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49話「ミアンの秘密」

 朝は本部に寄って団員達の様子を確認し、昼からは後の事を中ボスに任せ、ミアを伴って抜け出してきている。


 ヒノカ達は昨日に続き、選抜者達の訓練。

 彼らは死にそうな悲鳴を上げていたが、まだ死者は出ていない。


 リーフには教鞭を取って貰っている。

 生徒はリタとリコにフラムとサーニャだ。

 いつものようにビシバシとやってくれている事だろう。


 レンシアに教えて貰った場所を目指して通りを進むと、目的の建物が見えた。


 奴隷管理局。


 思っていたよりもずっと綺麗な建物だ。

 奴隷市場的な暗い雰囲気は一切なく、ギルドと同じく役所の様である。

 俺はミアの手を引いて、その建物の扉を開いた。


 中も清潔にされている。

 想像していたデカイ檻が並んで奴隷が晒されている様子はない。

 行き交う商人の身なりもきちんとしているものが多く、チラチラとこちらを窺っている。

 まぁ、こんな場所に子供が来れば何事かと思うわな。


 キョロキョロと中を見回していると、受付の女性から声が掛かった。


「こちらへどうぞ。」


 丁度良いかと、その受付に進む。

 二十歳前半程のお姉さんで、胸の名札にはレイリカと書かれている。


「本日はどのようなご用件でございますか?」

「主人の居ない奴隷を拾ったので、引き取りたいのですが。」


「畏まりました。呪印をこちらの魔道具へ通して頂けますか?」


 ミアが篭手を外し、右手首のバーコードを受付にある魔道具に通すと、ピッと音が鳴った。

 しばらくすると、その魔道具から何やら印字された紙が吐き出される。

 レイリカがその内容を確認し―――


「金貨10枚をお支払い頂くことになりますが、よろしいでしょうか?」


 俺達の会話に聞き耳を立てていた周囲の商人たちにどよめきが起こる。

 どうやらかなり高額らしい。


「随分と高いようですが・・・・・・。」

「ですが、競売では金貨20枚で落札とありますので・・・・・・。」


 考えてても仕方ないので正直に詳細を聞くことにする。

 昨日今日で事前知識もあまり入れられていないのだ。


「私は余りその辺りの知識がないので、詳しくお願いできますか?」

「分かりました。まず、そちらの方は競売にて金貨20枚で落札されました。原則として、落札した場合には落札額の半額以上をその時点で支払わなければなりません。ですので落札された方は金貨10枚をお支払いになられました。」


 随分なお金持ちだ。

 レイリカがコホンと咳払いする。


「しかし、その後すぐにお亡くなりになってしまったようで・・・・・・。ですから、残りの金貨10枚をお支払い頂ければ、そちらの方を引き取って頂く事ができます。」


 ミアの言っていた通りなら、殺されたのだろう。


「支払わない場合は?」

「こちらで引き取り、再度競売という形になります。勿論、貴女も参加可能です。」


 オークション・・・・・・、か。

 少し興味はあるが、ミアを返すつもりは毛頭ない。


「そうですか、ではこれでお願いします。」


 金貨10枚を受付に並べる。更にどよめきが大きくなる。


「だ、ダメだよ旦那さま・・・・・・!金貨10枚なんて・・・・・・!」

「良いの良いの、絶対手放さないって言ったでしょ?」


 レイリカは大金を目の前にしても動揺もせずに粛々と対応する。


「それでは、手続きを進めさせて頂きます。それと・・・・・・」


 レイリカが俺に顔を近づけて、周りに聞こえないようにボソボソと囁く。


『解放の手続きも同時に進めますか?』


 日本語。

 俺も小声で返す。


『・・・・・・あなたも転生者?』

『えぇ、そうですよ。魔女ではありませんが。』


『どうして俺が転生者だと?』

『その歳で拾った奴隷を連れてきて金貨10枚ポンと払うなんて、そんな物好き転生者以外に居ませんからね。常識的に考えて。』


 なるほど、全くその通りだ。常識的に考えて。


『返す言葉も無いわ。』

『それで、どうします?奴隷解放イベント。やりますか?やりますよね?』


 正直どちらでも構わないが、これも醍醐味というやつだろう。


『じゃ、そっちもお願いします。』

『はい、それではそちらの方の手続きも同時に進めますね。』


 レイリカが手続きのために席を離れ、しばし待たされる。


「お待たせしました、こちらへどうぞ。」


 奥に案内され、とある一室へ招かれた。

 中には筒型の日焼けマシンのような装置が置かれている。魔道具のようだ。


「ではこの中に入って、しばらくの間じっとしていて下さいね。あ、鎧は外してください。」


 身に着けていた俺製装備を外したミアが魔道具の中に入ると、レイリカが蓋を閉めて魔道具を起動させた。


『これが終われば解放イベント終了ですよ。』


 ホッと胸を撫で下ろす、ミアの件はこれで片が付いただろう。

 随分とあっけなかったが。

 貯えがなければもっと大変だったと思うけど。


『それより、これ見てみます?中々面白い子ですよ。』


 レイリカから先ほど印刷された紙を受け取って確認する。

 パッと目についたのは備考欄。


『特性”魅了(チャーム)”・・・・・・か。』

『えぇ、淫魔の特性ですね。大昔は珍しくなかったみたいですが。何でもそういう目的で造られていた、という話です。淫魔はその性質上、人間との親和性も高かったので乱造されたとか。』


