84話「サラサの苦悩」
扉をノックすると扉が少しだけ開き、サラサが顔を覗かせた。
「何しに来たのよ。」
見事なツンぶりだが、やはりどこかキレが足りない。
ジトリとこちらを睨むサラサに答える。
「いや、サラサどうしてるかなと思って・・・・・・。」
「どうもしてないわよ。」
「そ、そう・・・・・・はは・・・・・・。」
会話が続かねぇ。
「えっと、その・・・・・・暫く経つけど、ここでの生活で困ってる事とか無い?」
「別に・・・・・・ないわ。」
「なら・・・・・・良いんだけど。」
サラサが少しだけ開けていた扉を人が通れる程まで開く。
「そんなとこ立ってないで入りなさいよ。」
「う、うん・・・・・・お邪魔します。」
何となく断れないまま部屋の中へと招き入れられる。
うぅ、気まずい。
サラサに促されるままベッドへと腰を下ろした。
隣にサラサが座る。
・・・・・・いや、普通に椅子があるのに何でベッドに?
ちょっと距離近くない?ひょとしてデレ期?
戸惑っていると、サラサの唇に触れるように軽く唇を塞がれた。
「ちょ!?な、なに!?」
「本当に柔らかいのね、ソフィアの言った通り。」
なんつー情報を共有してんだ!
「い、いやいや!何で!?何してんの!?」
「アンタを気持ち良くさせるのが奴隷の仕事なんでしょ。大丈夫よ、ソフィアに習ったから。」
何を教えてんだよ!
やっぱり二人を一緒の部屋にしたのは間違いだった!
じりじりと距離を詰めてくるサラサに追い込まれていく。
「そ、そういう問題じゃなくてさ。そんな事しなくて良いって言わなかったっけ?」
「別に私は構わないわよ。」
「いやいや構う構わないの問題じゃなくてね!?」
腕を掴まれ、抵抗虚しくベッドの上に押し倒される。
強化魔法を使わないとやっぱこんなもんか・・・・・・。
「嫌なら、鞭でも打って私を躾ければいいわ。」
「そ、そんな事しないよ!」
「どうして?当たり前の事よ?」
「そうかも、しれないけどさ・・・・・・。」
「なら、そうすれば良いじゃない。誰も文句は言わないわ。」
「だからしないって!そういう問題じゃないし!」
「だったら・・・・・・っ。」
「サラサ・・・・・・?」
俺を押さえる手にぎゅっと力が入る。
「だったら・・・・・・っ!アンタは私に何をさせたいのよ!!」
「えーっと、それは・・・・・・。」
そもそも人質として連れて来たのだ。何かさせようなどとは思っていない。
大人しくしててくれるのが一番ではあるが。
「特に無い・・・・・・かな。」
「何よ・・・・・・それ!じゃあどうしてソフィアは働かせているのよ!!」
「ソフィアにはお願いして働いて貰っているからね。給料も出してるし、勿論本人も了承済みだよ。」
「それなら・・・・・・私は一体・・・・・・何なの?」
「一応人質・・・・・・だし、大人しくしててくれれば有難いけど・・・・・・ずっと何処かに閉じ込めたりするつもりはないから、無茶でない範囲なら自由に――」
「ふふっ・・・・・・そう。結局ただの邪魔者ってわけね、私は。」
「いや、そういう事じゃなくて――」
「じゃあ、どういう事なの?」
「うぅ、それはその・・・・・・働くよりゴロ寝でもしてたほうが良いかなと思って・・・・・・。」
「・・・・・・は?」
「いや、だって人質なんだし・・・・・・寝る所もあるしご飯も勝手に出てくるんだし・・・・・・そっちの方が良いでしょ?」
夢のニート生活である。
「か、勝手に決めないでよ!」
「え、嫌なの!?えっと・・・・・・じゃあ何か仕事する?」
「別にそんな事は言ってないわよ!」
まぁ、確かにサラサの気持ちも分からないでもない。
やる事が無いのである。
言われてみれば、この部屋にはパソコンもネット環境も積み上がったゲームも漫画もないのだ。
俺がそんな所に閉じ籠ってたら早々に発狂しそうな気がする。
同室のソフィアは仕事で殆ど居ない上に、人質という立場。
寂しさや不安、そういうものがストレスとなってしまっているのだろう。
ソフィアと同様に何か役割を与えた方が良いのかもしれない。
「まぁまぁ。えっと・・・・・・読み書き出来るならソフィアと一緒に先生とかどうかな?」
「でき・・・・・・ないわよ。」
「じゃ、じゃあ料理・・・・・・とか?」
「うぐっ・・・・・・。」
「な、何か出来そうな事は・・・・・・?」
「・・・・・・。」
知ってた。
やはり”これ”しかないのか。
本人も出来るという自覚があるからこうしているのだろうし。
小さく深呼吸し、腹を決める。
「じゃ、じゃあさ・・・・・・サラサ。」
「な、何よ。」
「その・・・・・・わ、私の事、き気持ち良くして・・・・・・くれるんだよね?」
振り絞った声は思ったよりも上擦ってしまった。
どこの生娘だよ。身体は現役バリバリの生娘だけれども。
数秒固まってその言葉の意味を理解したサラサの顔がみるみる紅く染まっていく。
「な、ななななな何を言ってるのよ!!アンタまだ子供でしょう!?」
「え・・・・・・えええぇぇぇ・・・・・・。そもそも押し倒してるの、サラサだよね?」
「こ、ここここれはその、い、嫌がらせよ!アンタへの!ふんっ!」
ともあれ、俺の身体は解放された。
俺の貞操はまたも護り抜かれたのだ。
押さえられていた腕には薄く痣が出来ており、それを見たサラサが心配そうな声を上げる。
「あっ・・・・・・だ、大丈夫・・・・・・なの?」
「ん?これくらい平気だよ。案外優しいんだね、サラサ。」
「別に・・・・・・そんな事ないわ。」
表情に影を落としたサラサに努めて明るく話しかける。
「あぁ、そうだ。別に仕事をしてもらう必要もなかったね。」
「どういう事よ?」
「サラサもソフィア達の授業に参加して勉強しなよ。」
「・・・・・・ダメよ。きっとソフィアが嫌がるわ。」
「どうして?」
「パパがあんな酷い事してたなんて・・・・・・あんなの、どうやって謝れば良いのよ・・・・・・。」
ソフィアの傷痕を目の当たりにして思う所があったようだ。
どうってことない痣に過剰に反応したのもその所為か。
確かにソフィアはラムスの奴隷であったが、同じ女性に対する仕打ちとしてはあまりにも酷いものだった。
ただそれはサラサが関与したわけではないし、言ってしまえば関係ないのだ。
その子供が憎いという心情は理解できるが、今のソフィアならばきっと問題無いだろう。
「大丈夫だよ。それにソフィアがサラサの事とっても心配してたよ。」
「しんぱい・・・・・・?」
「うん、最近元気がないからって。私もごめんね。私の事嫌いだろうと思って避けちゃってたから。」
「いいわよ、別に・・・・・・。アンタなんか嫌いだし。でもまぁ、いいわ。アンタの言う事聞いてあげる。」
「・・・・・・アリガトウゴザイマス。」
サラサは少し元気を取り戻し、教室にはまた一つ席が増える事になった。
少し不安ではあるが、ソフィアに任せれば大丈夫だろう。
多分。




