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30話「生物災害」

 ―――バサバサッ。

 遠くで蝙蝠が翼を羽ばたかせ、赤い満月を横切った。

 夜の様相ではあるが、その満月のお陰で部屋内の様子を見渡す事は容易である。


 領域を四角に切り取るように巡らされた鉄柵は簡単に跨いで越えられる高さであるが、それを見えない壁が阻んだ。

 通路も同じ様に鉄柵で区切られており、この部屋から二本伸びているのが確認できる。


 部屋内には湿った土の地面の上に小さな石碑が整然と並び、まるで俺達を出迎えているようだ。

 ―――いや、出迎えてくれている。


 魔物の気配を察知し、ヒノカが刀を抜いた。


「魔物がいるようだが・・・・・・何処だ?」


 部屋の中に気配は感じるが、その影が見当たらない。


 ―――ボコリ。


 小さな石碑・・・・・・墓が並んでいる当たりの地面が不意に盛り上がった。


 ―――ボコリ。――ボコリ。―ボコリ。・・・・・・・・・・・・。


 最初の一つを皮切りに、次々と地面が盛り上がり、山がいくつも出来ていく。


 ―――ボゴッ!


 山が崩れ、中から腐った手が現れた。

 その手はガシリと地面にしがみ付き、爪痕を残しながら・・・・・・腕・・・・・・肩・・・・・・そして頭と這い出して来る。


 紛う事なきゾンビ。

 B級映画なんかでよく活躍しているアイツらだ。


 腐った身体は所々皮膚が剥がれ落ちて白い骨が顔を覗かせ、頭部は歯が剥き出しになり、支えきれなくなった目玉がデロンとぶら下がっている。

 その姿を見た誰かが「ヒッ!」と小さな悲鳴を上げた。


 ヒノカが刀を構えたままチラリとこちらに目線を向ける。


「かなり数が多いぞ、どうする?」


 数えなくても10体以上は居そうだ。

 いくら動きが緩慢だとは言え、あまり同時に相手はしたくない。

 それに、走ったりする奴も出てくるらしいからな。

 そういうのが混じっていると困る。


 まぁ、幸い奴らはまだ這い出して来ていない。

 となれば、今が好機。

 這い出してくる前に攻撃しても良いが、初めて戦う魔物なのでとりあえずはセオリー通りに。


「通路で迎え撃つよ、皆走って!」


 恐怖で固まるラビとフラムを抱え、近い方の通路へと駆け込む。

 そして入り口でヒノカと共に迎撃の構えを取った。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。


 来ない。

 いや、来れないのだ。


 胸くらいまでは自力で這い出す事が出来たようだが、それ以上は無理らしい。

 埋まったままバタバタともがいている。


 頑張った奴は上半身が見えており、更に頑張った奴は腰から下が千切れ、臓物をまき散らしながらそのダメージで消滅していった。南無。


 あ゛~~~~~う゛~~~~~~とゾンビ達の合唱が響く。


 これはこれで酷い光景だ。

 隣で迎撃態勢を取っていたヒノカと目が合う。


「・・・・・・どうするのだ、これは。」

「・・・・・・とりあえず全部潰してくるよ。」


 奇跡的に這い出して来れた奴に背後を取られたくないしな。

 部屋の中に戻ろうとした俺をリーフが止める。