『随分と詳しいな・・・・・・。』

『いやぁ・・・・・・この世界に来てからそれはも~~~色々と調べましたから・・・・・・フヒヒ。おっと失礼。』


『別に構わないよ、どうせ”お仲間”でしょ。それで、その特性持ちが珍しいからあんな金額に?』

『そう言えなくもないですが・・・・・・、詳しくは裏の備考欄にありますよ。』


 裏を見ると、備考欄には落札者が殺された事件の事が詳しくが書かれていた。

 以下が概要だ。


 競売は魅了された者達が加熱させ、遂にある男性と女性の一騎打ちとなり、勝負は男性が金貨20枚で競り勝った。

 しかし、帰宅途中の男性を”魅了(チャーム)”により理性を失っていた女性が雇った刺客が襲う。

 男性は死亡。

 ミアと他数名の奴隷は逃亡に成功するが、運悪く捕らえられた奴隷は怒りに狂った女性に殺された。

 だが、その悪事はすぐさま騎士団に知られる事となり御用。

 女性は処刑となった。


『そう言う事か、でも何で女性まで魅了されてるんだ?』

『表の性別欄・・・・・・見てません?』


 急いで紙をひっくり返す。


『・・・・・・なるほど。』


 【両性】つまり―――


『どっちも付いてるから、どっちからもモテモテって事っスね。羨ましいなぁ畜生。』


 俺の貞操はガチで危機に陥っていたのだ。

 中ボスが来なければ俺の処女はド派手に散っていたかもしれない。

 いやまぁ、別に良いんだけど。


『ちなみに、魅了された状態でヤるとそれはもう凄いらしいです。俗に言うキメセク状態だそうですヨ。』


 ゴクリ、と唾を飲み込む。


『あれ・・・・・・、でも”魅了(チャーム)”って言ってもそこまで強くなかった気がするんだが。』


 キスされた時は流石にやばかったけど・・・・・・まだ理性は保ててたし、触れた時に少しドキリとするくらいだ。

 事件を起こした女性ほどにはなっていない。


『効き目は個人差があって、魔力が弱いと効きやすいとか。だから私達のような転生者にはあまり効かないのではないかと。それに、その子の血も薄まっているでしょうしね。』

『そういう事か・・・・・・。ちなみに、淫魔について分かっていることは?』


『大体テンプレ通りですね。夜に寝こみを襲って精気を奪ったり妊娠させたり。あっ、パートナーを見定めると随分と情熱的になるそうですよ。アナタも大変ですね・・・・・・フヒヒ。』

