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86話「代行」

 チャイムが鳴り響き、午前の授業が終わりを告げた。

 同時にニーナがヘナヘナと机に崩れる。


「うぅ~、初日からいきなり宿題なんて、ツイてないなぁ。ボクこんなの分かんないよ・・・・・・。」


 呆れ顔のリーフが溜め息を吐く。


「ニーナ、今日の宿題は去年までの復習なんだから、キチンとやらないとダメよ。」

「そうは言ってもさぁ~・・・・・・。なんで宿題なんかあるんだろ~・・・・・・。」


 気持ちは分からんでもない。

 俺も子供の頃何度同じ事を考えたか。

 ただ、基礎学科で出される宿題には重要な意味がある。


「宿題がなかったら基礎学科も試験結果で進級が決められる事になると思うけど・・・・・・それでも良いの?」

「ぅ・・・・・・それはもっと困る。」


 基礎学科の試験は進級に影響を及ぼさないが、一~二週間毎に出される宿題を提出しなければ容赦無く落第となるのである。

 まぁ、それさえやっていれば例えテストが0点だろうが進級出来るので、楽と言えば楽だが。

 しかもその宿題さえ、名前を書いて白紙で出しても通ってしまうのだ。ただし成績はお察し。


 クラスメイト達が昼食の為に教室を出て行く中、一人の生徒が俺の席の前に立った。

 名前はローウェル・・・・・・なんとか君。橙色の少し長めのくせ毛と薄い緑色の瞳がトレードマーク。

 背恰好はヒノカやリーフに近いので年齢もそうだろう。

 どこだったかの貴族の子で、俺の顧客だ。

 気弱そうではあるが、顔立ちも良く女子達から人気がある。


「あ、あの、アリューシャちゃん。またお願いして・・・・・・いいかな?」


 いつも通りオドオドとした口調でそう言うと、俺の机に宿題の用紙と銀貨一枚を置いた。


「あぁ、ごめんねローウェル君。今年から銀貨四枚になるから前金は銀貨二枚でよろしく。」

「ええっ!? ど、どうして!?」


「最初に授業が難しくなってきたら値段上げるって伝えたけど?」

「だ、だとしてもいきなりそんな・・・・・・!」


「二年生の間は据え置きにしてたし、良いでしょ? ダメなら他を当たってくれても構わないけど。」

「ほ、本当に他の人に頼んじゃうよ!? ホントだよ!?」


「うん、いいよ。」

「う・・・・・・うぅ・・・・・・ば、ばかーーー!!」


 銀貨と宿題用紙を引っ掴み、怒った彼女の様な捨て台詞を残してローウェルは駆けて行ってしまった。

 その様子を隣で見ていたリーフが話しかけてくる。


「お金を受け取って宿題を代わりにやるなんて感心しないけれど・・・・・・、本当に良かったの?ずっと頼んできていた子じゃない。」

「ん~、まぁ・・・・・・確かに楽に稼げるけどね。私ばっかり稼いでても悪いし。」


 俺はギルドの仕事でも稼げるため問題ないが、そうでない者にとっては重要な収入源でもあるのだ。

 だから高めの値段に設定しているのだが、宿題の評価も成績に影響するので、金回りの良い貴族は成績の良い俺にそれでもと頼んできたりする。

 宿題を代行させるような奴が試験で良い成績を残せるはずはないのだが、その分を宿題の方で挽回させようという胆なのだろう。


 学院側は宿題の代行については黙認している。

 誰かのを写そうが誰かにやらせようが、提出さえすれば問題ないのだ。

 金もコネも実力の内・・・・・・というのが建前。

 貴族の子が落第やら成績が悪かったりすると五月蠅いので、「だったら金で解決しろや」というのが本音である。

 ちゃんと勉強すれば良いだけの話なんだけどね。


 リーフと会話しながら教室を出る準備をしていると、駆けて行ったローウェルに代わって金髪ドリルツインテが特徴的な少女が俺の前に立つ。


「ちょっと良いかしら、アリューシャさん?」


 名前は確か――


「えーっと・・・・・・シェラーテさんだっけ?」


 家名は知らないが、普段の立ち居振る舞いから貴族であるということは分かっている。


「そうよ、枠が空いたのなら私の分をお願いするわ。」


 彼女が俺の机に銀貨二枚と宿題の用紙を並べた。


「ご新規さんは銀貨六枚で前金は三枚ね。」

「あら、そうでしたの。・・・・・・これで構わないかしら?」


 何食わぬ顔で机の上の銀貨を一枚増やす。

 こんなものに銀貨六枚も出すなんて、随分太っ腹だな。


「ていうか・・・・・・シェラーテさんには、いつも頼んでる子がいなかったっけ?」

「貴女の方が成績が良いもの。」


「そ、そう・・・・・・分かったよ。お金を払ってくれるなら私も文句は無いし。」

「良い心掛けよ。それじゃあお願いするわね。」


 そう言って彼女はさっさと教室を出て行ってしまった。

 心の中で仕事を奪ってしまった誰かに謝罪しつつ、銀貨を財布に仕舞う。

 別に断っても良かったのだが、それはそれで面倒事が増えるのだ。


「呆れを通り越して感心しちゃうわ、全く。」

「私もまさかあの値段で頼まれるとは思わなかったよ。断られると思ってたんだけど。お金持ちの金銭感覚は分からないね・・・・・・。まぁ、お陰で私達のご飯が豪華になるんだし。」


