275話「未開の領域へ」
翌日、息苦しさに目覚めると、唇が触れそうな距離にミアの寝顔があった。
身体の方はミアの細腕にがっちりとホールドされ、密着している。
そして背中の方では寄り添うようにしてフラムが寝息を立てているようだ。
何とかミアの手から抜け出そうともがいていると、彼女を起こしてまった。
「んぅ~~~旦那しゃまぁ~~~。」
寝ぼけ眼のまま更に顔を近づけてくるミアを何とか押しやる。
「ちょ・・・・・・ミア、なに寝ぼけてんの。」
「んふふぅ~~~寝ぼけてないですよぉ~~~。」
「それなら尚のこと悪いわ!」
ミアとそんなやり取りをしていると、背中からぎゅっと抱き着かれた。
「あ、起こしちゃった? ごめんね、フラム。・・・・・・えーと、離してくれる?」
しかし、いつもなら素直に言う事を聞いてくれるフラムは抱き着いたまま動こうとしない。
「・・・・・・フラム?」
「ま、まだ時間・・・・・・ある、よね?」
窓の外に目をやると、まだ陽が昇り始めたところだ。
予定していた時間よりもまだ少し早い。
「まぁ、そうだけど・・・・・・。」
「だったら良いじゃないですかぁ~~。またしばらく会えないんですよね、旦那様?」
二人を置いて行ってしまう後ろめたさに負けた俺は渋々うなずく。
「はぁ・・・・・・分かったよ。リタが呼びに来るまでね。」
「ふふ、やったぁ~~。じゃあ次は正妻さまの番ですね~~。」
ミアは俺をくるりと反転させてフラムの方へ向かせた後、そのまま背中から二人纏めて抱き締めてきた。
今度はフラムと唇が触れ合いそうになるほど顔が近くなる。
「ぁぅ・・・・・・。」
目が合うと、フラムは頬を染めながら顔を背けてしまう。
だが、ミアに拘束されているせいで距離はほとんど変わらず、フラムの頬が晒される形になった。
悪戯心がもたげてきた俺は、目の前に差し出されたフラムの柔らかそうな頬に口付けた。
「ひぁ・・・・・・っ!?」
小さく悲鳴を上げたフラムを見て気付いたのか、ミアが騒ぎ立てる。
「あっ、ズルいですよ旦那様! アタシにもしてくださいよぉ~!」
しばらくはそんな感じで盛り上がっていたが、結局二度寝してしまい、リコに叩き起こされるのだった。
*****
「それじゃあ、行ってくるね。」
自室に作った転移陣の上に立ち、見送りに来てくれた皆に声を掛ける。
「絶対早く帰って来てくださいね、旦那様!」
「分かってるよ、ミア。」
「ご健闘をお祈りしております。」
「ありがとう。皆の事はお願いね、リタ。」
「ひめきしさまー、おみやげ!!」
「うーん、まぁ・・・・・・お土産になりそうなものがあったらね。」
「け、怪我・・・・・・しないで、ね?」
「うん。頑張ってくるね、フラム。」
それぞれに挨拶を済ませ、転移陣に魔力を流し始める。
「あ、そうだ。お姉ちゃん達が戻って来たら、説明しておいてね。」
依然フィー達は八面六臂の活躍を見せるウーラの魔法騎士隊に引き連れられて仕事をこなしている。
その分の報酬は払われるとはいえ、流石にそろそろ帰してやって欲しいところだ。
「ぅ、うん・・・・・・。み、みんなに、伝えておく、ね。」
フラムの言葉と同時に転移陣が発動し、浮遊感に似た眩暈のような感覚とともに景色が揺らいだ。
いくらもしないうちに、景色の揺らぎが徐々に収まってくる。
感覚が完全に定まると、目の前には見送りに来てくれた者たちの姿は無く、先ほどまでとは全く異なる光景が広がっていた。
「何回やっても慣れない感覚だな。」
独りごちながら辺りを見回す。
間違いなく魔女の塔内にある自室だ。ほとんど使っていないが。
「まずはレンシアに連絡かな。」
レンシアにメッセージを送ると、すぐさま「表に集合するように」とのメッセージが返って来た。
特に自室に用はないので、サッと廊下へ出てインベントリから飛行魔道具の”レンダーバッフェ”を取り出し、廊下から飛び立つ。
そのまま塔のすぐ傍を直滑降するように飛び、地表へ降り立った。
塔の入り口前には既にレンシアと闇の民の三人が揃っている。
「おいおい、ちゃんと昇降機を使えよ・・・・・・。」
呆れ顔で溜め息を吐くレンシア。
「こっちの方が早いしな。それにせっかく貰ったんだから使わないと勿体ないだろ。」
「まぁ、気持ちは分からんでもないが・・・・・・今回はソレは使えないぞ。」
流石に三人乗り以上は物理的に厳しい。
籠でもぶら下げれば可能かもしれないが、未開領域の空をえっちらおっちら暢気に飛んでいれば翼を持った魔物にパクリと呑まれてしまうだろう。
「ほならね、レンシアちゃん。色々世話してもろて、ありがとうね。」
「いえいえ、昨日も言った通り、そちらでまた顔を合わせることになると思いますので、その時はよろしくお願いします。」
「お父ちゃんの事やったら任しとき。アリスちゃんも来てくれるし、大丈夫やと思うわ。」
笑顔でレンシアと挨拶を交わすココリラとは対照的に落ち込んだ表情のノノカナ。
「はぁ・・・・・・ウチは気が重いわ。」
「何言うとんねん、アンタは自業自得やろアホ妹が! このアホの首根っこきっちり掴んどきや、ボボンゴ!」
「へ、へい、ココリラ様! ・・・・・・すんまへん、ノノカナ様。」
「離さんかいボケー!」
ゲンコツを落とされたノノカナが引きずられるようにして連れて行かれる。
「じゃあ頼んだぞ、アリス。未開領域と言っても通信は繋がるからな。必要な物があれば用意して送るから遠慮せず言ってくれ。ただ、戦力的に助けに行くのは無理だからな、そこだけは気を付けてくれ。」
「あぁ、分かった。その時は頼む。」
魔力が多い場所まで行けば戦力は何とかなる。
ノノカナ達が本領を発揮できるし、残っている”黒い石”の石化を解けば戦力の増強も可能だ。
問題があるとすれば、魔力が多い場所に辿り着くまでの道のりだろう。
そこまでの戦闘要員は俺と”弱化”を覚えたココリラだけなのだ。
修練を積めば残る二人にも習得は出来るだろうが、昨日一日では無理だったらしい。
ノノカナ達が石化を覚悟で戦うことも可能だが、石化したところを魔物に拾われれば余計ピンチに陥ってしまう。
それに、何度も石化して身体への負担は大丈夫なのかという疑問もあるため、出来れば避けたいところだ。
こんな時こそウーラに出張ってもらいたいのだが、あちらはあちらで街を守るという任に就いている。
それにフィー達の面倒も見てもらっている手前、無理は言えない。
どこも手が足りない状況なのだから、何とか今ある手札で凌ぐしかないだろう。
「どないしたんや、アリスちゃん。ボーッとして。」
「いえ、何でもありません。皆さんは準備大丈夫ですか?」
「ウチらは問題あらへん。アリスちゃんこそ大丈夫なんか?」
「はい。昨日のうちに済ませてますから。」
「せやったら問題あらへん。ウチらが案内するさかい、そろそろ行こか。」
彼女の言葉に頷き、ココリラ達の後に続いて一歩踏み出した。
未開の領域へ。




