テスラ博士
ニコラ博士の弟テスラ博士の登場です。テスラ博士はボーラン市でどんな研究をしているのか。
パックたちは中尉の装甲車に誘導され、ボーラン市のはずれにある軍の施設へと連れて行かれた。連行、といっていい扱いだった。
テスラ博士、と名乗った老人はパックのムカデや、ロボットのマリアに興味を示し、顔をすりつけるようにしげしげと観察していた。そんな仕草は、ニコラ博士そっくりだとパックは思っていた。
「確かに……わしの兄。ニコラの製作したものに間違いはない」
ため息をついてテスラ博士はつぶやいた。
「街でお前のムカデの噂を聞きつけ、瞬間的に兄の製作した発明品ではないかと思ったのじゃ。それで軍に頼んで、捜索したというしだいじゃ」
パックたちの連れてこられたのは、軍の施設の中にある研究所のようなところだった。
壁一面に貼られた無数の座標や、メモ、そしてごたごたと置かれた複雑な装置の数々に、パックはロロ村でのニコラ博士の研究所を思い出していた。
サンディははじめてみる研究所の内部に目を輝かせている。
「すごーい! こんな機械、はじめて見たわ。ねえ、これなあに?」
彼女の指が、機械のボタンに触れそうになり、テスラ博士は慌てて立ち上がった。
「それに触れちゃいかん!」
博士の大声に、サンディはびくっと飛び上がり、よろけた。あわてて手をつこうとして、機械の操作盤に倒れこんだ。いくつかのスイッチやレバーに手が触れた。
ばしゅーっ! という音と共に、機械に接続されているパイプからもうもうと白い蒸気が噴き出した。
わあ! と叫んでテスラ博士は機械に飛びついた。
サンディはびっくりして立ちすくんでいる。
がたがた、ごとごとと派手に振動し、機械からつながれているベルトが猛烈な勢いで動き出す。そのベルトは天井の滑車を廻し、研究所の装置がつぎつぎに動き出した。
テスラ博士は機械を停めようと必死に手足を動かした。
パックたちを連行した中尉はぼうぜんと眺めているだけだ。なにをしていいのか、判らないらしい。
それを見てとったパックは、無言でテスラ博士の側へ駈け寄ると、機械を停止させるためにレバーを引いたり、バルブを閉めなおしたり手伝った。
ようやくすべての機械の作動が停止し、テスラ博士は汗をぬぐった。
「まったく……ろくなことをしない娘じゃな! お前のしたことが判っておるのか? そのスイッチを押しただけでなく、機械の始動レバーまで一緒に引くとは。まるで悪意あってのことのように思えるわい」
サンディはしゅんとなった。
「ごめんなさい……」
「もう二度と触るでないぞ!」
そう言うとじろりとパックを見た。
「お前、ずいぶん機械の扱いに慣れているようじゃな」
「うん、ニコラ博士の助手を勤めていたからね」
ほう……と、テスラ博士の口がまるくすぼまる。
「ニコラの助手をな……。兄はいったいロロ村とかいう田舎に引っ込んで、なにを研究しておったのじゃ」
「あれだよ」
パックはマリアを指さした。
テスラ博士は眼鏡の奥から、疑わしそうな目でマリアを見た。
「あれがロボットだというのか? すべて機械で出来た人間型のロボットだと?」
「そうさ。人間と同じように考え、そして動くんだ」
博士はゆるゆると首をふる。
「確かに兄とわしは長年、人間型のロボットの開発を研究してきた。しかし、人間と同じように考える能力を与えることはいまの科学理論では不可能であると結論したのじゃ。どうしてそんなことが可能か、わしには判らん」
「だから魔法なんだって!」
テスラ博士の皮肉な笑みに、パックは失望した。やはり信じちゃくれない。
サンディは研究所の一角に目をとめ、口を開いた。
「ねえ、あれなんですか?」
サンディの指さしたのは、翼をひろげたおおきな機械だった。パックはその機械に小型の蒸気機関がすえつけられているのを認めた。蒸気機関には、プロペラが接続されている。
「飛行機械じゃわい。まだ実験の段階だがな」
「空を飛ぶの?」
サンディは目を輝かせた。
テスラ博士は無愛想にうなずいた。
「ああ、わしの理論が正しければな。もしあれが完成すれば、軍事に革命的な進歩につながるじゃろう」
「すっごぉーい!」
サンディは手をたたいた。
「ね、博士。あれで飛ぶときあたしも乗せてくださらない? あたし、いっぺん空を飛んでみたい!」
「お前さん……」
博士はあきれかえっていた。
あきれているのはパックも同じだ。こんなところに強制的に連れてこられて、兵隊たちの厳しい視線にさらされているというのに、彼女はぜんぜん恐怖を感じていないようだ。まるで住み慣れた自分の家で、遊びに来た客と楽しく談笑しているかのようだ。
その時、研究所の入り口でおきた騒ぎにパックとサンディはふりむいた。
なんと、ニコラ博士が数人の兵士と共に研究所に連れて来られようとしている!
