旅の仲間
えーと、タイトルが「旅の仲間」だからといってホビットは出てきません。でも、お話しが進んでから、そんな”小さな人”を出してもいいかも。皆さん、どうですかね?
村からかなり離れたころ、ようやく太陽が山の稜線から顔を出し、だしぬけに夜明けとなった。
山の夜明けはあっというまである。
パックとホルン、マリアは街道を歩いていた。
街道といっても、地面をむきだしにして踏み均しただけの道である。
道の両側には草が生い茂り、並木が続いていた。
草原には羊や山羊が放牧され、牧童が犬をつれてのんびりと歩いている。と思えば、冬にそなえてか農夫が長い柄をもった鎌を振り回してざくざくと牧草を刈り取り、それを荷車に積んでいた。
陽射しはぽかぽかと暖かく、これからの長旅をパックは気楽に考えていた。
ボーラン市は山脈を越えた向こうである。
まずふたりは西に向かい、隣町で駅馬車に乗るつもりだった。そこからさらに北の町に行くと、ボーラン市直通の汽車が出る。順調にいけば、十日もあればつくはずだ。
と、背後から聞こえてくる音にパックはふり向いた。
しゅっ、しゅっという蒸気機関のリズミカルな音。
それが近づいてくる。
背後の道はのぼり坂になっていて、その向こうは見通せなかった。
が、やがて坂の頂上ふきんに白い蒸気が見えてきた。
陽射しをきらりと反射するそれに、パックは笑顔を見せた。
「やあ、ニコラ博士だ。ようやく追いついてきたのか!」
確かにそうだった。
ニコラ博士があのムカデに乗ってやってきたのである。
がちゃがちゃと騒音をたて、六対の脚をいそがしく前後に動かし、金属のムカデが蒸気を噴き上げ近づいてくる。
ニコラ博士の隣に座る人物を見て、パックは大声をあげた。
「ホルストさんじゃないか!」
そう、森の隠者ホルストがニコラ博士の隣りに座っているのだ。
「パック、ホルン! 黙って出かけるとは水臭いじゃないか!」
陽気に叫びつつ、ニコラ博士はムカデを近づけてきた。
がっしゅ、がっしゅ! という力強い蒸気を吐き出しながらムカデはパックの横を通り過ぎるときいーっ、というブレーキの音を立て停止した。
パックは叫んだ。
「ニコラ博士が来ることは判っていたけど、ホルストさんまでどうして?」
ホルストはニコラ博士の隣りでパイプを咥え、盛大に煙草の煙を吐いている。まるでムカデの蒸気機関から噴きあがる蒸気と競い合いをしているかのようだ。
「むふう……ま、お前とミリィが山に登った儀式をしたからあと数ヶ月は儀式に参加する子供はいないからな。それでわしも一度都会を見るには良い機会だと思ったのよ」
そう言うとにい、と笑った。
「さあ、乗りなさい。歩いていったのではいつまでかかるか判らん!」
ニコラは博士の言葉に、パックはホルンを見上げた。
ホルンは苦笑していた。
「そうですな……それではお言葉に甘えて」
パック、ホルン、マリアはニコラ博士のムカデに乗り込んだ。どうやらこのために準備したのか、ムカデには椅子が増やされていた。
それに気づいたパックに、ニコラ博士はうなずいた。
「そうじゃ、この席をとりつけるので遅くなったのじゃ。間に合ってよかったわい」
さあ、出かけるぞと声をかけ、ニコラ博士はアクセルを踏み込んだ。
がるるるん……と獣のような唸り声をあげ、ムカデは六対の脚をふたたび動かし始めた。
このような姿をしているにかかわらず、ムカデの乗り心地はよかった。六対の脚はなめらかに動いて振動をあたえず、驚くほどの快速で進んでいるのにまるで揺れてはいない。
吹き付ける風が心地良い。
空は晴れ渡り、何羽かの鳥が餌を探しているのかのんびりと翼をひろげていた。
