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83話「団員たちの日常」

 本格的な春が訪れて数日、新しい生命が息吹き始めた森に悲鳴が木霊した。

 声の主は五色の猫耳ヘアバンドをそれぞれ頭に付けた五人の男たちである。


「うおおおおおお!?何じゃこりゃあ!?何か数が多いぞ!?」

「フッ、春先になって魔物達も活発になってきているのだろうな。」

「ちょっとブルーちゃん!澄ました顔してないでその臭い肉さっさと燃やしなさいよ!」

「き、きっとお腹空かせてるんだなぁ。」

「・・・・・・・・・・・・来る。」


 五人を取り囲んでいたヴォルフ達が一斉に襲い掛かる。

 五人はパッと散り散りになり、それぞれの得物を手にヴォルフへと立ち向かって行った。

 以前であれば固まって迎え撃っていただけであったが、少しは頼もしくなったようだ。


 俺はその五人の戦いぶりを木の上から眺めつつ、触手でヴォルフを間引いていく。

 あくまで最低限であるが。


「・・・・・・背中がガラ空きだぞ、レッド。」

「すまねえな!グリーン!」


「イエローちゃん!そっち行ったわよ!」

「ま、任せるんだな。」


「燃え盛れ・・・・・・”火弾(フォムバル)”!フッ・・・・・・灰となって散るがいい、魔物ども。」

「うおあああ熱っ!!!ア、”水弾(アクバル)”!!おいブルー、てめぇ!森が燃えちまうじゃねえか!!」


「フッ・・・・・・その方が早く片付くだろう?感謝するんだな、レッド。」

「俺らまで灰になるだろうが!!!」


「フッ・・・・・・・・・・・・それもそうだな。」

「駄目だコイツ・・・・・・!!」


 少々五月蠅い奴らだが、声を出し合っているお陰で連携はそれなりに取れているようだ。

 まさか森の中で火の魔法をぶっ放すとは思わなかったが。


 まぁ、もともと全員がゴロツキの下っ端。

 頭の方は等しくカラッポなのである。

 夢よりも知識と経験を詰め込まないといけないだろう。


 騒がしいながらも堅実に戦い、ゆっくりと魔物の数を減らしていく。

 最後の一匹を倒した五人は一斉にその場にへたり込んだ。

 大半は逃げて行った、というよりは退いて行った感じだったが。


「や、やっと・・・・・・終わった!」

「ワ、ワタシももう・・・・・・ヘトヘトよ。」


 周囲に魔物の気配がなくなったのを確認し、五人の場所へ降り立つ。


「お疲れ。まぁ以前よりは良くなってるんじゃないか、五人とも。」

「ほ、本当ですか!?団長!!」


「レッドが六匹、ピンクが五、イエローが三、ブルーとグリーンが二匹ずつ。ブルーとグリーンは他の三人の援護に回ってたし、数値以上の働きはしてたと思うよ。」

「おおっ!!また自分が一番!!」


 ガッツポーズのレッドを横目にピンクが呟く。


「実力はこの中で一番なのに、何でレッドちゃんは試験受からないのかしらねぇ・・・・・・。」

「うぐっ・・・・・・!!心が・・・・・・折れそうだ・・・・・・!!」


 レッドは試験とか大会とか、所謂”本番に弱い”タイプなのである。

 それも極端に。

 そのため、五人の中で未だに一人だけ見習い冒険者のままなのだ。


「そんなことよりさっさと死体の片付けを始めろ、ほら!」


 俺に蹴られた五人がフラフラと立ち上がる。


「あ、あの・・・・・・団長サマ?ワタシ達が倒した数より多い気がするんですけど・・・・・・?」

「俺が倒した分も転がってるからな、十ほど。毛皮も綺麗に剥がせよ。」


「うぅ・・・・・・やっぱり・・・・・・。」


 ヴォルフの毛皮やらを剥いで売ったところで大した金にはならないが、それでも立派な収入源。捨て置くには勿体無い。

 その作業が終わる頃には空に紅みが差していた。


*****


 本部に戻った俺が教室に訪れると、リコが駆け寄って来た。


「ひめきしさまーっ!みてみて!」


 リコが掲げたノートにはびっしりと「ひめきしさま」の文字が並んでいる。

 ゲシュタルト崩壊を起こしそうだ。


「随分沢山練習したね。次は他の人の名前も練習しようか。」

「うん!」


「それで、リタはどうしたの?」


 教室には教鞭を取るリーフと頭を抱えるニーナ&サーニャしかおらず、リタの姿は見当たらないのだ。

 授業の時間はとっくに終わっているので問題はないが、リコと一緒じゃないのは珍しい。


「おねえちゃんは、りょうりしにいったよ!リコはまだダメなんだって・・・・・・。」

「あー、火や刃物があるからね。リコはもう少しお姉さんになってからだね。」


 こちらへ歩いてきたリーフが俯いたリコの頭を撫でる。


