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サンディ

パックとサンディの出会い。そして王宮ではプリンセスの出奔についての騒ぎがおきる。

 町を歩くすべての人がふり返る。

 思ったとおりだ。

 パックはムカデの操縦席でハンドルを握り、となりにマリアを乗せてボーラン市街を練り歩いた。

 人々は驚きの表情を見せ、あっけにとられこちらを見つめている。

 まずは人々の注目を集めることだ。

 最初にボーラン市に入ったとき、蒸気車の運転手が話しかけてきて、パックの頭に作戦が浮かんでいた。

 人々の注目を集め、じゅうぶん引き付けてその上でミリィを攫った、あの白球についての情報をつのるつもりだったのである。

 パックは目の前に広場があるのに気づき、そこへとムカデを向かわせた。

 広場の真ん中に行き着くと、ムカデを停止させる。

 物見高い市民がぞろぞろと集まってくる。

 パックは立ち上がった。

 人々は面白そうな、それでいて一抹の不安を浮かべる複雑な表情で見上げている。

 息を吸い込み、唇を舐めた。

「みなさん!」

 パックの声に、ちょっとどよめきがおきた。

「みなさんに少しぼくの話を聞いてもらいたいと思います!」

 なんだ、はやく喋れ! と、ひとりが声を張り上げた。

 良い傾向だ。

「ぼくはボーラン市の南、ロロ村と言うところから来ました。そこではある不思議な出来事がおき、白い球のようなものが北を目指して飛び去るという事件がおきました。ぼくはその白球の行方について知りたいと思っているのです。みなさんの中で、その白球を見た、あるいは噂を聞いたというかたはいらっしゃいませんか?」

 集まった人々はおたがい顔を見合わせた。

 なんだ、知っているか?

 さあなあ……。

 空飛ぶ白球? なんだい、そりゃ?

 ざわめきはしだいに沈黙にかわる。

 パックはふたたび声を張り上げた。

「なんでもいいんです! だれか、空を飛ぶ白球について……」

 その声は途切れてしまう。

 人々は興味を失ったのか、三々五々、散らばっていく。

 パックはがくりと肩を落とした。

 だめだ……うまくいくと思ったのに。

 人々が散った後、ひとりの少女が残っていた。

 マントを肩からはねあげ、羽の飾りをつけた帽子を小粋に横に被っている。

 輝くような金髪に、澄んだブルーの瞳。

 その唇は面白そうにかすかに上向いていた。

「ねえ、あんた!」

 え……? と、パックは顔を上げた。

 少女と目が合う。

「ねえ、あんたのことよ! あんたの名前、なんていうの?」

 パックはちょっとむっとなった。

「なんだい、人に物を尋ねるときは……」

「自分からってね。判った、判った。あたしサンディっていうのよ。あんたの名前は?」

「パック……」

 思わず答えてしまう。

「ああそう、パックっていうんだ。ね、パック。あんたの横にいる女の子。いったい正体は何なの?」

 パックはマリアを見た。

「彼女はマリアっていうんだ。ロボットだ」

「ロボット? 何それ」

「人間と同じように行動する、機械人形さ」

 へえ、とサンディの目がおおきくなった。

 ひらり、とムカデに乗り込み、パックの近くにやってくる。

 わ、とパックは上体をそらせた。

 それくらいサンディは近々と顔をよせてくる。

「すごぉい……本当に機械なんだ! ね、もっとよく見せてよ!」

 これはマリアに言っているのだ。

 マリアはちょっと小首をかしげた。

 そのマリアの手をとり、サンディは興奮していた。

「暖かいのね。機械なのに、どうして?」

 マリアが答える。

「わたしは蒸気の力で動いているからです。蒸気の熱で、暖かいのでしょう」

 サンディの頬が紅潮した。

「喋れるのね!」

 マリアがうなずく。

「ね、パック。あんたがさっき言っていた、空を飛ぶ白球ってなんなの? 事情がありそうじゃない。あたしに話してくれない」

 パックはとまどっていた。この少女は、どういうわけか人に命令することに慣れているようで、パックが断るなど頭から考えていないみたいだ。

 まあいいか、あれだけいた人々の中で彼女ほど興味を示してくれた相手はいないし。

 パックはロロ村で起きた事件を話しはじめた。ところどころサンディが質問をはさみこむ。その質問のしかたが当を得ていて、パックはいつしか彼女に語ることがあの事件について頭の中を整理することに気づいた。

 いったいこの少女はなんだろう?