「ニコラ博士!」
パックの声にニコラ博士は憤然として、まわりの兵士たちの腕を振り払った。
「おう! パック。これはいったい何のことじゃ? いきなり兵士たちがわしの泊まっておるホテルにやってきて、有無を言わせず連行しおって……なにがなんだか……」
その時、ようやくニコラ博士は研究所の様子と、ぼうぜんと立っているテスラ博士に気づいた。
「テスラ……」
「兄さん」
ふたりは近寄った。
こうして見ると、鏡に写したようにそっくりだ。
「テスラ、いったいどういうわけなんじゃ。いきなり兵士たちがわしをここに連行するなど、無礼極まりない! けしからん!」
ニコラ博士はぷりぷり怒っていた。
「この子供が……」
テスラ博士はパックを指さす。
「魔法だの、なんだのと馬鹿なことを本気になっておるようじゃが、どうやら兄さんの影響らしいな。田舎に引っ込んでいたと思ったら、子供相手に馬鹿話を作り上げて喜んでいるらしい。いいかげん、その金属の人形にはいっている人間をだしてやれよ。さぞ暑かろう」
「な……な……な……!」
怒りのあまり、ニコラ博士は言葉がうまく出すことが出来なくなる。
「なんじゃとお!」
大声で、研究所のガラスがびりびりと震動した。わ、とパックは耳を押さえた。近くでニコラ博士の大声をまともに聞いたので、耳がきーんと鳴っている。
「そんな幼稚なことわしがやっておると言うのか!」
「だってそうだろう? 人造人間の研究は、知能の開発は無理だと言うことでお互い諦めたはずじゃないのか? それなのに人間と同じように行動するとなれば、中に人間が隠れていると推察できる。きわめて論理的だ!」
「論理、と言ったな! 論理的というなら、その論理の前提となる証拠は何だ? お前はマリアの中身も見もせんで勝手な理屈ばっかり言いおって……」
「魔法の結果、というのが論理的なのか! あんたも科学者なら、魔法なんてことを口にすることがどんなに恥ずかしいことが判っているだろう?」
ニコラ博士の肩がかすかに落ちた。
「そう……恥ずかしい。魔法、などというものに説明を求めるのは科学者として恥ずかしい限りじゃ。しかし、そうと考えなければ説明がつかんのじゃ! テスラ、お前最近の研究で、実験の結果が妙な傾向をしめすことに気づいてはおらんのか?」
テスラ博士の目が大きく見開かれた。
「どうしてそれを……兄さん、何を知っている?」
「やはりな。最近、あらゆる観測結果がよりはっきりと観測者の希望通りの結果になる傾向をしめしている。こうなって欲しいと思う結果になる。計測の結果があまりに予測どおりに行き過ぎる。そうじゃないのかね?」
「そう……それには気づいていた。いままでうまくいかなかった実験が、つぎつぎと思い通りになっていく。予測どうりの数値が、つぎつぎと現れる。こんなことは今までなかった。最初、わしの実験の腕が上がったのかと思った。しかし以前うまくいかなかった実験でも、同じ条件、同じ方法で試してもうまくいく。いや、うまく行き過ぎる!」
どっかりと椅子に座り込み、テスラ博士は指先でこめかみをこすった。
「兄さん、それが魔法の結果なのか?」
ニコラはうなずいた。
「そうだ。この空中には」
そう言ってニコラ博士は手を泳がせた。
「”魔素”とわしが名づけた要素が満ち満ちている。その”魔素”は人間の思考に反応し、さまざまな奇跡をおこす。あのマリアも、その結果だ。わしは長年、ロボットが人間と同じように考え、行動することを夢見てきた。わしの思考に反応し、”魔素”のちからで、マリアは人間のように考え、行動するようになった。マリア……」
やさしくマリアに呼びかける。それはまるで娘に呼びかけるようだ。マリアはゆっくりとニコラ博士の側へ近づいた。
「マリア、お前の身体の中をテスラに見せてやりなさい」
マリアはうなずくと、自分の胸のあたりに手をかけた。
ばくり、と彼女の体の前面が開き、機械の内臓がむき出しになった。テスラ博士は顔を近々と寄せて覗き込んだ。
はっ、と顔をあげ兄を見る。
「確かに彼女の体の中にあるのは機械だ。蒸気機関そのものが、納められている。見事な細工だが、これで彼女が人間と同じように行動するには説明がつかない!」
