67話「北の森」
レンシアの街の北に鬱蒼と広がる森。
手付かずの自然・・・・・・と言えば聞こえは良いが、要は未開拓なだけである。
その所為か魔物の数が多く、駆除しても一向に減る気配はない。
そして、今年もその季節がやってきた。
腕自慢の連中はここぞとばかりに張り切っているが、うちのパーティメンバー達の表情は複雑だ。
お世辞にも良いと言える思い出なんて無いのだから仕方がない。
かく言う俺もその一人。
今年は無事終われるように祈るばかりだ。
とはいえ、去年の事は相当なイレギュラーらしいので、そう気負う事は無いのだが。
課外授業は毎年夏の終わりに全学年で行う。
四年生から一年生まで順に一週間毎の日程となっている。
当然最初の四年生が一番大変で、怪我人も多い。
三年生は魔物の数が減っている分楽だが、次の二年生の支援をするため連続で出動となり、こちらも大変らしい。
二年生は三年の、一年生は四年の支援を受けながらの訓練が主な課題だ。
慣れている冒険者達なんかは三年や四年のように魔物駆除を選択する事も可能になっている。
じめじめと湿った温度の高い空気が漂う森を抜けて広場へ到着した俺達は、既に汗でべとべとになっていた。
背負った荷物を木陰へ降ろし、その上に腰を落ち着ける。
制服を摘まんでパタパタと中へ空気を送り、その暑さに抵抗を試みるもあまり意味を為さない。
「う~、まだ暑いね・・・・・・。」
「全くね・・・・・・森の中はもう少し涼しいと思ったのだけれど。」
「ある~、お水欲しいにゃ~・・・・・・。」
「もう飲んじゃったの?しょうがないなぁ・・・・・・。」
サーニャの空になった水筒を受け取り、中を水と氷で半分ほど満たす。
「何入れてるにゃ?」
「塩だよ、汗掻いちゃうからね。」
水筒の口から一つまみの塩をさらさらと落とす。
熱中症対策というやつだ。
「えぇ~っ、あちし甘いのが良いにゃ!」
果汁と蜂蜜を溶かした水を出発前に水筒に入れておいたのだが、流石にそれらの材料は持って来てはいない。
「私のがまだ残ってるから、これで我慢してね。帰ったら作ってあげるから。」
三分の一ほど中身の減った水筒をサーニャに渡し、代わりにサーニャの持っていた水筒を鞄に仕舞う。
「他の皆は大丈夫?」
「ボクのもお願い。」
「わたしも。」
「ぁ、あの・・・・・・。」
差し出された三つの水筒に同じ様に水と氷で半分ほど満たし、塩を一つまみ入れる。
「ヒノカとリーフは大丈夫?」
「ああ、まだ半分残っている。」
「私も大丈夫よ。」
「分かった。必要ならその時に言ってね。」
汗も若干引いてきたところで、次の算段をつけるために顔を合わせた。
「さて、これからどうしようか?」
「ふむ・・・・・・何か案はあるか?」
ヒノカの言葉にリーフが少しだけ考える素振りを見せる。
「そうね・・・・・・去年は北へ行ったし、東か西かという所かしら。」
「此処からなら東側が近いな、そちらへ向かうか?」
「反対意見は・・・・・・無いみたいだし、そうしよう。」
すっかりぐだっているニーナ達を見てリーフが溜め息を吐いた。
「はぁ・・・・・・貴女たち、話聞いてたの?」
「大丈夫だよ~、ボクらもそれでいいよ~。」
「まぁ、もう少し休んでからの方が良さそうだね。」
「賛成にゃ!」
*****
森を進むうちに、陽の光に朱色が混じり始めてくる。
三年生が頑張ってくれたおかげか、魔物に出会う事はなかった。
「そろそろ野営の準備をしないといけないわね。」
「そうだね、さっき見つけた場所まで戻る?」
「まだ少し時間はあるし、そうしましょう。」
踵を返し、見つけていた野営地跡へと辿り着く頃には空は真っ赤に染まっていた。
野営地跡は最近のものらしく、四年か三年がここで野営を行っていたのだろう。
簡易テントを二つ広げて火を熾すと、陽の光が届かなくなった夜が照らし出される。
「今日の晩御飯は豪勢になったね。」
サーニャが仕留めた野ウサギのスープにキノコと山菜の炒め物。
