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ギャン

クラスメートのギャンとパックは放課後、対決する。ギャンの本性があらわに。

 放課後、パックは学校の裏手にある森でギャンと顔をあわせた。

 パックはひとり、ギャンはいつもの取り巻きをつれている。

 木の切り株に腰をおろし、ギャンは顎をあげてパックを下から見上げた。

「ギャン。なんの用があるんだ」

 パックが口を開くと、ギャンの取り巻きのひとりのツーランという少年が大声をあげた。

 ぼってりと太り、目鼻が丸い顔の真ん中にあつまったような顔をしている。

「ギャンさんと呼べ。お前より、二年うえだぞ!」

 パックはツーランの言葉を無視した。無視されツーランの口もとがひくひくと痙攣して、ぴりぴりと額に青筋がういた。

 ギャンはふっと笑い、肩をすくめ口を開いた。

「パック、おまえまだあの爺さんのところへ通うつもりなのか?」

「ニコラ博士のことかい。それがおまえと何の関係があるんだ」

「村の安全にかかわることだ。いずれおれはこの村の村長になる。村の安全についてはおれの責任なんだ」

「村長になるって?」

 パックはあきれた。

 ギャンはまだ十四才、いずれ十五才になるだろうがまだまだ大人とはいえない。父親のサックは四十代で、引退するには早すぎる。

「おれが村長になることは決まっていることだ。そりゃ何年先になるかわからないが、いまから村のことについては、いろいろ気を配っておかないとな」

 ふらり、とギャンは立ち上がった。

 立ち上がるとギャンはパックより頭ひとつぶん背が高い。

 その高みからギャンはパックを見下ろした。

 ギャンが立ち上がると、取り巻きたちが素早く位置を変え、パックを取り囲む。

 逃げ場をふさぐつもりだ。

「パック、おまえがあの爺いのところへ通うつもりなら、すこしばかり痛い目にあってもらわないとな」

 へへへ……、と取り巻きの少年たちが下卑た笑い声をあげた。サディスティックな期待感に瞳が邪悪に輝いた。

 パックはさけんだ。

「嘘だ! ギャン、おまえはただ因縁をつけたいだけなんだ。正直に言えよ。おれが気に入らないだけなんだろ?」

 しゅっ、とギャンの手首が動いた。

 ぱあん、とパックの頬が鳴る。

 じいん、と痛みが痺れを伴ってパックの頬にしみた。

 ギャンは唇をまくりあげて言い放った。

「なんて言い草だ! お前には年上の人間にたいする敬意というのはないのか?」

 かっ、とパックの胸に怒りがこみあげた。

 この野郎!

 パックはギャンに飛びかかった。

「それ!」

 ツーランが足をとばし、パックの足にからめてきた。

 わっ、とパックは前かがみなってころんだ。

 ころんだところにツーランが爪先で蹴り上げようとしてきた。

 パックはごろごろところがってそれを避けた。

 その時、かれの指先が触れたものは細い木の枝だった。無我夢中でそれを握りしめ、パックは立ち上がった。

「おっ?」

 さらに攻撃をくわえようとしたツーランはパックが木の枝を握っていることにちょっとためらった。

 細い木の枝一本ではあるが、パックはそれを剣をもつかのような構えで持っていた。

 ツーランはへっ、と笑った。

 なんだ、ちょっと触っただけでぽきりと折れそうな細い木の枝だ。ためらった自分が馬鹿のようである。

 だっとばかりに突っ込む。

 ぴしっ!

「わっ!」

 ツーランは鼻をおさえた。

 つーん、と痛みが鼻先から脳天へ突き刺さる。

「痛え!」

 悲鳴をあげ、ツーランはかがみこんだ。

 ぱしっ!

 また鋭い痛みが頬をおそった。

 頬をおさえた手の甲にまた痛みがおそう。

 わっ、わっと悲鳴をあげつつツーランは踊りを踊るように飛び跳ねた。

 いったいなにがおきた。

 痛みに涙がにじむ瞼をあげ、パックを見る。

 パックは静かに枝先をこっちへ向け、立っている。

 くそっ!

