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36話「ありすをいじめるな」

 フラフラと倒れそうになる身体を刀と触手で支える。


 くそ、毒持ちだったとは・・・・・・!


 症状からして麻痺毒のようなものだろう。

 奴らの爪には毒があり、傷を付けた俺達に毒が回るのを待っていたのだ。

 総攻撃の後、奴らの攻撃が収まっていたのはそのためだ。

 すでに仲間達は膝を着き、地に伏してしまっている。


 俺も触手が無ければ立っている事も出来ないだろう。

 触手を操る事は可能なので不用意に近づいてきた二匹を屠り、そこからまた膠着状態が続いている。


 と言っても、それも時間の問題だ。俺もいつまで持つか分からない。

 俺は睨みを効かせながら、周囲の仲間の状況を確認する。

 リーフは気を失ってしまっているが、治癒魔法で傷も殆ど塞がっており、急を要する事は無いだろう。


 他の仲間は意識を保っているが、やはり身体は動かせず声も出せないないようで、視線を交わすだけに留めた。

 リーダー格の魔物が俺に向かって拳大の石を投げつけてきたのを触手で叩き落とす。

 だがそれに倣い、他の魔物達も大小様々な石を拾って投げつけてきた。


 小さいものは無視し、大きい石のみを触手で防ぐ。

 毒が回ってきた所為か、不意に視界が歪んだ。


 その一瞬で触手の操作が乱れ、身体を支えきれずに地面に尻もちをついてしまった。

 なんとか操作を立て直し、倒れるのは阻止する。

 杖代わりにしていた刀も取り落とし、音を立てて転がった。


 く・・・・・・不味い・・・・・・意識が。


 それを見たリーダー格の魔物が慎重にこちらとの距離を縮めてくる。

 そうだ・・・もっと近づいてこい。お前だけでも・・・。

 一歩、また一歩と近づくヤツを視界に捉え、一本の鋭い触手を練り上げる。

 飛んで来る石も全て無視し、その一瞬を待つ。


「だ・・・・・・めっ!だめぇええ!!」


 俺の眼前に小さな影が立った。


「フ・・・・・・ラム?」


 そういえばフラムは奴らの爪を受けていなかった筈。

 つまり俺達の中で満足に動けるのはフラムだけという事だ。

 肩を震わせながら俺を庇うように魔物の前に立ちはだかる。

 リーダー格は一瞬警戒して足を止めたが、脅威は無いと判断したのか、再び歩を進め始めた。

 フラムは震える掌をヤツに向ける。

 ふわり、と暖かい風が頬を撫でた。


 徐々に周囲の温度が上がる。

 フラムの髪が火のようにゆらゆらと揺れ、根元から薄い青色に染まっていく。


 まずい・・・・・・かも?


 火の民の力を色濃く受け継いだフラムは、当然の事ながら火の力を使った魔法が得意だ。

 だが普段はあまりその力を使う事は少ない。

 特に今回のような森の中で火の魔法を使えば周囲に燃え広がり、自分達が悲惨な事になってしまうためだ。

 威力の調節を行えばある程度は問題ないが、そんな事をするよりもリーフの様に水や氷の魔法をぶっ放す方が簡単なのだ。


 とは言え、火の魔法が役に立たないという訳ではない。

 一般的なのは威力を弱めて焚火の火種に使う等、生活面での活躍だ。


 そして、大規模な戦闘・・・・・・戦争でその力は発揮される。

 森や町ごと敵兵を焼き払うのだ。

 後には灰しか残らないので略奪には向かないが。


 そんな気配が、今のフラムからビリビリと伝わってくる。

 いや、灰でも残れば良い方かもしれない。


 俺は練り上げた攻撃用の触手を破棄し、新たに複数の触手を伸ばす。

 飛びそうな意識に鞭打ち、倒れている仲間達を触手で絡め取って集める。

 ズリズリと引き摺ったため、擦り傷が出来てしまっただろうが良しとしよう。

 涙目で抗議する仲間達から目を逸らす。


 フラムの髪は毛先まで薄い青で染まり、炎のように嘶いていた。


「”火弾(フォムバル)”!」


 フラムの呪文と同時に水のドームでフラム以外の皆を包んだ。

 闇に沈んだ森を光が染め、一筋の閃光が空を裂き、一瞬だけ夜を終わらせる。

 熱風が森を掻き乱し、木々が悲鳴を叫んだ。


 騒ぎが通り過ぎたのを確認し、水の障壁を解除する。

 丁度良い湯加減になったドームの残骸がバシャリと降り注いだ。


 訂正、熱っ!!!


