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53話「植物には」

 新入生達も徐々に学院に慣れ始めた、ある日の休日。

 俺とヒノカはギルドの掲示板前で腕を組んで唸っていた。


「今日も良い依頼がないね。」

「うむ・・・・・・、最近は討伐の仕事がめっきりと減ったな。」


 貼られているものは学校の休日に片手間で出来るようなものではない。

 時間が掛かりそうなものばかりなのだ。

 いつも受けているような、1~2日で終わる仕事は見当たらなかった。


「かと言って採取系もねぇ・・・・・・。」

「そちらも特に面倒そうなのが残っているな。」


 一年生と思われる学生達が肩を落としてギルドから出ていくのが見える。

 彼らも良い仕事が見つからなかったようだ。こちらもだが。


「仕方ないね。今日は適当に行こうか。」

「致し方あるまい。」


 お金に困っている訳ではないが、出来るだけ稼いでおきたいのも確かだ。

 適当に討伐部位を納めれば、数日分の食費ぐらいは稼げるだろう。

 掲示板の前で肩を落としていると、急に後ろから抱きあげられた。


「やっほー。アリスちゃん、ヒノカちゃん!」


 マルネだ。

 ヒノカが頭を下げる。


「お久しぶりです、先輩。」

「ヒノカちゃんっていつも堅いよね。」


 ヒノカが下げた頭をマルネが撫でた。


「あっ・・・・・・な、何を!」

「んふふ~。アリスちゃんのとこ暇でしょ?良かったらコレ、行かない?」


 マルネが掲示板から一枚の依頼書を剥がし取る。

 それは、さっきヒノカが特に面倒だと言ったものだ。


「しかし、それは・・・・・・。」

「いいからいいから。」


 含み笑いするマルネに問う。


「何か案があるんですか?」

「ふふふ、ちょっとね。」


「分かりました、仲間を呼んできます。」

「あ、準備ができたら東門のところでいいよー。」


「では一応・・・・・・3日分くらいの準備をしてきます。」

「うんうん、日帰りのつもりではいるけど、準備はしとかなきゃだね。」


*****


 準備を終えた俺達はマルネ達と合流し、街門を出た。

 しばらく街道沿いに進み、いつも使う獣道へ入る。


「ここを使うんですか?」

「途中まではねー。」


 マルネを先頭に、ズンズンと森の奥へ進んでいく。


「この辺かな・・・・・・ほいっ、と。」


 そう呟くとマルネが獣道から外れて歩き出す。

 それにレーゼとミゼルが続く。


「え・・・・・・ちょ・・・・・・先輩?道外れて・・・・・・。」


 困惑する俺達にテリカが説明する。


「あぁ、大丈夫だよ。小さい頃からマルネのああいう能力だけは確かなんだ。ああいう能力だけはね。」

「ちょっと、それ酷くない、テリカちゃん!」


「事実だろうが。」


 テリカもそれに続いていく。

 俺達は顔を見合わせ、意を決して着いて行った。


 小さな崖を越え。沢を渡り。道無き道をひたすら進む。

 ちゃんと真っ直ぐ進めているのかも分からない程だ。

 それでもマルネは戸惑う事もなく足を進めている。


 ピクリ、とサーニャが反応した。


「あるー、血の匂いにゃ。」

「すみません、マルネ先輩。止まって下さい。」


 足を止めたマルネが振り返る。


「ん?どうしたの?アリスちゃん。」

「サーニャが血の匂いを嗅ぎとったみたいで。方角は分かる?」


「あっちにゃ。」


 マルネが向かっていた方向を指さす。


「他に分かることはある?」

「ん~、多分魔物の血だにゃ。それも沢山にゃ。でも・・・・・・魔物の気配は無いみたいにゃ。」


 サーニャの言葉に、マルネの顔がサッと青くなった。


「ぅ・・・・・・ど、どうしようレーゼちゃん。」

「他の冒険者の方が魔物を倒したのかも知れませんし・・・・・・。ギルドに報告するにしても、今のままでは情報が少ないですわね。」


「幸い、まだ正式に依頼を受けてないし、引き返すかい?」


 ギルドの依頼は納品物と一緒に依頼書を渡しても問題なく受け取ってくれる。

 討伐依頼なんかも、討伐証明部位と一緒に渡せばOKだ。

 ただ、その時まで依頼書が残っているかは別だが。

 今回の依頼は目的の物が採取出来ない場合もあるので、まだ正式には受けていない。


 だが、ここで引き返しても何も得られない。

