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37話「授業の終わり」

 目を覚ますと、日は既に頂点まで登っていた。

 起き上がり、体を動かして状態を確認する。

 少し倦怠感があるが大分回復しているようだ。


 焚火で暖を取っていたヒノカに声を掛けられる。


「起きたか、アリス。」

「うん・・・・・・、おはよう。」


 俺以外の皆は既に起きており、焚火を囲んで座っていた。

 背中の傷は癒え、痛みも感じない。

 他の皆も細かい傷は残っているものの、目立った傷は無いようだ。

 きっと、ぐったりとしているリーフが頑張ってくれたのだろう。


「よう、お早うさん。」

「助けて頂いてありがとうございます、ジロー先生。」


「あー、助けたっつうか・・・・・・駆けつけたらこの有り様で、お前らがぶっ倒れてただけだよ。俺は何もしてねえ。」


 俺が目覚めたのを確認し、皆もホッと一息、といったところだ。


「やっと起きたにゃ、あるー!」

「これで皆起きたわね、無事で良かったわ。」


「体が痺れて動けなくなった時はボクどうなるかと思ったよ。」

「ぉ、おはよぅ・・・・・・アリス。」


 自分の体を点検しながら、皆の細かい傷を魔法で治療していく。


「お前、治癒魔法も使えるのか?」

「擦り傷程度なら、ですけど。リーフみたいに大きい傷までは。」


 練習台がいなかったからな。

 それに治療に失敗したら「てへぺろっ☆」で済むような問題ではない。

 小さい傷なら自分を練習台にできるんだが。

 これを機にちゃんと治癒魔法を勉強してみるのも良いかもしれない。

 治療を進め、一人足りない事に気付く。


「ジロー先生、お姉ちゃん・・・・・・フィーティアに会いませんでしたか?」

「あぁ、会ったぞ。あいつに頼まれて此処まで来たんだ。」


 最後はフィーに助けられた訳だ。

 戻ったらお礼を言っておかないとな。


「怪我とかはしてませんでしたか?」

「爺さんが砦に連れ帰って治療してる筈だから、もうすっかり治ってるさ。」


「砦まで?お姉ちゃんとは何処で会ったんですか?砦に向かっていた筈なんですけど・・・・・・。」

「森に入ってしばらく進んだところだ。魔物の気配がする方へ行ったら其処で会った。ま、少々怪我をしてたから爺さんに任せて俺がこっちに駆け付けたって訳だ。」


「そう、ですか・・・・・・。でもどうして先生達が森に?」

「どっかのパーティが全滅したって報せを受けてな、確認に行く所だった。俺はてっきりお前らの事だと思ったんだが、違ったようだ。」


 魔物のリーダー格が手に持っていたモノが脳裏に蘇る。

 きっと彼らのパーティだろう。


「あいつら、誰かの・・・・・・首を、持ってました。」

「そうか・・・・・・やられた場所、分かるか?」


「おそらく、ずっと北の方です。現場は見ていないのでなんとも。」

「まぁ、捜索は他の奴に任せるか。俺はお前らを連れて帰る。」


「え・・・・・・でも・・・・・・。」

「これでも一応先生だからな。それも仕事の内だ。それより、こっちも聞きたい事がある。」


「何でしょう?」

「・・・・・・この惨状は何だ?いきなり空が光りだすしよ。」


 辺りを見渡してジロー先生が言った。

 言うまでも無くフラムの魔法が引き起こしたものだ。


「えーと・・・・・・、彼女の魔法です。」


 ジロー先生の視線を受けてフラムが縮こまる。


「ひぅ・・・・・・っ!ご、ごめん・・・・・・なさい。」

「いや、責めてるわけじゃねぇが・・・・・・。あんな魔法聞いたことねえぞ?」


「火弾の魔法でした。」

「いやいやいや!あの魔法でこんな事にはならねえだろ!」


「でも実際そうでしたし・・・・・・。彼女は火の民の末裔ですから。」

「確かにその髪の色・・・・・・。火の魔法は得意と聞いたことはあるがいくらなんでも・・・・・・。あぁ!もういい!その光の後にとんでもねぇ殺気を感じたが、俺が辿り着いた時には何も居なかった、何か見てないか?」


