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23話「可愛いは正義」

 現在、寮の部屋で会議中である。

 議題は勿論・・・・・・俺の使い魔について、だ。


 頭痛が痛いような顔をしながら、ヒノカが小さな声で漏らす。


「・・・・・・で、一体どういう事なのだ、これは。」

「だから私の使い魔だよ。」


「いや、そういう事ではなくてだな・・・・・・。」


 議題の中心であるサーニャは部屋の隅で丸くなって震えている。


「本当に許可は出たのかしら?」

「うん、ちゃんと許可はとってあるよ。学院長直々にね。これが許可証。」


 既に受け取っていた許可証を机の上に置いてリーフ達に見せる。


「・・・・・・本物みたいね。」

「だが・・・・・・獣人だぞ?」


「正確には亜人だけれど、まぁどちらでも変わりはないわね。」


 どうやら俺は、この世界の住人の亜人や獣人に対する認識を甘く見ていたようだ。

 差別や偏見というよりも、魔物かそれに近いものとして捉えられている節がある。


 流石にヒノカが刀を抜いた時には肝を冷やしたが。

 確かにコボルドやオークなどの魔物がいるため仕方ないとは思う。


「言葉も分かるし、意思疎通も可能だから問題ないと思うんだけど。」

「アリスの言いたいことも分かるけれど・・・。」


 議論は先程から平行線を辿っている。

 反対するヒノカに反対寄りながらも間に立とうとするリーフ。

 話に入れずに寝・・・・・・押し黙るフィーとニーナ。

 心配そうに成り行きを見つめるフラム。


 クイクイ、とサーニャが俺の袖を引く。


「あるー・・・・・・。あちし、迷惑になるなら出て行くにゃ・・・・・・。」

「それはダメ。」


「で、でもにゃ・・・・・・。」

「んー、それなら私がパーティー抜ければ・・・・・・。」


「そ、そんなのはダメよ!私たちは別にアリスを追い出したい訳じゃ・・・・・・!」

「いや~、それは分かってるけど他に良い案なんて無いし・・・・・・。」


「そうだが、そんな事は滅多に言うものではないぞ。」

「そうよ、課外授業だってあるのだし。一人でなんて・・・・・・。」


「まぁ、何とかするよ。」


 実際、魔物討伐くらいであればどうにでもなるだろう。


「ぅ・・・・・・、確かに貴女なら何とか出来るでしょうけど・・・・・・。」

「はぁ・・・・・・、そもそも何故獣人を使い魔にしようと思ったのだ?」


 何故?何故か。

 そんなものは決まっている。


「可愛いから!」

「「は?」」


「ほ、本当にそれだけなのか?」

「な、何か考えがあっての事では無いのかしら・・・?」


「え。他に何か理由が必要?可愛いは正義だよ。」

「知らないわよそんな事。本当に他には無いの?」


「んんー・・・・・・強いて言うなら・・・・・・珍しいから?」

「本当にそんな理由で獣人を連れて来たのか・・・?」


「そうなるかなぁ・・・・・・。」

「はぁ・・・・・・呆れた子ね。」


「それで、どうやって獣人と知り合ったのだ。人里には滅多下りて来ないと聞いた事があるが。」


 昨夜の経緯をかいつまんで説明する。


「ちょっと!どうしてそんな時間に裏通りなんて通るの、危ないじゃないの!」

「そうだぞ、いくらアリスが強いと言っても危険な場所には変わりないだろう。」


「そうよ、先生の所に泊めてもらえたでしょう!?」

「いや~、夜道を散歩がてら帰ろうかと思って・・・・・・。」


 夜中にちょっとコンビニ行ってくる。のノリだ。

 確かにこの世界では・・・というか日本以外では軽率な行為だったな。

 それに関しては申し開きが立たない。


「あ~・・・・・・、うん、ごめんなさい。」


 しかし、母親を二人相手にしている気分だ。

 リーフがサーニャの方へ向き直る。


「それで、貴女はそこで何をしていたのかしら?」


 リーフに話を振られたサーニャは怯えながら話し始める。


「あ、あちしが寝てたら近くで騒ぎが起きたにゃ。こっそり覗いたらあるーが絡まれてたけど、すぐにそいつらをやっつけちゃったにゃ。そしたらあちしがあるーに気付かれたにゃ。」

