5話「ランクアップ」
寮で最初の日を過ごした翌日。
俺達はレンシアの街のギルドに来ている。
中は役所のようになっており、学院の生徒と思われる少年・少女が多く見られる。
ニーナとフィーは初めて入るギルドに少し緊張気味だ。
依頼を貼り出している掲示板は冒険者用と学生用に別れている。
学院とギルドは提携しており、学生証があれば学生用の依頼が受けられるようになっているのだ。
学生用の依頼は簡単で報酬も安いが、学院内で生活する分には十分稼げる。
その分、冒険者用の依頼は危険なものが多く、報酬も高い。
薬草採取の依頼なんかはほとんど学生用に回しているためか、冒険者用の依頼は討伐系が占めている。
冒険者用の依頼書を適当に眺めてみる。
どの依頼書にもセイランという街で仕事をしていた頃には無かった項目があった。
制限ランク。
何ランク以上でないと受けられませんよ、というやつだ。
貼り出されている魔物討伐の依頼書は全てランクD以上が条件。
俺の今のランクはE。
あと一つ足りない。
ギルドのランクを上げる方法は二通り。
一つは地道にギルドの依頼をこなして上げていく事、もう一つは昇級試験を受ける事だ。
昇級試験を受けるには銀貨を1枚用意して申し込むだけでいい。
合格すれば銀貨は払い戻されるので、実力があればサクサクとランクが上げられるのだ。
まぁ、昇級試験では戦闘面の実力しか見ないので、冒険者として使えるのかは微妙だが。
依頼書を眺めながら考えていると、ヒノカが声を掛けてくる。
「依頼を受けるのか?」
「今日は受けないけど、その内やると思う。お金も稼いでおきたいしね。」
「ふむ、それなら私も冒険者になっておこうと思うのだが、どうだろうか?」
確かに、人数が増えると助かる。
「それは助かるよ。ヒノカなら試験も大丈夫だろうし。」
手合わせをしたことはまだ無いが、大会で優勝というのなら問題ないだろう。
「それなら手続きをしてくる。フィーとニーナはどうする?」
ニーナがヒノカの言葉にキョトンとした顔を返す。
「へ?ボクたちも受けられるの?」
はてな顔のニーナに俺が答える。
「一応年齢制限はないよ、私がなれたくらいだし。」
「それもそっか。じゃあ受けてみようかな。」
「わたしも受ける!」
フィーの気合がいつにも増して入っているようだ。
四人でギルドの受付へと向かう。
「こんにちは、本日はどういったご用件でしょう?」
「後ろの三人に冒険者への試験と私に昇級試験をお願いします。」
受付にギルド証を見せる。
俺が冒険者だと言うのに少し驚いた顔になるが、すぐにその表情を消した。
「あちらを真っ直ぐ進んで頂ければ試験場になります。こちらの試験票をお持ち下さい。」
俺達はそれぞれの試験票を受け取り、試験場へ向かう。
奥まで進むと【試験場】と札の掛かった大きな扉があったので、それを押し開いた。
試験場の中は大きな空間になっており、中央には石造りの円形のリングがある。
「おう、お前らが受験者か・・・ってエライちんまいのがゾロゾロきやがったな。」
「こんにちは、今日はよろしくお願いします。」
試験官と思われるガチムチのおっさんに挨拶をする。
「いや悪ぃな。お前さん等ぐらいのは珍しいからな。」
「よく言われます。」
「ハハハッ、よし、さっさと始めるぞ。俺はドリーグ。お前等の試験官だ。」
そう言ってリングに飛び乗る。
「昇級の奴は最後だ。他の奴から順番にリングに上がってきな。」
「では私が行こう。」
ヒノカがリングに上り、ドリーグに相対する。
ドリーグが剣を抜いて構えた。
「ヒノカ・アズマです。お相手願います。」
「よし、来な!」
ヒノカが一足飛びに間合いを詰め、刀を一閃させる。
キンと甲高い音と共にヒノカの刀が弾かれる。
だがその瞬間、ヒノカは既にドリーグの間合いから抜け出ていた。
