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4話「故郷の匂い」

 入学手続きを終えた次の日。

 俺達は再び学院の門前に立っている。


 見送りに来てくれたルーナさんから別れの挨拶。


「それじゃあ私はここまでね。これから頑張りなさい、貴方達。」


 俺達もそれぞれ、その挨拶に応える。


「うん、お手紙書くからね、おばあさま。」

「ルーナさん、ここまで付き添いありがとうございました。」

「あ、ありがとうございました。」

「ルーナ殿、色々とお世話になりました。」


「ええ、貴方達が戻ってくるのを楽しみにしているわ。」


 ルーナさんとの別れを済ませ、門兵に学生証を見せて門をくぐる。


 俺達はまず、昨日手続きを行った事務所へと向かった。

 対応してくれたのは昨日と同じお姉さんだ。


「おはようございます。昨日入寮の手配を頼んだのですが。」

「はい、準備は整っております。ご案内致しますので、少々お待ち下さい。」


 お姉さんは奥のボードに掛けてある鍵を取り、受付から出てくる。

 受付は他の人と交代し、お姉さんが案内してくれるようだ。


 お姉さんについて事務所の外へ出る。

 少し離れたところにいくつかの棟が建っており、その内の一つに案内された。


「今期生はこちらが所属寮となり、卒業まではこちらで過ごして頂く事になります。」


 説明を聞きながら寮を見上げる。

 木造で古くはあるが、しっかりと建てられているようだ。

 中に入ると玄関があり、大きな靴箱が並んでいる。


「寮内は土足禁止ですので、ここで靴を預けて頂きます。貴女たちは1階の10号室ですので・・・この靴箱ですね。」


 示された靴箱には1-10と書かれたラベル。

 フィーとニーナは面食らった顔をしている。


「え、くつ…脱ぐの?」


 そういう習慣がなかったので仕方ないだろう。


「鍵はこちらに学生証を触れさせると開くようになっております。」


 試しに学生証を使ってみるとカチャリと音が鳴り、靴箱を開く事ができた。

 そのまま扉を閉めると再びカチャリと音が鳴り、鍵が閉められたようだ。


 オートロックか、ハイテクだな。


 同じ様に全員に試させ、鍵の開閉が可能か確認させる。

 全員分の確認が終わると靴を靴箱に入れ、中へと入った。


「どうぞ、こちらをお使い下さい。」


 出されたのはあの緑のスリッパだ。ファンタジー感台無しである。

 建物の内装は木をメインに使い、落ち着いた感じだ。

 案内された部屋の扉には靴箱と同じ様に鍵が付いている。


「ここが貴女たちの部屋になります。鍵は学生証をお使い下さい。」


 俺は部屋の鍵を開けて扉を開く。空気が流れ、部屋の中から懐かしい匂いを感じた。

 部屋の入口は土間になっており、スリッパを脱いで部屋に上がる。


「おぉ・・・。」


 つい感嘆の声を上げてしまった。


 俺の目に写ったのは畳。

 あの懐かしい匂いは畳の匂いだったのだ。

 部屋の内装は襖があり、窓には障子、更には床の間まである。

 なんというか、気分は温泉旅館だ。


「おー、こんな部屋見たことない!すごいね、フィー!」

「うん・・・、すごいね。」


 部屋に上がってきたニーナがはしゃいでいる。


「私の国にはよくある様式の部屋なのだが、ここまでの部屋は中々無いな。」


 ここで卒業まで暮らせるのだ。

 金貨5枚の価値は十分にあるだろう。

 役目を終えたお姉さんが俺達に声をかける。


「それでは私はこれで失礼致します。入学式の日程等はお渡しした冊子に載っておりますので、そちらをご確認下さい。」

「はい、案内ありがとうございました。」


 お姉さんを見送った俺達は荷物を部屋の隅にまとめて一息つく。

 俺は荷物の中から取り出したお菓子を備え付けのテーブルに広げ、座椅子を持ってきてぐったりと座る。

 お菓子を食べながら緑茶があればな、などと考えてしまう。


 ・・・いや、スーパー行ったら売ってるかも知れないな。

 次に探す物として心に留めておく。


 ふと見ると三人が所在なさげに立っている。


「どうしたの?お菓子食べない?」

「あ、ああ・・・戴こう。」


 ヒノカはお菓子を摘んで口に運ぶ。

 腰を落ち着ける様子がない。


「座らないの?」

「そ、そうだな、少し緊張してしまってな・・・。」


 そう言ってヒノカは正座して座る。

 フィーとニーナもヒノカの真似をして一緒に座った。

 三人共ガチガチになっている。


「皆、どうしたの?」


「ア、アリスこそ何でそんなにくつろいでんの!?」

「え?だって私達の部屋だし…?」


「そういう問題じゃないでしょ!もー!」


 どうやら高級そうな部屋と言う事で、緊張してしまっているようだ。

 まぁ、その内慣れるだろう。

