「2」妹だと思ったけどネムで、ネムだと思ったら博士だった 前編
◇◇◇◇◇
日本っぽい異世界に来て1週間。俺が何をしてるかというと、何もしてなかった。敢えて言うなら、惰眠を貪っていた。
一回、不登校を体験した奴ってこういう気持ちになるのだろうか。何だか気まずい。それは日が経つごとに膨れ、何とかしようとしてもやはり学校には行きたくない。
なんという悪循環。
「なあネム、俺はやっぱり、学校に行かなくてはならないのか?」
『私としてはどちらでもいいのです。しかし。既に10を超える連絡をされてはこちらも鬱陶しい……。いえ。もちろん私はマスターの指示に従いますですよ。ええ』
……そうか。俺に行けと。
だがまあ、ネムの言っている意味も分かる。学校側からどうして来ないのかと催促され、「明日行きますよ」と適当なことを言っていたら、向こうもだんだんとぞんざいな扱いになっていき、嫌がらせなのか夜中の3時に電話をかけてきたこともある。
花札に熱中していたネムと俺は苛立ち、電話の向こうに電気ショックがいくよう仕向けてしまった。それから随分と平身低頭な態度だが、悪い事をしたと思う。
「……明日、行くか」
『そのセリフは一昨日も聞きましたですよ。録音もしてあるです。聞きますか?』
「……はぁ」
きっかけ。俺にはそれが足りない。
天才は1パーセントのひらめきと99パーセントとの努力。と、かの有名な発明王の名言だが、それは努力しても1パーセントのひらめきが無ければ無駄だという意味らしい。ならばこそ俺も1パーセントのきっかけがないからダメなのだ。
『それだとまるで。マスターが努力をしてるみたいですね』
「その言い方だと、俺が努力をしていないみたいじゃないか」
『そのセリフは。せめて朝しっかり起きてから言ってくれですよ』
しょうがないと思う。ネムがホログラム機能なんか使うから悪いんだ。おかげで楽しい。いやっほー。
さて、と……場を確認する。カスだらけだが、1つだけ、「鹿」を発見。ネムが「猪」と「蝶」を既に手にしているので、揃えられると危険だ。とりあえずそれを手札の「青短」で取る。
『ちっ』
……山札をめくる。
「鶴」!
場には……ない! 「松」がない!
『ふっ』
「ま、まさかお前……」
『これで。四光です!』
なんという豪華さ! どうしてこう、花札の桜や月に漂うオーラというのは素晴らしいのだろう。桐だけ、どうも地味な気がするが……
とりあえずこうして、ネムは「鶴」と「桜」と「月」と「桐」で四光を揃えてしまった。俺たちのローカルルールに「こいこい」など存在しない。
ネムの12連勝だ。
「あー疲れた」
通算で500以上の試合をした。全てのゲームに負けなしと謳われてきた俺の伝説はとうに終了している。戦績はどっこいどっこいだが、こと花札に関しては負けが続いた。大富豪なら逆のパターンなんだがなぁ……
寝転がる俺にネムがホログラムを変えながら喋りかけてくる。
『次は何やるですー? 将棋もチェスも飽きてしまったですし……NPCを交えたダイヤモンドゲームもあるですよ。七並べやババ抜きは私の好みではないですし。
やはりここは。異世界ならではの魔法戦争が妥当ですかね』
……案外、俺より楽しんでるのではなかろうか。それはそれで、こちらも気が楽でいいけど。
その時だった。
ピクリーーと、俺には聞こえない何かに反応したネムが目を閉じて……次に開いた時には、ホログラムを終わらせ。
一面に広がっていた宇宙空間はいつもの部屋に戻り、宙に浮かんでいた駒や札も消える。
「どうしたネム?」
『来客。です。格好からして学生の訪問です。マンションの外にいるですね。どうするです?』
来た。向こうから、きっかけが。
「開けてくれ」
歓迎しよう。
〜〜〜〜〜
「分かってんだろーな転校生。こうして、学級委員長である僕が来たからには、今までどうして学校に来なかったのかちゃんとした理由を言うんだぞ」
扉を開けて、目の前にはチビがいた。俺の腰ほどまでしかないほど小さく、そして何故か……ハゲ。
「何ジロジロ見てんだよ」
「いや……何でもない」
『髪もない。と』
うるさいぞネム!