「だ、ダメよ。危ないじゃない!これならフラムの魔法で倒して貰えば・・・・・・。」


 確かにフラムの魔法であれば簡単に一掃できるだろう・・・・・・が。


「いや、フラムの魔力は温存しておきたいからね。勿論、皆のも。」


 この先何があるのか分からないのだ、取れる手段は極力残しておきたい。

 まぁ、出し惜しみもダメなのだが、この状況であれば俺一人で問題ないだろう。


「で、でも・・・・・・。」

「それに、私なら離れた所からアイツ等を倒せるから。何かあれば、此処から魔法で援護してくれれば問題無いよ。」


「・・・・・・分かったわ。」


 部屋の中に再度足を踏み入れ、近くでもがいている奴の頭を触手で叩き潰した。

 順番に、確実に、距離を取りつつ片っ端から潰していく。


 まるでもぐら叩きだ。

 いや、出っぱなしだから、もぐらない叩きか。


 ともあれ、ゾンビ達の合唱コンクールは幕を閉じた。


 安全になったのを確認し、皆を部屋の中へと招く。

 静かになった部屋を見回し、リーフが呟いた。


「前の迷宮とは随分雰囲気が変わったわね。」


 水族館の次はお化け屋敷、と言ったところか。

 部屋の中を探索していたニーナとフィーが何やら抱えて戻って来た。


「ねぇねぇ、部屋の隅にこんなのあったよ!」


 二人の手には植木鉢。それぞれ赤い草と緑の草が生えている。

 調合するやつか、コレ。

 とりあえず草だけ抜いて鞄に仕舞っておく。


「たべられるかな?」

「あはは・・・・・・。お腹空いたんだね、お姉ちゃん。」


 香草としてなら使えるかも知れない。


 俺達は部屋の探索を終え、通路を進む。

 さて、此処はどれくらいかかるだろうか。


*****


 墓地迷宮に入って数日、新たに到着した部屋の中には、剣と盾を持った骸骨が2体。

 埋まったゾンビが数体。

 加えて・・・・・・数えたくない程のゾンビが徘徊している。


 リーフが辟易とした声を上げた。


「此処もなの!?」


 日に日に徘徊するゾンビが増えていっているのだ。

 どうやら埋まっているのは初期配置のゾンビのみで、後湧きのゾンビは外に出た状態で湧くらしい。


 そして、そのゾンビ達の湧きが異様に多い。

 まぁ、それこそゾンビたる所以なのだろう。


 車にでも乗って突っ込みたいところだが、残念ながら見つかっていない。

 リーフが溜め息を吐きながら皆を見渡す。


「次は・・・・・・アリスだったかしら?」

「うん、そうだよ。」


 こうなっては魔力の温存なんて言っていられないので、いっその事、大技魔法の練習にしてしまおう、という事になったのだ。

 特に、皆と同じ魔法を使えない俺は時間が掛かるからな。良い機会だ。


 部屋の入り口から一歩離れて構えたところで、リーフから注意を受ける。


「アレはダメだからね、アリス。」

「うぅ~・・・・・・ごめんなさい。もうしないから、フラムも泣かないで。」


 アレ、とはゾンビ無双の事である。

 ゾンビの群れに単身突っ込んでいって暴れるやつだ。

 一回やったらリーフとフラムに物凄く怒られた。

 いやまぁ、分かってはいたけど・・・・・・でもこんなにゾンビが居たら一回はやってみたいじゃないか!