「他の人はどれくらいで引き受けているのかしら?」

「それは分からないけど・・・・・・さすがに銀貨六枚とかは居ないでしょ。・・・・・・多分。」


「ボクのもついでにやってよアリスぅ~。」

「だーめ、ニーナはちゃんと自分の力でやらないと。」


「はぁ~・・・・・・ボクも貴族に生まれていればなぁ~・・・・・・。」

「いや、例えニーナが貴族でも自分の力でさせるからね。」


「ええーっ!? けちー! じゃあフラムはどうなの? フラムだって宿題なんかやりたくないよね?」

「え・・・・・・ゎ、私は・・・・・・その・・・・・・。」


「やりたくないのは皆一緒だよ。私だって面倒だし。でも、例えば剣の稽古を代わりに他の人にやらせたって、ニーナが強くなる訳じゃないでしょ?」

「そりゃあそうだけどさ・・・・・・。」


 ぐずるニーナにヒノカが一言言い放つ。


「それより、さっさと支度しないと置いて行くぞ、ニーナ。」


 ニーナがぐずっている間に皆は片付けを終えていたのだ。

 慌てて机から立ち上がるニーナ。


「えっ、ま、待ってよヒノカ姉ー!」


*****


 初日の授業が全て終わって寮の部屋で寛いでいるとノックの音が部屋に響き、リーフが立ち上がった。


「誰かしら?」

「んー、誰かと会う予定はなかった気がするけど・・・・・・。」


 皆も首を横に振り、思い当たる節が無い事を告げる。


「まぁ・・・・・・出てみれば分かるわね。」


 リーフが扉を開き、客人に応対した。


「あら、貴方は・・・・・・少し待っていてね。」


 こちらへ向き直ったリーフと目が合う。


「アリス、貴女のお客さんよ。」

「はーい。」


 リーフに呼ばれ扉の外へ出ると、ローウェルの姿があった。


「どうしたの、ローウェル君?」

「あの・・・・・・アリューシャちゃん。さ、さっきは・・・・・・酷い事言ってご、ごめんなさい。や、やっぱりアリューシャちゃんにお願いしたくて・・・・・・。」


 酷い事・・・・・・? 何か言ってたっけ?

 ローウェルが宿題の用紙を差し出す。


「別に気にしてないから良いけど・・・・・・枠はもう別の人で埋まったから締め切ってるんだよ、ごめんね。」

「そ、そんなぁ! お、お願いだよアリューシャちゃん! お金なら払うから!」


 俺の手を取り、瞳をウルウルさせながら詰め寄ってくるローウェル。

 傍から見れば立派な通報案件だ。

 そんな職質まっしぐらなローウェルに意外なところから援護射撃が届いた。


「はぁ・・・・・・良いじゃないアリス。一人くらい増えても手間は大して変わらないのでしょう?」


 側でやりとりを見ていたリーフである。


「それは、そうだけど・・・・・・。」

「お、お願いします!」


「仕方ないか・・・・・・。新規の人は銀貨六枚だから、前金は銀貨三枚ね。」

「ええっ!? さ、さっきは四枚って・・・・・・。」


「一度契約切ったでしょ。嫌なら他の人に――」

「ご、ごごごごめんなさい、アリューシャちゃん! お金なら払いますからぁ!」


「まぁ、いいか・・・・・・今まで頼んでくれてたし、銀貨五枚にまけてあげる。前金は三枚ね。」

「ほ、ほんとに!? ありがとう!!」


 安堵の笑みを浮かべるローウェルから銀貨と用紙を受け取る。


「あ、あの・・・・・・アリューシャちゃん。また、仲良くしてくれるよね?」

「ん?あぁ、今後とも宜しくお願いします。」


 俺の返答を聞くと、それは嬉しそうにローウェルは駆けて行ってしまった。

 その後ろ姿が消えたのを確認し、リーフがポツリと漏らす。


「・・・・・・行っちゃったわね。」

「わざわざ高いお金出して私に頼まなくてもいいのにね。でもリーフがあんなこと言うなんて思わなかったけど。」


「見ていたら気の毒に思えてきてね・・・・・・。あの子、アリスの事が好きなのよ。」

「いや、流石にそれはないと思うけど。」


 相手は貴族の”女の子”だぞ。

 特殊な事情があるのか、男として振る舞っているようなので、一応男として接してはいる。

 貴族の女の子で俺の事を好きだと言ってくれる子が身近にいるけれど、その好意は家族へ向ける様な親愛に近い物だ。

 ミアに触発されて少々おかしな方向に行ってしまっているが。


 確かにこの世界では禁止されていないため、同姓婚も可能ではある。

 しかし、それは王族や貴族が所謂政略結婚のためにと黙認しているだけであり、少数派であることに変わりない。

 それに結局、同姓同士の政略結婚の場合は跡取り問題もあるため、大抵は嫁ぐ側の遠い血縁女性が妾となる。

 家柄の交わりを男性、血の交わりを女性が担っている訳だ。

 要するに”抱き合わせ”という以外は普通の結婚と同じなのである。


 難しい顔をしている俺を、くすくすとリーフが口を押さえて小さく笑った。


「ふふっ、自分の事には鈍いのね。」

「それなら・・・・・・もうちょっと吹っかけても良かったかな?」


「・・・・・・鬼ね、貴女。」

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