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36.5話「白馬の王子は来ない」

 私には妹がいる。名前はアリューシャ。アリスと呼んでいる。

 賢くて、どの物語にも載っていない魔法を使う・・・・・・ちょっと変な子だ。

 友達のニーナには、どちらがお姉さんか分からないと良く言われる。

 私も・・・・・・そう思う。


 村に居た他の家の子達は毎日のように喧嘩をしているのに、私とアリスはお菓子も玩具も取り合いした記憶がない。

 お菓子が余れば譲ってくれたし、玩具なんかは欲しがりもせず、暇があれば本を読むか魔法の練習をしていた気がする。

 その甲斐あってか、今通っている学校での成績も、ひょっとすると一番かもしれない。

 それでも、それを鼻に掛ける事もせずに私を「お姉ちゃん」と呼んでくれている。


 あの子が赤ん坊の頃、私の命を助けてくれたことがあった。

 小さい頃の話だけど、しっかりと覚えている。


 少し大きくなると、皆が怖がるババ様の家に入り浸って本を読むようになった。

 2~3日帰って来ない事もあり、食べられてしまったのではないかと心配したこともあったほどだ。

 そのくせ、私の薦めた本はあまり好みではないようだった。

 普段は本を読まないような子でも目を輝かせるような冒険譚なのにも拘らず、だ。


 その事でたった一度だけ、喧嘩したことがある。

 と言っても、私が一方的に怒っていただけなので、喧嘩なんて呼べないモノだったけれど。


「う~ん、その本に出てくる魔物も魔法も全部この世界にあるから・・・・・・かなぁ。」


 というのが彼女の言い分で、私には全く理解できなかった。

 やっぱりヘンな子だと思った。


 ある日、アリスが突然冒険者になりたいと言い出した。

 もちろん、冒険者のお父さんも、お母さんも反対したのだけれど・・・・・・。

 なんと、お父さんを勝負で負かして、そのまま仕事に付いて行ってしまったのだ!

 数日後に家に戻ってくると、その胸元にはお父さんと同じギルド証が掲げられていた。

 本当に冒険者になってしまったのだ。


 それからは度々、お父さんと仕事に行くようになった。

 お父さんの口から語られるアリスの冒険譚は、どんな本のそれよりも輝いており、まるで自分の妹が物語に出てくる勇者になってしまったかのようだった。

 私はその時から一層、ニーナ達との稽古に力を入れるようになった。


 これも、元々はアリスが始めたことだ。

 最初はアリスが一人で家の裏でやっており、時たま相手をさせられる感じだった。

 私がアリスに打ち込むだけの簡単なものだったが、ゆっくりと本を読みたかった私はニーナを紹介することにした。

 彼女が剣術を習っていると聞いたのを思い出したのだ。

 ニーナは二つ返事で引き受けてくれた。

 ・・・・・・のだが、何故か私も一緒に習う羽目になってしまった。


 気付けばルーナさん・・・・・・元魔法騎士のニーナのお祖母さんに剣を習う事になっていた。

 魔法騎士といえば、誰もが憧れる職業だ。

 勇者ティグルーだって、魔法騎士だったのだ。


「貴女が一番魔法騎士に向いているかもしれませんね、フィー。」


 ルーナさんに、いつか言われた言葉。

 でも、それは私にとって嬉しい言葉では無かった。

 だって、アリスがいるのだ。

 あの出来の良い妹を差し置いて私が一番なんて、ただの慰めの言葉に過ぎない。

 それを聞いてルーナさんが笑った。


「確かに、魔法騎士になれる可能性は今の所アリスが一番高いけれど・・・・・・、きっと興味は無いでしょうね。」


 そして、それはルーナさんの言った通りだった。

 学院に来て、あろうことか一番不人気の学科を自ら選択してしまったのだ。

 アリスの実力なら、どの学科だって行けただろうに。

 それこそ、魔法騎士科にだって。


 けれど、魔道具科を選択したアリスは楽しそうだった。

 よく分からないけれど、いつも皆が驚く凄いモノを作っている。

 どこにいようが、やっぱり私の妹は凄いのだ。


 私はそんな妹が嫌い。大嫌いだ。

 勉強だって、剣術だって、何でも出来る妹が嫌い。

 いつも心配させる妹が嫌い。いつも優しい妹が嫌い。いつも気遣ってくれる妹が嫌い。


 でも、それ以上に――――――大好き。


 私は、妹の事が好きじゃない自分が嫌い。

 妹に勝てない自分が嫌い。

 妹に助けられてばかりの自分が嫌い。


 私はあの子が誇れるような「お姉ちゃん」になりたかった。

 ・・・・・・けれど、それも。


*****


 私に馬乗りになっている魔物の喉奥から刃が飛び出し、鼻先でピタリと止まった。

 魔物の血が刃を伝ってポタリと私の鼻頭に滴り、一筋に流れ落ちて頬を汚す。


「・・・・・・ぇ?」


 魔物はダラリと力が抜け、事切れている。

 スッと刃が引っ込み、魔物の死体が蹴り飛ばされた。

 その刃は時折月の光を受けて煌めきながら次々と魔物を屠っていく。

 咄嗟の事で動けなかった魔物達はあっけなく斬り伏せられた。


 私の身体が血溜りから抱き上げられる。


「よぉ、生きてるな?」


 聞き覚えのある声。


「・・・・・・じろ・・・・・・せん、せ?」

「おう、お前のセンセー様だ。随分・・・・・・手酷くやられちまったな。」


「みん、な・・・・・・を。」


 動かない身体の代わりに視線を私が来た方向へ向けた。

 剣で斬られ、白い傷を剥き出した木々が点々と奥へと誘っている。


「あぁ、分かった。」


 その時、ジロー先生の背後の草むらからガサガサと聞こえた。

 先生が首だけ振り向かせて声をかける。


「遅ぇぞ、爺さん。」

「全く、いきなり走り出すんじゃないわい。」


 草むらを掻き分けて現れたのは、兜から白髭を覗かせた老騎士。

 騎士科の先生だ。


「こいつを頼む。」

「もっとレデーに気を使わんかい。」


 老騎士は真っ白いマントを外すと露わになっていた私の肌を覆い隠す。

 白いマントは私の血を吸って赤く染まってしまった。


「・・・・・・ご・・・・・・めん・・・・・・な、さ・・・・・・ぃ。」


「気にせんでええ、騎士の誉れじゃて。しかし、酷い傷・・・・・・じゃの。」

「死なせるんじゃねえぞ?」


「保証は出来ん。どちらにせよ、この場所では本格的な治療は無理じゃ。応急処置だけして砦に連れ帰るぞ。運良く・・・・・・専門家もおるしの。」

「いや、俺はこいつのパーティの所へ行く。頼まれたからな。そっちは任せたぜ、爺さん。」


「一人で大丈夫なのか?」

「あぁ、三日丸(さんにちがん)もあるしな。サル程度、蹴散らすぐらいなら問題ねぇ。」


 そう言ってジロー先生が懐から丸薬を取り出して口に放り込み、顔をしかめる。


「うげ、相変わらずクソ不味いな。じゃあ行ってくる。」


 ジロー先生は駆け出し、あっという間に闇に飲まれて見えなくなった。


「やれやれ、殺気を抑えきれておらんぞ。さて、こっちはお前さんの治療じゃな。しばらく眠っておるとええ。」


 老騎士は小瓶を取り出して中の液体を私の口に流し込んだ。

 甘い香りが広がり、瞼が急に重くなる。

 私はそれに抗う事無く目を閉じた。

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