258話「がっこうにいこう!」
ヒノカ宅になって数日。
日々を特訓やら修行やらに費やしていた。
俺としてはもっとゆったりと過ごしたかったのだが・・・・・・みんなのやる気は上々のようだ。
感知強化の習得は・・・・・・あまり芳しくない。
毎日少しずつ使っているが、調整、調整、また調整の繰り返しだ。
実戦で使えるようになるにはまだまだ先が長そう。
それでも身体の方は適応してきているようで、使える時間は徐々に長くなっている。・・・・・・数分単位の話だが。
まぁ、これからもコツコツと続けていこう。
そしていつものように朝の鍛錬を終え、昼食。
「皆と一緒に居られるのも今日まで・・・・・・だな。」
食事を摂りながらヒノカがポツリと呟いた。
そう、滞在予定は明日まで。
別にこのまま滞在し続けることは可能だが、ズルズルと居続け迷惑を掛けるのも良くないだろう。
それに、皆には帰る場所だってあるのだ。
「そうだね・・・・・・でももう会えないって訳じゃないし・・・・・・。」
「そう、ね・・・・・・。」
リーフが少し寂しそうに漏らす。
会えない訳じゃない。けれど、会うのは難しい。
なにせここまで来るだけでも結構な時間が掛かったのだ。
皆で予定を合わせて集まるとなると、数ヶ月単位で時間が必要になるだろう。
俺一人なら魔女の使っている転移門を使えば主要都市くらいは楽に行き来できるけどね。
しかしそれは魔力の消費が多く、普通の人は使えないのだ。
魔女たちに頼めば、リゾー島で使った巻物の様な転移用の魔道具を皆に用意することも出来るかもしれないけど・・・・・・財布が羽毛のように軽くなりそうだ。
あれは誰でも使える分、魔力を溜める触媒を使っているため、お値段は天井知らずなのである。
「それで、帰りはどうするのだ?」
「来た道を戻る感じで帰るよ。まずは港まで行って大陸まで船かな。それからみんなを送りつつレンシアの街まで戻るよ。」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。貴女はレンシアの街まで戻るつもりなの、アリス?」
「そりゃあ就職先が”塔”に決まったわけだしね。」
別にどこに居ようが何も言われないだろうけど、やはり利便性を考えればあの街が一番だ。・・・・・・家も買っちゃったし。
そんなことを考えていると、フラムの表情が翳る。
「ぇ・・・・・・ア、アリス、行っちゃう・・・・・・の?」
「ん? あー・・・・・・そっか。どうしようか・・・・・・。」
そういえば旅の途中で結婚したから、旅が終わってからのことはちゃんと話してなかったな。
本来なら俺がフラムの家に入るのが普通なんだろうけど・・・・・・。
「それについては一応考えてることがあるからさ、少しだけ時間くれる?」
「ぅ、うん・・・・・・でも、考えてること、って?」
頷きながらもフラムの不安そうな表情は消えていない。
「みんなの所に転移用の魔法陣を作ろうかと思ってて。」
「・・・・・・何なのよ、それ?」
リーフが怪訝そうな顔で聞いてくる。
要は俺が転移するための受信装置だ。
レンシアの部屋にあった”足ふきマット”まではいかずとも、設置場所が簡単に変えられるものが良いだろう。
あとは転送用の魔法陣。これは使い捨てにするので安い紙にでも印刷できるような魔道具を作れば良い。”塔”には似た魔道具もあるので、それを参考にすれば作るのは楽だろう。
転送用の魔法陣は魔力が大量に必要なため俺しか使うことができないが、俺が全員に直接コンタクトをとって予定を調整できるようになるだけでも、集まりたい時には時間の短縮になるはずだ。
・・・・・・まぁ、設置するためにまた旅をすることになりそうだけど。
「それが作れたらみんなの所に一瞬で行けるようになるよ。」
「なるほどな・・・・・・。とはいえ、しばらくは会えないのだろう? それならば午後からは一層気合を入れていくとしよう。」
「え゛っ・・・・・・。」
ヒノカの言葉に、一緒に食事を摂っていたトモエお師匠さんがからからと笑う。
「ハハハッ、ヒノカらしいね。それじゃあ私も久しぶりに張り切っちゃおうかな。」
「ト、トモエさん・・・・・・? 今までは張り切ってなかったんですか?」
「んー・・・・・・まぁ、少しはね。」
少し!? 今までのが”少し”だというなら、この後は・・・・・・。
うん、無理だ。身体が持たん。
「あのー・・・・・・私は見学で・・・・・・。」
「・・・・・・だめ。」
「なんでお姉ちゃん!?」
「・・・・・・アリスはすぐ怠けるから。」
「うぐ・・・・・・。」
下手に藪を突いたのが不味かったのか、フィーにまで張り切って扱かれる羽目になってしまったのだった・・・・・・。
*****
――翌日。
旅支度を終えた俺たちは別れの挨拶のため、ヒノカの家の前に集まっていた。
「皆、忘れ物は無いか?」
「うん、ありがとうねヒノカ。皆さんも見送りに来てくれてありがとうございます。」
見送りに集まってくれた、ここ数日で仲良くなった村人や子供たちに頭を下げる。
「あなたたちならいつでも大歓迎よ。娘も待っていますから、またいらして下さいね。」
「はい、必ず。」
俺がヒノカの母と挨拶する傍らで、みんなも別れの挨拶を交わしている。
「じゃあね・・・・・・ヒノカ姉。」
「あぁ・・・・・・鍛錬は怠るなよ、ニーナ。」
「う・・・・・・それは~・・・・・・。」
言い淀むニーナに溜め息を吐くヒノカ。
「やれやれ・・・・・・ニーナの事は頼む、フィー。」
「・・・・・・わかった。」
「それではね・・・・・・また会いましょう、ヒノカ。」
「息災でな、リーフ。」
「えぇ、貴女もね。フフ・・・・・・このままだと出発できないわね。」
名残惜しいが、リーフの言う通りだ。
「それじゃあ・・・・・・行こ――」
そして俺が皆に声をかけようとした、その時――
ビー! ビー! ビー! ビー!
