上流階級
母親のトーラに連れられ、ボーラン市にやってきたギャン。かれを待っていたボーラン市の暮らしとは?
十日ほど前、サックがホルンを銃で狙い、ロロ村を遁走したその後。
ギャンの母親、トーラはてきぱきと使用人に指示を出し、商店の後始末に追われた。
「この商店はあなたがたにお任せします。売り上げの一部をボーラン市に送金して、積立金を支払えば、この店はあなたがたにお譲りするつもりです。どうですか? あなたがた、自分の店が持ちたいと思いませんか?」
サックの店で、使用人として働いていた中年の夫婦は、おたがいの顔を見合わせた。
「この店が、わたしどものものになると仰るのでございますか?」
そうです、とトーラは尊大にうなずいた。
夫婦の顔に希望のひかりが浮かんだ。
「ぜ、是非お願いいたします! わたしども、じぶんの店をもつことが夢でございました」
そう、よかったわね、とトーラは笑顔になった。
これで厄介な問題はひとつ片付いた。ロロ村で暮らし、商店を経営するなんて面倒なことは真っ平だった。それより恩を売って、この夫婦に名義を移し、商店の売り上げの一部を受け取るほうがよっぽど気が利いている。
馬車を用意し、トーラとギャンは大事なものを荷物にして村を出ることになった。
見送る村人たちの目には、別れの悲しみなどかけらほども浮かんでいなかった。トーラはサックと結婚して村で暮らし始めても、一度も村人たちと溶け込もうとせず、高々とした見下した態度で終始したし、ギャンもまた数々の悪事によってだれにも愛されるとはいいがたかった。あれほどいたギャンの取り巻き立ちは、ひとりも見送りに出てこなかった。
金の別れが縁の別れ、ということだろう。
馬車を走らせ、駅へ着くと、トーラとギャンの親子はボーラン市に行くための汽車に乗り込んだ。
ボーラン市の駅には、トーラの両親が待ち受けていた。
ギャンにとっては祖父母にあたる。
「お帰り」
最初に声をかけたのは祖母のミトである。
ほっそりとした、背の高い老婦人で、厳しい灰色の目をして背をまっすぐのばしている。髪の毛はすでに真っ白になっていたが、それをきちんととかしつけている。どことなく、母親のトーラにおもざしが似ていた。
「お前がギャンか。こんな小さなとき、わしの膝に乗っけてやったきりだったなあ」
人のよさそうな笑みを浮かべているのは、祖父のゴルドであった。祖母のミトとは違い、背が低く、恰幅の良い老人であった。ちいさな鼻眼鏡をちょこんとかけ、髪の毛はほとんど抜けていた。
祖父母の背後には使用人が数人、ひかえている。かれらはすぐさま、トーラとギャンの手荷物を受け取り、待たせていた蒸気車に積み込んだ。
「さあさあ、立ち話もなんだし、はやく家へ帰ろう」
ゴルドはトーラとギャンを抱きかかえんばかりにして蒸気車に乗り込ませた。車には向かい合わせの座席があり、ギャンは二人の祖父母に見守られる形になって座った。
しゅっ、しゅっと蒸気を噴き出し、一行が乗り込んだ蒸気車は走り出した。
ギャンははじめて見るボーラン市の景色に圧倒される思いだったが、それを必死に押し隠していた。しいて無表情を装っていたが、実際は大声で叫びだしたい気分だった。
これが都会か!
これが帝国の首都か!
すげえ! なんて人があふれているんだ!
