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旅立ち

いよいよパックとホルンがボーラン市に旅立ちます!

 ニコラ博士の家を辞去すると、マリアは当然のようにパックについて歩いてくる。

 真鍮の身体が陽射しにきらめき、村人たちの好奇の目が注がれていた。

「パック、その女はいったいなんだ?」

 話しかけてきたのはコールだった。あいかわらず目ざとい。

「ロボット、っていうんだ。名前はマリアだ」

 パックが答えると、コールは目を丸くしてついてくる。

「なかに人が入っているのか?」

「いいや。全部機械だよ。ニコラ博士の発明なんだ」

 パックが説明してやるとすげえ、すげえと何度もつぶやきながらじろじろ見つめる。

「まいったなあ……」

 パックは困りきっていた。

 あんなのがくっついてこられたのでは、目だって仕方がない。

「なかなかスタイルがいいじゃないか」

 隣で歩くホルンは面白がっていた。

 その通りで、マリアはすらりと伸びた手足に、ほっそりとした身体つきの、スタイルから見ればかなりの美少女である。ただ、全身金色の真鍮で覆われているというだけだ。

 ときどき蒸気が溢れるのか、頭のあたりから白い湯気がぽーっ、と噴き出している。近くによるとしゅっ、しゅっという蒸気機関の音が聞こえてくる。

「どこまでついてくるつもりなんだ?」

 家の前でコールに向き直ると、かれはぺろりと舌を出した。

「悪い……でも、あんまり驚いたんでつい……じゃ、またな!」

 そういい捨てるとさっさと村の方向へ駆けていく。あの分じゃ、さっそく村の全員に触れ回るつもりだろう。

 家に帰りつくと、ホルンはさっそく旅の準備をはじめていた。

 大きなバッグに書類の束を何通も押し込み、食料をまとめて入れている。

 その時、ドアをノックする音がした。

「パック、出てくれ」

 ホルンに言われ、パックはドアを開いた。

「ご免よ……」

 玄関に立っていたのは村長のサックだった。

 背後にダルトを引き連れている。

 ダルトはじろりとパックを睨んでいた。

 ずかずかとサックは室内にあがりこみ、ズボンのベルトに両手の親指をさしこんで胸をそらした。

 それに気づいたホルンは作業の手をとめ、向き直った。

「なんですかな? 村長」

「あんた、明日ボーラン市に行くそうじゃないか!」

 サックは興奮したときにでるきいきい声で叫んだ。

 ホルンはうなずいた。

「そうです。それがなにか」

「目的はなんだね?」

 ホルンは黙り込んだ。

 パックは一歩前に出た。

「ミリィの行方を探すんだ! あのふたりが包まれた光の行方を知る人がいるかもしれないからね」

 サックは目を細め、ちっちっと舌を鳴らしている。パックを無視してホルンに話しかけた。

「噂じゃ、あんたわしのことをいろいろ嗅ぎまわっているそうじゃないか? 村の人間にわしが貸した金の利率が高すぎるとか、わしが口利きして買い込んだ機械の納入先とか、それを都のえらいさんに訴えるつもりなんだろう?」

 ホルンは両手をひろげた。

「だからどうだと言うのかね? やましいところがないのなら、黙っていれば済むことだ。わしにどうせよ、と言うのだ」

「やめてもらいたい! ロロ村はわしの村だ! わしが丹精込めて、ここまで発展させた村だ! あんたのような金棒引きのためにせっかくの平和をかき乱されたくはないんでね!」

