256話「お好みのシチュエーションで」
「あ、あったよフラム。ここが教えてもらった場所みたい。確かに綺麗で静かな場所だね。」
「ぅ、うん・・・・・・川にひ、陽の光が、反射して・・・・・・綺麗。」
朝早くから叩き起こされ、シゴかれ、朝食を摂った後もさらにシゴかれ、昼食を摂った後もさらにシゴかれそうだったので抜け出してきた。
その際にヒノカに静かで落ち着ける場所は無いかと聞いたところ、村から少し離れた場所にあるこの河原を教えてくれたのだ。
さて、この場所を教えてもらったのは他でもない、秘密の特訓をするためである。辺りに人は居ないし、おあつらえ向きだろう。
ヒノカとの話を聞いていたフラムも付いて来ることになってしまったが、まぁフラムにまで秘密にする必要はない。
何と言っても”お嫁さん”なのだし。
「けど、一緒に来てよかったの?」
「ダ、ダメ・・・・・・だった?」
少し寂し気な表情を浮かべるフラムに慌てて弁解する。
「そういう訳じゃないけど・・・・・・つまらないかもしれないよ? 秘密の特訓に来ただけだし。」
周りに人は居ないが、最後の部分だけ声を押さえて伝えた。
「ひ、秘密の・・・・・・特訓? どうしてそんなこと、するの?」
「皆には負けっぱなしだからね・・・・・・私も頑張らなきゃと思って。」
「ア、アリスは・・・・・・たくさん沢山頑張ってる、よ?」
「それでもお姉ちゃんたちには敵わないから。もっと頑張らないと・・・・・・。」
そして昨日のトモエお師匠さんの試合でようやく光明が見えた。
身体能力は明らかにサーニャに劣っていたトモエお師匠さんが、サーニャを圧倒していたのだ。
あれが出来れば、もう体が成長しない俺でも――。
「それで・・・・・・な、何する、の・・・・・・秘密の特訓って?」
フラムが囁き声で聞き返してくる。
「トモエさんがやってたのを真似しようと思って。」
「あ、あんなこと・・・・・・できるの?」
昨日の立ち合いの様子を思い浮かべてみるも、二人の動きなんて殆ど見えなかった。
それでも、トモエお師匠さんの魔力の動きはしっかりと覚えている。
「うーん・・・・・・サーニャのお陰でたっぷり見れたからあの魔法の再現は出来そうだけど・・・・・・使いこなせるかどうかはやってみないと分からないね。」
「魔法・・・・・・? ど、どういうこと・・・・・・?」
首を傾げるフラムに、昨日俺が視た全てを伝える。
「感知、強化・・・・・・。」
「あれをトモエさんの半分でも使いこなせれば、お姉ちゃん達にも少しは食い下がれると思うんだ。」
「でも・・・・・・ど、どうして秘密に・・・・・・するの?」
「そりゃあ・・・・・・ビックリさせたいから、かな。それに切り札は隠しておくものでしょ?」
クククと悪戯的な笑みをフラムに向けると、同時に彼女も破顔した。
「さて、それじゃあちょっとやってみるよ。」
「ぅ、うん・・・・・・がんばって。」
適当な岩を見つけて腰掛ける。
隣にフラムも腰を落ち着け、準備完了だ。
そっと目を閉じて、ゆっくりと深呼吸。
産毛の先を伸ばすように魔力を込め、広く、薄く拡散させていく。
俺と繋がりながらも霧状に広がった魔力が、周囲の情報をつぶさに俺に流し込んでくる。
――過剰なほどに。
川のせせらぎは荒れ狂う海のように鳴り響き、葉の擦れる音は雷鳴のように轟く。
肌を撫ぜるそよ風は身を切り裂く刃へと変わり、跳ねる水飛沫は矢となって降り注ぐ。
「ぐ・・・・・・ぁ・・・・・・っ!」
自らの鼓動も、呼吸も、身体を流れる血潮さえも、自らを侵す情報となって流れ込んでくる。
「ァ、アリス・・・・・・!? ど、どうしたの・・・・・・!?」
フラムの声が聞こえる。
彼女の言葉が、息遣いが、身体の動きが、情報として伝わってくる。
しかし氾濫する情報に紛れ、彼女の言葉の意味すら理解出来ない。
すでに展開していた魔力は制御できなくなり、霧散してしまっている。
だが、ほんの一瞬の内に取得した莫大な量の情報は、それ以上の時間をかけても処理しきれなかった。
「っ・・・・・・・・・・・・はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・っ!」
自分の呼吸の音とともに、肺の中に空気が送られてくる。
どうやら呼吸すら出来ていなかったらしい。
いつの間にか倒れていたのか、背中にはゴツゴツとした石の感触、頭の下には柔らかい感触。
ぼやけてハッキリしない視界に、覗き込むような炎の色が映る。
「だ、大丈夫・・・・・・アリス?」
「・・・・・・。」
「大丈夫。」そう答えようにも声が出せない。頷こうにも身体も動かない。
受け取った情報の処理に追われ、身体の殆どの機能がフリーズしてしまっているようだ。
トモエお師匠さんはこんな魔法を平気で使ってたのか・・・・・・。
いや、そもそもトモエお師匠さんと俺とでは条件が違う。
感知強化はトモエお師匠さんが長い時間をかけて、失った視力の代わりとして身に付けた魔法である。
その間に魔法自体も進化していっただろうし、彼女の能力もそれに耐えられるように鍛えられていったのだろう。
それこそ目が見えないのだから、何気なく過ごす日常ですら感知強化の修行となってしまう環境なのだ。
俺はその過程を経ずに完成された感知強化をいきなり使ってしまったのだから、当然の帰結と言えよう。
感知強化に耐えられるだけの身体が出来上がっていなかったのだから。
楽してチートスキルなんてうまい話は、そうそう転がってないってことか・・・・・・。
けど、逆を言えばそこを鍛えれば感知強化を使えるということでもある。
トモエお師匠さんにだって、あの情報を全て処理するのは不可能だろう。
大事なのは情報の取捨選択。必要な情報だけ得て、それ以外はバッサリ切り捨てるような――
「ァ、アリス・・・・・・? ぐすっ・・・・・・アリスぅ・・・・・・。」
ぽろぽろとフラムの瞳から涙が溢れ、頬を伝って流れた雫が俺の額にポツリと落ち、ハッと我に返った。
あぁ、また泣かせてしまった・・・・・・。上手くいかないな。
感覚が戻ってきつつある身体に鞭打って、なんとか口を開かせる。
「フ・・・・・・ラム・・・・・・。」
「ァ、アリス!? ど、どうしちゃったの・・・・・・!?」
「ちょっと・・・・・・失敗しちゃった・・・・・・あはは。しばらくじっとしてれば治ると思うから、もう少し、このままで良い・・・・・・?」
涙を溜めたまま頷くフラム。
やっぱり膝枕をしてもらうなら、もっと違うシチュエーションが良いかな。