「ああん? 僕に髪がないのと、お前が学校に来ていないのに何の関係があるんだよ」
「ない。ないぞ……そうか、理由だな。理由……」
『遊び呆けていたのです』
ネムーーー!!
「遊び、だとぉ?」
おチビこと学級委員長が、眉間にしわを寄せて目尻をピクピクと痙攣させている。それに加え、何だか学級委員長の周りの空気が蠢いているような……
これはマズイと思い、胸ポケットから顔を出すネムを奥に押しやり、慌てて言い訳を考えた。
「と、友達ができるか心配だったんだ。新しい環境。知らない世界。不安で不安でたまらなかった。虐められるんじゃないのか? そうでなくとも、除け者にされるのではないか?
……とまあ、多分そんな感じだ」
「そんな理由があったのか!」
途端、学級委員長は陽気に笑う。
「安心せーよ。僕たちのクラスで殺し合いはあっても虐めなんて無い。
除け者? 笑っちゃうぜ。お前、異世界人なんだろ? 異世界人は総じて強者が多いからなぁ。引っ張りだこだ」
一体、何に引っ張りだこなのか。
聞きたくない。
学校に行きたくない理由が今しがた出来てしまったぞ。
「そんじゃま、僕たちのグループに入れとくぞ。不安ならまずここで親睦深めりゃいい」
異世界原住民の学級委員長が、スマホを取り出してそう言うと、「明日迎えにくるからなぁ」と告げて帰った。
「俺の自堕落もこれでお終いか……ネム、聞いてたよな。明日、学級委員長が迎えに来たら勝手に開けてくれ」
『ふむふむ。学校に行く前に家に来るとは。幼馴染の特権。ですね』
確かに、女友達が言っていた。「朝起こしにくるのは幼馴染の義務」だと。だから「アンタが起こしに来い」と。
すっかりと俺の性格を把握してしまった、このマンションのルームサービスを担当するヒショ子さんが先ほどの一連を防犯カメラで見ていたらしく、何も頼んでいないのに部屋まで来て。
「頑張ってください」
なんて、クッキー渡しながら言われたものだから、後には引けない。
夜、生活リズムが狂ってしまい、全然眠たくならないが、そこは何とかして眠りにつく。
……風邪引きますように。
◇◇◇◇◇ラ⤴︎イン
太陽がシロを招待しました
シロが参加しました
オチョ : ん? シロ?
太陽 : 転校生だぞ
ユキマール : え、転校生? どうしよう名前にシンパシー感じる
おむすび : よお転校生。くじ引きで俺様が1番だと決まったからな。ちゃんと順番は守れよ。
ゴン : ……あれ、無視?
おむすび : ほぉ、この俺様にその態度。やはり期待出来そうだ。
ユキマール : もう寝てるんでしょう
ウンタン : みんなも早く寝てくださいよ?
◇◇◇◇◇
『おやおや。お休みマスターの為ではないですけど。起こすのも面倒ですし。私が一肌脱ぐとしましょう』
◇◇◇◇◇
くじ引き? : シロ
太陽 : 殺り合う順番だぞ
なるほど……俺もなめられたものだな。おいおむすびとやら。明日、焼きおにぎりになってもいいなら1人でかかってきな : シロ
おむすび : あぁん?
ユキマール : あ、シロくんヤッホー
これはこれは、お美しいお嬢さん。明日会えることを楽しみにしてますよ : シロ
太陽 : おいシロ?