「判ったろう」
ニコラ博士はマリアにうなずいた。マリアは身体を元通りにした。
テスラ博士は頭をふった。
「兄さん、それが事実なら……科学はなんの意味があるんだ。わしらは人間の叡智の進歩のため、あらゆる事象を研究してきた。そこに真実があると思ったからだ。しかし魔法などが現実のものとなったら、われわれの研究に何の意味がある? いくら観測を積み重ねても、観測者の意向にそう観測結果しか出ないなら、それは科学ではない! 科学は観測者の意思など無関係に存在するものでなくてはならない!」
「いや、そうではないぞ」
「なにがだい?」
「わしらにはもうひとつ研究しなければならない対象がある。それはわしの発見した”魔素”だ。この”魔素”がいったいどのような性質のもので、なぜ人間の思考に反応して現実を変えることが出来るのか。それを研究しなければならない。もし”魔素”の科学的な研究が完成すれば、それ以外の科学の研究も、お前の言うような観測者の意思に関わらない、純粋な観測結果が得られるようになるだろう」
テスラ博士は目をきらめかせた。
「そうか……もしかしたら……」
マリアを見る。
「その”魔素”を研究すれば、あらたな兵器を開発することも可能じゃな。そのマリアのような、ロボットの兵士を作ることもできる。マリアは真鍮で出来ているが、わしなら鋼鉄で兵士をつくるな。鋼鉄の兵士……そう、鉄人兵団とでも名付けようか!」
ニコラ博士は怒りに震えていた。
「テスラ! お前、なんということを考えているのだ!」
弟は兄をきっと睨んだ。
「なにが悪い? わしはコラル帝国の忠実な臣民じゃ! 帝国の発展のため、より強力な軍事力を研究するのが、わしの役目だと思っておる!」
しばらく両手を握り締め、怒りに震えていたニコラ博士だったが、やがてがくりと肩を落とした。
「そうか……お前はすっかり変わってしまったな。いいだろう、勝手に鉄人兵団でも、空飛ぶ兵器でも作れば良い。そのうち、じぶんの間違いに気づく日が来るに違いない」
「兄さん……」
テスラ博士は口ごもった。
「さよなら。わしはロロ村へ帰るよ。ここにはわしの居場所はない」
「そうか……」
ふたりはしばし見詰め合った。
パックはムカデに乗り込み、エンジンを始動させた。
サンディ、マリア、ニコラ博士がつづく。
あの中尉が、パックを見上げ声をかけた。
「すまんな。反逆者でないことはよく判った。しかしそのムカデは目立ちすぎるぞ。これをお前にやろう」
そう言って、パックに一枚のシートを手渡す。
帝国の紋章が描かれている。
「その紋章をムカデに貼りなさい。それがあれば、無用な疑いはかけられずにすむぞ」
パックはニコラ博士を見た。
博士はうなずいた。
「いいよ。貼りなさい。わたしはかまわないから」
「ありがとう」
パックが中尉に礼を言うと、かれはにやりと笑った。意外と人のよさそうな笑顔だった。たぶん、それがかれの本来の性格なのだろう。
ホテルに帰ると、ホルストとホルンが心配そうな顔で待っていた。
「どうしたんです、ニコラ博士。いきなり軍の兵士が現れたかと思うと、あなたを連れ去ってしまって……なにがあったんですかな?」
ホルンの問いかけに、ニコラはぐったりと椅子に腰掛けた。頭をふり、テスラ博士とのやりとりのことを答えた。
「まったく、あいつは変わってしまった。帝国の臣民だと! わしの発見した”魔素”を使って、新兵器を開発するつもりだと言いおった。いやはや、どんな兵器を作るつもりなんじゃろう……」
「兵器を作るだけならいいのですがな……」
ホルストがつぶやいた。ニコラ博士は妙な顔になった。ホルストは肩をすくめた。
「それを使う機会を求めるようになったらことだな、と思ったのですわい」
ニコラ博士は暗澹たる顔つきなった。
ひとり、考え込んでいるニコラ博士をよそに、ホルンはパックに声をかけた。
「パック、これを見ろ」
手にしていたのは新聞だった。
パックは父親の手から、それをひったくるようにして受け取った。
紙面に目を走らせ、顔をあげる。
「記事が載ったんだね!」
うん、とホルンはうなずく。
パックは夢中になって記事を読んだ。
”空飛ぶ白球について情報を求む!