うとうとしていたパックだったが、ふいにマリアの声に目を覚ました。
「あぶないっ!」
ぱーん、という銃声。
ついでかきーん、という銃弾が跳ね返る音。
はっと見ると、マリアがホルンの身体に覆いかぶさるようにしている。
「マリア!」
叫ぶとマリアはくるりとふり向き、右手の山の斜面を見上げた。
肩にしょいこんでいる荷物をさっと振りほどくとマリアはさっとムカデから飛び降りた。
「おい、何する気だ?」
声をかけるがマリアは無言で山の斜面を駆け上がっていった。
驚くほどの快速である。
ニコラ博士はムカデを停止させ、マリアの行動を食い入るように見つめていた。
きらきらと輝くマリアの金色の身体が藪の中へ飛び込んで、がさがさと斜面がざわめいていた。
やがて「わあ!」という喚き声。
ぱん、ぱんと続けざまに銃声が響いた。
驚いて一同は頭を低くする。
ふたたび斜面からがさがさと音がして、藪の中からマリアの姿があらわれた。
片手にひとりの人物の襟首を掴まえている。
「サックさん。あんただったのか!」
ホルンは大声をあげた。
マリアはサックの襟首を掴まえたまま、ずるずると引きずるようにムカデの前に連れてきた。
サックは恨みがましい目でホルンを見上げた。手に銃を持っている。
銃口からはまだ白煙がたなびいていた。
「あんたがこんなことするとはな」
あきれるホルンに、サックはがばと身を伏して頭を地面にすりつけた。
「頼む! 見逃してくれ! わしはどうしても村長でいなくてはならんのだ!」
「なぜだ。なぜ、そんなに村長にこだわるのかね」
ホルンの質問にサックは顔をあげた。
「決まっておる! 村長の地位はわしにいろいろ商売の便宜を得させてくれた。いまでもそうだ。村人への融資、商品の買い入れ、業者への口利き……」
「村の発展はその中にないのか?」
サックは肩をすくめた。
「わしが勢力を強めれば強めるほど、自動的に村はおおきくなる。そうなっておるのだ。事実、ロロ村はわしが村長でいる間、驚くほど大きくなったではないか! あんたもそれは認めるはずだ」
「だが公正な手段ではない。村人はあんたの金を借りているため言いたいこともいままで言えずにいる。近頃、ようやく正直な声をあげ始めているが……それも追いつめられてのことだ」
サックは吐き捨てた。
「なんと言うことだ。わしの恩も忘れるとは……」
その時、左手の牧草地から数人の牧童らしき人物が近づいてきた。
「銃声が聞こえてなんだろうと思ってね。このあたりには猟師はいないはずだが」
そう言いかけ、銃を手にしたサックに目を丸くした。
「サックさん……あんた、こんなところでなにをしているんだね?」
サックは顔を真っ赤にさせた。
くそっ、と叫ぶとだしぬけに銃口を振り回した。
「殺してやる! みんな、殺してやる!」
さっとマリアはサックの銃を奪った。
あっけにとられる一同の前で、マリアはサックの銃を両手で握るとぐっと全身に力を込めた。
ぐい、とばかりにサックの銃は真ん中からへしおれてしまった。
相当力をこめたのか、マリアの全身からはしゅーっと勢いよく蒸気が噴き出す。
へたへた……と、サックは尻を地面につけて座り込んだ。
ホルンがこれまでのいきさつを物語ると、牧童たちは首を振った。
「なんてことだ、村長がこんなことするとは……」
ざわざわと口騒ぐ村人たちにむけ、ホルンは両手をあげ口を開いた。
「おれはこれからボーラン市へ急ぐ。村長のことはおれに任せてほしい。くれぐれも騒がないでくれ」
牧童たちはホルンの言葉に静まった。
「あんたが任せてくれと言うなら、任せよう」
ありがとう、とホルンは礼を言った。
牧童たちが去っていくのを見て、サックはホルンに話しかけた。