「そう、分かったわ。では何故貴女は人間の街に居たのかしら?」


「ぅ・・・それは・・・にゃ・・・・・・。」


 言い淀むサーニャに代わり俺が答える。


「住んでいた場所を追い出されたんだって。」

「追い出された・・・・・・、どうして?」


「あ、あちしの両目の色が違うからにゃ。」


 言われてサーニャの瞳を覗き込むリーフ。


「確かに違うわね。」

「両目の色が違うのは悪魔が棲んでいる証で、その眼を見ると不幸になっちゃうにゃ。」


「な・・・・・・!?」


 それを聞いたリーフが慌てて目を逸らし、ヒノカも顔を背ける。


「ぁぅ・・・・・・でも、もう大丈夫にゃ。あるーが・・・・・・悪魔を退治してくれたにゃ。」

「それは本当なの?」


「あー、うん。一応。」


 はったりですすいません。


「そ、そう・・・。だから故郷を追われたのね。」

「事情は分かったが・・・・・・うーむ。」


「ふぅ・・・・・・で、貴女は使い魔なんかになって本当に良いのかしら?」

「・・・・・・よく分からないけど、良いにゃ。」


 サーニャの言葉にリーフは首を傾げる。


「昨日会ったばかりの人間を貴女は信じるの?」

「そう・・・だけどにゃ。あるーはあちしの事を恐い目で見ないにゃ。」


「恐い・・・目?」

「あちしの里の仲間も、出会った人間もあちしの事を恐い目で見てたにゃ。でも、あるーは恐い目じゃなかったにゃ。」


「・・・・・・・・・・・・そう。」


 それきり場を沈黙が支配してしまう。

 その沈黙を破ったのはフラムの頬を伝う涙だった。


「・・・・・・っ・・・く・・・。」

「フラム・・・?」


「ちょっ、ちょっとどうしたの?」

「な、何かあったのか?」


 拭っても溢れる涙を流しながらサーニャへ近づく。


「ぁ、あの・・・・・・ご、ごめん・・・なさい・・・。」

「にゃ?にゃ?どうして謝るにゃ?」


「ゎ、私も・・・その、恐い目・・・知って、いるから。だ、だから・・・っ。」

「よ、よく分かんないけど、な・・・泣かないで欲しいにゃ。あ、ある~・・・。」


 あたふたと困り果てた顔で俺の方を見るサーニャ。


「あ~~・・・、え~~~~っと・・・・・・、サーニャと仲良くしたいんだって。」

「そ、そうにゃ・・・?」


 コクリと小さく、だがしっかりと頷いたフラム。


「良かったね、サーニャ。」

「にゃー・・・?」


「はぁ・・・もう、仕方ないわね。」

「ぬぅ・・・まぁ、そうだな・・・。」


 タイミング良くニーナが大きく欠伸をする。


「ふぁ~・・・もう終わった?」

「フィーとニーナも少しは参加しなさいよ!」


 目をゴシゴシと擦るフィーにニーナが問う。


「えーと・・・とりあえずその子は魔物じゃないんだよね?」

「ちがう、と思う。」


「そこからなの!?」


 まぁウチの村はド田舎だからな・・・獣人の話すら聞いた事がないだろう。

 俺は本で読んだり、冒険者から話を聞いた程度といった具合だ。

 扉からコンコン、とノックの音が響く。


「私が出るよ。」


 扉を開くと寮長さんが立っていた。


「アリューシャちゃんに学院から荷物が届いてるよ。」

「ありがとうございます。」


「それじゃ、渡したからね。」


 でん、と積み上げられた大荷物。

 差出人を見ると学院長・・・レンシアのようだ。

 部屋に戻るとリーフが声を掛けてくる。


「あら、荷物が届いたの?」

「うん、学院長から。」


 早速中身を広げてみる。


「制服と・・・・・・・・・何かしら・・・・・・この服は。」


 制服一式とメイド服一式である。

 一般的なガチの作業着として使うシンプルな物ではなく、フリフリや大きなリボンが付いた所謂メイド服というやつだ。


 <ネコミミメイドはやっぱ定番だよね?>


 添えられたメッセージカードにはそう書かれていた。


「学院長からサーニャにプレゼントだって。さぁ、着てみようか。」

「あちしににゃ・・・?」