それに建物があんなに……。
ギャンの目は、駅前の商店街や、巨大な劇場、ときおり見かける帝国の威信を高めるためのさまざまな彫像に引き付けられていた。彫像はボーラン市で高名な文学者、科学者、軍人などの英雄像である。それらの事跡はギャンは知らなかったが、彫像の目は厳しくギャンを監視しているようだった。
首都は富と栄光をこれ見よがしに見せ付けている。
ロロ村とはえらい違いだ……。
空を見上げるギャンの目がおおきく見開かれる。
「あれは?」
指さすギャンの方向を見上げた祖父は答えた。
「ああ、あれは飛行船だ」
「飛行船?」
「なんでも空気より軽い気体を詰め込んだ機体で飛ぶんだそうだ。一度に百人の乗客を運べるということだ」
ギャンはじっと首都の上空をゆったりと飛ぶ、葉巻型の飛行物体を見送っていた。
葉巻型の機体は銀色の塗装がなされており、陽射しをまぶしく反射している。
祖父を見て尋ねる。
「ねえお祖父ちゃん、ぼくもあれに乗れるかい?」
ほっほ、とゴルドは笑った。
「なんだ、ギャンはあれに乗りたいのか?」
ギャンはなぜか真っ赤になった。好奇心をむきだしにしたことが悔やまれた。
ここにはおれの知らないことがいくらでもありそうだ。
このボーラン市にギャンは住むことになるのである。
すべてを体験してやろう!
ギャンはわくわくしていた。
祖父のゴルドの家は、ギャンの想像を絶していた。家というより、屋敷といったほうがふさわしい。広大な敷地に建つ祖父の家は、総レンガ造りの、壮麗な建物であった。
思わずぽかんと口を開けて見とれていたのであろう。祖父の面白がっているような表情に、ギャンは気を引き締めた。こんな屋敷、なんてこともない! ただ、でっかいだけじゃないか!
応接間に通されると、中年のメイドが涙を浮かべ、ギャンの顔を見つめていた。
「まあまあ……坊っちゃん。よくお帰りで……」
そのメイドはどことなくミリィの母親、メイサを思わせた。ふくよかで、笑顔がとびきりの人のよさを現している。
「憶えていないかな? ベスはギャンの乳母をしていたことがある。もっとも三才までのことだから憶えていないのも無理はないか……」
祖父の言葉にギャンは肩をすくめた。祖父たちの説明では、ギャンは三才のころまでこの屋敷で育てられたと言う。その後、父親のサックと共にロロ村に移り住んだそうだ。しかしギャンの記憶はロロ村での暮らしだけで、そう言われてもぴんとこなかった。
屋敷を案内されると、執事、メイドたちがギャンにたいし、うやうやしく挨拶をしてくる。
ギャンはゴルド老人のたったひとりの孫であり、身内なのだ。
祖父にギャンは一部屋をあたえられた。
「ここがお前の部屋だ。トーラがお前を連れて帰ってくると聞いて、さっそく部屋を用意させた。どうだ、気に入ったかね?」
ギャンは部屋を見回した。
ロロ村での部屋と比べ、雲泥の差だ。
なにしろひろい。
この部屋ひとつで、ロロ村でのサックの家全部の部屋あわせたくらいはありそうだ。
高い天井、どっしりとしたマントルピース。
ドア近くの壁にスイッチがある。
なんだろうとそれに触れる。
ぱ!
天井のシャンデリアが輝いた。
電気だ!
この部屋は電気で照明されているのだ!