ユキマール : アハハ! 初日から学校サボる人間なんてどんな人かと思ったら、なーんだ面白そう
おむすび : おい転校生ぇ……一応、親切ながら教えてやるぜ。俺様の家系はな、根っからの戦闘部族だ。特に、少し前から異世界人を倒すことを目的に育てられてくる。俺様みてーにな。どういう事か分かるよな? あんま調子に乗ってと、ほんとに死んじまうぞ。
お前なんて殺りんだよ : シロ
ウンタン : 仲良く、仲良くしましょー
〜〜〜〜〜
こうして、自分のマスターに偉そうな口をきくおむすびを挑発してしまったネム、もといシロは、学校中の戦闘狂達から目をつけられてしまうのだった。
◇◇◇◇◇
「起きて、起きてください兄さん」
……この声は……妹?
「はぁ……今日は、私の勉強を手伝ってくれるのでは無かったのですか?」
……そうだ。明日で夏休みは終了。絵日記しか終わらせていない妹は、俺に助けを求めたのだった。
でも待てよ。何かを俺は忘れていないか? 大事な何かを。
「どうして起きないんですか。兄さん……何で、そんな……もしかして寝たふりですか? 怒りますよ。温厚で有名な私は今激怒していますよ。そこのところ分かっているんですか?」
うわぁ、本当に起こっている。こんなに震えた声を妹から聞くのは初めてだ。これ以上はよろしくない。
俺は体を起こそうとしてーー違和感に気付く。指先ひとつ……動かない。
待てよ?
それどころか、呼吸をしていない。心臓が動いていない。俺は一体?
「馬鹿……兄さんのバカァ、ですっ」
震えていた声は止まり、妹は、急に泣きだした。俺は何もできない。
女友達が妹にかけよる。それを妹が振り払い、俺の側にくる。こんなに近くで顔を見たのは久しぶりかもしれない。俺は何もできない。
けれどすぐに、今度は知らない奴らが妹を俺から引き離す。俺は何もできない。
どこにそんな力があるのか、妹はがむしゃらに暴れて、また俺に近づく。そんな行動がずっと続いた。
俺はーー何もできない。
◇◇◇◇◇
『起きて。起きてください兄さん』
この声は、妹?
『はぁ……。今日は。学校に行って勉強をしっかりするのでは?』
そう……だったな。そういえば学級委員長が迎えにくるんだった。
早く着替えて。朝ごはんを食べて。もう一度持っていくものを確認しないと。初日から忘れ物は恥ずかしい。……初日、と言っていいのかは別として。
『もう兄さんったら。私に起こしてくれと頼んだのは兄さんですよ。それとも。兄さんはこういう事を期待していたのですか?』
どういう事?
それを聞く前に、モゾモゾと布団が動き、下腹部辺りにヒンヤリとした何かが……
『学校では教われられない……。私にイロイロな勉強を教えてくれる。と?』
「誰だお前!?」
妹の声から、妹らしからぬ下品な言葉を聞いた。布団を勢いよく剥いで見てみると、そこにいたのはもちろん妹などではなく……スマホ。
『フッフッフッ。ボイスチェンジャー。これで君も名探偵じゃよ』
画面では、ネムが蝶ネクタイを見せびらかしながら、どこぞのお爺ちゃんの声を出していた。
それを持っているだけで名探偵になるかどうかはともかく、お前そんな機能を持っていたのか。
「いや、それより妹の声を出すなんて。中々エゲツない事をしてくれる」
『どうしてです?』
「それはもちろん、2度と会えない人間かもしれない……から……」
『?』
妹……何だろう。このモヤモヤは。何か大事な事を忘れている気がする。