 話し終えると、サンディと名乗った少女は腕を組んだ。

「信じられない話しね。でも、このマリアってロボットの女の子がいるんだもの。信じざるを得ないわ。その魔法って、いまもこの空中にあるのかしら?」

「それはニコラ博士に聞いてみないと判らないけど、マリアがこうして動いているんだから、そうなんだろうね」

 サンディはぱちん、と両手を打ち合わせた。

「決めた! あたし、あんたと一緒にそのミリィって女の子を探す手伝いをしてあげる」

 ふえっ、とパックはのけぞった。

「な、なんだってえ?」


 王宮の廊下を、内務大臣と警察長官のふたりが急ぎ足で宮殿に向かっていた。

 まわりを近衛兵がふたりを守るように十人ほどで固めている。近衛兵たちはみな銀色のヘルメットを目深に被り、一様に無表情にあたりに気を配っていた。

 樽のように太った内務大臣と、鶴のように痩せて背が高い警察長官という取り合わせはひどく目立った。

 ふたりがあきらかに泡を食って急いでいるのを、王宮に詰めていた新聞記者が見咎めた。

「おい、あのふたり……」

「内務大臣と警察長官だ」

「妙な取り合わせだな」

「これは何かあるぜ……!」

 記者たちは全員、ふたりめがけて突進した。手に手にメモをかざし、ふたりに質問を浴びせる。

「長官、なにか事件でも?」

「大臣、これからどこへいらっしゃるのですか?」

 記者たちが取り囲もうとするのを、まわりを固めた近衛兵たちは無言で振り払う。

 大臣はなにを聞かれてもノーコメントの繰り返しで押し通した。

 わあわあと取り囲む記者たちを振り払うようにしてふたりが宮殿の奥ふかく消えていくと、記者たちは顔を見合わせた。

「なにかあるぜ」

 うん、とかれらは頷きあった。

 

 宮殿の会議室にふたりは走りこんだ。

 見上げると、首が痛くなるほどの高みにある天井からは、目も眩むほどの明かりをはなつシャンデリアがいくつも垂れ下がり、壁には同盟国の旗がびっしりと飾られ、帝国の威信を現している。会議室の正面には皇帝の肖像画が飾られ、その視線は何ものも見逃さない叡智を表現していた。

 百人以上が座れる大テーブルには、いまはたった三人が腰をおろしているだけだった。

 タビア女史と宮殿の近衛隊長のふたりが神妙な面持ちでならび、ちょっと離れた席でエイラがうつむき、声をしのばせ泣いている。

「プリンセス・サンドラが行方不明ですと?」

 入るなり内務大臣が怒号した。

 女史は静かに顔を上げた。

 となりに座る近衛隊長は顔を真っ赤にして、目を怒らせている。

 内務大臣と警察長官はどっかりと椅子に腰をおろし、ぼう然とした顔を見合わせた。

「フーシェ大臣、お静かに願います」

 タビア女史が口を開く。フーシェ内務大臣はじろりとエイラを見た。

「そこの娘は?」

 大臣の問いに答えたのは近衛隊長であった。

「は、プリンセスが行方不明であることが発覚したとき、この娘はプリンセスの服を身につけ、われらの発見を遅らせたのであります。一応、こちらで尋問をしましたが、おふたりが尋問したいのではと、連れてまいりました」

 大臣はそうか、と天井を仰いだ。なにか考え事をするときの癖であった。

「名前は?」

 意外と優しげに大臣はエイラに話しかけた。エイラはびくりと肩を震わせただけでうつむいたままだ。

 タビア女史が鋭く声をかけた。

「大臣が名前をお尋ねです。答えなさい」

 エイラです……と彼女が蚊の鳴くような声で答える。大臣は眉をしかめた。

「タビア女史、そんなに頭ごなしに命令するものではない。それでは答えるものも答えられないではないか」

 失礼いたしました、と女史は答えた。

「エイラ、というのだね。きみはプリンセスの……」

「学友です」

 ふたたびタビア女史が答える。

 大臣の顔に怒気が浮かんだ。

「きみ! わたしはこの娘に話しかけているんだぞ。あんたに話しているわけではない」

 女史の顔がかすかに赤らんだ。

 ふっ、と大臣は息をついた。

 立ち上がると、エイラの側にやってきて椅子をひいて座った。

「な、エイラというのか。きみ、プリンセスとはずっと一緒に育っているんだな。学友とはそういうものだ。小さな子供のころからきみはプリンセスと仲良くしてきたんだろう」

 はい、とエイラはかすかにうなずいた。

 彼女が反応したのに力を得て、大臣は話しかけた。

「プリンセスに頼まれたのかね? 彼女が外に抜け出すまで、きみが身代わりになって捜索を遅らせるために」

 エイラは顔を上げた。涙に目を真っ赤にさせている。

「いいえ、プリンセスはなにも命令されてはおりません。逃げ出す直前、あたしにお会いになりましたが、その時なにも知らない、なにも聞いていないと答えるように仰っただけです」