「へへ、強いな。お前さんは合格だ。次はどいつだ?」
「む、もう終わりなのか?」
ヒノカは少し不満そうに言う。
「あぁ、すまねぇな。俺も結構忙しい身なんでね。俺としても、もっと闘りたいんだがな。」
ニーナが元気良くリングに飛び乗った。
「じゃあ次はボク!」
交代に暴れ足りなさそうな顔でヒノカがリングから降りる。
頭を振って気を取り直し、ニーナの試合に集中するようだ。
「いつでもいいぜ。」
「行くよ!」
剣を抜き、ニーナが突進していく。
数合打ち合い、ニーナは魔法を織り交ぜ始めた。
「”暴風”!」
「うおっ!魔法も使うのかよ!”水盾”!」
ニーナの風魔法を水の盾で防ぎつつ剣を交わらせる。
更に畳み掛けようとニーナが構え―――
「待て待て!お前も合格だ!」
「ホント!?やったぁ!」
ニーナは飛び上がって喜ぶ。
「全く、後がつかえてるのに勘弁して欲しいぜ・・・。よし、次だ!」
フィーがリングへと上がる。
フィーの肩をポンと叩き、ニーナがリングを降りる。
「がんばってね、フィー!」
コクリと頷き、フィーは剣を抜いた。
フィーの強化魔法はエンジン全開。
制御出来るギリギリでぶん回しているようで、少しずつ魔力が漏れているのが視える。
ドリーグも何かを感じているのか、先程までの余裕が表情から消えている。
「行きます!」
・・・―――ィィィイイーーン!ガラン!ガラン!
フィーの姿が消えたと思った瞬間、ドリーグの剣が宙を舞って落ちてきた。
ドリーグの首筋にはピタリとフィーの剣が当てられている。
ドリーグは声も出ないようだ。
ニーナとヒノカも同様に驚愕している。
俺もビックリだわ。
「な、なんだ今のは・・・。」
「あれが・・・フィーの本気?はじめて見たかも・・・。」
フィーの強化魔法が凄い事は知っていたが、想像よりも遥か先に行っていたようだ。
ドリーグが声を絞り出し、合格を告げる。
「・・・ご、合格だ。」
フィーは剣を収めると俺達の方へ駆け寄ってくる。
「わたしもいけたよ!」
「すごいじゃん、フィー!おじさんに勝っちゃったよ!」
「今度は是非私とも手合わせしてくれ。」
わいわいと騒いでいるとドリーグがリングから降り、三人に合格と書かれた試験票を返した。
「こいつらもそうだが、よりによって一番ちっこいのが昇級試験とは・・・世の中どうなってんだ?」
俺の試験票を見てドリーグが俺に問う。
「ランクEか、じゃあランクDの試験でいいな?」
ここはもう一つ上を狙ってみよう。
「ランクCの試験は受けられますか?」
「構わねぇが・・・、本当にランクCの試験で良いんだな?」
「はい、お願いします。」
「分かった、試験はトロルとの戦闘を行ってもらう。勿論勝てば合格だ。」
「トロル・・・ですか。」
「と言っても幻影だ。あそこにある箱みたいな魔道具から出てくる。仕組みは知らんがな。」
ドリーグが示した部屋の隅を見ると、自販機の様な魔道具が置いてある。
「じゃあ銀貨をよこしな。」
銀貨を受けとったドリーグは自販機へと向かう。
「リングに上がってな、すぐに出るから気を付けろよ。」
自販機の前へと着いたドリーグはコイン投入口のスリットに銀貨を入れる。
チャリンと小気味のいい音が響き、自販機のボタンが発光した。
ドリーグがボタンを押すと、リングの上に魔力が集まり始める。
しばらく経つと、図鑑で見たのと同じトロルがリング上に創り出された。
脂肪がたっぷりとついた巨大な体、肌は薄い緑。
頭には角が二本生えており、対を成すように口からは牙が二本。
木をそのままへし折ったような丸太を持ち、こちらを威嚇している。
「ほう、あれがトロルか。」
「おおー!なんか出てきた!すごいね、フィー!」
「がんばって、アリス。」
外野は楽しそうだ。主にニーナが。
危険な気配に気付き、バックステップで一気に後ろへ下がる。
「ぅおっと!」
ブオォォォン!!
