267話「日常へ向かって」
窓から差し込んできた光が瞼を刺激し、沈んでいた意識が覚醒する。
「ん、もう朝か・・・・・・。」
起き上がって周囲を見回すと、ベッドの隣で椅子に腰かけているフラムとミアの姿があった。
「ぉ・・・・・・おはよう、アリス。」「おはようございます、旦那さま!」
「おはよ、また私が起きるの待ってたの? 起こして良いって言ってるのに。」
「ふふ・・・・・・ぃ、いいの。」「そうですよ、旦那さまの寝顔を楽しめるのに起こすなんて勿体ないです!」
「あ、そう・・・・・・。その様子だと二人とも朝食もまだなんだよね? 着替えるから少し待ってて。」
ベッドから出て、クローゼットから部屋着を取り出し、着替え始める。
窓から景色を覗くと、遠くに活気を取り戻しつつある街並みが見えた。
肉スライムを倒してから三日。今はレンシアの街にある自宅で休暇中だ。
街に被害は無く、俺の家も無事だったものの、森の方ではまだ魔物たちの混乱が続いている。
それに伴い街道の危険度も上がっており、街を逃げ出した人たちの多くが戻って来れていないため、街がかつての賑わいを取り戻すには今しばらくの時間が必要だろう。
まぁ以前は活気があり過ぎたくらいだから、今くらいなら人気店での食事も落ち着いて出来そうだ。
と言っても、飲食店は騎士や冒険者たちの炊き出しを行うために使われているので外食には行けないのだが。
フィーや他の皆はウーラ率いる魔法騎士隊に混じって活躍中だそうだ。
森の中で野営を続けながら魔物の掃討に当たっているため、まだ街には戻って来ないらしい。
「今日の朝ごはんはリタが用意してくれてるよ!」
「そのリタはどうしたの?」
「リコを連れて自警団の方に行ったよ!」
「・・・・・・ミアは今日も行かなくて良いの?」
「うぅ・・・・・・だ、だって旦那さまずっと居なかったし・・・・・・。」
「ミアが怒られないんならそれでいいけど・・・・・・大丈夫なの?」
「だ、大丈夫だよ! ・・・・・・多分。」
「ま、どちらにせよ朝食は摂らないとね。」
着替えを終えた俺は二人を連れて階下のリビングへ。併設されたキッチンには作り置きのスープとパンが用意されていた。
スープを温め直し、三人で使うには少し大きなテーブルの上に並べると、二人して俺の両隣に陣取る。
「き、今日はどうするの・・・・・・アリス?」
「んー・・・・・・少しは休めたし、冒険者ギルドの依頼に参加するか、皆と合流してもいいかもね。」
パンをスープに浸して齧り、咀嚼しながら考える。
今回の件に関してはギルドの依頼は包括的な内容となっており、参加すれば実力や人数に応じて適宜仕事が割り当てられることになる。
問題はどの仕事が割り振られるか分からないことだ。魔物の討伐か行商人の護衛か、はたまた街道の警備か。どれも楽ではない。
中でも行商人の護衛は本来なら必要の無い仕事なのだが、ついでに商人の選別を行うのだそうだ。
まず一つに、魔女は各地に居るので必要なものを現地で購入してもらい、そのまま”ゲームメニュー”にある”バザー”で出品してもらえば、行商人を介しての取引は必要ない。
それでも普段から行商人との取引を推奨しているのは、曰く経済発展のためだそうだ。
そういう背景があるため、今回のような状況で値段を吊り上げるようなアコギな商売をする行商人にも強く出ることが出来るのである。足りない分が出れば”バザー”で補充してしまえば良い話なのだから。
そして魔女たちの情報は早い。チャット一つで済むのだから当然である。
情報を受けた店持ちの魔女たちが周囲の店にも情報を拡散してしまえば、その行商人はもう話も聞いてもらえなくなるのだそうだ。
この状況さえも逆手にとってしまう魔女たちには脱帽するしかない。
一方、皆と合流すれば森でのハードな野営生活が待っている。
しばらくは帰れないだろうが、森の方も落ち着き始めているらしいので、そう長くもならないだろう。
それに気心の知れた仲間たちと一緒なら、面倒な揉め事が起きる心配もしなくていい。
