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68話「黒マント」

 課外授業は早くも三日目。

 特に何事も無く、俺達は折り返し来た道を広場に向かって戻っている。

 魔物とも何度か遭遇したが、三年や四年の追撃から逃れた残党と思われる手負いのゴブリンやオーク1~2体といった散発的なものだった。

 正直退屈ではあるが、これが本来の課外授業なのだろう。

 学年が上がればまた変わるのかもしれないが。


 若干緩んだ空気の中、サーニャがピクピクと耳を動かしながら声を上げる。


「あっちの方から何か来てるにゃ。」


 サーニャが指した方角は北東。

 帰り道とは逆方向である。


「数は分かる?」

「う、うーんと・・・・・・犬っころがいっぱいにゃ!何か追ってるみたいにゃ。」


 指が足りなくなったらしい。

 サーニャの「いっぱい」はあまり当てにならないが、ヴォルフの一団が狩りでもしているようだ。

 その狩りが終わればこちらを襲ってくる可能性もある。

 ヴォルフは皆戦い慣れた相手なので数は問題ではないだろう。油断は禁物だが。


「何を追ってるか分かる?」

「うーん・・・・・・魔物じゃないみたいにゃ。ヒト・・・・・・かにゃ?」


 サーニャの”さんすう”は当てには出来ないが、感覚は別である。

 人と言い切らないという事は人ではないのだろう。

 つまり、人に近しい何かが追われているという事になる。


「人っぽい何か・・・・・・。亜人か獣人?」

「そういう感じでもないけど・・・・・・多分そうにゃ。」


 要領を得ない答えだが、サーニャも戸惑っているようだ。


「ふむ・・・・・・それで、どうするのだ?」

「ヴォルフなら何とかなると思うし、助けに行こう。今度は犬耳ちゃんに会えるかもしれないしね。」


「もう、貴女はまたそんなこと言って!」

「じょ、冗談だよ。クラスメイトの可能性もゼロって訳じゃないからね。」


「退屈だったし、ボクは賛成だよ!」

「・・・・・・うん、わたしも賛成。早く助けに行こう。」

「こ、怖い思いをしてる人がいるなら、は、早く助けなきゃ・・・・・・!」


「そうだね、少し急ぎ足で向かおう。サーニャ、先導お願い。」

「任せろにゃ!」


 俺達はサーニャを先頭に、北東へと進路を切り換えた。


*****


 ヴォルフの一団に追われていたのは、それはそれは怪しい人物だった。

 この暑い中フードの付いた黒い毛皮のマントを目深に被り、全身を隠している。

 僅かに見える足元には何も履いていない。

 つまり裸足でこの森を掛け抜けて来たのだろう。

 その肌は病的なまでに青白く見える。


 考察を他所に、その人物を後ろ手に庇うようにヴォルフ達と対峙する。


「ねぇ、貴女大丈夫なの?」


 返事も出来ないのか、へたり込んでぜぃぜぃと荒い息を吐いている。

 ぱっと見た所大きな怪我はしていないようだ。


 相変わらず顔は確認できないが、息遣いや身体のラインから女性である事が見て取れる。

 背丈はヒノカ程あったので、近い年齢の少女かもしれない。


「来るぞっ!」


 じっくり観察はさせてくれないらしい。

 刀を抜き、触手を起動する。


「ニーナ、リーフ。その人をお願い!」


「分かったわ。」

「えーっ、ボクの出番は!?」


「昨日散々暴れたでしょ!」


 触手で先頭を切っていたヴォルフを絡め取って絞め殺す。

 その死体を後続集団に投げ付けてやる。

 それを避けるように道を開けるが、何匹かが態勢を崩す。

 そこへ強化した脚で地を蹴って斬り込み、刃を奔らせた。


 四匹を屠り集団を突っ切って振り返ると、ヴォルフ達もUターンしてこちらへ突進してくる。

 地面に手を着いて魔力を流し、ヴォルフ達の目の前に土壁を作り出した。

 次々に壁に衝突するが、それは余り大きなダメージを与えることは出来ない。だが――


「”氷矢(リズロウ)”!」


 足を止めた集団にリーフの放った氷の矢が降り注いだ。

 こちらからは壁で見えないが、あれで殆ど片が付いている。

 壁を解除し、まだ残っていたヴォルフを混乱から回復しない内に斬り捨てた。


 これで十数体は倒したが、まだ数は多い。

 俺は刀を握り直し、次の集団へと目を向けた。


*****


「居なくなった?」


 ヴォルフの一団を片付けると、先程の人物は忽然と姿を消していた。

 来ていた黒い毛皮のマントを残して。


「そ、そうなの・・・・・・ごめんなさい。」

「ボ、ボクだってちゃんと見てたんだよ!?」


「気にしないで、二人とも。サーニャ、どこに行ったか分からない?」