『よく分かりませんですけど。早く身なりを整えたらどうですか? もうすぐ。この階までハゲチビンが来ますよ。
おっと。私はずっと起こしてましたですよ。実の妹の声に聞き惚れるシスコンマスターが悪いのです』
別に聞き惚れていた訳ではないし、シスコンマスターってシスコンを極めし者みたいだから止めてほしいが。
待たせるのは悪い。
俺は急いで支度をするのだった。
〜〜〜〜〜
「ようシロ! お前度胸あるんだな。見直したぜ。期待してるぞ」
「……?」
出会ってすぐに学級委員長から言われた言葉が、全く理解出来ない。
「なあネム、何か知ってるか?」
『ば。ばかものー。マスターのばかものー。私を疑うなんて。さすがばかものマスター』
何か知ってるか聞いただけで、これっぽっちも疑ってはいなかったのだが……
こいつ怪しいぞ。
俺が胸ポケットにいるネムを疑っていると、学級委員長が興味深そうにネムを見た。
「それよ、昨日も思ったんだが何だ? 精霊でもスマホに入れてんのか?」
「精霊? いや、これはネムと言ってな、うーん……」
『Muneというアプリです。しかし。私の名前はネムといい。特別製です。スマホの事なら何でも出来るのですよ』
「へー、Muneなら俺も持ってるけど、確かにアンタみたいに流暢じゃねーし……ん? スマホの事なら何でも出来る?」
『……は。はい』
得意満面だったネムがしどろもどろになり、学級委員長が何かに気づいたように納得する。そして、俺の方を労わるように見つめてきた。
「今日、頑張れよ」
まただ。学級委員長から言われた言葉が、全く理解出来ない。
言葉通りなら言われるまでもないが。なんだか、これから戦争に行く人間にかけるような雰囲気みたいで。俺は、今すぐにでも家に帰りたい気持ちになった。
ーーそれから、5分後。
校門に入って、それは始まった。
「おい、あいつか」
「だろーな。初めて見る顔だ」
最初は異世界人が珍しいのだろうと思った。しかし、どうも視線に敵意と殺意が混じっており。気のせいなら良かったのだが……
ダァァンッッーー
と、目の前を尻尾が通り過ぎる。トゲトゲしい尻尾だ。それは叩きつけるというより、地面を抉りとった。
かなり大きい尻尾を辿ると、そこに恐竜がいた。涎を垂らして、血走った目をしている。
「悪いなぁ! 尻尾が滑っちまった!!」
花火のように胸に響く大声。運動会の練習よりも近隣住民に確実な迷惑をかけているであろうこいつは、お構いなしにどこかへ行ってしまう。
こいつ生徒じゃなくて不審者だろ。確信はあったが、学級委員長が冷静に紹介してくれた。
「奴はドラゴンと人間のハーフ、名前はペンドラゴンだ。といっても、見た目通りにドラゴンの血の方が大きく出てるが……あいつには手を出すな」
『いえ殺しましょう。こちらは足を滑らせて踏み殺すです』
「何怒ってんだよMuneの嬢ちゃん。いいか? あいつは横暴だがそれでもドラゴン。絶滅危惧種なんだよ。危害を加える事はすなわち、国を相手にするっていう意味だ」
……貴族に手を出したら死刑、みたいな。なるほど知ってるぞ。男友達は言っていた。「生意気な野郎は完膚なきまでにぶっ飛ばせ。下手に見逃せば後が面倒な事になる」
しかし、どうだろうか。今のは本当に尻尾が滑ったのかもしれない。尾骶骨しかない俺には分からない事だ。
「大丈夫だ委員長。どうしてもの時は国をぶっ飛ばす」
『マスターにしては中々どうして。良いことを言ったです』
「いやいや! それ何にも大丈夫じゃねえからな!? どうしてもの時はまず俺に言えよ!