 とは言え、心配を掛けたくない、というのも嘘ではない。

 あの一回は夢を・・・・・・ロマンを叶える為の一回だったと思って許して欲しい。


 さて、魔力も十分にチャージ出来た。あとは部屋の中を蹂躙させるだけだ。

 形だけの呪文を叫ぶ。


「エターナルフォースブリザード!!!」


 ――――――相手は死んだ。


*****


 俺の膝を枕にして、スヤスヤと寝息を立てるフラムの頭をそっと撫でた。

 初めは怖がっていたフラムも、すっかりとこの迷宮に順応してしまったようだ。


 現在は野営中。

 俺とニーナが見張りをしている。


「見っかんないねー。聖域の部屋。」

「そうだね、早く見つかってくれると良いんだけど。」


「ボクこの迷宮嫌いだよー。暗くてジメジメしてるしさぁ・・・・・・。」

「そう?慣れたら今までの迷宮より過ごしやすいと思うよ。」


「えーっ、どこが?」

「いや・・・・・・、他の迷宮はずっと明るかったからさ、よく眠れなかったんだよね。」


 その点、この墓地迷宮はぐっすりと眠れるのだ。

 逆に寝覚めはあまり良くないが。何とかしたいものだ。


「あ~・・・・・・それはあるかも。ふぁ~・・・・・・。」


 そんな会話をした所為か、ニーナが大きく欠伸する。


「もうすぐ交代だし、先に寝てて良いよ。」

「うー。ダメだよ。ボクも、がんばる。でないと、おばあさまにおこられちゃうよ。」


 うつらうつらとニーナが船を漕ぎ出した。

 【千の迷宮】に入ってから一ヵ月近く。

 それに加えて、この墓地迷宮に入ってからは魔法を連発している。

 疲れもかなり溜まってしまっている筈だ。


「大丈夫だよ。もう沢山頑張ってるニーナの事をルーナさんが怒ったりするわけないよ。」

「そ、そうかなぁ・・・・・・?」


「そうだよ。だから、ゆっくりお休み。」

「うん・・・・・・えへへー・・・・・・。くー・・・・・・。」


 コテン、と横になったニーナに外套を掛けてやる。

 フラムが膝を枕にしていて動けないので、触手を使って、だ。


 俺も、もう少しだけ頑張ろう。


 皆の寝息を聞きながら魔手の練習をしていると、サーニャがモゾモゾと起き出してきた。


「サーニャ、どうしたの?」


 サーニャが耳をピクピクとさせながら寝ぼけ眼で答える。


「ふにゃー、何か来てるにゃー・・・・・・。」


 そう言って通路の先を見つめる。


「数は分かる?」

「うん・・・・・・一匹にゃ。あちしが行ってくるにゃー。」


「お願いね。」


 音も無くサーニャが通路の先へと駆けていき、闇に紛れて見えなくなった。


 サーニャは見張り番には参加していない。

 寝ていようが人一倍感覚が鋭いサーニャは、こうして誰よりも早く異常を察知出来るからだ。


 それなら見張りは必要無いのではないかと言われた事もあったが、何かあった時の為にすぐ動ける者が居た方が良いのだ。

 起き抜けに素早く対処、なんて言うのは中々難しい。


 見張り番は俺、フィー、ヒノカの内一人と、リーフ、フラム、ニーナから一人で行う事になっている。

 戦力的に考慮した結果だ。

 ラビは頭を休めて貰うため省いている。

 戦闘よりも重要な仕事があるからな。


 交代間近となったところでサーニャが戻ってきた。

 怪我も無いようだ。


「おかえり、どうだった?」

「骨のヤツが居たからやっつけてきたにゃー。」


「そっか・・・・・・ありがとう、サーニャ。」

「また寝るにゃー。」


「うん、お休み。」


 サーニャが外套に包まったのを見届け、俺の膝を枕にしているフラムの体を揺する。


「フラム、起きて。」

「ん・・・・・・ぅ・・・・・・?」


「おはよう、次の見張りお願いね。」

「ぅ、うん・・・・・・。」


 フラムを起こし、次はヒノカの肩を揺らす。


「・・・・・・ん・・・・・・私の番か?」

「うん、お願い。」


「あぁ・・・・・・分かった。」


 二人にサーニャが魔物を倒したことを伝えてから、自分の体を外套で包んだ。

 すると、フラムが傍に寄ってくる。


「ぁ、あの・・・・・・アリス。」

「ん?どうしたの、フラム?」


「ぇ、えっと、その・・・・・・いいよ。」

