40話「不定期イベント」
事件は滞在予定の一週間を折り返した四日目に起きた。
ビーチで過ごしていると、その平和を切り裂くように警報が鳴り響く。
<みなさ~ん、魔物の襲撃で~す。非戦闘員の方は避難をお願いしま~す。>
警報とは裏腹に、各所に設置された拡声器から緊張感のない避難勧告が発せられた。
「魔物の襲撃だと!?」
「ひっ・・・・・・ぁぁ、ど、どうしよう・・・。」
「ど、どうするにゃ!?まだごはんいっぱい残ってるにゃ!」
「とりあえず武器を・・・・・・って、ボクのは宿に置いたままだ!」
「アリス、頼む。」
「分かった。」
地面に手を着き、魔力を―――
「ちょっと待って!二人とも!」
リーフに腕を掴まれる。
「リーフ?」
「一度、避難しましょう?」
リーフの視線がちらりとフィーを向く。
懸命に堪えようとしているが、その肩の震えは隠せていない。
「そう・・・・・・だな。すまない。まずは状況を見極めよう。」
「うん。海の家に人が集まっているみたいだし、私達もあそこへ行ってみよう。」
海の家に移動し、空いている場所に座る。
かなり繁盛しているようだ。
店内の様子は怯えている人と普通に過ごしている人が半々くらいの割合。
怯えている人の大半は学生のようだが・・・・・・、見知った顔もいる。
どうやら一年生や二年生・・・・・・低学年が占めているようだ。
高学年や地元の人なんかは随分と落ち着いおり、酒盛りをはじめる者まで。
「なんだか、妙な雰囲気ね。」
「あぁ・・・・・・、どうなっているんだ?」
俺達が困惑していると一人の少女が海の家に現れた。
「海ちゃーん、場所使わせてもらうねー!」
「あ、水ちゃん、久しぶり!今日も頑張ろうねー!」
先日買い物をした水着屋の少女だ。
それに答えたのは海の家であくせくと働いている少女。
「あ、お客さん方。先日はありがとうございました。」
こちらに気付いた少女が挨拶してくる。
「い、いえ、こちらこそ水着の事を教えて貰って助かったわ。着心地も良いわ。」
「それは良かったです。それでは私は準備がありますので、失礼します!」
そう言って水着屋の少女は海の家の片隅へ移動し、背中から下ろした荷物を組み立て始めた。
映画やアニメなんかで見た事がある。
アンチマテリアルライフルとかいうやつだ。
それを海の家のデッキ、海岸を見渡せる位置に組み上げていく。
あっという間に組み終え、今度は弾の詰まった箱を取り出す。
その中から一発を摘まみ―――
「”雷撃弾”。」
起動語に反応してパチリと小さく雷光が跳ねた。
そう、これらは魔道具なのだ。
雷の力が充填された最初の一発を慣れた手つきで装填する。
箱に残っている弾丸にも全てチャージして準備は完了のようだ。
俺は近づいて少女に声をかける。
『なぁ、いつもこんな襲撃があるのか?』
『大体一週間から一月くらいの間隔で、前は二週間前だったかな。不定期の突発イベントってやつだ。』
『イベントって・・・・・・魔物が襲ってくるんだろ?危険じゃないのか?』
『襲撃というか漁というか・・・・・・。まぁ、見た方が早いな。手元のボタンを押しながら”拡大”だ。』
俺は手渡された双眼鏡を覗き、海の彼方に現れた魔物達の姿を確認する。
マグロやタイ、ヒラメにカツオ、ウニ、サザエ、カニ・・・・・・。
魔物と言うよりは海の幸だった。
・・・・・・手足が生えており、その手には剣や槍などを持っているが。
『何だこりゃ。』
『ゲーム風に言えばイベントモンスターだな。倒したやつは食っていい事になってる。原因はこの島の魔道具。アレに設定されてるイベントって訳だ。こっちの人間には内緒だぜ。』
『食え・・・・・・るのか?』
『俺も最初は抵抗あったが、中々美味いぞ?今回は年末年始も近いからな、ヤツも出るだろう。』
『ヤツ・・・・・・?』
『イセエビだ。』
*****
俺はヒノカ達に事情をかいつまんで説明した。
「つまり・・・・・・よくある事だと?」