「わしをどうするつもりだ?」
「決まっているじゃないか。あんたのやったことは殺人未遂だぞ。ボーラン市に行く前に、軍の人間にあんたを預ける。帝国軍がよろしく裁判をやってくれるさ」
ホルンの言葉に、サックは色を失った。
サックはホルンとマリアの真ん中に座らされ、そのままムカデは動き出した。
「本当に総督府にわしを連れて行くつもりなのか?」
ホルンは答えた。
「当たり前じゃないか。おれを銃で狙ったことを忘れたのか?」
サックは下唇を噛みしめた。
運転をパックに替わってもらい、ニコラ博士はマリアを仔細に観察した。
「ほほお、ここがサックの銃にやられたところだな。穴は開いていないが、へこんでおるわい……あとで叩いて直してやろう」
それに対し、マリアは答えた。
「大丈夫です。じぶんで直せますから」
そう言うとむっ、といきんだ。
ぶしゅーっ、と蒸気が噴きあがる音がして内圧が高まっていく。
ぽん、ぽん、と音を立てへこんだところが元に戻る。
博士は下唇をかんだ。
「マリア、そんなに蒸気を無駄遣いするものではないぞ! どういう影響があるか判らんからな」
はい、とマリアは答えた。
と、ぎりぎりぎり……とマリアの身体から異音が響いた。
「どうしたマリアっ!」
博士は叫んだ。
「どうやら……無駄……遣い……した……みたい……」
マリアの口調がはっきりと遅くなる。
その瞼がゆっくりとさがり、がくりと首がたれた。
「マリア!」
パックも叫んでいた。
その瞬間、サックはぱっと立ち上がり、ムカデから飛び降りると一目散に村の方向へ向かって走り出した。
「あっ、逃げたっ!」
パックが叫ぶと、ホルンはその肩を押さえた。
「放っておけ。もう、やつはおしまいだ。総督府にこのことを報告しておけば、あとは帝国軍が引き受けてくれるだろう」
サックはさっきの丘の斜面に駈けあがり、藪の中に飛び込んだ。すると一頭の馬にまたがり姿をあらわした。
「馬か! あれで先回りしたんだな」
ホルンはつぶやいた。
ぴしり、とサックは馬に鞭をくれ馬首をめぐらせて逃げていく。目指すはロロ村らしい。
「村へ逃げてどうするつもりだろう」
パックの疑問にホルンが答える。
「多分、家の金をかき集めて高飛びするつもりだろう。やれやれ、せっかくサックのことで色々調べまわったのに無駄になったな。もっともミリィの行方を探すという目的は残っている。パック、先を急ぐか」
うん、とパックは頷いた。
「やれやれ、すっかり冷えている。蒸気を使い果たしたと見える」
額をぬぐい、博士はつぶやいた。
動かなくなったマリアを横たえ、博士は彼女の身体を点検していた。
「蒸気がなくなったのかい?」
パックの質問に博士はうなずいた。
「考えてみても、昨夜からずっとこいつは活動しっぱなしじゃった。この身体にそんなに蒸気を溜め込んではいられんからな。さっきの活躍で使い果たしたんじゃろう。どれ、蒸気を補充してやるとするか」
そう言うとさっとムカデによじ登り、その蒸気機関に燃料をくべるとシリンダーからパイプを引いてマリアの身体に接続した。
しゅっ、しゅっという音とともに蒸気が補充されていくと、マリアの目がぱちりと開いた。
「マリア……」
パックが声をかけると、彼女は上半身をおこし、うなずいた。
「ご心配かけました」
ふう、と一同は緊張を解いた。
ようやく元に戻ったマリアをムカデに乗せ、一同はふたたび旅を続けることになった。
目指すはボーラン市。
帝国の首都。
あらゆる人々が集まる都会。
パックは胸が高まるのを抑えることが出来なかった。
ふと思う。
きっとボーラン市に行けば、ミリィの手がかりが見つかる。なぜかパックは確信を持っていた。