ってか、ペンドラゴンの奴こっち見てる。早く行くぞ!」
お人好しな委員長に連れられて、俺は職員室までに連れて行かれる。よければずっといてほしかったが、委員長は先に教室まで行ってしまった。
……それにしても、本当に日本と変わらない。さっきみたいな恐竜は特別で、ほとんどが人間ベース。
男友達が渇望していた「エルフ」ーー耳がとんがった人はいないか探すと……いた。しかも、こちらへ近づいてくるではないか。
「君がシロくんねー?」
たゆんたゆんと、ある一部を揺らす目の細い女性……おかしいな。
「どうかしたの?」
「いえ。友人が、エルフというのは総じて胸が残念だと聞いていたのですが……俺が見た中でも1番の大きさですね」
「それはぁ、喜んでいいのかなー?」
いいんじゃないのかな。でも、友人は、だからこそ最高だとも言っていたが。
「えーと、それじゃあ自己紹介ねー。私はウンタン。みんなからはウーたんって呼ばれてるけど、それはやめてほしいかなー」
「……ウンタン先生」
「あぁ良い! それが良ぃよー!」
機嫌が良くなったウンタン生徒は、「物騒な子だとおもってたけどー」と不思議なことを言った。
やっぱり、サボりが良くなかったんだろう。俺は反省して、ウンタン先生の後に続いた。
うっわドキドキするなぁ。
言われた通りに廊下で待ってると、「入ってきてー」という声が聞こえたので、教室へ入る。
直後、突起物が飛んできた。何もしなければこめかみに突き刺さってしまう。もしや通行儀礼なのかもしれない。これは試されているのだろう。
だから俺は、別に俺全然気にしてませんよー余裕ですよーという雰囲気を出しながら指2本で摘む。
シャーペンだった。
へえ。
あ、また飛んで来た。
次はシャーペンの芯だな。さっきまでのが力試しなら、これはパフォーマンスを求められているのだろう。ちょっとワクワクしてきた。
シャーペンの芯を折らないように勢いを殺し、シャーペンの中へ入れると、最後の一押しにカチカチ鳴らす。
……完璧だ。
「俺の名前は長い。大体はシロと呼ばれるが、別に何でもいい。今日からよろしく頼む」
教室を見渡しながら自己紹介をした。
掴みは……バッチリだろう。ネムも小声で『ばっちしです』と褒めてくれたし。
「あ、シロ君ヤッホー!」
ウンタン先生にどこへ座るか聞こうとしたところで、着物姿の女性からフレンドリーに声をかけられた。
青白い髪をして、真っ白な肌をしている。心なしかそこだけ気温が極端に低いような……
「えっと……ヤッホー」
「あれー?」
ん? 無難な返しだったと思うが、首を傾げられる。おかしいな。何か間違っていただろうか。
こちらも首を傾げたいが、その前にウンタン先生から俺の席を教えられる。丁度、ヤッホー女性の隣だった。
丁度よかった。何と返せば良いのか教えてもらおうと思い、そこまで向かうーー途中、シャーペンとその芯が飛んで来た出処。頭から2本の角を生やした牛みたいな男に、しっかりと返してあげた。
「てんめぇ……中々やるじゃねえか」
褒められた。嬉しい。俺の学校生活は順風満帆じゃないか。
「放課後、校庭で待ってろよ」
「ん?」
「決着をつけようぜ」
……ああ! 俺は手しか動かしていない。この牛男は足も動かせば見栄えが良くなると教えてくれたのだろう。
さっきのシャーペン、テストに出るのかもしれない。なんだ、見た目に反して、親切な人じゃないか。
「楽しみに待っている」
牛男君にそう言って、自分の席に着いた。すると早速、ヤッホー女性から話しかけてきた。
友達100人も夢ではない。
「シロ君、なんか想像してたのと違うね。やっぱり実際に会ってみないと分からないもんなのかな。
あ、私の名前はユキ。こう見えても雪女の一族だよ」
なるほど、寒いはずだ。
「ところで……あいつ」ユキは牛男を指差して。「オムニバスビーン、みんなからはオムスビって呼ばれてるけど、ガッチリとした見た目は飾りじゃないよ。放課後ほんとに大丈夫?」
