表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/59

少尉

みずからのちからに目覚めたギャンは、征服の野望を胸に動き出す!

 結局、ギャンによって教室から放り出された生徒は過失による事故ということにされた。

 ギャンは教室中の生徒たちに催眠をかけ、生徒が突然なにかわけのわからないことを喚いて自分から教室の窓を開け、飛び出したという記憶をでっちあげたのである。

 あらたに獲得した自分の能力に、ギャンは酔いしれていた。

 このちからを使えば、世界征服も可能だ……。

 が、ギャンはまだまだ自分のちからが、それほどのものでないことも判っていた。

 たしかにいまのこのちからは奇跡的であるが、せいぜいおのれの身を守る役にしかたたないことも自覚していたのである。

 だがいつか、ギャンのちからは世界を制するほどのものに成長するだろうことも本能的に悟っていた。それまで、じっくりとちからを蓄え、いつの日か魔王となって君臨してやる。

 祖父からあたえられた自分の部屋の窓から、ギャンは外を見つめた。

 視線のさきにあるものは、王宮の優美な城の偉観である。

 まず、このコラル帝国が手はじめだ。

 それには王宮にはいりこむ身分が必要である。

 

「軍隊にはいりたい?」

 祖父のゴルドはあっけにとられ、ギャンの顔を見つめた。

 あの朝食の席で倒れてから、祖父はベッドに寝たきりになっていた。ほんのちょっとしたギャンの悪戯だったが、祖父の老いた心臓にはかなりの負担になっていたのだろう。かけつけた医者はしばらく療養をすすめ、使用人に世話されることになった。

 もちろん、それが自分のしたことだなどとギャンは口にすることはなかった。まだまだこの老人には利用価値がある。それまでは生きていてくれなければ困る。

「そうです。お祖父さん。ぼく帝国の軍隊にはいりたいんです。たしかお金をつめば、少尉の任官がかなうって聞きましたけど」

「そりゃたしかにな……しかしお前が軍隊に入りたいだなんてなあ」

 老人は頭をふった。

 コラル帝国には三つの身分がある。

 まず貴族。この貴族にもふたつあり、ひとつは帝国の皇帝の血縁者によって占められている。伯爵以上の爵位のほとんどが、この血縁者だ。この一族からは、皇帝の相続権が認められ、現皇帝になにかあったばあい、次代の皇帝はこの一族から選出される。

 もうひとつの貴族は帝国にたいする功労で爵位を授与されたもの。軍人や、政治家などから功績に応じて爵位が授与される。一番下の男爵、子爵などがそうである。

 そのしたに位するのが軍人である。帝国軍の士官は、貴族に次する身分のものとして、尊敬を受けていた。なにしろ帝国のちからの源泉がその卓越した軍事力であるから、当然のことだ。

 それ以外はいわゆる平民である。

 平民は議会をもち、議員は選挙で選出される。平民議会は元老院とおなじだけの権力を持ち、皇帝へたいする法案を提出することが出来る。この平民からまれに貴族に選出されることもあった。

 ギャンはそのうち軍人の身分を手に入れることを狙っていた。

 正式な軍人となればどうどうと王宮に入り込むことも出来るし、戦争がおきれば出世だって思いのままだ。もっとも現在、帝国とことを構えるような度胸をもった国はほとんどないが、なにかまわない。その気になれば、ギャンは戦争を引き起こすことも出来ると考えていた。

 少尉の身分ではどうどうと王宮に入り込むのは難しいだろうが、まずは軍人の身分が必要だ。それには軍隊に応募して、訓練を受けなければならないが、厳しい訓練など最初からするつもりはなかった。

 しかし帝国軍には特別の応募枠があり、金をつめばだれでも少尉の任官を正式に受けることが出来る。

 大金持ちの貴族の子弟のほとんどが、この金を使った少尉の身分を手に入れている。いわゆる高貴な血の代償というやつで、貴族はいざとなった場合、軍人として前線に立つことを平民たちから期待されているのである。

「しかしお前はまだ十五才だぞ。十八才にならないと、任官は出来ないはずだが」

 老人の言葉に、ギャンは手をふった。

「そんなこと、構いません。なんとかなりますよ。とにかく、お金を用意してください。あとは自分でやりますから」

 そう言うと、ギャンは老人を見つめた。老人の目がぽかんと見開かれた。その瞳がうつろになっている。ゴルド老人は指を上げ、ベッドの脇の紐をひっぱった。どこかでチャイムが鳴り、ドアを開けて使用人のひとりが姿を現した。老人はかれに金を用意するよう言いつけた。

 さっと使用人は頭をさげ、きびきびと老人の部屋の金庫から札束を用意し、ベッドに積み上げた。それをギャンは引っつかみ、笑顔を見せた。

「それじゃ、行って来ます!」

 さっさと部屋を後にし、屋敷から外へ出かける。

 

 蒸気車を用意させ、ギャンはボーラン市の王宮近くにある帝国軍本部へと出かけた。

 本部の建物は古い、歴史ある建造物だった。

 どっしりとした正門をくぐり、受付に近寄る。

 事務官がギャンの姿を見て怪訝な表情になった。

 ギャンの姿は目立った。見るからに子供で、軍隊に入隊するには早すぎる。しかしギャンは得意の催眠を使って、事務官の怪訝な表情を消した。うつろな目になる事務官に、金を渡し少尉の任官証を用意させる。