「い、いえ・・・・・・私も毒で意識が朦朧としていましたので・・・・・・覚えが無いです。」


 嘘である。

 その殺気の主はヒノカの懐に在る。

 名を【がっかり刀】。

 どこかの転生者が作った魔道具だ。


 刀を鞘に納め、柄の底のボタンを押しながら「がっかり」と唱えると殺気”のようなモノ”が発生する。

 日本語で唱えると魔力消費が増え、更にスゲェ殺気”のようなモノ”が発生する。

 あと、抜くとがっかりする効果がある。


 というような事を懇切丁寧に書かれていた。威力はごらんの通り。

 殺傷能力などは無く、言わば唯のこけ脅しの魔道具だ。


 使用法は鞘に日本語で書かれているので、日本語を読めれば誰でも使える・・・・・・と言ってもこの世界では転生者しかいないだろうが。

 刃が短いのはネタ半分、実用性半分と言ったところか。

 武器としては使わないので、持ち運ぶのに少しでも軽い方が良いのだ。


 注意書きとして『強ぇヤツがいるとワクワクするような相手に使うと逆効果』と書かれている。

 後から書き足されているようなので、製作者か以前の持ち主に何かあったのだろう。


 魔道具というのは良いのだが、説明文が日本語というのが少し問題だ。

 この世界には神様が創ったとされる遺跡やダンジョンには日本語が書かれている事があり、古代語や神語などと呼ばれている。

 夏休みに行った【千の迷宮】もその一つだ。


 そんな文字が読める事が知られれば・・・・・・きっと面倒な事になるに違いない。

 それだけで探索等をするにあたってアドバンテージになるため、良くてパーティ勧誘の嵐、悪ければ誘拐・拉致監禁の憂き目に遭うだろう。

 仲間や先生を信用していないわけではないが、些細な事で漏れる恐れもある。

 そんな訳で【がっかり刀】の事は黙っておく。


「・・・・・・そうか、それなら仕方ねえな。一応注意だけは促しておくか。ま、何にせよお前らがサル共を相手に生き残れただけでも良かった。」


「先生が来られてなければ・・・・・・危なかったです。」

「私もまだまだ精進が足りないようです、戦闘中に気を失ってしまうなど。」


「そこまで気に病むな。俺だって奴らとは準備が出来てなきゃ、やり合いたくねえよ。」

「準備、ですか?」


「あぁ、戦ったお前らなら分かると思うが、奴らの厄介なところは速さと数、そして毒だ。速さと数を生かした連携で獲物を追い詰め、爪で傷を付ける。その傷口から回った毒で動けなくなったところを仕留める。それがあのサル共のやり方だ。」

「ふむ・・・・・・、確かにそういう動きでした。」


「そこで、こいつを使う。」


 ジロー先生が懐から黒紫色の丸薬を取り出した。


「それは解毒薬、でしょうか?」

「その逆だ。こいつを飲むと大体三日で死ぬから三日丸(さんにちがん)と言われてる。ま、毒薬だな。」


「ど・・・・・・毒!?」

「この毒が回っている間はいくつかの毒を防いでくれるんだ。その中にあのサルの毒も入ってるわけだな。サル共の駆除が終わればこっちの一日丸(いちにちがん)を飲めばいい。」


 今度は薄い灰色の丸薬を取り出す。


「三日丸を飲んでから大体一日以内に飲めば問題無く解毒してくれる。それ以降は保証できんが。」

「なるほど・・・・・・、毒の対策は分かりました。それからどうすれば?」


「群れに突っ込んで暴れてやればいい。一匹一匹は弱くて臆病だからな。ゴブリンやヴォルフを仕留められる腕があれば問題ないだろ。襲ってくる奴を処理して逃げる奴を追い回してやれば、その内毒も効かないと分かって逃げていく。ただ、殲滅するとなるとかなり難しいがな。」

「随分と乱暴な方法ですね。」


「あくまで一例だ。俺にとっちゃ一番楽な方法なんだがな。毒で動けないフリをして近づいてきたところを倒すってのも聞いた事がある。あとは森ごと焼き払っちまうとか、だな。下手すりゃ自分も丸焦げだが。奴らは森から出てこないから森の外へ逃げちまうのも手だ。討伐依頼を受けた時なんかは3パーティ以上で臨むのが良い。1パーティを囮にして囲まれたところで合図、それを確認したら離れて待機している他のパーティが更に外から囲って殲滅って寸法だ。奴らは獲物を囲うと、それ以外に目がいかねえからな。」

「戦い方は色々とあるんですね。」


「そうなんだが、魔物としては珍しい部類だから知らない奴の方が多い。知ってても三日丸と一日丸を常備してる奴も少ないしな。一粒の値段で食糧5日分は賄えるから仕方ねえが。」


 それをパーティ人数分となると、確かに痛い出費だ。

 ジロー先生がパン、と膝を叩く。


「・・・・・・よし、講釈はここまでにして、そろそろ出発するか。今からなら、日が沈む頃には戻れるだろ。」


 ぴょん、とサーニャが立ち上がる。


「おー、やっと体を動かせるにゃ!」

「ボクは早く帰って柔らかい布団で寝たいよ。」


 ヒノカの肩を借りてリーフがよろよろと立ち上がった。


「同感・・・・・・ね。」

「だ、大丈夫か、リーフ。」


「さっきまで治癒魔法を使ってたからな、その嬢ちゃんは俺が背負って行く。」

「え、あの・・・・・・でも・・・・・・。」


「お前さん一人ならどうってことないから気にすんな。」

「そ、そう言う事ではないのですが・・・・・・。ょ、よろしくお願いします・・・・・・。」


「あ・・・・・・アリス、は・・・・・・平気?」


 具合を確かめながらゆっくりと立ち上がる。問題なし。


「うん、もう大丈夫。毒もすっかり抜けたみたいだし。」

「じゃ、行くぞ!」


 身体も心も疲労困憊だったが、踏み出した足は心なしか軽かった。

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