 畏まる三人を他所に、俺は座椅子に身体を預け、学院案内の冊子を開いた。


*****


 皆が部屋にも慣れだした頃、ふと思い出したようにニーナが声を上げる。


「あれ、そういえばベッドが無い・・・?」


 さすがに和室にベッドはないだろう。

 俺は冊子をテーブルの上に置き、部屋にある襖へと向かう。

 あるとすれば此処だろう。

 襖を引いて開けると思った通り、中には布団が詰められていた。


「寝る時はこれを使うんだよ。ほら、こんな風に。」


 そう言いながら布団を一組取り出して敷く。


「おぉー。なんか変わってるんだね。」

「私の国ではこれが一般的だな。」


「じゃあヒノカの国のベッドなんだね。」

「ベッドでは無いが・・・概ね間違ってはいないな。」


 バフッとニーナが布団へダイブする。


「ふかふかだー。」


 そのままゴロゴロと転がり布団を堪能するニーナ。

 そんなニーナを横目に、窓から太陽を見たフィーが口を開いた。


「お昼、どうするの?」


 フィーの言葉にニーナが寝転がったまま続く。


「そういえば、そろそろお昼だねー。アリス、どうするのー?」


 俺は読んでいた冊子の内容を思い返しながら答えた。


「寮の設備で自炊も出来るみたいだけど、今は材料が無いから食堂かな。」

「食堂?」


「うん、学院には食堂がいくつかあるみたいだよ。あの冊子に書いてた。」


 ヒノカが頷きながら提案する。


「ほう、そんなものまであるのか。それならここから一番近い所で良いんじゃないか?」

「そうだね、今から行ってみようか。」


 ニーナとフィーも異論は無いようで、早速食堂へ赴くことになった。


*****


 地図で描かれていた場所には大きな食堂があった。

 開放感溢れるガラス張りになっており、中の様子が窺える。

 まだ昼前であるせいか、席に座っている人は疎らだ。

 店の入り口にはメニューが書かれている。


 メニューを見ると日替わり定食がA~Cの三種類だけ。

 それぞれパン、パスタ、ライスとなっている。

 値段はかなり安い。


「あれ、メニューこれだけしかないの?」

「メニューを見る限り、そうみたいだね。たぶん安くするために品数を減らしてるんだよ。」


「確かに、街で寄った食堂などより随分と安いな。」

「とりあえず中に入ってみよう。」


 食堂のドアを開けて中に入ると食堂のおばちゃんが出迎えてくれた。


「ありゃ?アンタらどっから迷いこんで来たんだい?ここは学院の中だよ、送ってってやるからちょっと待ってな。」


 奥へ引っ込もうとするおばちゃんを慌てて呼び止め、学生証をおばちゃんに見せる。


「私たち、春から入学するんです。」

「ありゃ、そりゃスマンね。アンタら小っこいのにエライんだねぇ。それで、何にするね?」


 四角いトレイを手に取り、それぞれ注文を伝える。


「私はCを頼もう。」

「わ、わたしはパンのがいい。」

「じゃあボクはパスタのにしようかなー、アリスはどうすんの?」

「私もCかな。」


「はいよ、ちょっと待ってな。」


 少しも待たない内に受け取り口に頼んだものが並べられた。

 料理を受け取り、適当な席に着いて食べ始める。


 お椀に盛られたつやつやと輝く白い山。米だ。

 こちらの世界に来てからはパンが主食だったため、感動も大きい。

 定食の内容はご飯に味噌汁、焼き魚にサラダとなっている。


 フィーの食べているA定食はパンにシチューとサラダ、ニーナのB定食はシーフードパスタにスープとサラダといった内容だ。

 思い思いに食べていると、もうお昼の時間になったのか食堂が混雑し始め、すぐに席が埋まる。


 盛況する食堂を眺めていると12~3歳ぐらいの少年が近付いてきて言い放った。


「おい、お前らそこをどけ。」


 随分と偉そうな物言いである。

 高そうな服を着ているので彼は貴族なのだろう。

 彼の後ろには取り巻きらしき少年が二人ついている。


 俺は他の仲間達より先に反応を返す。


「はぁ、お断りします。」


 とりあえずお断りしてみた。

 すると彼は真っ赤になって怒り出した。


「なんだと貴様!俺はレイダール子爵家の長子、グレイデン様だぞ!平民ごときが・・・!」


 なんだか長くなりそうなので触手で彼のお盆をひっくり返してやる、彼の方へと。

 慌ててお盆を支えようとするが時既に遅し。頭からシチューを被ってしまう。

 空になったシチューの皿をグレイデン君の頭に被せ、後ろの取り巻きの方へ押し出してやる。

 二人は咄嗟に避けようとするがそうはさせない、そのまま三人をぶつからせ、取り巻き二人の頭にも皿をシチューごと被らせてやる。


「貴族様は随分と豪快な食事の仕方をなさるのですね。」


 呆気にとられていた周りの人が俺の一言で声を出さずに嘲笑いはじめる。


「~~~~ッ!!!」


 更に顔を真っ赤にした貴族様が立ち上がり、腰に挿した剣に手を掛けた。