『危うく若干六歳にして純潔を散らされるところだったよ。』


『まぁまぁ、良いじゃないですか、存分に愉しめば。中々良いもんですよ。それにコッチには腐った法律なんて無いですし・・・・・・フヒヒ。』


 愉しんでるんだな、コイツは。

 チーンと電子レンジのような音が魔道具から発せられた。

 どうやら終わったらしい。


 レイリカが魔道具の蓋を開くと、ミアが中から出てきた。

 出てきたミアは慌てたように自分の体を調べる。


「どうしたの、ミア?」

「じゅ、呪印が・・・・・・、呪印が無いの!」


 悲痛な顔をしてミアが叫ぶ。


「あぁ、解放の手続きも一緒にしたからね。もうミアは奴隷じゃないよ。」

「そ、そんなっ!旦那さま・・・・・・アタシの事、手放さないって言ったのに、どうして!?」


 どうやら解放された=手放された、と思っているらしい。


「手放さないとは言ったけど、奴隷のままなんて言ってないよ。それとも、奴隷じゃなくなったら私と一緒に居たくない?」

「そんな事・・・・・・ないよっ・・・・・・ずっと旦那さまと一緒に居たいよ!」


「ならそれで問題無いでしょ?それに、やっぱり呪印なんて無い方が綺麗だよ。私の為に綺麗になったんだから、そこは喜んで欲しいな。ね?」

「旦那さま・・・・・・。」


「黙ってやったのはビックリさせちゃったね。ごめん。」

「ううん・・・・・・、ありがとう、旦那さま・・・・・・。」


*****


 レイリカに生暖かい目で見送られ、奴隷管理局を出た。

 空はまだ青いが、太陽は傾いてきている。


 後ろからついて来ているミアを振り返った。


「どうしたの、旦那さま?」

「一応ミアの事について話しておこうと思って。・・・・・・とりあえず、あそこでお茶でもしようか。」


 近くのカフェに入り、紅茶とケーキを注文する。

 四人掛けの丸テーブルだというのに、ミアは椅子を移動させ、俺の隣にピッタリと座った。


「えへへ♪」


 しばらく紅茶とケーキの味を堪能したあと、一枚の紙をミアに見せる。

 奴隷管理局で貰ったミアの情報が載っているものだ。


「旦那さま、これは?」

「ミアの事が書いてあるんだよ、読める?」


「少しだけ・・・・・・、なら。」


 一つずつ読み聞かせながら、特性についての事なども説明する。


「―――――――だから、他の人と接する時は注意しなきゃダメだよ。分かった?」

「旦那さま、ちょっと・・・・・・難しくて、その・・・・・・ごめんなさい。」


 何でこんな事も分からないんだと怒っても仕方が無い。

 分からないものは分からないのだ。

 さて、どう説明すれば分かって貰えるだろうか。


「え~っと、つまり――――――」

「つまり?」


「――――――――私以外の人間に色目を使っちゃダメって事だよ。」


 大体間違ってないだろう。


「なぁんだ、そんなの当たり前だよっ!」


 ギュッとミアに抱きつかれる。

 傍から見れば仲の良い姉妹に見えない事も無い、と思う。


*****


 カフェを出て、ミアの姿を改めて見つめる。


「うーん、服を買おうか。」

「そ、そんな・・・・・・いいよ旦那さま。作って貰った(これ)があるし。」


「とは言っても、その恰好はちょっとね・・・・・・。」


 娼婦たちが着ている露出の高い服、その上から俺の作った鎧を着けている。

 随分とちぐはぐな恰好だ。

 いつまでもこのままにはしておけないだろう。

 それに彼女の特性の事を考えると、もう少し大人しめの服を着せておきたい。


「ミアはどんな服が良い?」

「で、でも・・・・・・。」


「いいから。」

「あの、じゃあ・・・・・・旦那さまが着ているようなのがいい。」


 目線を自分の身体に動かし、着ている服を確かめる。

 丈夫で動きやすい、昔に仕立てて貰った冒険者用の服だ。

 こう言っては悪いが、年頃の女の子が着るような可愛いらしい物ではない。


「・・・・・・本当にこんなのが良いの?」

「うん!それがいいの!」


 まぁ、ミアがそう言うのならいいか。

 露出が多めの物じゃ無いしな。


*****


 ミアに散々街中を振り回され、気付けば空は茜色に染まっていた。

 今は人ごみの少ない裏道を通って本部へ帰っている途中。

 彼女は大事そうに買い物袋を抱え、満面の笑みを浮かべている。


「気に入ったのが見つかって良かったね。ちゃんと明日から着るんだよ?それと、街中で鎧はあまり着ないようにね。」


 弱そうなのに鎧なんか着てると絡まれたりするからな。

 どこにでも面倒な奴はいるのだ。


「うん、ちゃんとこの鎧を着られるように頑張る!」


 頑張る、だと?何を?まさか・・・・・・。


「・・・・・・冒険者になるつもり、なの?」

「そうしたらもっと旦那さまと一緒にいられるでしょ?」


 いやまぁ、そうだろうけど・・・・・・。

 でも俺にミアを止める資格なんて、無いしな。


「じゃあ、武器も必要だよね。」


 地面から一本の剣を引き抜き、ミアに手渡した。

 彼女に扱えるかは分からないが、丸腰よりはマシだろう。


「あ、ありがとう、旦那さま!・・・・・・あの、一つだけ、我が儘言っても良いですか?」

「いいよ、何?」


 珍しいなと思いつつ快諾する。


「ゅ、指輪を・・・・・・作って下さい。」

「それなら宝飾店へ行こうか?」


 首を横に振るミア。


「旦那さまが作ったのをずっと身に着けてたい、から・・・・・・。」

「分かったよ。それじゃあ銀で作ろうか。」


 ポケットから銀貨を一枚取り出す。

 指輪を作るくらいならこれで十分足りる。


「ち、違うの、旦那さま。この剣と鎧みたいに、土からがいいの。」

「流石に土からだと綺麗なのは出来ないけど、本当にいいの?」


「その方が旦那さまを近くに感じられると思うから・・・・・・。」

「分かった。大きさを見たいから手を見せて。どの指にする?」


 ミアが右手を俺の前に差し出す。


「く、薬指・・・・・・で。」

(そっち)じゃなくていい?」


「あの、じゃあ・・・・・・(こっち)、で・・・・・・。」


 本部に戻った途端、不機嫌になったフラムにも指輪を作る事になったが、それはまた別の話。

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