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34話「鶏肉っぽいらしい」

 ザクザクと柔らかい腐葉土を踏みしめながら森の中を進む。

 ヴォルフの遠吠えが彼方から耳に届いた。

 他のパーティが戦っているのだろうか。


 周囲の確認を行いながら、ヒノカが呟く。


「こちらの方もあまり変わり映えはしないな。」

「それはそうでしょう。来た事がないと言っても、街の周辺に広がる森林地帯の一角に過ぎないのだし。」


 散策をしながらゆっくりと歩いているが、見つけた薬草や木の実は他の場所で採る事が出来る物ばかりだ。

 退屈な景色が続いており、自然と愚痴も零れてくる。


「それにしても、何も起きないねー。」

「うん、おなかもすいたね。」

「で、でも・・・・・・怖いのは・・・・・・。」


「あちし、狩りに行きたいにゃ!」

「野営場所が決まってからよ。それまでは我慢してくれるかしら。」

「あうー、分かったにゃー・・・。」


「確かに拍子抜けだな。もっと魔物が跋扈しているのかと思ったのだが。」

「少し前に先輩方が同じように課外授業をやっていたみたいだから、私達はその残党狩り、という具合でしょうね。」

「ふむ・・・・・・、そうだったのか。」


「それに私達みたいにギルドの仕事をこなしている子達ばかりではないのだし、まずは様子見と言う事でしょう。」

「そういえば・・・・・・ギルドでも一年生の子はあまり見かけないかもー。」

「この課題が終われば増えるかもしれないわね。」


 森の木々達も、静かに俺達の会話に聞き入っている。

 ピクリ、とサーニャの耳が跳ねた。


「魔物にゃ!」

「ヴォルフのようだな・・・・・・。」


 音も無く森の中を駆けて来たヴォルフは距離をとってこちらを窺っている。


 ウオォォォ――――――・・・・・・ン


 1頭が遠吠えを上げる。こちらの数が多いので仲間を呼んだみたいだ。

 武器を構えて距離を詰めようとすると、同じ分だけこちらから離れていく。


「”氷矢(リズロウ)”!」


 リーフの魔法がヴォルフ達の立っていた場所に突き刺さり、地面を凍らせる。

 2頭のヴォルフは悠々とした態度だ。


「さすがにこの距離では避けられてしまうわね。」

「仲間が集まるまで待っているようだな。」


 そうこうしている内に1頭、また1頭とヴォルフ達が合流を始める。

 そして、あっという間に十数頭のヴォルフに囲まれてしまった。

 だが戦い慣れた魔物である。

 油断は良くないが、気負い過ぎる敵でもない。


「こうも手際が良いとはな。まだ襲って来る気はないようだが・・・・・・どうする?」


 ヒノカの声は幾分か楽しそうだ。


「こっちから行くしかない・・・・・・かな。」

「だが近づいたら離れてしまうぞ?」


「同時に四方に向かって突撃で。」

「こちらの人数を分けるのか?」


「うん、離れて行くなら包囲は崩せるし、ヴォルフなら皆も慣れているからね。お姉ちゃんとニーナ、リーフとサーニャ、私とフラム、ヒノカは一人で大丈夫だよね。」

「無論だ。」


 簡単に打ち合わせを終わらせ、武器を構え直す。


「皆、あまり離れないでね。何かあれば大声で報せて。」


「それじゃ行くにゃー!」

「あ、こらっ!待ちなさい!」


 サーニャを皮切りに、各々が背中を合わせてヴォルフとの距離を詰めていく。

 一瞬ヴォルフ達の足並みが乱れるが、こちらを迎撃するようだ。

 包囲を崩して5体程の塊になり、こちらへと襲い掛かってくる。

 地面から三本の刀を抜いて構えた。

 二本は魔手が握っている。

 制御が難しくてまだ二本しか操れないが、目指すは千手観音だ。

 飛び掛かってきたヴォルフに魔手の持つ刀で斬りつけた。


「ギャウン!!」


 悲鳴を上げて転がっていったヴォルフは間もなく息絶えた。

 首を切断したつもりだったが、刃は中ほどまでしか届かなかったようだ。

 刀を振るい、こびり付いた血を払う。


 一瞬たじろいだヴォルフ達だったが、今度は一斉に襲い掛かって来る。

 俺は魔手の操る二本の刀でそれらをいなし、突き、斬り、払い、ヴォルフ達を屠っていく。

 全てのヴォルフが殲滅されたのを確認し、刀を土に還した。


 フラムが不思議そうな顔でこちらを見つめる。


「ど、どうして・・・・・・剣が、浮いてた・・・・・・の?」

「ふふふ、秘密。」