「うん、落ち着いてる人は何度か経験してるからだろうね。」
「怯えてる人達は私達と同じく初めて来た人が多い・・・・・・って事ね。」
「た、食べていいにゃ!?」
「う、うん・・・・・・そうらしいよ。」
サーニャの瞳の輝きが増す。
「あちしも行くにゃ!」
飛び出そうとしたサーニャをリーフが止める。
「あ、待って!サーニャ!・・・・・・少しだけ様子を見てからにしましょう?」
「うにゃ~~・・・・・・でも~~。」
「・・・・・・お願い、ね?」
「う~・・・・・・分かったにゃ。」
耳と尻尾を項垂れさせて席へ戻る。
そんなサーニャの頭をポンポンとヒノカが撫でる。
「どれ、私達は海の幸の手並みを拝見といこうじゃないか。」
「そうだね、それにどこかが危なそうならその時にいけばいいよ。ね、リーフ。」
「えぇ、危険な所は見過ごす訳にはいかないものね。」
「じゃーそれまでは食べてよっか!」
「そうするにゃ!」
焼きそばを啜っていると、海の幸が上陸を始めた。
ドオォォン!と対物ライフルの轟音が店内に響く。
強烈な雷撃を喰らったマグロがビクンと大きく痙攣し地面へと崩れ落ちた。
轟音に負けない拍手と歓声が響く。
少女がボルトを引いて次の弾丸を装填。
排出された薬莢が金属音を立ててデッキに転がった。
先の弾は付いたままだ。
充填された魔力を放つだけなので当然なのだが。
再び魔力を充填すれば再使用する事も可能だろう。
というより銃に直接チャージ出来るように造ればリロードも必要なくなるはず。
発射時の音だってわざわざ魔力を消費して鳴らしており、無駄が多い。
だがそれを言うのは無粋というものだろう。あの銃はあれが完成形なのだ。
もし作るのなら、俺だってそうする。
タイにホタテにカニと、射撃音で店内が震える度に仕留めていく。
やがて、準備していた弾丸が全て尽きた。
「海ちゃーん、弾終わったよー!」
「りょーかい、ちょっと待っててねー。」
海の家の店員の少女は他の店員に作業を任せ、店の奥へと引っ込む。
再び現れた少女の手には2丁のアサルトライフル・・・・・・の形をした魔道具。
1丁を受け取るとマガジン部分に手を添えた。
「「”雷撃弾”」」
パチリと稲光が弾けて充填完了を報せる。
こちらは銃に直接チャージするタイプで、実用性を重視しているようだ。
二人の少女はどこかからか取り出した赤い鉢巻を額にキュっと縛る。
『なぁ、海の家の。俺・・・・・・この戦いが終わったら実家のパン屋を継ごうと思うんだ。この銃を置いてさ。』
『お前の作るパンは世界一だからなぁ、水着屋。きっと繁盛するぜ。俺が保証してやる。・・・・・・それでよ、もし俺が死んだらアイツの・・・・・・妹の事、面倒見てやってくれよ。』
『おいおい、あんなお転婆、お前以外の誰が面倒見るんだよ。命がいくつあっても足りねーや。』
『へへっ、違ぇねぇや。・・・・・・生きて、帰ろうぜ・・・・・・水着屋。』
『あぁ、行くぜ海の家の!』
『『うおおおおぉぉぉぉ!!!』』
一通りの小芝居を終えて突っ込んでいく少女達。・・・・・・楽しそうだな。
海の幸の群れに飛び込んだ少女達は、互いに背を庇いながら雷撃を放つ。
銃口から飛び出した光は一匹、また一匹と海の幸を貫いていく。
死亡フラグを散々立てていった二人だが、何も問題は無さそうだった。
*****
長い海岸線。必然的に戦線も伸びてゆく。
あちこちで起きている戦闘を眺める。
地元の漁師達、観光に来ている学生達、年端もいかぬ少女・・・・・・に見える魔女達。
剣で裂き、槍で突き、斧で砕き、弓で射抜き、魔法でこんがりと焼く。
海産物達が次々と積み上げられていき、全体的な戦況はこちらが優勢だ。
しかし、長蛇な戦線の中には綻びも見受けられる。
人出が圧倒的に足りていないのだ。
「おい、あそこ・・・・・・不味いのではないか?」
ヒノカが指差す方向を借りたままの双眼鏡で覗き見る。
学生達のパーティ複数が受け持っているようだが、敵の数が多すぎる。