オムスビ! やはり、心を表すように、親しみの込められた名をつけられてるんだな。
「心配してくれてありがとう。俺は大丈夫だ。やりきってみせる」
「や、殺りきるんだ……うん。まあ、いいけどさ。少しは手加減してほしいなーと思ってるけど。私はシロを応援してるから、頑張ってね」
ユキもいい奴だった。
ところで当初の目的は忘れてしまったが、そんなに気にする事でもないと思い直し、黙って勉学に勤しむ事にした。
◇◇◇◇◇
最初の授業はウンタン先生の受け持ち。魔法の授業。
「ではおさらいをしましょうね。魔法には精霊が必要ですー」
「精霊必須」と黒板に書いていき、何を思ったか、そこにズザァァット斜めの線を引く。
「何て事は全然ありませんねー」
ないのかよ。
「魔法に精霊が必要だとされていたのは、昔の大きな間違いでねー。異世界人の皆さんの研究結果、魔法と精霊には一切の関連性が見つかりませんでした。
あ、精霊と呼ばれる存在はちゃんといますよー。私見たことありますけど、みんな可愛かったなぁ」
ウンタン先生が自分の世界に入り……ハッとして授業が再開される。
「さて、魔法に精霊は必要ない、と。なら何が必要なのかなー? という疑問を前に、昔からよく言われていたのはこれだねー。イメージ」
今度は黒板に「イメージ」と書かれていき、また、ズザァァット斜めの線が引かれる。
「愚かしいほど間違いだねー」
愚かしい……
「もしもイメージ何ていうのが大切なら、妄想の激しいイタイ子が強いって、望ましくない展開になっちゃうからねー。
魔法を使うには、しっかりと基礎理論を学びましょー」
「勉強大事!」
と黒板に書かれ、一部の生徒が唸る。
「ところでー、今回の本題、魔法といえば魔力ですが、これは皆さんの生活に大いに役立ってますよねー。私も潜在的に魔力が豊富だから生活費が楽チンで楽チンで。
これも異世界人のお陰です。戦いだけではなく、たくさんの利用方法を考えてくれてー……私たちはこうして戦争もなくなり、魔物の脅威を消えて、安全に暮らせてます。ありがとねーハク君」
「いや、俺は何もしてないですけど」
「さーて、私はお爺ちゃんが異世界人だったんだけど、みんなは見るの初めてだよねー。ここ最近は見かけなくなったから不安だったけど……そんな時にハク君が現れました。
みんな、ハク君に何か聞きたいことあるかなー? 今から自己紹介も兼ねて質問タイムに入ろうかー」
唐突に、俺へと視線が集まる。
「おいウーたん、授業はどうすんだよ」
学級委員長のもっともな一言。
「魔法授業なんて自習だけで十分だからー。それに、魔法授業なんて正直に言っちゃえば必要ないからー」
ウンタン先生の更にもっともな一言。この世界に、魔力は活躍しても魔法なんて、街の真ん中で使えば警察沙汰である。
必要かどうか問われられれば、まあ別に? という、誠に不本意ながら、日本の伝統工芸のような扱いになってしまっているのだ。
ウンタン先生がこんな感じだから、俺も大人しく質問タイムとやらに付き合わなければならない空気となった。
まず名前を言う。そして質問をする。これさえ守ればいいらしい。
「はーいはいはい!」
まず手を上げたのは犬。どこからどう見ても、犬。
「俺はオトモリ! ハクはさー、ぶっちゃけこのクラスで誰が好み?」
こいつ、いきなり難しい事を言ってくれる。犬らしくワンワン吠えてればいいものを。
『控えめに言って私です』
「堂々としすぎだろ?」
『極端に言うならば。1つの事実として私以外をマスターは好きになれないです』
「お前どれだけ自分に自信があるんだ」
『知らないのですかマスター?』
さも当然のように、ネムはコテンと首を傾げて俺に告げた。
『二次元は最大の長所ですよ』
この世の真理だ。
俺がネムの暴言に何も言えずにいると、クラスのーー今度はキツネの耳を生やした男が質問をしてくる。
「オレ、ゴンフォークス。ぶっちゃけ、それなに?」
ゴンフォークスはネムを指差した。俺の胸ポケットに居座り、スマホの画面を自由自在に漂うネムを。