警告音のような騒音がその場に鳴り響いた。
「な、何だこの音は!?」
「ア、アリス! 貴女の胸元・・・・・・何か光ってるわよ!?」
リーフの指摘に視線を下に向けると、確かに胸元から赤く点滅する光が漏れていた。
服の中に手を突っ込み、音を発しているその元凶を取り出す。
「ギルド証・・・・・・。」
光を放っていたのは、魔女が持つ特製の紅いギルド証だった。
慌ててメニューを開いてみると、音と光が止まる。
<緊急メッセージが届いています>そんなポップが目に飛び込んでくる。
おいおい・・・・・・なんだこりゃ?
俺が黙り込んで届いたメッセージを読んでいると、不安げにリーフが声を掛けてくる。
「何があったのよ、アリス?」
「えーっと・・・・・・”塔”からの連絡があったよ。」
「何て?」
「私たちの学校、というかレンシアの街の近くに・・・・・・その・・・・・・。」
言い淀んでいると、リーフからの叱責が飛んでくる。
「もう、ハッキリ言いなさい!」
「巨大な魔物が出たから早く戻って来てくれって・・・・・・。」
「・・・・・・はい? ど、どういうことなのよ!?」
「私に聞かれても・・・・・・転移用の巻物は送ってもらえるみたいだから、とにかく行ってみる。それで・・・・・・フラム。」
「な・・・・・・何?」
「フラムの力を貸して欲しいみたいなんだ。一緒に来てくれる・・・・・・?」
そう、レンシアから届いたメッセージには「フラムを連れて来てほしい」という旨の言葉が書かれていた。
つまり・・・・・・魔女の扱う普通の魔法では火力が足りないのである。それほどの魔物が出てきた、ということだ。
まぁ、魔女だけでどうにか出来るなら、そもそもこんなメッセージは送ってこないだろう。
「ゎ、わかった・・・・・・!」
「リーフには申し訳ないけど、みんなの事をお願いするよ。」
「ハァ・・・・・・何言ってるのよ、アリス。そんな事聞いて、貴女たちだけで行かせる訳ないでしょう?」
「いや、でも・・・・・・。」
「”でも”じゃないの! 貴女もそのつもりなのでしょう、ヒノカ?」
リーフがヒノカの方へ視線を向ける。
「父上、母上、師匠・・・・・・申し訳ありません。」
「ハハハッ、良いよ。行っておいで。」
「そんな顔をされたら仕方ありませんね・・・・・・気を付けて行ってくるのですよ、ヒノカ。」
「うむ・・・・・・良い土産話を期待しているぞ。」
両親とトモエお師匠さんに頭を下げ、こちらへやってくるヒノカ。
「学院が無くなってしまっては後輩たちが困るからな。」
フィーと、ニーナも。
「・・・・・・アリスだけ行かせられない。」
「そーだね、でないとボクがお婆様に怒られるよ。」
「ま、あちしはあるーの行くとこに行くにゃ!」
「・・・・・・分かったよ、皆。”塔”にはそう伝えておく。きっと向こうは人手も足りてないだろうしね。」
レンシアにチャットを送ると、言葉少なめにすぐさま転移用の巻物を送ってきた。
余程切羽詰まっているのだろう。
魔法陣に魔力を流し込んでを起動させると、転移門がその口を開いた。
「準備は良い、みんな?」
後ろを振り向くと、皆が頷く。
「それじゃあ、私たちの学校に行こう!」