勿論、毒じゃないのは確認済みだ。
それに携帯食も合わせれば腹は十分に満たされる。
「サーニャが頑張ってくれたおかげね。」
「頑張ったにゃ!」
温かいスープが夜の空気で冷えた身体を温めてくれる。
昼間は息苦しい程に暑くても、夜になれば少し肌寒い。
食事を終えた俺達は、それぞれ見張り組とテント組に別れた。
最初の見張りは俺とフラム。
時折ぼそぼそと小声で会話をしながら、火を絶やさないように枯れた木の枝を適当にくべていく。
「フラム、お茶でも淹れようか?」
小さな欠伸を噛み殺したフラムに声を掛ける。
「ぁ・・・・・・うん。・・・・・・あ、ぁりがとう。」
眠気覚ましにはコーヒーの方が良いのだろうが、見張りが終わった後に眠れなくなっては困るので、リラックス効果があるとか言われているお茶を淹れる事にした。
コーヒーは最後のヒノカとニーナに残しておけば良いだろう。
ちなみにこの世界にはコーヒー豆は存在していない。
コーヒー茶葉を乾燥させて粉末にしたものをお湯に溶かす、所謂インスタントコーヒー的なものである。
色も香りも効果も元の世界で飲んだ物と遜色ない。
まぁ、味の良し悪しは分からないので、どっかのファーストフード店で飲むコーヒーと何ら変わらない、とでも言っておこう。
コーヒー豆を作ろうと研究している者達がいると聞いたこともあるが、まだ結果は実っていないようだ。
出来上がったお茶を口に含むと、甘い香りが口内に広がる。
「ぉ、おいしいね、これ。」
「そうだね、これは当たりかも。」
一息入れた後も眠い目を擦りながら見張りを続け、やがて交代の時間となった。
リーフとフィーを起こし、入れ替わりにテントへ潜り込む。
お茶の効果か、床に就いた俺達は時間を掛けずにまどろみの中へ落ちていった。
*****
テントから這い出すと、朝の光が寝ぼけ眼を刺激する。
「おはよー、アリス!」
「起きたか、アリスも飲むか?」
見張り番が最後だったニーナとヒノカだ。
鼻孔をくすぐるコーヒーの香りは、ヒノカの持つカップから漂ってきている。
「うん・・・・・・おはよ。」
立ち上がって森の空気を一杯に吸い込む。
気温はまだすこし低いが、身体を動かすには丁度良いくらいだ。
その頃には立ってるだけで汗が滴るような温度になっているだろうが。
コーヒーが注がれたカップを受け取り、焚火の前に腰を下ろした。
・・・・・・苦い。ミルクと砂糖が欲しいところだ。
焚火の上には俺製の土鍋が吊るされ、火に掛けられている。
「もう少しで朝食の準備ができるわよ。とは言っても、昨日の残りだけれど。」
それでも携帯食だけよりは上等だ。
リーフが土鍋の蓋を開けると、コーヒーの香りをかき消すように野ウサギのスープの匂いが広がった。
その匂いに釣られて、他の皆もテントから顔を出してくる。
「・・・・・・ごはん?」
「ごはんにゃ!」
「二人とも、もう出来るからフラムを起こしてあげて頂戴。」
「分かったにゃ!・・・・・・起っきろにゃー!」
「ふぇ・・・・・・、な、なに??」
「ごはんにゃ!」
「ぇ・・・・・・ぅ、うん?」
サーニャ達に引き摺られるようにテントから連行されるフラム。
「起きたにゃ!ごはんにゃ!」
「え、えぇ・・・・・・も、もうちょっと待ってね。」
いきなり連れて来られてびっくり顔のフラムに声を掛ける。
「おはよ、フラム。」
「ぉ、おはよう・・・・・・アリス。」
フラムは俺の隣が空いているのを見るや、小走りに隣へちょこんと座った。
「どぅ・・・・・・したの?」
「もうすぐ朝ごはんだって。」
騒いでいるサーニャ達の方を指差す。
合点がいった表情を浮かべるフラム。同時に「くぅ」と小さな音が聞こえた。
「・・・・・・はぅ。」
耳まで真っ赤に染め、お腹を押さえて俯いてしまったフラムの頭をそっと撫でる。
「私もお腹空いちゃったから、早く貰おう。」
「ぅ、うん・・・・・・。」
いつもより少し騒がしい朝だった。