轟音と共に俺が今まで立っていた場所をトロルの振るった丸太が通過していった。
間を置かずに、丸太を振り回しつつトロルが俺に向かって突進してくる。
迫力満点だ。
トロルの繰り出す攻撃を躱して様子を窺う。
「ウガアァァァッ!!!」
業を煮やしたのか、トロルは吠えると俺に向かって丸太をぶん投げてきた。
それを大きく上に跳んで躱す。
轟音を響かせながら飛来する丸太に悲鳴を上げるニーナ。
丸太はそのままリングの淵を越えると霧散して消えた。
どうやらリングの中だけでしか姿が保てないようだ。
着地の隙を逃すまいと、またもやトロルが突進してくる。
俺は触手を伸ばして地を蹴ってさらに跳び、滞空時間を延ばす。
タイミングを外されたトロルは俺の下を通り過ぎ、たたらを踏んだ。
その無防備になった一瞬にトロルの頭に触手を巻きつけて自分の身体を引き寄せ、その勢いで脳天を貫く。
根元まで刺さった刀から手を離し、そのまま跳び退ってトロルとの距離をとった。
ドオォォン!と大きな音を響かせてトロルの体が倒れる。
トロルの体を形成していた魔力が散っていき、俺の刀と銀貨を一枚を残して綺麗さっぱりと消えてしまった。
「鮮やかなもんだな、合格だ。その銀貨はお前さんのだぜ。」
勝てば銀貨を返却とはこういう事のようだ。
「全く、こんなガキが合格しちまうとはな・・・。あの魔道具壊れちまったか?ほら、試験票だ。」
合格印を押された試験票を受け取る。
「ありがとうございました。」
「それはこっちの科白だぜ、いいもんが見れたよ。次も受けるなら俺が担当したいもんだな、ハハハ!」
ドリーグとの別れを告げて、試験場から受付へ戻り、全員分の試験票を提出する。
「皆さん合格ですね。おめでとうございます。ギルド証と学生証をお預かりしますね。」
ギルド証と学生証を受け取った受付の人はそのまま奥へと消えていった。
俺たちは近くのベンチに座り、時間を過ごす。
フィーが心配そうに俺の身体に触れる。
「アリス、だいじょうぶ?怪我はない?」
「うん、大丈夫だよ。皆思ったより簡単にいけたね。」
俺の言葉にニーナが答える。
「そうだねー、こんなことならもっと早くなっとけばよかったな。」
対してヒノカは少し沈んだような表情。
「私はまだまだだと思い知らされた。」
「あー・・・、あの二人はすごすぎるだけだから気にしないほうがいいよ、うん。」
雑談に興じていると受付の人が戻ってくる。
「お待たせしました、こちらがギルド証になります。」
それぞれにギルド証が手渡された。
「ふむ、これがギルド証か・・・。」
「やったね!」
「うん!」
皆が盛り上がっている間、俺は自分のランクを確認した。
ランクC。これで討伐依頼も受けられる。
まぁ、別段急いで依頼をこなす必要は無いだろう。
それに、皆がめでたく合格出来たのだ。
となれば―――
「皆、とりあえず今日は寮に戻ってパーティにしよう。」
「お!そうだね、さんせーい!」
宴である。
買い物をしてから寮へと戻り、ひとしきり騒いで日を終えたのだった。