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44話「姫騎士さま」

 冬休みが終わり、光陰矢の如く春休みを迎えた。

 春休みは少し短いため、帰省や旅行する人も少なく、長期休みとは逆に街の中に活気が溢れる。

 更には先入りしている新入生達も混じり、一年で一番賑やかな時期だろう。


 俺達もそれに倣い、街で買い物したり、食べ歩きをしたりと言った日を過ごした。

 時間の掛かるギルドの仕事をしても良かったのだが、折角の休みなので仕事も休もう、という結論に至ったのである。


 とは言っても、既に一年を過ごした街だ。新しい発見はそうそう無い。

 要は皆飽きてきたのだ。

 最初は皆で店を見て回っていたりしたのだが、3日ほど経った今ではバラバラに好き勝手に動いている。


 俺は寮で寝ていても暇なので街へと繰り出してきた。

 ・・・・・・それでも何も無いのだが。


 ぶらぶらと歩いていると一つの路地が目に入る。

 あそこはまだ入った事のない場所だ。

 位置的に考えるとあまり治安のよろしくない地域に繋がっているような気がする。


 構わず俺は足を踏み入れた。


 好奇心は猫を殺すと言うが、まぁ、例え絡まれても何とか出来る。

 基本的にこういう所でたむろしているような連中は冒険者になる実力が無いからなのだ。

 体は子供だとはいえ、強化魔法で身体強化もできるので普通の人間相手なら問題ない。

 ニンジャにアンブッシュされたりしない限りは大丈夫だろう。


 建物の間の薄暗くて狭い道を抜けると、薄暗くて少し広い道に出た。

 昼間だというのに、道端には所々娼婦が立っている。

 そして似つかわしいチンピラの姿も。

 ヒノカやリーフよりも少し年上に見える少女が俺に声を掛けてきた。


「お嬢ちゃん、どうした?迷子?」


 際どい恰好をしていて一目で娼婦と分かるが、周りの娼婦たちと比べると若干・・・・・・いや、随分と汚れた恰好をしている。

 それでも、その可愛い顔と肢体を貶めるには役不足だ。

 肩よりも少し伸びた薄桃色の髪から漂う甘い匂いが鼻をくすぐる。

 しかし、隠されていない手首と足首には・・・・・・奴隷の証である呪印。もといバーコード。

 この世界も御多分に洩れず、ちゃんと奴隷制度は存在しているのだ。


「こんなところに居ちゃダメだよ。来た道を戻って帰りな。」

「いえ、私は―――」


 答えようとしたところにチンピラ達が取り囲んでくる。


「おい、ミアン!遂にガキを産んじまったのか!?ギャハハ!」

「ア、アンタらには関係ないだろ!」


「いやいや、オレのガキかも知れねえだろ?なぁ、またヤらせろよ、ミアン!」


 チンピラ集団のリーダー格っぽいハゲが少女の肩を抱いて耳元で声を上げた。


「うるせぇよ!金払わねえ上に持って行きやがるだろ、アンタら!」

「あぁん?こっちはお目溢ししてやってんだぜぇ?それとも別の場所に行くか?」


 何処かから逃げてきた奴隷が住み着いたってところか。

 面倒そうな物件なので、とりあえずは捨て置かれている感じだろう。

 取るものはキッチリ取っているみたいだが。


「このガキ、学院の服着てるぜ?」

「どっかの貴族のガキじゃねえの?攫ったら金になるんじゃねぇか?」


 チンピラの一部がこちらに目をつける。

 ・・・・・・金にはならないと思うぞ、多分。


「その子は関係ないだろ!」


 少女が気勢を張るが、チンピラ相手には全く効果が無い。


「へぇ・・・・・・じゃぁテメェがあのガキの代わりに相手してくれんだよな?」

「な・・・・・・っ!」


 これってひょっとして・・・・・・人質ですか俺?