 だが、その刺激で少しだけ意識がクリアになる。

 グラリと倒れそうになるフラムを、触手とびしょ濡れの身体で受け止めた。


 フラムの掌からはドライアイスを水に入れた時のように魔力が溢れ出している。

 今の魔法で魔力が暴走してしまったようだ。

 あれだけの威力なら納得だが。


 力の入らない手をフラムの掌に重ね、昔取った杵柄でフラムの魔力を正常に戻してやると、髪の色も徐々に戻っていった。


 フラムが落ち着いたところで周囲の確認を行う。


 熱風に晒された枝葉は乾き、萎れている。

 閃光が走った周辺の木は溶けるように抉れ、捻じ曲がっており、見る影もない。

 斜め上方向に放たれため、影響範囲が狭いのは幸いか。


 正面にいたリーダー格の魔物は脚だけが地に立っている。

 他のパーツは見つからない。

 近くに居た数匹の手下達も巻き込まれたようだ。そのパーツが煙を上げて転がっている。

 とは言え敵は多く残っている。


 まだ混乱しているためか、動きはない。このまま退散してくれれば良いが。

 頭を倒したとはいえ、こちらはほぼ手詰まりの状態だ。

 俺の意識がある間は何とかなりそうだが、それもいつまで持つか。

 先程まで意識のあった仲間も気を失っており、猶予は殆ど残されていないかも知れない。

 とりあえず触手で一人ずつ一ヶ所に集め、守りやすいように固める。


 ヒノカを持ち上げた時、懐から何かが落ちてカツンと音を立てた。

 木の柄に木の鞘の鍔の無い短刀。所謂ドスというやつだ。

 師匠から貰った御守りで、中には指先程の刃があるだけらしい。

 話には聞いていたが、見るのは初めてだ。


 全員を集めた後、触手で短刀を拾って抜いてみる。

 確かに申し訳程度の刃が付いているだけの短刀だ。

 刃の方に意識を向けていたため気付かなかったが、鞘に小さな文字で何か文章が書かれている。


 なるほど・・・・・・こいつは魔道具か。


 その文章は、この短刀の形をした魔道具の使い方が懇切丁寧に書いてあった。

 だが、ヒノカが気付かないのも無理はない。

 全て日本語で書かれているのだ。

 つまり、この魔道具は転生者の誰かが作った物だ。

 俺の知っている人物かもしれない。


 今度聞いてみるか。・・・・・・まぁ、生きて帰れればだが。


 短刀を鞘に納め、柄を上にして地面に立てた。

 柄の底に手を乗せ、触手で上から押さえると、カチリとボタンが押された感触が伝わってくる。

 よし、スイッチON。・・・・・・頼むぜ。


『がっ・・・・・・かり、させん・・・・・・なよ。』


 ボスを失ってうろたえていた魔物達が一斉に騒ぎ出し、我先にと蜘蛛の子を散らしたように逃げていく。

 元々素早い魔物なのであっという間に感知出来なくなり、騒ぎが嘘のように鎮まった。

 周囲には蟻一匹の気配すらも感じない。

 時折風が揺らす葉擦れの音だけが耳を震わせる。


 何とか・・・・・・なったか。でもどうすりゃいいんだ、これから。


 脅威は退けることが出来たが仲間は皆気絶、自分ももう限界にきている。

 倒れそうになる身体を支えながら策を考える。


 ・・・・・・かまくらでも作るか。あとは番犬代わりのゴーレムを。


 問題は作り終えるまで俺がもつかだが、考えていても仕方が無いだろう。

 地面に手を触れる。


 作業を開始しようとしたその時、一つの魔力反応がこちらへ近づいてくるのを感知した。

 かなりのスピードだが、魔物では無いようだ。

 助けが来たのだろうか?


 気配の方へ視線を向け、一応臨戦態勢をとる。

 が、グラリと視界が傾き、地面に倒れ込んだ。


 くそ・・・・・・ここまできて。


 だが、草を掻き分けて現れたのはジロー先生だった。


「ジ、ロー・・・・・・先生?」


 どこかにぶつけてしまったのか、額から血が一筋流れている。

 きっとフィーが呼んでくれたのだろう。


「い、生きてる・・・・・・みてえだな。」


 先生はテキパキと他の仲間達の安否を確認していく。


「全員無事・・・・・・か。サルが出たのは知ってるが・・・・・・何があったんだ?」


 周りの惨状を見て俺に尋ねる。


「いろいろ・・・・・・と。」

「あぁ悪ぃな、後で聞く。少し休め、毒もすぐ抜けるだろ。」


 緊張の糸が解け、俺の意識は崩れた。

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