 安全第一ではあるが、こんなことでビビっていても仕方が無いのだ。

 幸い、魔物も居ないようなのでその”大量の死体”とやらは確認しておきたい。


 とりあえずマルネ達の会話に発言を割り込ませる。


「でも、放ってはおけないのもまた事実・・・・・・ですよね?」


 その言葉に不穏な空気を感じ取ったのか、リーフが抗議する。


「ど、どうして?そんなの無視して戻っちゃえばいいじゃない!」

「いや、最近討伐の依頼が減ってるんだよ。もしかしたら、その原因が・・・・・・。」


 俺の言葉を遮ってリーフが続ける。


「この先にあるってこと?そんなの尚更危険よ!」

「そうだけど・・・・・・ね。その大量の魔物の死体ぐらいは確認する必要があると思うよ。場所と状況が分かれば後はギルドに丸投げしちゃっても良いしね。」


 引き下がろうとしないリーフの手を、フィーがギュッと握った。


「リーフ・・・・・・おねえちゃん。わたしなら、大丈夫だから。」

「フィー・・・・・・。はぁ・・・・・・そうね、街の近くに脅威があるのならその情報だけでも必要ね。分かったわ。ただし、危険だと感じたら・・・・・・。」


 今度は俺がリーフの言葉を引き継いだ。


「もちろん即撤退だよ。私も死にに行くつもりじゃないしね。」


 俺達のやり取りを見ていたマルネが頭を抱える。


「う~、やっぱり行くのかぁ~・・・・・・。」


 先輩達も気乗りはしなさそうだが、反対意見はないようだ。


「仕方ありませんわ、マルネ。これもあの街に住む者の勤めです。」

「あぁ、街を襲われたりなんかする前にね。」

「ミゼル、ドキドキしてきた~。」


 話が纏まったところでマルネに視線を戻す。


「では、マルネ先輩。今まで以上に慎重にお願いします。」

「ぅ~、分かったよぉ~。」


*****


 マルネに従い、再び歩みを進める。

 進むにつれ、段々と俺の鼻でも分かるほどに異臭が濃くなっていく。

 遂にはヴォルフの死骸までもが。


 その死体は腐っており、虫が集っている。

 頭をもの凄い力で潰されたようで、目玉が飛び出している。

 見た限り人間の仕業には見えない。


「マルネ先輩、目的地は近いですか?」

「ぅ~、も、もうそろそろ・・・・・・だよ。・・・・・・本当に行くの?」


「まだヴォルフの死体を一つ見つけただけですからね。」


 更にマルネに着いて進んでいくと、点々とヴォルフの死骸が続く。

 散乱する死体を見ながらヒノカが呟いた。


「どうやら、戦いながらこの辺りを通ったようだな。」

「うん、でも結構時間が経ってるみたいだね。」


 マルネが歩みを止める。


「つ、着いたよ・・・・・・。」


 マルネが指を指した方向を見ると、木々の間から離れた場所に沼のようなものが見えた。

 極力音を立てないように沼まで近づく。


「あそこに大きな木がありますね。」

「ま、前来た時はあんなのなかったよ・・・・・・?」


 こちらから見える沼の対岸に巨大な木が生えている。

 その木は根本が二つに別れており、足のようにも見える。

 そして垂れ下がった枝が腕のようで、まるで・・・・・・人の形だ。


 木の周りには夥しい数の魔物の死体が散乱し、地面にはその血が染み込んでいる。

 木はその血を吸い、自身の幹や枝葉の一部を赤く染めたようだ。


 ゲームであんなモンスターを見たことがある。

 人の形をした木のモンスター。エントとか言うやつだ。


「どうやら、あの木が原因みたいだね。」


 俺の言葉にヒノカが問い返す。


「木の魔物・・・・・・か?」

「多分そうだと思う。」


「どうするのだ?アリス。」

「とりあえず・・・・・・ゴーレムをぶつけてみるよ。」


 俺はドーベルマン型のゴーレムを作ってエントを襲うように命令した。

 ゴーレムはゆっくりと俺達の元から離れていき・・・・・・、十分離れた所で木陰から飛び出し、沼を大きく迂回するように駆ける。

 ゴーレムに気づいたのか、エントがピクリと反応した。

 次の瞬間――――――


 ドォン!ドォン!ドォン!


 大地を揺らしながらエントがゴーレム目がけて駆け出した。思っていたよりも全然速い。

 エントも沼を迂回するように走り、ゴーレムに向かっていく。

 2体の距離が詰まり、ゴーレムが飛びかかろうとしたその時。


 バゴォォーーン!!