今度こそ、ギャンは本気で驚いていた。
ロロ村での明かりは蝋燭か、せいぜい灯油ランプくらいしか知らない。見上げる天井の電球の明かりは、ひどくまぶしく感じていた。
これこそ文明的な暮らしというものだ。
ギャンは祖父をふりかえった。
にっこりと笑い、うなずいた。
「気に入ったよ、お祖父さん」
祖父は満面の笑みを浮かべていた。
そうそう思い出した、というように祖父は口を開いた。
「学校のことだがな、上級学校への入学を申請しておいた。明日から通うがいい」
その言葉にギャンはびっくりした。
「学校だって……」
「そうだとも。お前もこの家で暮らすなら、ちゃんと学業を身につけるべきだ。そうでないと、将来上流階級の一員となることはできんぞ」
上流階級、という言葉がギャンを刺激した。
そうだ、おれもその一員になってやる。
そしてすべてを掴み取ってやる。
学校か……。
ギャンはロロ村での、上級生下級生が入り混じって学んでいた学校を思い出しみずからを慰めた。
なんとかなるさ……。
が、学校はギャンの想像をはるかに裏切っていた。
まず規模が違っていた。
全校生徒、三百人を越す巨大な上級学校は、一年生から三年生までそれぞれ違った教室で学び、さらに一学年三つのクラスに別れていた。何十名ものクラスメートが存在する教室など、ギャンには初体験であった。
男の教師がギャンをクラスメートに紹介した。
「今日から諸君と一緒に学ぶギャンだ。みんな、仲良くやってくれ」
三十名もの視線が一度にそそがれ、ギャンは真っ赤になった。
十名ほどの女生徒たちが、ギャンのそんな様子にくすくすと笑っておたがいひそひそと話を交わしている。
「それじゃギャン。自己紹介をしてくれないか?」
教師に言われ、ギャンはうなずいた。
「はじめまして、ギャンといいます……」
その途端、教室中の生徒たちがくすくすと笑い出した。
なんだろう? おれはおかしなことを言ったか?
「……ぼくの得意な教科は歴史と体育で、とくに剣道は……」
ギャンは絶句した。
かれが喋るたび、教室中にさざなみのように笑い声がひろがっていく。ギャンを興味津々といった視線で見つめていた女生徒たちも、今度は見下したような視線を送ってくる。
教師が手をあげた。
「みんな! ギャンが地方のなまりがあるからと言って笑っちゃいかんぞ!」
ギャンは理解した。
かれはロロ村のなまりで喋っていたのだ!
母親のトーラはもともとボーラン市の出身である。だから家ではトーラはなまりのない、きれいな帝国語で喋る。したがってギャンもまたロロ村では気取った、都会の喋り方をすると村人には思われていた。
しかしロロ村で成長したギャンは、どんなに綺麗な帝国語で喋っているつもりでも、ロロ村のなまりが出るのだ。
うつむいたギャンはそれ以上口を開くことが出来なくなっていた。
教師はギャンの自己紹介をきりあげ、授業に移っていった。
その授業がギャンにとってはちんぷんかんぷんだった。
まず教師の喋る授業の内容がわからない。
それに渡された教科書の中身も、ギャンにとっては高度すぎた。ロロ村での授業中、ギャンはまるで身を入れて聞いていなかったが、それは取り巻きがいたからだ。ここではギャンの知り合いなどひとりもいない。ただただ、授業時間が終わってくれることをギャンは祈っていた。
授業が終わると、まわりの生徒たちはギャンのなまりをからかい始めた。
語尾がのびるロロ村特有の喋り方をわざと真似して笑う。
ギャンがそれに怒ると、にやにや笑いで応じてくる。
はじめて、ギャンはひとから馬鹿にされるという体験を経験したのである。
畜生……。
ギャンは机につっぷし、拳をにぎりしめた。
ギャンのプライドは粉みじんに打ち砕かれていた。
自信があった剣道も、放課後のぞきにいったクラブ活動の部室で見た光景に圧倒されていた。
模擬刀を使って打ち合う部員たちのレベルは、ギャンの想像をこえはるかに高いレベルのものであった。入部を希望するギャンにひとふりの模擬刀がわたされ、さっそく初心者レベルの練習が開始された。
相手をしてくれたのは二年生で、ギャンの打ち込みは簡単に打ち払われ、あきらかにあしらってくれるとわかる相手の切っ先を、ギャンは一度も受け流すことすら出来なかった。
やがてがらりと模擬刀を放り出し、二年生は言った。
「お前、いったいどんな練習をしてきたんだ? そんなんじゃ正式の部員はおろか、学校の体育の授業でも見学するしかないぞ!」
屈辱にギャンは唇を噛みしめた。
さらなる挫折は、学校で教えられるダンスの授業だった。
ギャンの通う上級学校は、生徒たちはすべてボーラン市の上流階級の子弟であるから、舞踏会などでパートナーとなるため、ダンスを習う。
体育館にワルツのレコードがかけられ、音楽が始まると生徒たちは男性女性入り混じってダンスをする。
その中、ギャンのステップはどたどたと品のないものに映っていた。
相手をする女生徒たちは、ギャンのステップにあからさまに軽蔑の眼差しでこたえ、眉をひそめるのだった。ロロ村での村祭りでのステップが、ついつい出てしまうのであった。
その日、ギャンにはさっそくあだ名がつけられた。
田舎者と。
自分の部屋で、ギャンはベッドにうつぶせ身もだえを繰り返した。
田舎者!