過日、ロロ村より空中に消えた空飛ぶ白球は、北の方向へ向けて飛び去った。この白球についての情報、あるいはミリィという少女についての情報を求める。情報の提供者は新聞社か、もしくは市内のホテルに宿泊しているホルン、パックの親子に提示されたし。”
とあり、パックたちが泊まっているホテルの名前、連絡方法が記載されていた。
記事はちいさなべた記事であったが、パックにはそれは紙面のなかでひどく目立っているように思えた。
サンディとマリアは同じ部屋を与えられている。
ふたりとも女同士、というわけだがサンディはマリアが普通の意味で女の子かどうか、首をかしげていた。
なにしろ夜中にベッドに入るのはサンディひとりで、マリアは部屋の中でパックの声がかかるまで微動だにしないで椅子に腰掛けているか、窓辺に立ったままでいるかどちらかである。
なんどかサンディはマリアにベッドに入って休むよう声をかけたのだが、マリアは首を左右にするだけだった。
「わたしはロボットですから、人間のような睡眠の必要はないのです。どうぞ、お先におやすみください」
サンディは唇をとがらせた。寝間着に着替え、ベッドに横座りになって髪の毛をとかしつけている。
「なあんだ、つまんないの。あんた、女の子でしょう? どこからどう見ても、女の子にしか見えないもの」
マリアはちょっと首をかしげた。
「さあ、どうでしょう。確かにわたしの姿は人間の女性をうつしたものですが、わたしの身体の中には蒸気機関が納められているだけです。わたしはロボット。人間ではありません」
「ね、初めて動き出したときのこと覚えている?」
「はい、わたしは生命を与えられた瞬間からすべてのことを記憶しています」
サンディは肩をすくめた。
「ロボットだから、って言うのね。ねえ、どうしてパックの命令をきくの? あんた、パックには特別の感情があるみたいに見えるわ」
マリアは首をふった。
「わたしには人間の言う、感情というのはありません。ただ、目覚めた瞬間パックさまにお仕えするのがわたしの使命であることを悟ったのです」
「それが博士の言う”魔素”のせいね。ねえ、マリア。あんたパックの目的がなにか知っているの」
「はい。パックさまは幼なじみのミリィという女の子を探しています。そして蘇ったという魔王を倒すことを。それがパックさまの目的です」
「その魔王を倒すってことだけど。パックの話しでは魔王が蘇ったから魔法がこの世界に存在するってわけよね。ということは、魔王を倒すということは、魔法もこの世から消えるということじゃない?」
「そうですね」
「怖くないの? 魔法がなくなったら、あんたはもとの金属の人形にもどるのよ。もう、人間のように考えたり、ものを感じることはできなくなるのよ。いやな言い方だけど、それは死ぬってことなのよ」
マリアの顔は金属の一枚板を加工したものだから人間のように表情をあらわすことはできない。永遠の無表情のままだ。だが、サンディにはマリアがうっすらと笑ったように見えた。
「わたしには繰り返しますが感情というものはないのです。ですから怖いという感覚はわかりません。しかしそれがパックさまのおやりになりたいことなら、わたしは全力を尽くしてパックさまの目的を達成するお手伝いをしたいと思っているのです」
サンディは言葉を返すことができなかった。
そのころ。
ボーラン市の、高台にある丘陵地帯。
そこは高級住宅街になっていた。
市の、富裕層がそこに集まって暮らしている。
その一角にそびえる城と見まがうほどの豪邸。
ベランダごしの窓辺に、ひとりの青年──とはまだ早すぎる年令の少年──が、おなじ新聞記事に目を落としていた。
「ミリィの行方……か!」
つぶやき、額にかかる金髪をうるさそうに指でかきあげた。
天使と見まがう美貌。
その顔に、冷酷そうな笑みが浮かぶ。
ギャンであった。
次回はあのギャンがふたたびあらわれます。