 ふうむ……と、ホルンはひと声唸った。

「やはり……噂は本当なんだな。あんた村長の地位を利用して村のみんなに……」

 サックはかっとなった。

「やめろ! どうしてもボーラン市へ行くのをやめないというのなら、わしにも考えがある」

「どういう考えなんだ」

 するとダルトが一歩、前へ出た。

 手に太い棍棒を持っている。

 ぱしっ、ぱしっと手に棍棒を音をたてて鳴らし、するどく部屋を見渡した。

 ホルンは緊張した。

 ダルトはいきなり棍棒をふるうと、窓ガラスに叩き込んだ。

 ぐわしゃーん、という派手な音をたて、ガラスが四散する。

「やめろ! なにをする!」

 ホルンは怒号した。

 ダルトはにやりと笑った。

「やるかい? 一度あんたとやりあってみたかったんだ」

「いいだろう。外へ出ろ」

 ホルンの言葉にダルトは喜色を浮かべた。

 ゆっくりと家の外へ出る。後にホルンが続いた。

 パックもあわてて外へ出た。

 背後の気配にふり返ると、マリアがぴったりとくっついて来ていた。両手の拳を握り締め、軽く前傾姿勢をとっている。彼女はパックにささやいた。

「あの男、危険ですわ! わたしがホルンさまをお守りしましょうか?」

「やめとけよ。父さんに任せておけ」

 マリアはうなずき、背をまっすぐにさせ見守る態勢になった。

 家の前庭に、ホルンとダルトは向き合って立っていた。

 ダルトは手に棍棒を持っている。ホルンは何も持っていない。

「なにか持てよ。手ぶらで戦うつもりか?」

「おれはこれでいい。なにか持たないと戦えないというなら、勝手にすれば良いさ」

 この言葉にダルトはあきらかに動揺したようだった。

 ちょっと考えていたが、やがてにたりと笑いを浮かべた。

「そうか。そっちがそう出るなら、おれはかまわねえ。あとで泣き言いうなよ!」

 そう言うと棍棒をぶるーん、ぶるーんと振り回す。

 うおーっと叫ぶと襲いかかった。

 ぶん、と空気を切り裂いて正面から襲い掛かる棍棒を、ホルンはちょっと身をそらしてよけた。それを予想していたのか、ダルトは振り回した勢いでそのまま円を描くと棍棒を横殴りにしてくる。

