿を消すと、全員駅を出ておのおのの方向へ歩き出した。
ホルストはボーラン市に来ているサーカス団のテントへ。
ニコラ博士は大学へ。
そしてパックとマリア、そしてサンディはニコラ博士のところへ一時身を寄せることになっていた。ニコラ博士の、大学での学寮に止めてもらう約束をしたのである。
別れる直前、ホルストはパックとサンディに話しかけた。
「市を離れる前に、サーカスを覗きにこい。わしが団長に言って、おまえたちふたりくらい無料で観劇させてやるさ!」
うん、とパックはうなずいた。