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ラングの選択

エルフの長、ラングによりミリィの道連れとなるエルフの代表が決められる。その名前は……

 ラングは目を開いた。

 ぱちぱちと瞬きをする。

 ミリィもまた目を開いていた。

 あたりを見回すと、ぼう然としたエルフたちの顔が目に入ってきた。

「なんと……われらエルフと人間はおなじ祖先を持っていたのか!」

「あやつはそんなに長いときを生きていたのか……!」

 全員、宙に浮かんだままにいるヘロヘロを見上げていた。

 ヘロヘロはまだ硬直の魔法が解けないままなのか、ぐったりとしたままぴくりとも動かないでいる。

 ラングは宙に浮いたヘロヘロを見上げ、つぶやいた。

「あやつが生まれ故郷のこのエルフの森にやってきたのも偶然ではない。かれは無意識にこの森に引き付けられたのだろう」

 片手をあげ、ヘロヘロにむけた。

 そのままそっと、下げていく。

 ヘロヘロもまたゆっくりと降りていき、地面に足がついた。

 そのままくず折れるように床に横たわってしまう。

「ヘロヘロ!」

 駈け寄るミリィに、うっすらヘロヘロは目を開けかすかに口を動かした。

「ミリィ……」

 ミリィはひざまづいた。

「大丈夫?」

 ん……、とヘロヘロはミリィにささえられながら立ち上がった。

 ラングの厳しい眼差しにもまるで反応しない。まるで呆けているようだ。

「こやつがいかにして魔王となり、そして魔法がこの世界にどうして生じたのか、すべてわかった!」

 いかめしい表情のまま、ラングはそう宣告した。エルフたちは押し黙ったまま、ラングのつぎの言葉を待っている。

「まこと魔法のみなもとは、こやつにあった! われらエルフもまた、こやつのために魔法を操り、森に住むことになったことには疑いの余地はない……」

 そう言うラングの顔は苦渋に満ちていた。

「こやつがまことに邪悪さをなくすことができるのか、わたしには判断できぬ。しかしその希望は持とうではないか! ミリィとともに世界を旅し、その方法を知るという希望を。彼女にはわれらエルフのひとりを仲間として旅立てよう。そしてわたしは一晩だれを連れて行くか考えた」

 ここでラングは言葉を切り、広間をゆっくりと見回した。

 居並ぶエルフたちは固唾を呑んで見守っている。

 おおきく息を吸うと、ラングはにっこりと笑った。

「その名はケイ!」

 ミリィの側で控えていたケイはびっくりした。

「あたし?」

「そうじゃ、お前がミリィの旅についていくがよい!」

「お館さま!」

 ひとりのエルフがたまりかねて前へ進み出た。

「納得いきません。なぜ、ケイなのでしょう? 彼女はわれらのなかでもっとも若く、経験もありませぬ」

 ラングはうなずいた。

「そうだ。ケイは若い。生まれてからまだ二十年もたっていない。われらの基準からすれば、子供と同じだろう。だが、それが彼女をミリィとともに旅立たせる理由なのだ。この世界はわれらが眠りについて千年の年月がたっている。

 その間、世界は変わってしまった。われらがこの森で暮らしていたころの常識はもはや通用しない。そんな世界であらたな知識を学ぶには、若いケイが適任と思う。

 ケイの若い目が、変化した世界を見て学べば、われらもまたあらたな知識を手に入れることになる。そうではないかな?」

 前へ進み出たエルフは、その説明に頭をさげた。

「なるほど……そういうお考えでしたか。判りました。仰せの通り、ケイが適任でしょうな」

 エルフは引き下がった。

 あっけにとられ、口をぽかんと開けているケイにラングはほほ笑んだ。

「どうしたケイ?」

 ラングに話しかけられ、ケイははっとわれにかえった。

「あ、ご免なさい。つい思いがけないことなので……」

 ラングはミリィに顔を向けた。

「ミリィよ。このケイがお前の旅の道連れとなる。なにか異存はあるかな?」

 ミリィは立ち上がった。

「いいえ、お館さま。あたしも、ケイさんと一緒に旅をできれば嬉しいです!」

 じつはひそかにミリィはケイが旅の道連れにならないかなあ、と思っていたので喜んでいた。やっぱり一緒に旅をするなら、話しが合いそうなケイのほうがよかった。

 

 ヘロヘロはぼうっとしたままだ。大丈夫かしら、とミリィはヘロヘロの目の前で手を振って見せた。

 どろん、とした瞳をあげヘロヘロはなんの反応も見せない。

 ラングはミリィの問いかけるようなまなざしにうなずいた。

「この館にいる間、こやつには好き勝手させないためこういう状態でいるようにさせている。だが館を出れば、ふたたび邪悪な性質が表に出るようになるだろう。お前がこやつを善導するにはちと手こずるだろうな。覚悟はできているかな?」