 響いた轟音にフラムが小さく悲鳴を上げた。


「ひぅっ・・・・・・!」


 しなる鞭のように繰り出されたエントの枝の一撃がゴーレムを・・・・・・粉砕したのだ。

 そこそこの強度はあった筈なんだが・・・・・・。

 唖然とした表情のヒノカがこちらを向く。


「お、おい・・・・・・壊されたぞ?」


 流石に俺も一撃粉砕は想定外だった。

 少し震える声で提案する。


「もう・・・・・・十分だよね。・・・・・・帰ろうか。」


 リーフもそれに同意して頷く。


「そ、そうね・・・・・・帰りましょう。」


 とは言え、手立てが無いわけではない。

 木の魔物なんだから当然弱点は火だろう。多分。

 本来ならば森の中で火の魔法なんかご法度だが、こちらにはフラムがいる。

 あのエントだけを燃やしてしまえば良いのだ。


 しかし、燃え盛って暴走でもしだすと手がつけられない。

 あんな怪力で暴れられたら、掠っただけでも命が危ないだろう。

 死ぬまで逃げ回ればいいと言われればそうだが、さっき見た通り足も速い。

 犠牲を出さずに倒せるか?と問われれば「分からない」としか言えないのだ。


 そんな訳で、俺達はほうほうの体で逃げ帰った。

 あいつに気付かれなかったのが幸いだ。

 勿論、情報は余すところなくギルドに報告。

 近日中に何らかの対応を行ってくれるだろう。


*****


 俺達が逃げ帰ってから二週間が経過し、レンシアの部屋に呼び出された。


『ほら、これが件の情報料だ。』


 レンシアがテーブルに銀貨を重ねて置いた。

 数えると11枚。あの時のメンバーで1人銀貨1枚という事だろう。


『ちょっと多くないか?』

『危険度が高かったからな。逃げて来て正解だ。よく全員無事だったな。』


『俺達は気付かれる前に撤退したからな。それにしても、やっぱりヤバイ奴だったか。一応ギルドで話は聞いたが・・・・・・酷かったらしいな。』

『ギルド側は死傷者多数だぜ・・・・・・。』


 レンシアが溜息を吐いて額を押さえた。


『先週のギルドは賑やかなお通夜状態だったよ。俺達が報告してからすぐに動いてくれたみたいだな。』

『お前らの情報があってすぐに偵察。次の日に情報を纏めて検討。それからすぐに依頼書を貼り出した。』


『対応が早いな。』

『それから2~3日で募集・編成・準備を並行して進めて、突撃。まぁ、結果は惨敗だったがな。』


 惨敗。ということは・・・・・・。


『ヤツはまだ倒せてないのか。』

『いや、もう片付けたよ。』


『別の部隊で?』

『流石に死者を増やすような真似はしねぇよ。ギルドが駄目なら、魔女(オレら)の出番だ。』


『となると・・・・・・やっぱり魔法で吹き飛ばしたのか?』

『それをやるとあの辺一体がクレーターになるからな、もっとスマートな方法にした。』


『スマート?・・・・・・さっぱり分からん。』

『こいつを使ったんだ。』


 レンシアが取り出した小瓶には透明の液体が入っている。


『何だ、それ?』

『強力な除草剤。こいつをヤツの頭からぶっかけてやったんだよ。』


『そんな物で・・・・・・。てか、そんなの撒いて大丈夫なのか?』

『どっかの戦争みたいに森全体に散布とかはしてない。もっとデカイ瓶に入れて空からヤツ目がけて落としてやっただけだから、影響があるとしても極小範囲の筈だぜ。・・・・・・多分だけど。』


『しかし、除草剤とはな。』

『所詮は植物だったって訳だ。数日かけ続けたら枯れて死んでたよ。』


 まぁ、そんなゲームもあったな。


『・・・・・・それと、コイツだ。』


 レンシアがまたも何かを取り出し、小瓶の隣に置いた。

 黒曜石のような黒い石。

 以前、俺が黒いオークから手に入れた石と同じ物のようだ。


『あの木の魔物にも、それが?』

『あぁ・・・・・・、マジで魔物を凶暴化させる作用があるのかもな。』


『その石については何か分かったのか?』

『まだ何も。オレもそこそこ忙しいからな・・・・・・、本格的に調べられていない。まぁ、今回の件で優先度を上げる必要がありそうだが。』


『そうか、また何か分かったら教えてくれ。』


*****


 暫くレンシアとの雑談を続けた後、学長室を後にした俺は、その足でマルネ達の寮へと向かった。

 貰った情報料を渡す為だ。

 部屋の前に立ち、ノックする。

 扉を開いて出て来たのはマルネだった。


「あ、アリスちゃん!どうしたの?」

「この間の情報料を貰ったのでお渡しに来ました。」


「わぁ、ありがとう!そういえば、アイツはどうなったのかな?失敗したって聞いたけど・・・。」

「もう倒しちゃったみたいですよ。」


「そっかぁー、良かったー。これでまたあの場所に行けるね。」

「えぇ、そうで―――」


 会話中に急に耳を引っ張られ、奥に引っ込むマルネ。


「あいてててて!」

「マルネ!アリスちゃんが来ているのにどうして中に通さないのですか!?」


 代わりに出て来たのはレーゼだ。


「ごめんなさいね、アリスちゃん。さぁ、入って下さいな。」

「い、いえ、私はこれで―――」


 有無を言わさずホールドされる。

 この後滅茶苦茶持て成された。

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