「とすると、きみの独断でやったことか?」

「はい、なんとかプリンセスが遠くへいけるようにと思って……」

 大臣は腕を組んだ。

「どうしてだね?」

「サンディが……いえ、プリンセス・サンドラが御かわいそうで……彼女はいつも王宮を逃げ出したいと仰っていたんです。ですからあの時、あたしはプリンセスの望みを叶えて差し上げたいと……」

「いつも? というと、プリンセスは前から王宮を逃げ出すことを計画していたのかね」

 はい、とうなずくエイラに大臣は首をふった。

「なぜだ! いったい、なにが不満で……」

「サンディはこう仰いました。王宮はまるで牢獄だ。あたしは囚人と同じだと」

 大臣は渋面をつくった。

 その時初めて警察長官が口を開いた。

「どうします? すぐに全国の警察署、および総督府に報せを……」

 いかん! と大臣は手を振った。

「あくまで内密に捜索するのだ。もしこれが外部に知れたらどうなる? かえってプリンセスに危険がせまる」

 危険、という言葉にエイラは顔を青ざめさせた。

「いいかね、帝国の同盟国のなかには完全に帝国の支配に服していない国がいくつかあることはきみも承知しているだろう? もしそんな国家にこのことが知れ、さらにプリンセスがそれらに身を奪われたら? 判るだろう?」

 警察長官はうなずいた。

「そう、ですな。それに共和国の残党の問題もありますし。やはり内密に捜査をするのが上策でしょう」

「長官、きみになにか案があるかね?」

「秘密警察を動かしましょう。優秀な諜報部員が数人わたしの配下におりますから」

「それだ! すぐ手配したまえ。いいか、どんなことがあってもこのことが外部に知れてはならんぞ!」

 かしこまりました、と長官は頭を下げ、会議室を出て行った。

 内務大臣はタビア女史と近衛隊長に向き直った。

「会見はこれまでとする。女史、あなたはこの学友のエイラを部屋へ連れて行きなさい。隊長、きみに命令する。いいか、このことは他言無用だぞ!」

 隊長は立ち上がり、敬礼をして出て行った。

 女史はエイラを促し、会議室を出て行く。その背中に大臣は声をかけた。

「いいかね、その娘に罪はない。罰をあたえるなど、決してやらんようにな!」

 女史は肩をすくめ、ドアを閉めた。

 後に残された大臣は誰もいなくなってはじめて頭を抱えた。

「なんということだ……」

 重い責任にうちひがれた老人の姿がそこにはあった。

 

 エイラの部屋の前でタビア女史は立ち止まった。その後ろにエイラがついて来ている。

 女史はくるりとふり向いた。

 エイラがおびえた瞳で女史を見上げている。

 女史はぐい、と片方の眉を上げた。

「なんてことでしょうね……わたしは……本当に驚きましたよ」

 エイラはうつむいている。

「プリンセスの出奔を手助けするとは、それがあなたの忠誠心なのですか?」

 無言のままの娘を見おろし、女史はふっとため息をついた。

「本来なら厳重な罰を与えなければならないところですが、大臣のお言葉がありますからそれはよしましょう。しかし!」

 女史が声をはりあげ、エイラはびくっと震えた。

「あなたが反省するのは止めません。反省をあらわすため、わたしがいつも命じることをなさることを期待します。いいですね?」

 そう言い放つと、女史はかつかつと靴音をたてて遠ざかった。

 じゅうぶん遠ざかると、エイラはすばやく扉を開き、部屋に飛び込んだ。

 じぶんの勉強机に向かうと、黒板を取り出す。白墨を手にし、なにか考えている。

 そして書き出した。


──わたしはプリンセスへの忠誠心を取り違えました──わたしは……


 それをなんども繰り返した。

 

 教師に与えられている部屋に戻った女史は、ほっとため息をついて固い椅子に腰をおろした。部屋の中は簡素、というより厳しい修道女の部屋のようだ。囚人でもこれほど調度のない部屋には住んでいないと思わせる。

 机の引き出しから女史はひとつのブローチを取り出した。

 それだけが飾り気のないこの部屋であざやかなほどあでやかな雰囲気をはなっている。

 ブローチはロケットになっていて、蓋を開くとちいさな写真が内蔵されている。

 写真はサンディの幼いころのものだ。

 女史の顔にはじめて女らしい、柔らかな線があらわれた。

 愛しげに指先で写真をなでさする。

 その瞳に一筋、涙がうかぶ。

 ブローチを抱きしめるように女史はうつむいた。

 彼女は嗚咽していた。

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