 魔力視の出来ない人が見れば空飛ぶ剣が戦っているように見えた事だろう。

 戦闘を終えて、元の位置へ集まる。


「そちらも終わったようだな。」

「うん、他の皆もね。」


*****


 倒したヴォルフ達の毛皮を剥いだりしている内にすっかりいい時間になっていた。

 手に入れた物は土で作った荷車に載せている。


「さて、そろそろ行こうか。」

「そうね、野営の出来る良い場所が見つかればいいのだけど。」

「もう日が傾き始める時間だからね。」


 さらに北へと歩みを進めると木々の中にぽっかりと開けた場所が見つかった。

 古いものだが、野営を行った痕跡もある。


「この場所にしましょうか。」


 リーフの言葉に反対する者はいない。

 早速野営の準備に取り掛かった。

 結界を張り、少し大きめの支給された簡易テントを組み立てる。

 大きめと言っても、さすがに七人もいれば窮屈だが。

 並行して火を熾し、夕食の準備に取り掛かる。

 今日の夕食は携帯食料にサーニャが捕って来た・・・・・・ヘビ×2だ。


「これだけしか捕れなかったにゃー・・・・・・。」

「ひぃぃ・・・・・・っ!」


 サーニャが掴んでいるヘビを見て、涙目で後ずさるフラム。


「ヘビ・・・・・・ね。一応は捌けるけれど、調味料はあったかしら?」

「塩なら持ってきてるけど・・・・・・。」


「ならそれを使いましょうか。ナイフを貸してくれる?」


 リーフが受け取ったナイフを使い、ヘビを手際良く解体していく。


「ほう、鮮やかなものだな。」

「そ、そうかしら。私の村では皆出来るわよ?」


 出来あがったものはヘビのサイコロステーキとでも言えばいいだろうか。

 開いて塩を振って火を通しただけの簡素なものだが、携帯食だけよりは華がある・・・・・・気がする。


「意外と美味いな。」

「香辛料が他にもあれば良かったのだけれど。」


「生で食べるより美味いにゃ!」

「ボクは初めて食べたけど、おいしいよ。」

「うん、おいしい!」


 うむ、美味い。

 さらに細かく切れ目が入れられているため、食べ易くなっている。


「アリスは・・・・・・口に合わなかったかしら?」


 少し考え事をしていたのを違った方向に取られたらしい。

 しょんぼりするリーフに慌てて首を振る。


「あぁ・・・・・・いや、美味しいよ。お父さんが料理した時は酷かったなと思ってね・・・・・・。」


 ヘビをそのまま串にブッ刺して、焼く。

 それが我が父が料理と呼んだ物だった。

 他のパーティメンバーからも大顰蹙であったが。


 ニーナが意外そうな顔をし、フィーが首を傾げる。


「へぇー、たべた事あったんだ、アリス。」

「いつたべたの?」


「お父さんとギルドの仕事をしていた時にだよ。野営をする時、たまに狩りもしてたからね。リーフは随分手慣れてたみたいだけど。」

「私の村は食べ物が少なかったから自然と、ね。」


「そっかー・・・・・・、大変だったんだね。」

「そうでもないわ。飢えて困るという程ではなかったもの。ただ、保存食を節約するために食べられる物は何でも食べるっていうだけね。・・・・・・フラム、大丈夫?」


 隣を見るとフラムが青い顔でヘビの肉と睨めっこしている。

 先程ヘビの姿を見てしまった所為か。

 むしろ普通の女の子がヘビを前にしたら、そうなるのが当然な気がしてきた。


「無理しなくても良いのよ。私の村にだって苦手な子はいたから。」

「ぅ、ううん・・・・・・た、食べる。」


 とは言うものの、箸は進まない。


「そうね・・・・・・貴女が食べさせてあげなさいな、アリス。」

「私は別に構わないけど・・・・・・。」


「フフ、ちゃんと言わないと分からないわよ?」

「ぉ、お願・・・・・・ぃ・・・・・・します。」


 ナイフを使ってヘビの肉を一口サイズよりもう少し小さく切り分ける。


「はい、あーん。」

「ぁ、ぁー・・・・・・ん。」


 目を瞑って小さく開いたフラムの口の中に、小さな欠片を運ぶ。


「・・・・・・はむ。」

「お口には合うかしら?」


「ぅ、うん。美味しい・・・・・・。」

「そう、それなら良かったわ。」


 夕食が済んだ頃には森の中は闇で満たされており、焚火の灯りが届かない場所は一寸先も見えない。

 お腹が膨れたサーニャは既に満足そうに寝息を立てている。

 俺達は見張りの順番を決め、それぞれ床についた。


*****


 身体を揺すられる感覚に目を開くと、眼前にフィーの顔が現れた。


