ケイ
エルフの美少女登場!
ミリィが案内されたのは、エルフの館の客間だった。
広々とした空間に、ミリィはため息をついた。
壁は白っぽい木の板で組み合わされ、天井には丸窓がくりぬかれている。丸窓にはめこまれたガラス越しに、明るい日差しが室内に踊っていた。
案内したのはケイと名乗った、若い女のエルフだった。というより、少女に近い年頃に見える。
そのことをミリィが言うと、ケイはうなずいた。
「そうなんです。あたし、一番若いエルフなんです。一族が眠りについたとき、人間の数え方で十六才でした。たぶん、ラングさまはあなたと年が近いということで案内役に命ぜられたのでしょう」
にっこりと笑うケイはほかのエルフと違って、肌が黒檀のように黒かった。
目は青く、空の青さを映したよう。
髪の毛はオレンジ色で、それを男の子のように短くそろえている。
ついじろじろと見つめてしまうミリィの視線に、ケイはにっこりと笑いうなずいた。
「あたしの肌、黒いでしょ」
先に言われ、ミリィはうろたえた。
「え、そ、そんな……あたし!」
「いいのよ。いまのところ肌が黒いエルフはあたしだけなんだけど、昔はもっといたそうよ。あたしの両親の肌は白いんだけど、どういうわけか黒い肌のエルフが黒い肌の子供を生むとは限らないの。あなたがた人間の世界でも、肌が黒い人たちが、多く暮らす場所もあるんでしょう?」
「ええ、南の地方ではあなたのような肌をした人たちがいるって学校で習ったわ」
「学校? それはなに?」
ミリィはエルフに学校のことを説明した。ミリィの説明に、ケイは目を輝かせた。
「おなじくらいの年頃の子供たちが集まって……素敵ねえ! ここにはあたしくらいの年頃の友達なんて、だれもいないのよ」
そうつぶやいてケイはいっけなあい、とじぶんの頬を両手でおさえた。
「あたし、あなたをもてなすために指名されたんだった! ついお話しに夢中になってしまって……ねえ、ミリィさん。あなたお食事まだだったわね?」
ミリィがうなずくと、ケイはにこっと笑って話を続けた。
「それじゃ食事を持ってくるわ。エルフの食事だから、あなたがた人間の食べるものとはすこし違っているかもしれないけど、でも味は保障するわ!」
ちょっと待っててね、と叫んでケイは飛ぶように部屋を出て行った。
ひとり取り残されたミリィはほっとため息をついた。もの静かな雰囲気のエルフたちにくらべ、ケイひとりだけ異彩をはなっている。やはりエルフの中で一番若いだけあり、まるでミリィは同年齢の女の子といるような気がしていた。
ほどなく足音が近づき、ケイがもどってきた。
「お待ちどお!」
手に木製のトレーをささげ持っている。
ぷん、と香料のかおりがただよう。
ケイの持ってきたのは澄んだスープに様々な果物、ぱりぱりに焼いたクラッカー、茸の和え物。サラダなど。みな、薫り高い香料がつかわれ、ぴりっとした香辛料で味付けがされていた。
「人間はお肉が好きらしいけど、あたしたちエルフは菜食主義なの」
ケイはそう説明した。なるほど、料理には肉はひとつも入っていない。それでもエルフの料理はとても美味しく、ミリィは夢中になって食べていた。
が、あることに気づいた。
「ねえ、あなたが出て行って、すぐ戻ってきてこの料理を持ってきたけど、いったいいつ料理したの? とてもそんな時間なかったように思えるけど」
くすり、とケイは笑った。
「あたしたち時を止めて眠っていたでしょう? おなじことを料理にもかけているのよ。あたしたちは料理をつくるときはいっぺんにどっさりつくって、そして同時に時を止めるのよ。あとは食べたいときに時を止める魔法を解除すれば、いつでも出来たてが手に入るというわけ!」
ふうん、とミリィはうなずいた。
エルフは魔法を使いこなしている。
ケイは部屋の窓を見上げた。
夕暮れが近づいているのか、窓の外にはオレンジ色の光が差し込んできて、そろそろ室内は薄暗くなってきていた。
「暗くなったわね。明かりをつけましょう」
ケイはつぶやいて部屋のかたすみに近づいた。壁にかけられている水晶の飾りに近づくと、その表面をとん、と叩いた。
と、水晶の内部にぽっ、と明かりが灯った。
たちまち部屋のなかは昼間のように明るくなる。
びっくりするミリィに、ケイはいたずらっぽく笑いかけた。
「これ、魔法のランプなの。この明かりは昼の光と同じくらい明るいけど、熱はもたないのよ。昼間の光を、この水晶に閉じ込めているの。叩くと、閉じ込めた光が外へ出て行くというわけ」
へえ、とミリィは感心してその水晶の明かりに近寄った。
手をのばし、水晶の表面に触れる。なるほど、ひやりとした感触があるだけで熱はもっていない。
「なんでも魔法なのね……」
「そうよ。あたしたちエルフは魔法を使って生活しているの。人間はいろいろ火を燃やしたりしているようだけど、あたしたちは極力火は使わないようにしているの」
「どうして?」
「だって火を熾すには木を燃やさなくてはならないでしょう? あたしたちエルフは森の守り手として木を燃やすことはなるべく避けるようにしているわ」
そう言うケイの顔はエルフの生活を誇っているようだった。
食事のあと、風呂に案内された。
風呂場もまた広々としている。
湯の温度はぬるめで、ミリィの好みだった。
湯船に身を沈めると、はられた湯の表面にはさまざまな香りをはなつ香草がばらまかれ、湯をわずかに緑に染めていた。その香りを湯の蒸気とともに吸い込むと、体の芯から疲れが溶けていくようだった。
あらかじめケイに説明されていたので身体を洗う手順には迷うことはなかった。
肌に香油をすりこみ、用意された灰を身体にまぶす。そして湯で洗い流すのだが、どうやらエルフの生活に石鹸というものは存在しないようだった。
ミリィはひとりうなずいた。
エルフは千年間眠っていたという。石鹸の発明はその後のことだ。知らないのも無理はない。そのことに思い当たると、ミリィはなぜか可笑しかった。