田舎者!
クラスメートから投げかけられるその言葉は、ギャンにとって硫酸のように心を蝕んだ。
もともとギャンは壊れやすい自我をもっている。プライドという自我は、まるで薄いガラス細工のようなもので、他からの刺激に簡単にひびがはいるたちのものである。そのガラスをつつんでいるのが、ロロ村で一番の金持ちの家に暮らすお坊ちゃまであるという自負であったが、上級学校の生徒たちの大半はボーラン市での上流階級の子弟であるから、ギャンの家などそんななかのひとつにすぎない。
ずたずたに引き裂かれたギャンのプライドは、それを埋めるあらたな材料に飢えていた。
畜生……!
ギャンはじぶんを軽蔑の目で見ていたクラスメートたちの顔をひとりひとり思い浮かべていた。
あいつらに仕返してやりたい!
恐怖を味あわせてやりたい……!
この手で……。
自分の両手が学校の生徒たちの首にかかり絞め殺す。相手の薄ら笑いが恐怖の表情に変わる……。
ギャンの妄想はそこで止まった。
なんだこれは?
ギャンは自分の手の平を見つめていた。
昼間気づかなかったものが、いま手の平から放射されている。
もやもやとした炎のようなものが、ギャンの両手からゆらめき立ち上っていた。
黒い炎に似たものがゆらゆらと手の平をつつみ、その黒い炎は青白い輪郭をもっている。
燃えている。
なにかが燃えている。
が、炎ではなかった。
何か、もっと別な……。
無意識にギャンは額を掻いていた。
額のまんなか、眉間のあたりが妙に痒い。
なんだろうとギャンは立ち上がり、壁に架けられた鏡に近づいた。
ぎょっ、となる。
なんと黒い炎に似たゆらめきは、手の平どころか全身から立ち昇っていたのだ。
鏡に目を近づけたギャンは、眉間の中央になにかぽつんと盛り上がっているのに気づいた。
なにか蚊に刺されたような痕がついている。
ギャンはじっと鏡のなかの自分を見つめていた。
翌朝、ギャンは他人にも自分と同じような放射があるのに気づいた。
あのメイドのベスにもあった。
ベスの放射は、ピンクの色の光のゆらめきだった。
おだやかな光の輪が、ベスの身体のうちから放たれている。
朝食の席でギャンは祖父のゴルドと、祖母のミトをじっと見つめた。
ふたりにはなにもなかった。母親のトーラには、うっすらと赤色の炎が見えた。
使用人のなかに数人、光をもつものがいた。
どうやら光は持つもの、持たないものがいるようだ。色もまた、人によって様々である。それがどういう意味を持つのか、ギャンはじっと考え込んでいた。
「学校はどうだった? 友達はできたか?」
朝食の席で祖父は話しかけてきたが、ギャンは生返事をしただけだった。
ギャンは考えていた。
真剣に考えていた。
自分の黒い炎、じっと見つめているとなぜかそれをコントロールできそうな気がしてくる。
息を詰め、炎をじぶんの身体から外へのばす。
ゆらゆらと黒い炎は青白い輪郭を持ったまま、祖父のほうへのびていく。
祖父の胸へ、炎はのびていく。
心臓のあたりへ、炎を伸ばしてみる。
うっ! と、祖父の顔色が変わる。
くくくく……と、祖父は胸をかきむしった。
「あなた!」
祖母のミトが悲鳴をあげた。
「し、心臓が……心臓が!」
ギャンは炎をひっこめた。
はっ、と祖父はあえいで息を吐いた。
はあーっ、はあーっと何度も呼吸を繰り返す。顔色は真っ青、というよりどす黒くなっていた。顔中、脂汗でぬれて光っている。
祖母は使用人たちに医者を呼ぶよう金切り声をあげていた。
母親のトーラは呆然となっていた。
その目が、ふと息子のギャンにとまる。
母親は戦慄した。
なぜならギャンの顔に薄ら笑いが浮かんでいたからである。
ギャンは発見したこのちからを色々試すことにした。
炎をコントロールすると、物を動かすことが出来た。
手の平から炎をのばし、目標の物体に触れる。なんと、まるで自分の指で触れている感覚すらあった。握ると、つかめそうだ。
自分の部屋でテーブルにコップを置き、手を触れずに動かしてみる。
ずずっ、とコップが動いていく。
持ち上げる。
なんのささえもなく、コップは空中で浮かんでいる。
炎の密度を変化させると、温度もコントロールできるようだ。
ギャンは自分の身体から炎をいっぱいに伸ばし、部屋全体に張り巡らせる。
がたがたがた……。
部屋中の家具が、地震のように揺れている。
がちゃん!