 さっとホルンは腰を引いてそれもかわす。

 ぶん、ぶん、と音を立てて振り回される棍棒をホルンはただよけているだけだ。

 どうするんだろう、とパックははらはらしていた。

 棍棒を振り回すダルトの顔にじっとりと汗が浮かんできた。

 その息が荒くなる。

「ち、畜生……よけるだけで、なにもしねえのかよ!」

 焦っていた。

 ホルンは黙ってよけているだけだ。

 どん、ととうとうダルトは棍棒を地面におろしはあはあと肩で息をしていた。

 ぐわぁり……、と棍棒を投げ出した。

「そうか、どうしても男らしく戦わないっていうなら……こうするまでだ!」

 唇を噛みしめ、頭をさげて突進した。

 ホルンはそれをステップしてよけると、さっと足を伸ばした。

 足をからまれ、ダルトはおおきく両腕を振り回してよろけた。

 あやうく転びそうになるところをふんばり、顔を真っ赤にして向き直った。

「野郎! どこまでも卑怯なやつだ!」

 叫ぶと拳をかため、殴りかかる。

 その拳をホルンは手の平で受け止め、さっと手首をひねった。

「痛てててて!」

 ダルトは絶叫していた。

 あっという間にかれの手首は背中側に廻され、ホルンの手によってひねり上げられていた。

「離せ! 離せよお!」

 喚く。

「そうか、離してやろう」

 ホルンはそう言うと、さっと掴んでいた手首を離すとその背中をぽん、と叩いた。

 わっ、わっとダルトは腕を振り回しつつとんとんと片足をあげて前へと進んでいく。

 そのさきに立ち木があった。

 どん、と正面から立ち木に衝突する。

 顔をまともに打ち付けていた。

「……!」

 顔の真ん中に真っ赤な打ち身の跡をつけ、ダルトはふらふらと左右に身体を揺らしていたが、やがてどう、とばかりに仰向けに倒れてしまった。

 白目をむいている。

 ぱん、ぱん、と手を叩きホルンはサックを見た。

「どうするね? こいつは勝手に暴れて、勝手にのびちまった。わしの責任ではないよ。あんたが連れてきたのだから、あんたが連れ帰るべきじゃないかね」

 サックは地団太を踏んで叫んだ。

「後悔することになるぞ! わしに逆らうとどうなるか……それでもいいのか!」

「お帰り願おう……出発のため忙しいんだ」

 静かなホルンの言葉にサックは怒り心頭に発していたが、やがて上目がちになって家から出て行った。

 のびているダルトの横腹を蹴り上げる。

「起きろ! この役立たず!」

 うぐ! とうめき声をあげ、ダルトは目を覚ました。

 きょろきょろとあたりを見回していたが、ホルンの姿が目に入るとぎょっとなった。

 サックの怒りの表情にばつが悪そうな顔になると、のろのろと身を起こす。

 ふたりは無言で歩き去った。

 ぱちぱちぱち……。

 いきなりの拍手に、ホルンとパックは顔をあげた。

 いつの間にか、家の周りに村人が集まり、拍手をしている。

 ひとりが満面に笑みを浮かべ近づいてきた。

 ブルンだった。

「やあやあ、ホルン。じつに鮮やかな手並みだな! あのサックとダルトをぐうの音もだせないほど懲らしめるとは」

 どうやらブルンの感想は村人たち共通のもののようだ。みな、うなずき笑いあっている。

 ホルンは首をふった。

「いや、これが始まりだ。あとでサックがどう出るか……。明日、出かけた後みんな気をつけてくれ」

 ホルンの言葉に村人たちは不安そうに顔を見合していた。

「それじゃ今日はこれまでにしてくれ。忙しいんでな」

 その言葉に村人たちは我に帰ったようになり、ぞろぞろと自分の家へと帰っていく。

 パックはホルンに声をかけた。

「父さん。いまのが解決法なのかい?」

 パックの言葉にホルンは肩をすくめた。

「いいや。いまのは相手をあしらっただけだ。争いを解決するには、もっと複雑で骨の折れることを覚悟しなくてはな。とにかく、お前も旅の支度だ!」

 ホルンはパックの肩をたたいた。

 パックはふと思い出して口を開いた。

「父さん、あれ、どうする?」

 パックの指さした方向を見てホルンは眉をよせた。

 パックの指先は壁にかかっている聖剣をしめしている。

「そうか……あれがあったな」

 すこし考え、うなずいた。

「やはりあれはお前が持つべきだ。ホルストも言っていたろう。あの聖剣をもとに戻すことが、魔王を封印する鍵だと。もしあのヘロヘロというのがその魔王だとすると、あれが必要なときが来るかもしれない。しかし大変な旅になるな。ミリィの行方を探すのと、聖剣を鍛えなおす方法を探るというふたつの目的ができたんだから」

 しかしパックは答えた。

「ふたつともおれの使命なんだろう? だったらやって見せるさ」

 そう言って胸を張る。

 

 翌朝、ふたりは旅立った。

 日の光はまだ山の向こうに隠れ、あたりは暗い。

 荷物の大部分を引き受けたのはマリアだった。

 ホルンが荷物をまとめると、マリアは無言でそれを担ぎ上げた。

 おい、それは……と抗議をすると、マリアは首をふった。

「いいのです。これくらい、軽く担げますから」

 少女のようなほっそりとした姿態をしているマリアが、おおきな荷物を軽々と持ち上げているのは不思議な眺めだった。ちからをこめると、マリアの身体のあちこちからしゅーっ、と勢いよく蒸気が噴き出す。そのまま歩き出すと、しゅっしゅっと音を立て、内部からピストンが蒸気を押し出す音が聞こえてくる。

「そういえばニコラ博士はどうしたんだろう?」

 パックがつぶやくとホルンは首をふった。

「博士のことはいい。旅立ちの時刻はべつに打ち合わせていないからな。どうしてもついてきたかったら、勝手に来るだろう」

 そうか、とパックはうなずいた。

 ドアを開け、外に出たふたりは思わず立ち止まった。

 なんと家の前に村のみんなが勢ぞろいしていた。

「ホルンさん、頼むよ。市の担当者に、ちゃんと話してくれ」

 ひとりの村人が声をあげた。

 ホルンはうなずいた。

「ああ、任せてくれ」

 と、隣りのミリィの家の玄関のドアが開き、メイサが顔をだした。

 眠っていないのか、真っ赤な目をしてくまができている。

「パック……」

 叔母さん、とパックはメイサのもとへ走っていった。

 メイサはじっとパックの顔を見つめている。

「叔母さん、かならずミリィを連れてかえるから、心配しないで」

 パックの言葉にメイサは両手で顔をおおった。

「有難う……有難う……」

 それ以上言葉をかけることができず、パックはくるりときびすを返して待っていたホルンのもとへ駈けて言った。

「行ってきまあす!」

 大声をあげると、そのままふり返らず歩き出した。

 しばらくたってちらりと背後をふり向くと、パックの家とミリィの家がちいさく見えている。

 メイサの姿が玄関にあった。彼女は村人の真ん中に立ち、ぽつんと心細そうにしている。

 もはや目鼻立ちも判らないほど離れていたが、彼女はじっとパックの背中を見つめているようだった。

 ふたたびパックは正面を見た。

 あとは振り返らなかった。

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