俺から紹介しようとしたが、またしてもネムは自ら名乗りを上げる。
まるで、戦線布告をするように。
『私はMuneです。しかし。私の名前はネムといい。特別製です。
親しい者ならばネムと呼ぶ事を許しますが……。つまり。現時点において皆様から名前で呼ばれる事を私は推奨しないです。恐れ戦きMune様とでも呼べです』
「……ネム」
『何か用ですかお前』
「っ……」
どうも喧嘩を売っているネムは、警告を無視して名前を呼んだゴンフォークスに中指を立てる。
ゴンフォークス、怒っている。
やめてくれ。俺のスクールライフを台無しにするつもりか君たちは。
「オレにはゴンフォークスって名前があんだけど?」
『お前の都合など知らないです。デス。デス。デス』
デス。デス。デス。
画面内がdeathで埋まる。「お前」という文字が浮かび、滅多打ちにされる。それを見てゴンフォークス、更にブチ切れる。
「たかが機械が、調子にのんじゃねえよ。修理に出せねえくらい粉々にしてやろうか?」
「は?」
「っ……何だよ異世界人。文句あるならちゃんとそいつ躾けとけよ」
……何だかなぁ。
「ネム、あんなの気にするな」
『べつに。全然。あんなの気にしてませんけど』
「くっ、てめえら揃いも揃って俺を馬鹿にしやがってっ!」
ゴンフォークスの怒りマックス。乱暴に立ち上がり、尻尾もグルングルン振り回しながらこちらへ向かってくる。
だが、ちょっと、いや……かなり俺もゴンフォークスと同じ気分だった。ネムは確かに口調こそ辛辣だったかもしれない。あまり適切とは言えない自己紹介だったのかもしれない。しかし、先に喧嘩を売ったのは向こうだ。
……ん、違うな。別に、そんな理論付けが必要な訳じゃない。
ただ、不愉快だった。
ーーすわ喧嘩が始まろうかとしたその時、オムスビ君がゴンフォークスを止める。
「俺様が1番、だろ」
「でもあいつ等っ」
「俺様の言う事が……聞けねえのか?」
「そ、そんなんじゃねえけど」
しばらくネムとオムスビ君を交互に見ていたゴンフォークスは、諦めて、大きく舌打ちをすると自分の席へ戻っていく。
喧嘩も止めてくれるなんて、やはりオムスビ君は良い奴なんだなぁ。
正直ゴンフォークスはネムに土下座をしてほしいが、ここはオムスビ君の顔を立てよう。
『マスター』
「ん? あ、そうだよ。お前も少しは丸く」
『私の名を呼んでください』
「……え?」
『いいから。特に理由などありませんですけど。出来るだけたくさん。それなりの感情を込めて。ほら。私の名を』
「あー……ネム」
『一回だけですか』
「ネム。ネム。ネム……いや、何かこれ恥ずかしいぞ」
『ま。十分です』
一体何なのだろうか。後ろを向いて、ネムの表情は見えない。
結局、よく分からないまま、この雰囲気で質問タイムなど再開できるはずもなく授業も終了した。
昼は学級委員長とユキが一緒にいてくれて、午後の授業も特にこれといった事がなく終了……そして、放課後になった。
◆オマケ◆
私、ヒショ子と申します。これは外聞的によろしくもなさそうなので他言無用にお願いしたいのですが、ぶっちゃけ、私は働きたくありません。
時々こんな事を言われます。
「え〜ヒショ子さんって何でも出来そうなのにぃ!」
……はい? いえいえ、出来ませんけど? 百歩譲って出来たとして、しませんけど?
面倒くさいです。だから基本グータラ出来る仕事を選んだのですが……最近の悩みの種として、最上階の方が私に仕事を増やすのです。勘弁してほしいです。かなり大袈裟にチップくれるから、それはそれでありがたいのですが……やはり、私は働きたくありません。
ここで朗報。その方、学校に行くらしく、そこで異世界人だとかとても貴重な情報も入手出来ましたが関係ありません。
やったー休めるんるんー!
日頃の行いが良かったからに違いない。酷使した体には休息が必要です。今日の私は完全オフ。ベッドに入って夢の中に微睡みます…………………………………………………………………
「……暇、かも」
……あれれぇ?