「アリス、おきて。」

「・・・・・・ん、交代?」


「うん。」

「ふあ・・・・・・分かった。」


 フィーと交代でテントから出ると、焚火の前にはリーフが座っていた。

 今日の見張りの相方だ。


「おはよう。こんな中途半端な時間だと流石に眠いわね。」

「そうだね、早く帰ってゆっくり寝たいよ。何か変わった事はあった?」


「いいえ、ニーナ達の方は何もなかったみたい。」

「そっか、こっちも何も無いといいね。」


「そうね・・・・・・。」


 俺は少し間を空けてリーフの隣に腰を落ち着けた。

 パチパチと火が弾ける音だけが辺りを支配する。


 手持無沙汰に負け、俺は魔法の鍛錬を始めた。

 魔手を二本創り出し、ジャンケンをさせてみる。

 ここまでは問題無い。


 更に三本目を創ってジャンケンに参加させる。

 どうも上手く動いてくれない。

 唯の触手とは違って動きが複雑だからだろう。

 二本であれば右手と左手の感覚で動かせるのだが。


 昔、子供の頃に友達の真似をして耳を動かそうと練習していた時のような、むず痒い感覚だ。

 ついには叶わなかったが。


 とりあえず三本目を出しっぱなしにして二本の魔手で地面から刀を引きぬく練習に掛かる。

 抜いては壊し、の繰り返しだ。


「な・・・・・・何をしているのかしら?」

「暇だから、魔法の練習。」


「普通、こういう時にするようものではないのだけれど。」

「まぁ、いつ魔物が襲ってくるか分からないからね。」


「そうよ、その状態で魔力を無駄に使うのは命取りだもの。でも・・・・・・貴女には関係ないのでしょうね。羨ましいわ。」


 その魔力の所為で魂を抜かれて転生させられたんだけれども。

 俺にとっては嬉しい限りだが、そうでない人もいる・・・・・・のか?

 まぁ、妻子ある身とかなら・・・・・・いや、そもそもリア充は対象じゃねえわ。


「はぁ・・・・・・私の魔力も貴女の百分の一で良いから欲しいわ。練習しても増えた感じがしないし。」

「でも、少しずつ増えてるよ。」


「とは言ってもねぇ・・・・・・。魔力の暴走だってしないし。」

「それは・・・・・・仕方ないよ。」


 魔力の暴走・・・・・・要は魔力が制御出来ない状態なのだが、態とその状態を作り出そうとしても無意識の内にセーブしてしまうのだ。

 ずっと息を止める事が出来ないのと同じ様に。

 幼い頃であればフィーの様に上手く制御出来なくなる事もあるだろうが、フィーも今では魔力の暴走を起こすような事は無い。

 危険な行為であると身体がキチンと認識しているのだ。


 そんな事を考えながら魔法の鍛錬を続けていると、再びリーフが声を掛けてくる。


「ねぇ、魔法は誰に教えて貰ったの?」

「うーん・・・・・・、綺麗なお姉さん、かなぁ。」


「はぁ・・・・・・言いたくないのならそう言ってくれれば良いわ。」

「そうじゃなくて・・・・・・本当に名前も知らないんだよ。魔法を見せて貰ったのも一回だけだったし、それ以降会ってないから、私の魔法が正しいのかも分からないんだ。」


「そう、だったのね。当たってしまってごめんなさい。」

「ううん、まぁ・・・・・・普通じゃないのは自覚しているしね。だから私はリーフ達が使っているような魔法は使えないんだよ。」


「魔法の基礎の授業では使えているわよね?」

「あれは何て言えばいいかな・・・・・・再現しているだけなんだ。」


「・・・・・・再現?」

「例えば・・・・・・”火弾(フォムバル)”。」


 目線の先にある森へ手を翳して呪文を唱える。


「ちょっ・・・・・・!!」


 慌てて身を竦めるリーフ。


「・・・・・・あれ、出ない・・・・・・の?」

「そう、出ないんだ。それで・・・・・・。」


 魔力を操作して掌に火の玉を作り出す。


「まぁ、授業ではこんな感じで自分の掛け声に合わせて魔力を操作して同じ効果を発生させてるんだよ。」

「そっちの方が凄いと思うのだけれど・・・・・・。」


「そうでもないよ。咄嗟に使う時なんかはリーフの方が断然速いだろうしね。」

「良く見ているのね。」


「それも勉強の内だよ。」


 見張りの時間が終わり、ヒノカ、フラムと交代してテントの中で寝転ぶ。

 外からボソボソと聞こえる二人の話声を聞きながらまどろみに落ちて行った。

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