「ガキを高く買ってくれる奴も知ってるんだぜ?」

「・・・・・・す、スキにしたらいいだろ。」


 少女が抵抗する手を緩めた。


「ミアン様のお許しが出たぞ!」

「ここで剥いちまおうぜ!」


 チンピラ達は俺の事など忘れて少女に群がり――


「や・・・・・・やめろっ!こんなとこで!」

「ギャハハ!良いなそれ!」


 薄汚れてボロボロになっていた少女の服が破かれる。


「服を引っ張るんじゃねぇよ!」

「手ぇ押さえろ!」


 少女は抑えこまれ、固い地面に組み敷かれた。

 触手を構える。


「やだっ・・・・・・やめろ!いやっ・・・・・・!やめろっ・・・・・・よぉ!」


「ハハ!泣き出しやがった!」

「下の方も泣かせて・・・・・・おぐっ!」

「あ?どうした?・・・・・・ガハッ!」


 とりあえず一番偉そうなハゲを残し、他の連中を触手でぶん殴って黙らせた。

 まだ殺してはいないが、当分は寝たままだろう。


「あ?なんだ?何しやがった!?・・・・・・ぐええぇっ!」


 ハゲの首を触手で締め上げると頭が真っ赤に染まっていく。

 地面に引きずり倒し、そのツルツルの頭を踏みつけてやり、スラングで優しく諭す。


「とりあえず、てめぇらの頭のとこ連れてって貰おうか。髪は無くても首はあった方がお洒落だと思うぜ?」

「は・・・・・・、ひゃい・・・・・・。」


 俺はハゲを捨て置いて少女に手を差し出す。


「大丈夫ですか?えと・・・・・・ミアンさん。」

「あはは・・・・・・、アタシみたいのに”さん”付けなんて、行儀の良いお嬢さんなんだね。アタシの事はミアって呼んでよ。堅苦しいのも苦手だし、普通に話してくれると嬉しいな。」


