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54話「サマーダンジョン」

 熱い日差しが空から降り注ぎ、人でごった返した通りの温度をさらに上げる。

 こんな夏の日でも蝉の声が聞こえないのは少し寂しい。

 まぁ、聞こえたら聞こえたで鬱陶しいんだろうけど。


 俺達は辟易しながらも人の波を掻き分け、漸く目的の店へと到着した。

 繁盛しているようで、店構えが以前より少し大きくなっている。

 店の中に入り、恰幅の良い女店員に声を掛けた。


「こんにちは、お久しぶりです、おばさん。」

「おや、アリス達じゃないかい!ラビは今遺跡の方に行ってるから、少しだけ待ってておくれよ。」


「いえ、それなら遺跡の方に行ってみます。まだ宿も取れていませんし。」

「なら丁度良いね、ウチに泊まりなよ。部屋ならあるからさ。さぁ、上がった上がった!」


 グイグイと背中を押され、店の二階にある部屋へと通された。

 その部屋は母子二人で暮らすには随分と広い。

 流石に俺達七人ともなれば手狭になってしまうが。

 それでも全員が寝れるほどの大きさはある。


「驚いたかい?あの子が稼いで改装してくれたのさ。まぁ、この一部屋だけなんだけどね。」


 どうやら、この部屋は宿として経営しているらしい。

 とは言っても、まだ出来たばかりなので俺達が最初の客なのだと聞かされた。

 宿を探すのは難儀するかと思っていたので、有難く使わせてもらうことに。

 おばさんは俺達を部屋に案内したあと、店の方へと戻っていった。


 部屋に荷物を下ろして漸く落ち着く事ができた俺は、部屋にある窓から一年ぶりの街並みを眺める。

 街を貫く大通り、そしてそれを辿っていくと大きな遺跡。

 遺跡の中には【千の迷宮】と呼ばれる、迷宮を生み出す魔道具が存在しており、こうしている今も新たな探索者達がその迷宮へと足を踏み入れて行く。


 その遺跡を中心に広がった街を人々はこう呼ぶ。


 ―――迷宮都市ローグライク。


*****


 本日は自由行動とし、早速俺は一人で遺跡へとやってきた。

 ラビを探すためと、もう一つの目的のためだ。

 とは言え、この人混み。人を探しは簡単ではないだろう。

 そちらは後回しにし、もう一つの目的をさっさと済ませてしまう事にする。


 遺跡の中に入り、目的の場所へと歩を進めていく。

 碑文の部屋、と呼ばれている場所だ。

 迷宮への入り口が並んでいる場所とは離れているため、こちらへは観光客くらいしか来ないので人気は少ない。


 特に問題も無く部屋まで辿り着き、碑文を見上げた。


 この碑文には【千の迷宮】を造った神の言葉が刻まれているが、その言葉はまだ解読されていない。

 それもそのはず、その言葉は日本語で刻まれているのだ。

 そして、碑文に刻まれた文字が示しているモノ。

 【千の迷宮】のアップデート情報だ。


「変わって無い・・・・・・か。」


 以前に来た時と内容は全く変わっていなかった。

 つまりアップデート無し、ということである。

 間隔が十数年、酷い時は数百年空いていたりするので、アップデートがある方が珍しいのだが。

 まぁ、”アップデート無し”というのも立派な情報だ。


 目的の一つを果たした俺はラビを探すべく、遺跡の中を戻って行く。

 碑文(こちら)の方にラビは来ていないだろうと判断したためだ。

 だが、来た時と違って妙な雰囲気。

 遺跡の外の広場で何やら始まるらしい。


 手の空いている探索者達は皆そちらへ向かっているようだ。

 俺も付いて行ってみると、黒山の人だかり・・・・・・いや、黒髪は全然居ないな。

 ともあれ、背の低い俺では何が起こっているかサッパリ見えないので、街の子達に倣って近くの木に登る。

 広場の中心では縄で拘束された男が寝かされ、その両隣りには大きな斧を持った男が二人。


 人だかりからは「やれ!」だの「殺せ!」だのヤジが聞こえてくる。

 寝かされた男が何やら叫んでいるが、ヤジにかき消され、俺の元までは届かない。

 その男の額には真新しい罪人の焼き印。


 偉そうなお爺さんがお付きの人を伴い、人混みを割って現れた。

 懐から小瓶を取り出し、お付きに渡して指示を行う。


 拘束された男の口が無理矢理こじ開けられ、喉奥に小瓶の中身が流し込まれる。

 苦しげに男が悶え、その口からはゴボゴボと血が溢れ出した。

 斧を持った男が拘束された男を蹴り、うつ伏せに寝かせると、口内に溜まっていた血が地面に広がる。

 どうやら、吐いた血で窒息しないようにしたらしい。


 足の縄が解かれ、今度は別の拘束具で足を伸ばしたまま動かす事が出来ないように固定される。