「そういう事よ。リタが料理を覚えたいって言うから、その間は私がこの子を見ているの。ほら、席に戻って、リコ。」

「はーい!リーフさま!」


「そっか、ありがとね。リーフ。」

「べ、別に・・・・・・そっちのおバカ二人の面倒を見るより楽だから構わないわよ。」


「うぅ~、なんでボクらまで~・・・・・・。」

「さんすうきらいにゃー!」


 確かにこの二人に教えるよりは楽かもな・・・・・・。


「に、ニーナさま、サーニャさま。リコもがんばるから、いっしょにがんばろ?」


「うぐ・・・・・・わ、分かったよぉ~・・・・・・。」

「し、仕方ないにゃ・・・・・・。」


 ニーナが此処に居るということは、団員たちは鬼教官二人に扱かれている訳か。

 とんだとばっちりである。

 とはいえ、サーニャは兎も角ニーナも三年生になったのだ。

 いくら基礎学科は卒業に関係無いといっても、もう少し出来た方が良いだろう。


「二人とも頑張ったら後で甘い物でも買ってあげるからさ、しっかりやりなよ。」


「おおっ!!やったー!」

「甘いのにゃ!食べるにゃ!」


「もう!また貴女はそうやって甘やかして!」

「い、いやまぁ・・・・・・その分やる気は出してるんだしさ、ね?」


 これ以上叱られては堪らないと、視線をリコの方へ向ける。


「リコの分もちゃんとあるから、二人をよろしくね。」

「はーい!ひめきしさま!」


「はぁ・・・・・・本当しょうがないんだから。」

「ご、ごめんなさい・・・・・・。」


「いいわよ、もう。いつもの事だし。それより、リタの方も様子を見てあげて。」

「うん、そのつもりだよ。」


*****


 厨房内は夕食時が近い事もあって大忙しだ。

 去年に比べて調理器具も増え、食器棚も半分以上埋まっている。

 ほとんど俺が作った土製のものだが。

 まぁ、土で作ったスプーンと器で食べても砂利が混じったりする事はないので問題はないだろう。

 それは俺自身でも幾度となく検証済みである。


 隅にリタとソフィアの姿を見つけ、近づいて声をかけた。


「頑張ってるみたいだね。ソフィアがリタに教えてるの?」


「はい、そうです。ご主人様はいかがなされましたか?」

「ひ、姫騎士さま!?あ・・・・・・痛っ!」


 慌てた拍子にリタの手元が狂い、彼女の持っていたナイフがその指に赤い筋をつくる。


「だ、大丈夫!?リタちゃん!?」

「大丈夫・・・・・・です。ごめんなさい、ソフィアさん。姫騎士さまも、申し訳ございません。」


「いや、こっちこそなんかごめん・・・・・・。治すから指見せて。」

「い、いえ、でも・・・・・・。」


 渋るリタの手を有無を言わさず取り、治癒魔法をかける。

 これぐらいの傷であれば何の問題もない。

 リタの白くて細い指は何事もなかったかのように綺麗に元通りになった。


「ぁ・・・・・・ありがとうございます、姫騎士さま。」

「良いよ別に。それより、ソフィアは料理も出来たんだね。」


「母に少し習った程度ですので、簡単なものしか出来ませんが・・・・・・。」

「それで十分だよ。料理出来る人が増えれば、あっちも楽になるだろうしね。」


 目線を向けた調理場の方では作業が佳境に入ったようだ。

 あんまり長居しても邪魔になりそうだな。


「えっと、サラサは来てない・・・・・・のかな?」

「お嬢様なら、その・・・・・・お部屋の方におられます。」


「そっか、ならそっちも様子を見て来ようかな。」

「あ、あの!ご主人様!」


「どうかした?」

「お嬢様・・・・・・最近元気がないご様子で・・・・・・。」


 サラサを奴隷にして一週間近く。

 最初の内はツンツンした態度にも覇気があったが、確かに最近は少し大人しい感じがする。

 落ち着いた、というよりは落ち込んでいるという感じだ。

 突然周囲を取り巻く環境が一変してしまったのだし、無理もないだろう。

 時間が解決してくれるのかもしれないが、やはり放ってはおけないか。


「分かった。少し気に掛けてみるよ。」

「宜しくお願いします、ご主人様。」


 深々と頭を垂れるソフィア。

 それは純粋にサラサを心配してのものだろう。

 二人の仲については少し憂慮していたが、問題は無さそうだ。

 一緒の部屋にして正解だったかもな。

 まぁ、部屋が無かっただけなんだけど。


「うん、そっちもリタをお願いね。頑張って、リタ。」

「は、はい!ありがとうございました、姫騎士さま。」


 俺は厨房を後にし、サラサの居る部屋へと足を向けたのだった。

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