「・・・・・・ありがと。」


 その言葉に甘え、フラムの膝に俺の頭を乗せた。

 フラムの手がそっと俺の頭を撫でる。


「ぉ、おやすみ、アリス。」

「お休み、フラム。」


 これなら、ぐっすり眠れそうだ。


*****


 魔物を一掃し終わった部屋内を見渡す。

 魔物の数が多い分、そのドロップ品も多くなる。

 そしてその分、鞄も重くなるので選別が必要なのだ。


 ニーナが拾ったヤバい色の肉をサーニャに見せる。


「サーニャ、これはどう?・・・・・・多分ダメだけど。」

「クンクン・・・・・・うにゃ~、これはダメなヤツだにゃ。」


「やっぱり、じゃあ要らないね。」


 ポイッと投げられたヤバい色の肉が放物線を描き、要らない物エリアに落ちた。

 ニーナの後ろに並んでいたフィーが、別の肉をサーニャに見せる。


「これは?」

「クンクン・・・・・・これは食べられるヤツにゃ!」


 サーニャの検査を合格した肉は食品エリアに置かれた。

 最初はゾンビからドロップした肉なんて・・・・・・とは思ったが、これも生きる為だ。

 それもすっかり慣れてしまったが。

 人間の適応能力には驚かされるばかりである。

 まぁ、ヤバそうなのは一応見た目でも分かるし。


 今までのドロップ品目の内訳は、食料多め、次いでお金や薬、道具・武具類が少なめ、と言った具合だ。

 武具などは持ち込みを前提としているため少ないのだろう。

 持ってる物より弱いのを拾っても荷物にしかならないのである。


 今回のドロップ品も、食料品が八割近くを占めている。

 ただ、この食料品を持って帰ったところで帰還の鍵の代金には遠く及ばない。

 他には液体が入った瓶が一本、ラビが言うには傷薬らしい。

 傷口に振りかけると、その傷が治るという話だ。

 大きな傷でも、いくつか使えば完治させる事も可能だという。

 さらに効果の高い傷薬も存在するようだ。


 ただし、迷宮内でしかそれらの効果は発揮されない。

 外の世界ではゴミ同然である。

 再度迷宮に持ち込めば使えるので、探索者達には一定の需要があるようだが。


 まぁ、この傷薬も破棄する事になりそうだ。

 既に皆に一本ずつ行き渡っているからな。

 必要な物ではあるのだが、正直言って嵩張るのだ。


 500mLのペットボトルを鞄に入れているような状態である。

 それが傷薬と解毒薬一本ずつ。邪魔過ぎる。


 最後は迷宮のお金であるコインが入った袋。

 単位は(ゴルド)というらしい。

 最初はこれも嵩張るかと思ったが、そうはならなかった。


 例えば、10G硬貨を10枚お金が入っていた袋に入れると、100G硬貨1枚になるのだ。

 仕組みは分からんが、これも迷宮内のみの現象らしい。

 探索者同士での取引で用いる事もあるため、わざと小分けにして持ち帰る者もいるようだ。


 ドロップ品の仕分けを終えようとした時、ニーナが興奮した様子で何やら抱えてきた。


「ねぇねぇ!コレ、今まで拾った事ないヤツじゃない!?」


 ニーナが手にしていたのは、紙を筒状に丸め、紐で固定された物だった。

 スクロール、巻物と呼ばれる類の物だ。


「そうだね、中身を見てみようか。」


 結び目を解き、巻物を広げる。


「えーっ・・・・・・真っ白じゃん。凄いのだと思ったのになぁ。」


 騒ぎを見ていたラビが巻物を覗きこんでくる。


「これは確か・・・・・・地図を書き込むための物だ、って探索者の人から聞いた事あるよ。」


 確かにそう使うのが妥当だろう。

 どう見てもただの白紙だし、メモ以外の使い道なんてあまり思いつかない。


 ご丁寧にアンケートで使うような鉛筆も挟んである。

 何かを書き込んだりするのにも支障は無い。


「それは使い方を間違ってると思うよ。」

「アリス、分かるの!?」


「まぁ・・・・・・多分、ね。」


 試しに使うのも勿体無いので、預かっておく事にする。

 いっそ『じぇのさいど』と書き込んでゾンビにぶつけてやろうかとも考えたが、ドロップ品が減るので止めた。

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