 その気になれば、事務官に催眠をかけ金を受け取ったと錯覚させて無料で任官証を用意させることも可能である。が、そうするには上層部までつぎつぎとだまくらかし、帳簿を改竄させる必要がある。そこまでやるには根気と、すべてを把握する調査が必要で、そんな面倒くさい手順を踏むより、祖父ひとりをあやつって金を出させたほうが簡単である。

 ギャンはすべてを手早くやるつもりだった。

 任官証を受け取ると、その足で軍服や階級章を手に入れるため補給部へと急いだ。サイズを計り、制服を試着すると、それを姿見でためすがめす眺める。

 帝国軍人、ギャン少尉の誕生である。

 

 ギャンは本部の壁に架けられている帝国軍の系統図を見上げた。

 これには帝国軍のさまざまな部署が、ひとめでわかるように図で示されている。

 そのうち、どの軍の部署にも属さない、兵器開発局という部署に目をつけた。

 これは面白そうだ。どうやら、研究開発をしている部門らしい。

 二階にある軍令部に出かけ、この兵器開発局への任官をとりつける。あっという間にギャンは軍令部のお墨付きを手に、外に待たせてあった蒸気車に乗り込んだ。

 研究所はボーラン市のはずれにあった。

 軍の建物がそびえ、その隣りに巨大な倉庫のような研究所の建物が見える。

 扉を開け、中に入り込むと、ひとりの老人がなにやら研究ノートにぶつぶつつぶやきながら書き込んでいる。

 老人は顔を上げ、眼鏡を指で押し上げた。

「だれじゃね、お前さんは。あまり見かけない顔だが」

 ギャンは大声をあげた。

「ニコラ博士!」

 老人は苦い顔になった。

「また兄に間違えられた。わしは弟のテスラじゃ!」

「テスラ……博士?」

「そうじゃ。兄のことを知っているということは、お前さんはロロ村の人間じゃな?」

 眼鏡のおくから、テスラ博士はじろりとギャンを睨んだ。

 ギャンはうなずいた。

「また、と仰いましたね。それはどういうことです?」

「昨日のことじゃ。ロロ村から兄が来ておって、パックという妙な小僧とサンディという小娘をここに連れてきたのじゃ。わしは兄と喧嘩して、二度と会わんということになった……」

 怒りのため、テスラ博士の話しは性急で、ギャンは苦労してそのつじつまを探った。ようやく話しの筋道をたどり、ギャンはロボットの存在に興味を示した。

「鉄人兵団ですか?」

 問いかけると、テスラ博士はにやりと笑った。手許のノートに描かれているスケッチをギャンは覗き込んだ。

 荒っぽくあるが、どっしりとした鉄の鎧をまとった人のような機械が描かれている。スケッチにはテスラ博士の字だろうか、さまざまな書き込みがあった。

 その中の、”魔素”という字にギャンは引き付けられた。

「その”魔素”とは?」

「ああ、兄のニコラが発見した要素じゃ。この”魔素”が魔法の源なのじゃそうだが、わしはまだ確認しとらん。これを研究すれば、鉄人兵団はおろか、さまざまな兵器を開発できるようになるじゃろう」

 ギャンはうなずいた。あきらかに、自分のこの能力は”魔素”によるものだ。

 どんぴしゃりだ!

 ギャンは自分が望むものを手に入れたのを感じていた。

「博士! ぜひ、その鉄人兵団を完成させてください! この研究は、帝国にとってきわめて有用なものになります」

「言うまでもないわい。しかし予算が限られておるからな……」

「それはなんとかなります。資金は、軍令部に要求してください。ぼくがうまくやりますから」

 テスラ博士は疑わしそうにギャンの階級を眺めた。

 少尉と言えば士官候補生にすぎない。それにギャンは見るからに若造で、そんなかれに予算を要求させる権限などあるはずもない。

 ギャンは肩をすくめた。

「まあ、見ていてくださいよ。それまで、この鉄人兵団と”魔素”の研究を続けてください。じき、予算がつきますから」

 その場でギャンはテスラ博士に軍令部への予算請求の書類を用意させた。それを書類入れにいれると、ギャンはふたたび帝国軍本部へと取って返した。

 本部へ向かう蒸気車の中で、ギャンはいまの出会いを興奮してふりかえっていた。

 あのテスラ博士は掘り出し物だ……なんとかしてかれにもっと多くの、そして世界を征服するにたりる兵器を発明させる必要がある。

 ギャンの空想はひろがった。

 ぞくぞくと生産される鉄人兵団、空を飛ぶ戦車、巨大な戦艦。それらをしたがえ、世界を征服する自分の勇姿……。

 ギャンはそのイメージに酔っていた。

 

 そのころ、研究所でテスラ博士は鉄人兵のスケッチを前にあることをつぶやいていた。

「この鉄人兵に知能を付与するためには……うむ!」

 博士の目がおおきく見開かれた。

「あやつじゃ! たしか二、三年前空想的な論文を提出した若いやつがおったな。なんといったか名前は……そうじゃ! バベジ! バベジ教授じゃ!」

次回はミリィの手がかりがしめされます。パックは首都をはなれ、旅立つのか?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