 一歩ふみだすと、パックの右手が素早く動いた。

 ひゅっ、というような風を切る音がして、ツーランの上唇に痛みが走った。

「わあっ!」

 ツーランはどっとばかりに尻餅をついてしまった。

 もう、戦う気力すらない。

 それを見ていたギャンはさっと手をふり、仲間に合図をした。

 さっとばかりに仲間たちはパックの背後をふさいだ。

 にやっ、とギャンは笑った。

「やるじゃないか、パック。おまえの父親から教えられたのか?」

 ギャンの言葉にパックははじめて気がついた、というように手元の枝を見つめた。

 身体が勝手に動いていた。

 そうだ、ホルンの朝の修行とおなじ気持ちで枝を握っていたのだ。

 ギャンを見上げたパックの顔に不敵な笑みがうかんだ。

「だとしたらどうなんだ?」

 ギャンは顎をあげた。

「ますます見逃せないな。おまえの父親は軍隊あがりだ。つまり人殺しの訓練を受けているということだ。そんな危ない訓練を受けているということは、いつかお前もその成果を試したいと思うようになるだろう。そんなことにならないよう、いまからお前に徹底的に教育する必要がありそうだ」

 ぺっとパックは足もとに唾をはいた。

 つくづくギャンは自己正当化しかないやつなんだ。口では立派なことを言って、その実他人にたいし暴力をふるいたいだけなんだ。

 ギャンの目が細くなった。

 そのギャンの手元に手下のひとりがあたりを探し、木の棒を拾うとさしだす。

 ギャンはそれを受け取り、握りしめた。

 じぶんの木の棒を見て、そしてパックの握る木の枝を見る。

 太さが違いすぎる。

 ちょっと当たっただけでパックの木の枝はぽきりと折れてしまうだろう。

 ギャンは勝利を確信した。

 唇にうすく笑いをうかべ、ギャンはパックに木の棒を振り下ろした。

 パックはそれをよけると、さっとばかりに突きをいれた。ギャンの木の棒のさきが地面を噛んだ。

 ひゅっ、と風を切る音がしてギャンが頬をおさえた。

 驚愕の表情が浮かんでいる。

 押さえた手の平を見つめる。

 うすく血が滲んでいる。

 ギャンの頬につーっ、と血がしたたった。

 パックの木の枝の先端で切れたのだ。

 ふたたびパックは木の枝をななめ上に振った。

 わあ、と悲鳴をあげギャンはのけぞった。

 うっ、と鼻先をおさえる。

 ツーランとおなじ痛みが襲う。

 目に涙が滲む。

 うーっ、うーっとギャンは痛みにあえいでいた。

「これ以上やると、今度はお前の目をつぶす!」

 押し殺した声でパックはギャンに話しかけた。いかりで顔が真赤にそまっている。

「鼻の先で我慢してやってるんだ。おれができないと思うか?」

 パックは薄く笑いを浮かべている。

 やれる……父親のホルンとの修行にくらべれば、まるで子供の遊びだ! ギャンの動きなど、パックの目には隙だらけに見えた。

 ギャンの目に恐怖がうかんだ。

「やめてっ!」

 その時、ミリィの声があたりに響いた。

 えっ、とパックは顔をあげた。

 森の入り口あたりにミリィが立っていた。

 パックの表情にギャンもまた鼻先をおさえた姿勢でふりむいた。

 ミリィの姿を見たギャンに驚きの表情がはしった。

 ミリィは言い訳するように口を開いた。

「パック、あなたが授業中にギャンからなにか受け取ったみたいで、それで心配になって……」

 そのミリィの背後から近づいてきた人影に、パックもまた驚いた。

 父親のホルンであった。

 ミリィはホルンを呼んだのか!

「もうやめないか!」

 ホルンの声はあたりを圧した。

 びくり、とギャンはホルンの声に震え上がった。

 ホルンは本気で怒っていた。

 つかつかとふたりに歩み寄ると、さっと手を伸ばしパックとギャンの握っている木の枝と棒を取り上げた。

「帰るぞ、パック」

 そういい残し、ギャンをまるっきり無視したまま背中をむける。

 パックがぼんやり立っているのに気づき、怒鳴った。

「なにをしているっ!」

 パックは飛び上がり、ホルンの背後に続いた。

 ちょっと立ち止まり、ホルンは背中ごしにギャンを睨むと口を開いた。

「おれはなにも聞かなかったし、見なかったことにする。わかったか?」

 ギャンはぽかんと口を開いたままがくがくと顎をひき、何度も頷いた。

 のしのしとホルンは歩きだした。パックとミリィはその後に続く。そのまま三人は森をあとにした。

 

 家路を辿るホルンは終始無言だった。

 パックとミリィはそんなホルンになにも言えず、ただ歩くだけだった。

 しゅうしゅうしゅう……。

 坂道の向こうから、白煙がたちのぼっている。

 目をそちらへやると、ばさばさとおおきな旗ざおがふられ、赤い布がひらひらと踊っていた。

 旗ざおを握っているのはダストンという大柄な男で、その後ろから巨大な四輪の機械がゆっくり姿を表した。

 蒸気トラクターであった。

 後ろの動輪の直径はパックどころか、ホルンの背丈ほどもあり、それが鉄でできている。蒸気エンジンもふくめた車体の重さは、想像もつかない。ただそれが通りすぎた後、深々とした轍が残されることでとてつもない重量を悟ることができるだけである。