 それと同時に、俺は箸を銜えたまま腰の後ろに挿してあるナイフにそっと手を這わせる。

 ヒノカも同様に腰の刀に手を掛けたその時。


 颯爽と現れ、グレイデンの剣を抜けないように押さえるイケメン。

 グレイデンより少し年上で15歳くらいか


「おっと、そこまでだよ、グレイデン君。」


 高そうな服を着ているのでこの人も貴族っぽい。

 周りからは黄色い声が上がる。人気者っぽい。


「離せ!こいつを切り捨てる!!」

「キミがここで剣を抜くなら僕が相手になろう、それでも構わないかい?」


 グレイデンとイケメンはしばし睨み合う。


「・・・くっ!行くぞ、お前達!」


 睨み合いが数秒続いた後、グレイデンは取り巻き達に声を掛け、真っ赤な顔のまま去って行った。

 イケメンはこちらを向いて傅き、頭を下げる。


「うちの者がご迷惑をお掛けしました、お嬢様方。どうか剣をお納め願えませんか?」


 俺とヒノカは警戒を解き、箸を手に戻す。

 とりあえず礼を言っておく。


「ありがとうございました。」

「いえ、パーティメンバーの不始末は私の不始末でもあります。礼には及びません。」


 彼はグレイデン達が汚した床に”洗浄(クリン)”の魔法をかけ、テキパキと片付けた。


「皆さん、お騒がせしました。ごゆるりと食事の続きをどうぞ。」


 そしてくるりと俺の方に向き直る。


「それから、小さなレディ。」


 ・・・俺の事か?


「・・・はぁ?」

「彼のように豪快に食事を摂る貴族は少数派ですので、覚えておいて下さい。」


「・・・それはこれから出会う貴族様に拠りますね。」


 肩を竦めて答えてやる。


「フフ、なるほど。それではその汚名を雪げるよう僕も精進致します。それでは。」


 そう言って、彼は現れた時と同じ様に颯爽と去って行った。

 ヒノカはやれやれといった感じだ。


「ふむ、まさかいきなり絡まれるとはな。入学式もまだだというのに・・・。」


 フィーは涙目になっている。


「怖かった。」

「しかしアリスも度胸あるよねー。」


 ギルドにいた強面のおっさん共に比べれば可愛いもんだろう。

 まぁ、彼らはもっと気の良い奴らだったが。


*****


 食事を終えた俺達は、学外で買い物をしてから寮へと戻ってきた。

 寮では自炊も可能なので、夜は自炊にしてみようと言う事になり、その材料を買ってきたのだ。


 買った食材を持って調理場へ行ってみると、そこはシステムキッチンになっていた。

 俺が日本に居た頃に住んでいたアパートの台所より豪華だ。

 大きな冷蔵庫も備え付けられている。

 どうやら共同で使用できるみたいだ。

 でもさすがに炊飯器は・・・・・・あったわ。


 炊飯器に触れてみると、設定画面が表示された。

 使い方は元の世界と同じようなので問題無く扱えそうだ。


 ご飯を炊く準備をし、スイッチを入れる。

 そう、今日の主食は米だ。


 他の三人はシステムキッチンを前に立ち尽くしている。


「随分と手際が良いのだな。」

「なんか、知らない道具ばっかりだ~。」

「うん・・・、どうやって使うんだろう。」


「使い方分からないのがあれば教えるよ。大体分かると思うから。」


*****


 作った料理を部屋に運び、テーブルに並べて席に着く。

 献立は皆で握ったおにぎり、俺作の玉子焼き、ヒノカが作った味噌汁、あとは買った野菜を適当に切ったサラダだ。


「「「「いただきます。」」」」


 瓶から海苔を取り出し、おにぎりに巻いて、そのままかぶりつく。

 海苔は高かったが、買っておいて良かった。

 かなり久しぶりに作った玉子焼きは・・・まぁまぁな出来だ。

 各々が感想を述べつつ食べ進めていく。


「うむ、美味いな。」

「おいしいね!次食堂で食べる時はライスにしてみよう!」

「・・・おいひい。」


 ・・・ちょっとペース早くね。


 あっという間に在庫が無くなってしまい、お開きとなった。

 部屋へと戻り、のんびりとした時間を過ごす。


「買ってきたお茶でも淹れようかな、皆いる?」

「頼もう。」「いるー。」「うん。」


 全員分の湯呑みを買い物袋から取り出してテーブルに並べる。

 急須もテーブルに置き、フィーが”洗浄(クリン)”を掛ける。


 これらだけでも結構な金額を使ってしまった。

 いくら貯金があるとはいえ、流石にこのペースは不味い。

 明日はギルドに行ってみようと決めた。


 ズズ・・・と淹れた緑茶を飲む。

 嗚呼、美味い。


「うわ、にがっ!」

「そうか?ちょうど良いと思うぞ。」

「うぅ~・・・にがいよ・・・。」


 流石にフィーとニーナの二人には合わないか。


 こうして俺達の寮生活は始まった。

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