 ミリィはうなずいた。

「はい、かれを殺さずあたしに任せていただき、感謝します。きっとあたしが、かれを善き性格に導くことを約束します」

 ラングはケイを見た。

「ケイよ。お前はエルフの代表としてふたりを守るのだ。ミリィのよき相談相手となるように。わかっておるな?」

 ケイもまたうなずいた。

「はい、お館さま。エルフの名誉のため、頑張ります!」

 彼女の答えに、ラングはうなずいた。じっとケイの目を見つめている。

 ケイもまた、ラングの目を見つめた。

 その目が潤んでいた。

 ついに堪らなくなったのか、ケイはラングの胸に飛び込んだ。

「お父さま!」

 ええっ、とミリィは驚いた。

 かたわらのヨンを見ると、彼女はゆっくりとうなずいた。

「ええ、そうなの。ケイはわたしたちふたりの娘。眠りに着く前、百年ぶりに生まれたエルフの娘なんです」

 抱き合っているケイとラングを見ているうち、ミリィの胸がずきりと痛んだ。

 お母さん……。

 ミリィは母親のメイサの顔を思い返していた。

 そうだ、すっかりそのことを忘れていた。

 でも、ヘロヘロのことがある。かれに人間らしい心を教えるという使命が!

 どうすればいいのだろう?

 ミリィは堪らなくロロ村が恋しかった。

 村のいろんな場所がミリィの胸に蘇り、さまざまな顔が浮かんでは消える。

 その中にパックの顔があった。

 パック……。

 その顔はなぜか怒っているように見えた。

 

「旅立ちにあたり、ケイにはこの弓を持たせよう。エルフの持つ、最高の技術で作られた弓だ。道中、身を守る役に立つだろう」

 ラングは館の前でケイに一棹の弓を手渡した。すらりとした優美な形で、白い木材で出来ているらしい。弓には複雑な文様が精緻な技法で刻まれている。

 ミリィとケイ、そしてヘロヘロのまわりには館のエルフ全員が集まって旅立ちを見送っていた。みな、期待と不安が入り混じった表情である。

 ミリィはヘロヘロに連れ去られた時の、通学時の姿になっていた。いつもの服に、肩からはバッグをかけている。バッグの中には教科書がきちんと入っている。

 となりに立つケイは体にぴったりとしたスタイルの服を身につけて、緑のマントを背中に跳ね上げている。

 ケイは目を瞠って手渡された弓に見入っていた。

「これをわたしに?」

「そうだ。わしの予感によれば、お前はミリィと共に様々な苦難を経験するだろう。そのとき、この弓がお前たちを守ってくれるはずだ」

「ありがとうございます」

 ケイは顔を真っ赤にさせ、その弓を身につけた。矢も弓と同じ材料で出来ている。

「それからミリィ、お前にも贈り物がある」

 そう言ってラングはミリィに一巻きの鞭を手渡した。

「武器としてはそれほど威力はないが、様々な使い方ができるだろう。これもエルフの技で出来ているから、お前でもすぐ使いこなせる」

 手渡された鞭は皮製で、しなやかな手触りだった。ミリィはそれを腰の周りに巻きつけてベルト代わりにすることにした。

 ふたりがエルフの贈り物を身につけたのを確認して、ラングは息を吸い込んだ。

「旅立つ前に一言、ミリィには明かさなければならないことがある。なぜ、われわれエルフが魔法が失われた間、時をとめ眠りについたのかを」

 ラングは片手をあげ、なにごとが口の中でつぶやいた。

 と、ミリィの目の前の空中に、窓のようなものが開いた。

 エルフの館の大広間の映像である。そこにはエルフたちが集まり、不安そうな顔でラングの前に集まっていた。

 なにかおかしい、とミリィは思った。その映像に映し出されるエルフたちが、いま館の前で集まっているのとはちょっと違う。

 みな、腰がまがり、顔には深い皺が刻まれている。皮膚はくすみ、ところどころできもののようなものが見えている。

 そうだ、これは老齢の徴候である。

 いまいるエルフたちはみな若々しく、男も女もため息のつくほど美しいのに対し、映像の中のエルフたちはどことなく疲れ、そして優美さも失っているようだ。

「魔法が失われ、われらはこのように醜く、そして老いてしまっていた。そうだ、われらは魔法がなくては生きていけぬのだ。ほかの人間たちは魔法がなくなってもなんとか生き抜いていけたのだろうが、われらはあまりに魔法に依存するようになっていた。もはや、魔法はわれらにとって生命そのものとなっていたのだ。だからわれらは魔法が蘇るまで、みずからの時を止めたのだ」