 運転しているのはダストンの父親のブルンだ。ブルンは村一番の耕作地を持っている農家である。

 なぜ息子のダストンが旗ざおをふっているかというと、このトラクターを運転するときはかならず歩行者などの注意をうながすため旗を前でふるようにという法律が制定されているからだった。とはいえ、このトラクターの走る速度は歩くより遅いのでそんなのが必要なのか疑問であったが。

 この蒸気トラクターを、ブルンは昨年村にやってきたセールスマンから買い入れた。

 ブルンのトラクターはもとより、村ではさまざまな場所に蒸気エンジンによる機械が動いている。パックの家でも、父親のホルンは蒸気で動くハンマーを使って鉄をうちのばす作業をやっている。

 蒸気の時代であった。

 あらゆる動力が蒸気で動き、人々の暮らしは確実に変わりつつあった。

 ブルンはホルンに気づき、トラクターのブレーキをかけた。

 ぎぎいー……。

 おおげさな音を立て、トラクターは前のめりになって停車した。

 シリンダーからしゅーっ、と音を立て蒸気がふきだしあたりを白く曇らせる。

「よお、ホルン。ひさしぶり!」

 ああ、とホルンもうなずいた。

 ブルンはトラクターの運転席から身を乗り出すようにして話しかけた。

「丁度良かった! あんたの息子のパックに話があるんだ」

 パックはホルンの顔を見上げ、父親がうなずくのを見てブルンに顔を向けた。

「なんだいブルンさん」

「あとでエンジンの調子を見てくれんか? どうも最近ちからが出なくてなあ」

 パックはいいよとうなずいた。蒸気エンジンはニコラ博士のところで色々見ているから修理くらいなら軽く出来る。

 ホルンが口をはさんだ。

「あんたが購入したところでは直せないのかね?」

 ブルンは顔をしかめた。

「サックに話を持っていくと法外な料金を請求されるんじゃ! 一度、相談してもうこりごりじゃよ。その点、パックならあのニコラ博士のところで助手をしているから蒸気機関には詳しいしな」

 ホルンは眉をあげた。

「サックから買ったというのかね? かれがそんなことまで手を広げているとは知らなかったな」

 ブルンはうなずいた。

「そうとも! ちかごろじゃ村のみんなに金を貸すだけじゃなく、トラクターとか蒸気冷蔵庫とか売りつけておるよ。まあ便利になるのはいいが、ローンがかさんでな……しかしあのローン、どうも怪しいな」

「どう怪しいというんだね」

「利率が高すぎる気がする。みな黙っているが、多分業者からリベートを取っているんじゃないかな。そのリベート分が、利率に上乗せされているとわしは見ている」

 ホルンの顔が険しくなった。

「もしそれが本当なら問題だぞ! サックはロロ村の村長として公正さを期待されているのだからな!」

 ブルンはあわてて手をふった。

「だからそんな気がすると言っておろうが! なあ、この話は内緒にしてくれんか? サックにあんたがこの話を持ってねじこむなんてことはやめて欲しい。わしは争いごとは苦手じゃよ」

 ホルンは肩をおとした。

「判った……このことはおれの胸にとどめておこう。あんたのトラクターのことだが、いずれパックをやらせよう。それでいいか?」

 そうかそうか、とブルンは上機嫌でうなずくと、旗ざおを持って突っ立っているダストンをうながし、ふたたびトラクターを動かし始めた。

 ずしずしと振動をたて、遠ざかるトラクターを見送りホルンはつぶやいた。

「蒸気、蒸気……。このごろじゃなんでも蒸気エンジンだ……。ブルンだって去年までは牛や馬をつかって畑を耕していたんだが、サックの口車にうかうかと乗せられてあんなもの買いこんでしまうくらいだからなあ……」

 なげかわしい、といったホルンの口調にパックは口を開いた。

「どうしてさ? 科学が進歩すれば、うんと便利になるし生活も楽になるんだろ? それがいけないのかい?」

 ホルンは頭をふった。

「科学が進歩することが悪いと言っているんじゃない。ただ、それがほんとうに人間の幸福につながるかどうか、わからんと言っているだけだ」

 そうかなあ、とパックはつぶやいた。

 ホルンの言うことはよくわからない。

 ふいにニコラとテスラのふたりの顔を思い浮かべた。

 ふたりが造ろうとしているロボット。あれは人間にとって幸福をもたらすものか、それとも災厄なのか?

 パックにはわからなかった。

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