前衛が支えきれずに敵の突破を許し、後衛にまで及んでいる。
結果、後衛のサポートが受けられずに更に突破を許し・・・・・・。
瓦解まではそう掛からないだろう。
「って、あの人達は・・・・・・!急ごう、ヒノカ!」
俺は双眼鏡を放置された対物ライフルの傍らに置き、デッキから砂浜へと降りる。
「ど、どうしたのだ、アリス!?」
砂浜から抜いた刀をヒノカに投げ渡す。
「あの中に、マルネ先輩達がいる!」
「なんだと!?」
黒いオークと戦った時、共に居た先輩達だ。
あれからも何度か、片手に数える程度だが一緒に仕事もしている。
だが、魔物との戦闘を率先してこなすような人達ではなかったはずだ。
「まって!わたしも・・・・・・行く!」
フィーが立ち上がった。
「お、お姉ちゃん・・・・・・でも・・・・・・。」
その肩は隠しようが無いほどに震えている。
「いや、どうせ皆行くのだ。一緒に居た方が良いだろう。そうだな、リーフ?」
「えぇ、そうね。マルネ先輩方にはお世話になっているもの。」
「もちろん、ボクも行くよ!」
「あちしも行っていいにゃ!?」
「が・・・・・・頑張る・・・・・・。」
「アリスは先行してくれ。あちらはすぐにでも援軍が必要だろうからな。」
「分かってる。お姉ちゃんをお願い、リーフ。」
「言われなくても、よ。」
俺は作った全員分の武器を浜辺に突き刺し、マルネ達の元へと駆けた。
*****
問題の場所へ駆けつけた俺は、その勢いのまま後衛に群がっている魔物を斬り伏せた。
「はぁっ!」
間合いが届かない敵は触手でぶん殴って吹き飛ばす。
制御が簡単なので、弱い魔物なら触手の数を増やして対応することが可能だ。
群がっていた魔物達を蹴散らし、先輩達の元へ駆け寄る。
吹き飛ばした魔物達は他の学生たちがとどめを刺しに行ってくれたようだ。
こちらはひとまず片付いただろう。
「大丈夫ですか、先輩。」
「あ、アリスちゃん!?」
「わ~ん、アリスちゃ~ん!」
「あぁ、アリスちゃん・・・・・・!凛々しくて可愛いわー!」
ミゼルとレーゼに抱きつかれる。
「あの・・・・・・、テリカ先輩は?」
「そ、そうだ!テリカちゃんは前衛に・・・・・・!」
マルネの言葉に前衛達が戦っている方へ向き直る。
数瞬も掛からずにテリカの後ろ姿を確認することができた。
テリカは剣を構え前方を睨みつけて・・・・・・いや、睨みつけられている。
・・・・・・巨大イセエビに。
高さだけでも3メートルはあるだろう。
テリカは気圧され、動けずにいる。
そんなテリカに向かってイセエビの足が大きく振り上げられ・・・・・・無情にも振り下ろされた。
「テリカちゃん!!」
ゴッッッッ!!!
鈍い音が響き、テリカへと攻撃が届く寸前にイセエビがグラリと傾いて倒れた。
砂煙が舞い上がる。
「な、何!?何が起きたの!?テリカちゃんは!?」
徐々に視界が晴れ、テリカは剣を構えたままの姿勢で立っている。
特に問題は無さそうだ。
その近くには座ったままの姿勢で身体に付いた砂を払うフィーの姿があった。
肩からは血が滲んでいる。
身体強化を施し、イセエビに猛スピードで体当たりをかましたらしい。
肩はその時に殻で切ってしまったのだろう。
ぶつかったと思われる箇所は大きく凹んでひび割れ、イセエビは泡を吹いている。
座ったままのフィーに目を付けた魔物達がフィーへと迫り始めた。
それでもフィーは立ち上がろうとしない。・・・・・・いや、立てないのか。
まずい、ここからでは距離が・・・・・・。
「お姉ちゃん!」「”氷矢”!」
俺の声と同時にリーフの声が響いた。
フィーへと迫る一団に小さな無数の氷の矢が降り注ぐ。
矢は魔物を貫き、傷口から凍らせていく。
足止めされた魔物達の前にヒノカとニーナが立ち塞がった。
「全く・・・・・・、無茶をしてくれるな。フィー。」
「ボク達も行くよ、サーニャ!・・・・・・あれ?」
「うにゃにゃにゃーー!!」