 両隣りにいる男達の大きな斧が天高く掲げられ、動けない足へと容赦なく振り下ろされた。

 野次馬達から歓声が上がる。


 別の人間が傷口をきつく縛り、男の拘束を解いて担架に乗せ、その腕に切り落とされた足を抱かせる。

 担架はそのまま遺跡の中へと運ばれ、見えなくなった。


「・・・・・・何だったんだ、今の?」


 刑罰のようだったが、随分と重い。

 同じ様に木に登って見ていた少年に尋ねてみる。


「そんなことも知らないの、おまえ?」

「私、この街の事まだあまり知らなくて・・・・・・教えて欲しいな、ダメ?」


 今度は上目づかいで。


「しょ、しょうがねぇな~・・・・・・。いいか、今のはな―――」


 先程の男はどうやら、盗みを働いて捕まったらしい。

 罪に対して少々重い罰ではあるが、この街では特殊な事情がある。


 この街では、盗みを働く者はごく少数だという。

 まぁ、民度が高いから、なんていう話ではない。

 それはこの街に住む者全てを敵に回す行為だからだ。


 多くの探索者達は荷物を宿に預け、迷宮へと赴く。

 それを狙う盗人がいるとなれば、オチオチ探索なんて行けるはずもない。

 そして、そんな噂が広まれば【千の迷宮】を観光資源としているこの街だって黙ってはいられなくなる。

 新規の探索者が増えなければ、俗に言うオワコン化してしまうのだ。この街ごと。


 故に盗みを働いた者には見せしめも兼ねて、先程の【迷宮刑】が科される。


 罪人の喉を潰して足を切り落とし、その足を持たせて迷宮に放り込むのだ。

 そしてそこから無傷で脱出できれば放免となる。

 達成出来た者は居ないようだが。


 脱出するだけであれば、実は少しの強運があれば可能だ。

 魔物に出会わずに傷薬を拾えれば、それで喉を癒して”緊急脱出(エスケープ)”を唱えれば脱出成功となる。


 ただ、それでは”無傷で”とはいかない。

 足がまだ残っているのだ。

 その時点で脱出してしまえば、斬られた足はモノとして判断され、迷宮内に残されてしまう。

 そうなればもう、戻って来ない。ロストである。

 そして再度喉を潰され、もう一度迷宮に放り込まれるのだ。


 なので足の方も同じく傷薬で治す必要があるのだが・・・・・・。

 あの傷を癒すのに片手で数える程度で足りるかどうか。

 まぁ、効果の高い傷薬で千切れた手足がくっついたという事例はあるらしいので、それこそ神懸り的な運さえあれば無傷で脱出も可能だろう。


「―――ってことだ。わかったか?」

「うん、ありがとう。それと、ラビ・・・・・・ラビリスを探してるんだけど、見掛けなかった?」


「ラビならさっき家に・・・・・・って、その服でラビの知り合いってことは、まさか、でんせつの・・・・・・!!」


 どうやら俺達のパーティは知らぬ間に伝説になっていたらしい。


*****


 店に戻ると、ラビが出迎えてくれた。


「おかえり、アリス!」

「ただいま。久しぶりだね、ラビ。」


「えへへ、久しぶり!」


 早目に戻って来たので、部屋にはまだ誰も戻っていない。

 買い食いチームはまだまだ頑張るだろう。

 俺の要件はもう達成出来たので、皆の帰りを待ちつつ部屋でラビの話を聞く事に。


 彼女の話では、去年俺達が帰ってからも迷宮に潜ったらしい。

 もちろん、他の子供たちのように度胸試しとしてではない。

 俺が宣伝していたのを聞いて、試しにとベテランのパーティに混ぜて貰った事もあったそうだ。

 その時に結構な儲けがあり、店の改装したのだとか。


 それからはこの店の常連達からも誘われる様になり、パーティへの勧誘も少なくないという。

 とは言っても、まだ片手で数えられる程度しか潜っていないようだ。

 長ければ一回で月単位の時間が掛かるし、ラビくらいの子にとっては、街で家族や友達と過ごす時間はとても大切なのだしね。


「えっと・・・・・・一応聞いておくけど、明日からラビも一緒に来てくれる?」

「もちろん、その為に待ってたんだから!あ、今回はちゃんとお母さんにも言ってあるからね!」


 ラビが服の中から小さな宝石の付いたペンダントを取り出し、小さく掲げて俺に見せた。

 前回、皆で勝ち取った迷宮の鍵だ。

 こいつを迷宮に持って行けば、11階層からのスタートになる。


「よし、それならバザーに行ってみようか。何か掘り出し物があるかもしれないしね。」

「さんせーい!」


 その後はラビと共に陽が沈むまでバザーを回り、夜はラビのお母さんが作ってくれた豪勢な料理に舌鼓を打った。


 ―――そして、新たな冒険の幕が開く。

次回更新予定日は8/20です。

よろしくお願いします。

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