「分かったよ、ミア。とりあえずこれを着てくれる?」


 地面から鎧を作り出した。

 動き易いようパーツは減らしてあるが、ビキニアーマーより露出は控え目だ。


「・・・・・・鎧?」


 チンピラ達に裂かれた服は既に着るとかいうレベルではなくなり、ミアはあられもない姿になっている。


「こんなのしか作れないけど、その格好よりはマシでしょ。後、これも。」


 篭手と長靴もついでに作る。手首と足首を隠すには十分だろう。


「ううん・・・・・・、ありがとう!」


 ミアに抱きつかれ、胸がドキリと跳ねた。

 ミアと同じ年頃だろうレーゼに抱きつかれてもそんな事はなかったのだが・・・・・・。

 何となく彼女からは妙な妖艶さを感じる。


 寝ているハゲを強化した足で蹴り、立ち上がらせた。


「立て。案内しろ。」

「ぎぅっ・・・・・・!」


「じゃ、ミアも付いて来て。」

「・・・・・・ぇ?アタシも?」


 まぁ、首を突っ込んだからには・・・・・・最後まで面倒見ないとな。


*****


 触手で殴り飛ばしたチンピラが転がっていき、倒れている他のチンピラにぶつかって止まった。


「ぐえぇっ!!」


 周囲には何人いるか分からないが、ボコボコにしたチンピラ達が呻いている。

 ここはチンピラ達のボスが居た、アジトの近くにある広場だ。

 集会をする時なんかはここに全員集めるらしい。


 アジトに乗り込んでボスを捕縛し、そのボスを餌にチンピラ達を集め、やってきた奴らを片っ端からボコボコにしてやったという訳だ。

 近くに転がしてあったハゲを蹴る。


「おい、これで全部か?」

「ひっ・・・・・・!せ、正確には分かりやせんが、ほぼ全員いると思いやす!」


「そうか。じゃあ、娼婦もすぐに此処へ集めさせろ。」

「わ、分かりやした!足の速いヤツぁ女共を集めてこい!!今すぐにだ、急げ!!」


「「「へ、へい!」」」


 倒れていた何人かが身体を引き摺りながら駆けて行った。


「さてと・・・・・・。」


 ボスを広場の中央へ連れ出し、拘束を解く。


「貴様!な、何のつもりだ!」

「お前の番だよ。」


「ひぃ・・・・・・っ!な、何が目的なんだ!?か、金か女か!?おぅぐっ!」


 殴って倒れそうになったボスを触手で吊り上げる。


「安心しろ。死なない程度に血祭りに上げてやる。」

「な、何を・・・・・・あぐっ!」


「おい、ハゲ。娼婦も含めて全員が集まったら教えろ。それまでコイツをボコる。」

「は、走れるヤツは女共を探して来い!か、頭が殺されちまう!!」


「「「へ、へい!!」」」


 殺さないと言ってるだろうが。

 後で働いて貰わないといけないしな。


*****


 ボスはもうボロ雑巾のようになっているが、命に別状はない筈だ。

 大怪我はさせないように優しく殴ってやったし、治癒もしてやっているしな。

 ・・・・・・治癒魔法の練習に丁度良いかもしれない。


 しばらく練習していると、漸く全員が揃ったようだ。

 ボスを解放し、命令する。


「よし、両手両膝を地に着けて台になれ。」

「ひゃ・・・・・・ひゃい。」


 ボスは大人しく従い、地に伏した。

 俺はその背に立つ。


「これからお前らの頭目になるアリューシャだ!覚えておけ!」


 広場が静まり返る。


「おい、反応がないぞ?どうなってんだ、お前の手下は。」


 台になっているボスの頭を足で小突くと、台になったままの姿勢でボスが叫ぶ。


「アリューシャ様万歳!!!アリューシャ様万歳!!!アリューシャ様万歳!!!」


 少し遅れて手下達も叫び出した。


「「「・・・・・・アリューシャ様万歳!!!アリューシャ様万歳!!!アリューシャ様万歳!!!」」」


 これで晴れて俺がボスってことだな。


「今日でお前らのクソダサいなんとか団は終わりだ!今からは~・・・・・・えーと・・・・・・【猫耳自警団】だ!」


 小さなどよめきが起こる。


 (猫耳・・・?)(ネコミミって何だ・・・?)(猫の耳ってことだろ・・・?)(何かの意味が?)