「やっぱり皆と合流するのが良さそうかな。」
「え・・・・・・旦那さま、また行っちゃうの?」
「街が落ち着くまでだよ。でないとゆっくり出来ないでしょ。」
「そうだけどぉ~・・・・・・。」
さて、そうと決まればまずはレンシアに連絡を――
「――おや?」
メニューを開くと、そのレンシアからメッセージが届いていた。
「ど・・・・・・どうした、の?」
「いや、話がしたいから学院に来て欲しいって連絡があってね。何か進展があったのかも。それか・・・・・・問題が。」
「ゎ、私も、一緒に・・・・・・。」
「そうだね。あれから慌ただしかったし、挨拶ついでに一緒に行こうか。」
「それじゃあアタシも!」
「ミアは自警団の方に行かないとマズいでしょ・・・・・・。」
「うぐ・・・・・・。じゃ、じゃあチューしてください、ちゅー!」
「き、昨日も一昨日も散々したでしょ!?」
「ダメです! 全然足りてないです!」
うるうると瞳を潤ませながらミアが縋るように迫ってくる。
「わ、分かったから! 今日一日頑張ったらしてあげる! そ、それでいい!?」
「うー・・・・・・分かりましたぁ・・・・・・。でも、ゼッタイ約束ですからね、旦那さま!」
「はいはい・・・・・・。」
*****
遅めの朝食を終えた俺とフラムは、ぐずるミアと別れて学院へ向かった。
話は既に通っているらしく、スムーズにレンシアの元へと通された。
「悪かったね、いきなり呼び出して。フラムベーゼさんも先日はありがとう。お陰で魔物は倒せたよ。その後、身体の調子はどう?」
「ぃ、いえ・・・・・・だ、大丈夫、です・・・・・・。」
「それは良かった。けど、何か問題があればアリスに伝えてくれれば良いからね。」
「は、はい・・・・・・。」
「それで、何かマズい事でも起きたの?」
「アリスにはそれを調べてもらおうと思ってね。」
「どういうこと?」
そう問い返すと、レンシアが何やら机の上に並べだした。
・・・・・・あの”黒い石”だ。肉スライムに引っ付いていたものだろう。
それぞれにタグが付けられており、【トロル①】から【トロル⑤】まで番号が振られている。
そういやあの肉スライムって元はトロルなんだっけ・・・・・・。
「今後、アリスにはこの”黒い石”の調査を最優先で頼みたい。」
「って言っても、殆ど何も分かってないんだよね?」
「あぁ。今までは興味のあるヤツが空いた時間で調べる程度だったからね。」
そういや俺も最初に手に入れた”黒い石”を預かったままで、軽く調べたあとはそれっきりだったな・・・・・・。
「けど、今回の件もあって悠長なことを言っていられなくなった。自然現象なのか、もしくは人為的なものなのか。人為的なものなら魔女に敵対する勢力、組織が存在するのか・・・・・・。いずれにせよ、原因を見つけてどうにかする必要がある。」
確かに、またあんなのが出てきて暴れられても困るしな。
そうなれば今度は街が無事では済まないかもしれない。
「そこで、手の空いているアリスに白羽の矢が立ったわけだ。」
「調べるって言っても取っ掛かりも何もないぞ?」
「それは承知の上だよ。ただ、何もしないわけにもいかないからね。心配しなくても、必要な人材や物があれば最優先でそっちに回す。要は”黒い石”を調査するにあたって舵取りを頼みたい。」
「・・・・・・分かった。街まで危険に晒された以上、放ってはおけないしね。」
「”塔”にある研究室を一部屋用意した。好きに使ってくれ。」
それは有難い。さすがにこんな得体のしれない石を自宅で調べたくはないしな・・・・・・。
俺は机に並べられた”黒い石”と研究室の鍵を受け取り、学院を後にした。
「ァ、アリス・・・・・・大丈夫、なの?」
「んー・・・・・・分からない事が多過ぎて、正直なんとも言えないね。まぁ、ちゃんと気を付けるよ。私だって怪我したりはしたくないしね。」
「ぅ、うん・・・・・・頑張って、ね。」
フラムが握ってきた手を握り返す。
頑張るしかないか・・・・・・この小さな手を守るためにも。