「にゃ~・・・・・・近くには居ないみたいにゃ。」


「ふむ・・・・・・逃げてしまった、のか?」

「でも、どうしてマントを置いて行ってしまったのかしら?」


「暑いからじゃない?」


 クソ暑いし、脱ぎ捨てたくなる気持ちも分からんでもない。

 フラムが確かめるようにマントを撫でる。


「で、でもこれ・・・・・・す、すごく良い毛皮だよ。」


 俺に毛皮の値段なんて分からないが、貴族であるフラムが言うのであれば間違いはないのだろう。

 持ち上げて広げてみると、縫い目が荒く、お世辞にも良い仕事とは言えない。


「・・・・・・作りは結構雑だね。」

「ぅ、うん・・・・・・ちょっと勿体無い・・・・・・かも。」


 マントを持ち上げた拍子に、包まっていた何かが転げ落ちた。


「何これ、石?どっかで見たような・・・・・・?」


 ニーナが拾い上げたのは黒曜石のような黒い石だった。

 見た事があるというのは間違いではない。

 黒いオークを倒した時に手に入れた物と似ている。


「えっ・・・・・・あのオークの!?あわわ!」


 ニーナが放り投げた石をキャッチし、土のカプセルに納めた。

 こいつもサンプルとして渡しておけば良いだろう。


「まぁ、居なくなったのは仕方が無いし・・・・・・とりあえず、後片付けかな。」


 周囲に散乱するヴォルフの死体を見回す。


「はぁ・・・・・・やっぱりそうなるのね。」

「毛皮を剥いでる時間はなさそうだし、焼却処分だけにしよう。・・・・・・面倒だし。」


「こ、このマントは・・・・・・どうするの?」

「んー、持って帰ろうか。作り直せば高く売れるかもしれないしね。」


「い、良いのかしら?」

「いいのいいの。冒険者なら皆、置いてった方が悪いって言うよ。まぁ、助けた報酬ってことで。」


 石の入ったカプセルは俺の鞄へ、黒いマントは折り畳み、荷車に載せた。


「それじゃ、さっさと片付けようか。」


*****


 その後は特に問題が起きる事も無く、二度目の課外授業は無事に終える事が出来た。

 戻ったのはかなり時間ギリギリになってしまったが。


 ともあれ、無事に学院へと帰って来た俺は、その足でレンシアの元に訪れていた。


『で、またコイツを拾ったのか。』


 レンシアが手渡された石を手で弄ぶ。


『ああ、今回は魔物じゃなくて女の子が持ってた。』

『ほう、女の子とな?』


『いや、顔も見てないから実際のところは分からんけどな。背恰好は女の子っぽかった。』


 持ってきた黒い毛皮のマントを広げて見せる。


『その子がこのマントを着てたんだけど、何の毛皮か分かるか?』


 レンシアが毛皮を摘まみ、マジマジと観察を始めた。


『良い毛皮だと思うが・・・・・・何の毛皮かは分からんな。』

『うちのパーティに居る貴族の子も分からんみたいだったわ。てか、毛皮の良し悪しなんか分かるのな。』


『この世界に来て長いしな。仙人とか呼ばれてもおかしくないぐらいには。』

『ロリ仙人様とか呼んだ方が良い?』


『微妙な響きだな・・・・・・。ま、とにかく石とマントは預からせてもらうぜ。』

『ああ、何か分かったら教えてくれ。』


 片手でおざなりに別れを済ませ廊下へ出ると、フラムが所在無さげに立っていた。


「どうしたの、フラム?」

「な、何か分かったのかな・・・・・・って。」


「学院長先生も分からないから調べてくれるって。」

「そ、そっか・・・・・・。」


「戻ってきたらフラムが好きに使うといいよ。」

「ぇ、ぁ・・・・・・で、でも・・・・・・。」


「良い物だって言われても正直私には分からないし、価値の分かるフラムが好きにするといいよ。皆もそれで構わないってさ。」

「あ・・・・・・ありが、とう。」


 フラムも女の子。ましてや貴族だ。

 そういう物には興味を惹かれるのだろう。


*****


 件のマントは約一週間後に戻って来た。

 この毛皮は、空気中の魔力が濃く、人が踏み入れる事が出来ない領域――未実装エリアと呼ばれる場所に棲む魔物の毛皮であるという話である。

 『未実装エリア攻略し隊』と呼ばれる魔女の一団からの情報なのだそうだ。

 その魔物は六本の足を持った黒獅子で、ブラックカイザーと呼ばれているらしい。

 命名は第一発見者の魔女とのこと。・・・・・・これはどうでも良い情報だな。


 人が使っても特に問題は無く、むしろ良い毛皮なので大事にするように、との事だ。

 だから分かんねえよ。


 まぁ、フラムの喜ぶ顔が見れて良かったとしよう。

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