 うん、自分でも凄い適当過ぎだと思う。

 だって思いつかなかったんだもん。


「ネ・・・、ネコミミ万歳!!!ネコミミ万歳!!!ネコミミ万歳!!!」


 どよめきをかき消すように元ボスが叫ぶ。


「「「・・・・・・ネコミミ万歳!!!ネコミミ万歳!!!ネコミミ万歳!!!」」」


 半ばヤケクソに部下達も叫んだ。

 ま、第一段階くらいは完了か。

 今日中にもう少し詰めたいところだ。


 元ボスの背に乗ったまま部下達に命令を出す。


「端から10人、前へ出てこい!走れ!」


 10人が広場の中央に並んで立つ。


「とりあえず一人になるまで闘え、お前ら。」

「へ?どういう意味ですか・・・・・・?」


「そのままの意味だ。一人が勝ち残るまで殴り合って闘え。ただし殺すな。」

「そ、そんな・・・・・・アッシはもうボロボロで無理・・・・・・ぇ?」


 鈍い音を立てて首が地面を転がり、赤い軌跡が描かれた。

 周りからは突然地面から生えた剣が宙を舞って首を切り落とした様に見えただろう。


「ぃ・・・・・・いやあぁぁぁ!!!!」


 広場にキャーだのヒィーだの娼婦達の悲鳴が響き、部下達にもざわめきが起きる。


「静まれ!!」


 俺の一声で騒ぎがピタリと止まった。


「闘いたくない奴は前へ出ろ。楽にしてやるぞ。」


 静まりかえる中、赤い染みが地面に広がっていく。


「居ないみたいだな。そいつを片付けて一人補充しろ。」


 抜けた一人を補完して再度10人揃い、俺の合図で闘い始めた。


「よし、ハゲ。後はお前が仕切れ。10人腕っ節が良いのを選抜しろ。」

「わ、分かりやした!てめえら気合い入れろ!姐さんに良いとこ見せてみろ!!」


 俺は元ボスの背を降り、元ボスを立たせる。


「お前に聞きたい事がある。」

「はっ、何で御座いましょう、団長。」


 随分と態度が変わったな・・・・・・。

 まぁ、今までこれだけの人数を束ね、渡り合ってきたんだ。

 弁えるところは弁える事が出来る人物なのだろう。


「金はどうやって集めてる?」

「主に娼婦の稼ぎと用心棒代です。」


 裏通りでも店が無いわけではない。

 寝心地最悪の馬小屋みたいな宿や、泥水以下の酒しか出さない飲み屋など。

 その分値段は安いが。

 そんな所から所謂ショバ代をせしめているのである。


「それで、こいつらの日々の糧はどうしてる。」

「部下達には上納金を分配し、娼婦達は個人の稼ぎで賄わせております。」


 まぁ、そんなところか。

 娼婦には栄養状態が特によろしくない者もいるようだ。


「そうか、部下の人数は何人ぐらいだ。娼婦も併せてだ。」

「100名ほどで、その内娼婦が15名です。」


「一日の稼ぎはどれだけあるんだ?」

「多い時で銀貨20枚、少ない時はありません、平均ですと4枚ほどです。」


 スラスラ出てくるな。こいつはもしかしたら意外と使える奴なのかも知れない。

 一人一食銅貨3枚、一日二回配給、100人分で銀貨6枚ってとこか。

 ギリギリだが・・・・・・取り分を減らせば回せなくはなさそうだ。

 上手くやりくりすれば一日三回配給も可能かもしれない。


「今すぐ動かせる金はどれくらいある?」

「銀貨100枚ほどです。」


「6枚用意しろ。」

「承知しました。」


 元ボスがアジトへとお金を取りに走る。

 その間に娼婦達を広場の隅に集めた。


「お前らの中に料理が出来る者はいるか?手を上げろ。」


 数人の手が上がり、その者達を前に出させた。


「この中で一番料理が上手いのは?」


 一人の娼婦に視線が集まる。


「じゃあお前が料理長だ。今からここに居る全員分の料理を作れ。」

「そ、そんな・・・・・・む、無理です!お、お許しください!」


「別にお前一人に作れと言ってる訳じゃない。空いている娼婦は好きに使っていい。出来るな?」

「で、でも食材が・・・・・・。」


「必要な食材と量を全部紙に書き出せ。道具もだ。紙は・・・・・・アイツに取ってこさせるか。」


 先ほど走っていった元ボスが、小袋を抱えて戻ってくるのが見えた。もう一度走らせる。


「す、すみません・・・・・・私、文字が・・・・・・。」

「はぁ・・・・・・、読み書きと金勘定が出来る奴は?」


 今度は別の娼婦に視線が注がれた。

 ミアよりも少し幼く見える少女で、他の娼婦と違って長いロングスカートを履いている。

 その少女をもう少し小さくした感じの少女の肩に掴まり、やっと立っているといった感じだ。

 ヨロヨロとこちらへ向かって歩み出てくる。


「・・・・・・足が悪いのか?」


「お、おねえちゃんをころさないでください!おねがいします!」

「ご、ごめんなさい、い、妹だけは・・・・・・。」


 小さい方の少女が大きい方の少女に涙を流してしがみつく。


「見せてみろ。」


 しゃがんで少女のスカートを捲る。

 ・・・・・・右膝から先が無い。

 どういう経緯で失ったかは知らないが、これでは男に売れる事は滅多に無いだろう。

 話を聞くと、娼婦たちの代わりに読み書きと金の計算をして食い扶持を稼いでいたようだ。


「さっき言った仕事をやれ。あと、これを使え。これで妹の手が空くだろ?」


 地面から松葉杖を抜いて少女に手渡す。

 義足?そんな物作れないです。


「あの・・・・・・これは?」

「主に足を怪我した時に使う杖だ。脇の下に挟んでそこを手で掴め。」


 松葉杖を使って拙いながらも少女が一人で歩く。


「おねえちゃんが、あるいてる・・・・・・。ありがとうございます・・・・・・うっ・・・うっ・・・。ひめきしさま、ありがとうございます。」


 小さい方の少女が両の手を組んで俺に向かって平伏した。

 姉の方も妹の隣で同じ様に平伏す。


「ありがとうございます、姫騎士様。このご恩は忘れません。」

「姫騎士って・・・・・・なに?」


「凛々しい戦いぶりと慈悲深い心が、まるでお伽噺の姫騎士様のようだと・・・・・・妹が。」


 他の娼婦たちも次々と平伏していく。

 ・・・・・・姫騎士とか悲惨な末路を迎えそうなんですケド。

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