ニーナを置き去りにしてサーニャは既に群れに突っ込んでいる。
「ちょ、ちょっと待ってよぉー!」
サーニャにかき乱され、浮足立った魔物をニーナが刈り取っていく。
後衛のサポートが再開され、前線も押し返し始めているようだ。
こちらはもう大丈夫だ。
「すみません、先輩。前衛の方へ行きます。」
「ええ、私達が支援するよ。・・・・・・頼りないだろうけど。ほら、二人共離れて!」
俺に抱きついていたレーゼとミゼルがマルネに引き剥がされる。
「あぁ・・・・・・アリスちゃん・・・・・・。」
「頑張ってね~。」
俺は急いでフィー達の元へと合流した。
「お姉ちゃん、大丈夫!?」
「立てるな?フィー。」
「・・・・・・うん。」
フィーがヒノカに手を引かれて立ち上がる。
「あまり無茶はしないでくれよ。まぁ、今のはフィーでなければ間に合っていなかったがな。」
ヒノカがフィーの頭を撫でる。
「・・・・・・うん。・・・・・・でも、恐怖に克つためにがんばらないと。」
「どういうことだ?」
「恐怖には自分の力で打ち克つしかないって、ジロー先生が。」
「ふむ、そうか・・・・・・。一つ、忘れている事があるぞ。」
「忘れてる事?」
「使えるものは何でも使え、だ。仲間の助けを借りてはいけないとは言っていなかっただろう?最終的に自分の力で克てばいいのだ、と先生なら言うだろうな。」
「・・・・・・でも・・・・・・わたし、どうすればいいの?」
「そうだな、もう少し力を抜けばいいと思うぞ。」
「力を・・・・・・?」
「以前はもっとこう・・・・・・自由な感じで戦っていたはずだが。」
ヒノカの言葉にハタと気付く。
「あ・・・・・・そうか、そうだよ。お姉ちゃん、制御がちゃんと出来てないよ。」
「・・・・・・ぇ?」
「強化魔法、上手く使えてないよ。前はもっと精度が高かった。」
それは本人ですら気付かない程の小さな綻び。
俺よりも遥かに高い精度で使っている分、その程度の綻びで歯車が噛み合わなくなってしまうのだろう。
「・・・・・・ぁ。」
「はぁ・・・はぁ・・・だ、大丈夫!?フィー!・・・・・・怪我してるじゃない!」
俺に少し遅れてリーフも駆けつけた。
息が上がっているのは先ほどの魔法でかなりの魔力を使ったためだろう。
「これぐらい、なら・・・・・・私の魔法で・・・・・・治せるわね。少し、待ってて。」
「お、おい、リーフ。もう魔力が・・・・・・。」
「そうね・・・・・・だから・・・・・・後はあなた達に任せるわね。・・・・・・っ”治癒”。」
リーフが魔法を唱えるとフィーの傷がみるみるうちに塞がっていく。
傷が癒えたのを見届けるとリーフの身体がふらりと揺れた。
「リーフおねえちゃん!」
倒れそうになったリーフの身体をフィーがしっかりと抱きとめる。
「はぁ・・・・・・全く、皆無茶が好きで困るな。」
「あはは、そうだね。」
リーフは少し休めばすぐ回復するだろう。
「アリス達かい?助けてくれたのは。」
「テリカ先輩。無事で良かったです。」
「向こうの奴ら共々、世話になったみたいだね。」
マルネ達がこちらに向かって手を振っている。
「でも、どうして先輩たちが戦闘に・・・・・・?」
「アタシらも、もう少しは戦えるようになれればと思ってたからね。人も沢山いるから大丈夫だろうと参加したんだけど、このザマだよ。」
「そうでしたか。何にせよ、怪我もなくて幸いです。」
「アンタ達のお陰でね。よっ・・・・・・と。」
テリカがリーフを抱え上げる。
「この子はあいつらと看てるから、アンタらは好きに暴れなよ。」
「お願いします、先輩。」
「あぁ、逃げ足だけは自信があるからね。任せなよ。」
テリカはリーフを抱えたまま後方へと駆けて行く。
「では、私達もニーナ達に負けてはいられないな。いけるか、フィー?」
「すぅ~~~、はぁ~~~・・・・・・。」
フィーの身体を流れる魔力が正しい流れを取り戻していく。
以前よりも正確に、鋭く。
「・・・・・・うん!」




