決意
ミリィを探しに旅立つことを決意するパックだったが……。
翌日、村の被害はじょじょにあきらかになっていった。
死人は出なかったものの、火災にあった家屋、落雷で掘り返された地面などまるで戦争にあったかのようであった。
中佐の約束どおり、調査官が昼ごろ派遣され村人たちから話を聞いて回っていた。
そしてミリィがメイサの娘であり、確かに行方不明と判ると、しかめつらしい顔つきで捜索人名簿にのせるから心配するなと、これはメイサに請合った。
メイサはちからなくうなずいた。
それを見て、パックはこんな役所仕事ではミリィの行方が判るはずがないとますます確信していた。
村人たちは広場にあつまり、これからどうするのか顔を見合わせた。
そこにコールがやってきて、事件の真相を話しはじめると村人たちの怒りはギャンに向かった。
「あいつが魔王を復活させたってことか?」
「悪い奴だと思っていたが、それほどとは」
「そういえばこんなことがあったぞ……」
全員、ギャンの悪行の数々を思い出しはじめていた。
そこへサックが姿を現した。
「ひどいことになっておるな……。わしの村がこんなことになるとは……。なんでもホルンの息子のパックが魔王を解放したということだが──」
サックを見る村人の視線は冷たかった。その視線に、サックはけげんな表情になった。
「どうした、村の衆? さあさあ、村がこんな状態になったんだ。さっそく道路の修復や、家の修理をせずはなるまいて。費用は貸してやるからな。金を借りたいものは、わしに言ってくれ。利息はいつもの通り……」
喋りだしたサックの口はしだいに重くなっていった。
「なんだ、その目は? わしの言っていることがわからんのか? おい、なにか言え!」
ひとりの村人がずい、と前に出るとサックの顔を睨み叫んだ。
「あんたの息子の責任についてだ!」
「ギャンがどうしたというのだ?」
「そのギャンが、魔王を復活させたということだよ!」
「なんだと? 馬鹿なことを言うな! 魔王を呼び出したのはパックではないか」
「その魔王に悪をふきこんだのはギャンだ! ギャンの邪悪さが、魔王を復活させたというぞ」
サックの顔色は赤くなったり青くなったりめまぐるしく変化した。
ぱくぱくと口だけが動くが、言葉にならないようだ。
ひとりの村人が声をあげた。
「あんたはいままで村長として息子のギャンを放任していたな。それがこの有様だ! もう我慢ならん。いますぐ辞任するべきだ」
そうだ、そうだという声があがる。
サックは怒りを顔にのぼらせた。
「く……、わしがどんなに村につくしてきたか……知らんわけではあるまい」
「あんたのやったのは金を貸しただけじゃないか。それも法外な利息をとってな!」
「そうだ、おれたちこれからボーラン市に出かけてあんたの金貸しのことを報告しようと考えているんだ。あんたの利息の利率、ほんとうに公正なものかどうか、裁判所で判断してもらうことにする。それに確か金を貸すにはちゃんとした資格が要るというぞ。サック、あんたがそんなもの持っているなんていままで聞いたことないがね」
進退窮まったサックはきいーっ、という悲鳴のような、奇妙な声をあげた。
ものも言わずくるりと背を向けると、一目散に自宅を目指す。
取り残された村人は一時の興奮がさめ、どうしようという表情になった。
「どうする? あんなことつい言ってしまって……」
「だれかボーラン市へ出かけるって言ってたな。おい、言ったのはトカフ、あんだだろ」
「おれが? いや、違う!」
トカフと呼ばれた男は激しく手を動かし、かぶりをふった。
「だれか相談するには……」
「ホルンがいい!」
ひとりが声をあげた。
「そうだホルンなら……」
全員、顔をあわせ頷きあう。
「待ってくれ、みんな! いきなり押しかけてきてそんなこと相談されても困る」
家の前に集まった村人にホルンは声をあげた。
ひとりが前へ進み、口を開いた。
「しかしこうなったら、あんたしかいないんだ。頼まれてくれよ。このままじゃ、サックが何をしでかすか……」
そうだそうだという同意の声に、ホルンは困ったように髭をしごいた。
ホルンは家の中をふりかえった。
キッチンでパックがひとり、食事をとっていた。もくもくとパンを口に運び、ミルクを飲む。村人たちの騒ぎには吾関せずというところだ。ホルンの目がきらめいた。
かれは村人たちのほうへ顔をむけ、うなずいた。
「わかった、近くボーラン市に行って、話をしてみようじゃないか」
わっ、という喚声があがった。
ホルンは両手をあげ、騒ぎになろうとするのを押さえた。
「そういうわけだから皆さん、ここはひとつ家に帰って静かに待ってもらえないか?」
「あんたが引き受けてくれれば安心だ」
村人たちは愁眉を開き、笑みを浮かべつつ帰っていった。
ようやく家の前が静かになって、ホルンはほっとため息をついた。
家の中にもどり、パックの前にすわった。
「パック」
ん? と、パックは顔をあげた。
「なに、父さん」
「お前、家を出るつもりだろう?」
あわててパックは食べ物を飲み込んだ。
「なんだい、出し抜けに」
ホルンはにやっ、と笑った。
「隠さんでもわかる。お前のことだ、おれに黙って家を出てミリィを探しに行くつもりなんだろう」
「だからなんだい!」
パックは顔を赤らめ、食卓を平手でたたいた。
「焦るな! おれはお前がミリィを探しに行くのを邪魔しようというんじゃない。なにしろお山に登って、ご先祖の剣に触れてきたからな。お前は大人だ。おれがどうこう言って止めるわけにもいかん」
意外な成り行きにパックはきょとんとなった。
「だが黙って出て行って、あてもなくさ迷うわけにもいかんだろう? なにか探すあてがあるのか?」
言われてパックは黙った。
そう言われると弱い。
とにかく北へ向かって旅立つつもりだったからである。
「だからな、まずおれと一緒にボーラン市に行ってみないか?」
「ボーラン市?」
「そうだ、帝国の首都だ。人も集まるし、情報も集まる。北の方向へ向かったあの光を見ている人間も多いはずだ」
「そうか!」
パックの顔に喜色が浮かんだ。
「そういう人を探して聞けば……」
「そうだ、もっと詳しい情報が手に入るかもしれない。さっき村の人たちがおれにボーラン市に行って、サックのことについて調べてくれと頼んできた。いい機会だ。サックの事のついでに、ミリィの行方について手がかりが得られるかもしれん。
だからちょっと待て。おれの出発の用意ができるまで」
パックは判った、とうなずいた。
次回ではいよいよニコラ博士のマリアが始動します!お楽しみに。