花瓶が落ちて、床でこなごなに割れる。
ぱりーん!
窓ガラスが内側から吹き飛んだ。
ばさばさばさ……と、窓のカーテンが強い風にあおられまくれあがった。
わはははは!
ギャンは有頂天になっていた。
その身体は、部屋の中央で浮かんでいた。
学校にきたギャンは、昨日の劣等性らしさはかなぐり捨てていた。
かれの姿を見たクラスメートは、最初薄ら笑いを浮かべていたが、すぐに恐怖の表情に変わった。
ギャンの顔にはまがまがしい影が浮かんでいた。
ドアを開けたギャンは、じろりとクラス全体を見わたした。
途端に、クラスメート全員はひんやりとした冷気を感じていた。冷気はギャンから発しているようである。
ギャンは無言で教室に入ると、昨日かれを「田舎者」と呼んだひとりの生徒に近づいた。
「な、なんだよ!」
思わず生徒の一人が椅子から腰をうかした。
じろり、とギャンの凝視がかれを縛り付けた。
す……、とギャンの片腕があがる。
「おまえ……」
にたり、と笑いがうかぶ。
う!
生徒の顔が恐怖に歪んだ。
気がつくと、かれの両足は教室の床から浮いていた。
「わ! ……わっ!」
ギャンの腕が上がっていく。
生徒の身体もぶらんと空中に浮かんでいく。
さっ、とギャンの腕が横に薙ぎ払われた。
わあーっ、と悲鳴を上げ、生徒の身体は教室の窓へ突進した。
ガラスを突き破る直前、窓ガラスが誰の手も触れていないのにばたん、と開き、生徒は手足をばたばたさせながら外へ飛び出していく。
ぐえっ、という押し殺した悲鳴が聞こえる。
窓側の生徒は一斉に窓の外へ身を乗り出し、下を見下ろす。
教室は二階にあった。
飛び出した生徒は校庭に倒れていた。
手足が妙な角度にねじれていた。まるで壊れた人形のように。
さっと生徒たちの視線がギャンに集まる。
全員、恐怖の表情を浮かべていた。
それらの視線を浴び、ギャンは恍惚の表情になっていた。
これだ!
この恐怖!
濃密な恐怖の香りが、教室中を充満していた。
それをギャンはたっぷりと味わっていた。それらの恐怖は、ギャンにあらたなちからを注ぎ込んでいたようだった。
おれは魔王だ……。
ギャンはつぶやいた。
すると天啓のようにひらめいたものがあった。
そうだ、いまのおれは魔王そのものでないのか?
ヘロヘロがいまのギャンを見たら叫んだろう。
あの”オーラ”は、かつての自分と同じだ、と。
ギャンは魔王の”オーラ”を身につけ、あらたなちからをえる。ギャンはこのちからでなにをするのだろうか?