 それじゃあ、とミリィはヘロヘロをふりかえった。

 ヘロヘロはまだラングの魔法が効いているのか、ぼうっとした表情で立っている。

 ラングはうなずいた。

「そうだ。もしもヘロヘロが善良なこころになり、魔王としての本性を失ったとき、ふたたび魔法はこの世界から失われるのかもしれない。この前はヘロヘロが封印されていたとはいえ、かすかにでも魔法がこの世界に保たれていたからわれらは時をとめる魔法を使えたが、もしかすると今度こそ魔法がこの世界から完全に消え去ることになるのかもしれない。そうなると、われらは人間と同じように年老い、死んでいく運命を甘受しなければならないのかもしれん」

 ラングが手をふると、映像は消えた。

 ミリィを見るラングの顔には、さっき見たような老齢の徴候もなく、若々しく健康そうに見えたのだが、その向こう側に本来のかれの老いが見えているようだった。

 ケイは目をまん丸にしてラングを見つめている。ラングは首をゆっくりとふった。

「いいや、ケイ。われらは魔法を失うことを怖れているわけではない。老齢による死がわれらの運命なら、甘んじて受けよう。お前はまだ若いから、魔法がこの世界から失われても変化はないだろう。ただ、ほかの人間とおなじように成長するようになるだろう。それはお前にとっていいことなのかもしれないな。だから心配しないで、ミリィの手助けをして欲しい。判ったな?」

 ケイはうなずいた。

 ミリィは感動していた。

 エルフは確かに高貴な一族だ。魔法による永遠の生命を捨ててまで、ミリィの使命を助けようという決意に、胸があつくなる。

 ラングは顔をあげ、口調を変えた。

「さて、まずは使命の道筋だが、これを使うといいだろう」

 ラングは着ているローブから一本の短い木の棒を取り出した。小枝を無造作に折り取ったような形で、それをラングは大事そうに持っていた。棒の一端は矢印のような形になっている。

「お館さま、それは?」

 ひとりのエルフが棒を見て声をあげた。

 ラングはうなずいた。

「そう、”案内棒”だ。われらエルフにとって代々伝わっている魔法のちからがこめられた棒である」

 こっそりとミリィはケイの顔を見た。彼女の顔は畏敬にうたれているようにこわばっている。

「そんなに大事なものなの?」

 近づきささやくと、ケイもまたささやき返した。

「ええ……あたしもはじめて見るわ」

 ラングはその”案内棒”をミリィに差し出した。

「これを道に迷ったさい、投げるのだ。その時、棒が指し示した方向が、お前たちの進む道である。ただし、いったん棒を使ったなら決してその方向から外れてはならぬ。あくまで棒を信頼するのが、肝心だ」

 ミリィはラングから棒を受け取り見つめた。

 あいかわらず、ただの折れた木の枝にしか見えない。

 ラングはにやりと笑った。

「たいしたものに見えぬであろう? まずは投げてみるがいい」

 ミリィはラングにうながされ、その棒をぽんと空中に投げ上げた。

 と、棒はくるくると空中に回転したまま、その場で浮かんでいる。落ちてくるとばかり思っていたミリィはびっくりしていた。

 棒の回転は水平になり、しばらく空中で漂うように浮かんでいた。

 やがてその回転がゆっくりとなり、ついに静止した。

 棒の矢印になっている方向を見て、ラングはうなずいた。

「南をさしているな。まずはその方向を目指すべきであろう。そこで出会った誰か、あるいは場所で次の方向を探るのだ」

 棒はすうーっ、と空中を滑るように移動し、ミリィの手の中におさまった。

 ミリィはラングを見上げた。

「そこには何が……いいえ、町があるのですか?」

 ラングはかぶりをふった。

「わからん。もともとわれらエルフはこの森をめったに出ることはないし、なにしろ千年の時が立っている。もし千年前、町があったとしてもいまもあるかどうかわからん。しかし”案内棒”はつねに正しい道を──つまりお前にとってもっとも正しい道を指し示すことは確かなのだ」

 ラングは手をさしあげた。

「さあ、人間の娘ミリィ。そしてエルフの娘ケイ。魔物のヘロヘロよ。旅立つのだ!」

 館の前に勢ぞろいしたエルフはラングの言葉を繰り返した。

 全員に見送られ、三人は歩き出した。

 少し歩くと、ミリィは背後を振り返った。

 館は消えていた。不可視の魔法が働いている証拠である。

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