「今着ているのは流石にボロボロだからね。学院長が気を利かせてくれたんだよきっと。」


 半分は己の欲望だろうが。


「・・・随分と気に入られているのだな、その子は。」

「直接会っているしね。自分で探すみたいな事も言っていたよ。」


「探すって・・・何をだ?」

「獣人の使い魔。もっとモフモフのが良いんだって。」


「学院長までそんな事を・・・。私が間違っているのか・・・?モフモフとは何だ・・・?」


 ブツブツと唸るヒノカを余所にサーニャを着替えさせる。


「ヒラヒラで動きにくそうにゃ。」

「いいからいいから。」


 渋るサーニャを急かす。

 メイド服に着替え、完全体ネコミミメイドとなったサーニャ。

 白いニーソックスとフリフリのスカートの間にちらちらと見える健康的な褐色肌の絶対領域は国宝級だろう。


「凄く動きやすいにゃ!・・・なんでにゃ!?なんでにゃ!?」


 身体を動かしピョンピョンと跳ねるサーニャだが、ヒラヒラで頼りなさげなフリルの付いたミニのスカートはサーニャの動きに翻弄されながらも鉄壁のガードを誇っている。


<防刃防弾耐火耐衝耐魔、伸縮性通気性も抜群!人間工学に基づいたサポーティング機能を実現し、身体への負荷軽減・運動能力アップ!>


 云々、添付されているメイド服のカタログに書かれている。


<―――今、最強のメイド服が貴方の手に。>


 とにかくすごいらしい。


「とりあえずご主人様って呼んでみて。」

「ご、ごしゅじん・・・さま?」


「じゃあ次はお帰りなさいませ、ご主人様。」

「お、お帰りなさいませ、ご主人さま。」


「声が小さい!」

「お、おかえりなさいませにゃ!ご主人しゃま!」


 本物のネコミミメイドにご主人様と呼ばせる日が来るとは・・・感無量である。


「ァ・・・、アリスが・・・変に・・・。」

「また始まったわね。」

「しばらく放っておこう。」

「おなかすいた。」

「ねぇ、結局どうなったの?」


*****


 短い休日が終わり、学院が始まった。

 午前中は基礎学科の授業のため、パーティーメンバーと一緒に登校する。

 行き交う人達がこちらを振り返るのはサーニャを連れているためだ。

 やはりこのメイド服は目立つのであろう。


「ぅ~、なんかすごい見られてるにゃ・・・。」


 ハァ、と頭を押さえるリーフ。


「獣人がこんな恰好をして歩いていればね・・・。」

「本当に連れてきて良かったのか?いくら使い魔とは言え・・・。」


「ずっと部屋に閉じ込めておけないしね。」

「あはは、諦めが悪いなー、ヒノカは。」


「ニーナは随分軽いのね。」

「だって獣人とか聞いた事もなかったし。最初は魔物かと思ったけど。」


 まぁ、獣人も来ないような田舎だったからな。

 ある程度の大きな町や村で厳しい検問などがなければ、数年に一度くらいの割合で獣人が必要な物資を買いに来る事があるという話だ。

 金さえ払うなら獣人でも、という人間もそれなりにいるのだ。昨日の宿然り。

 俺の住んでいた村もそんな場所であったなら話くらいは聞く機会はあっただろうが・・・。


 自分たちの教室に着き、ガラガラと扉を開けた。

 外まで聞こえていた喧騒がピタリと一瞬止まる。


「・・・ひにゃっ。」


 突き刺さる視線にたじろぐサーニャ。

 ざわ・・・ざわ・・・とすぐに喧騒を取り戻すが、言うまでもなくサーニャの話題で持ち切りだ。


「ほら、座るよ。」


 サーニャを促して空いているいつもの場所にサーニャを中心にして陣取る。

 どこかの学園物の主人公よろしく一番後ろの窓側の席、ではなく一番前の席だ。

 前に誰か座ってると見えないからな・・・。


 間もなくチャイムが鳴り、担任であるアンナ先生が教室に入ってくる。


「おはよう、諸君。今日も元気そ・・・・・・んん?」


 ツカツカとサーニャの前に立つ。


「アリューシャ君。この子は誰かな?」

「私の使い魔です、アンナ先生。」


「ほう、残念な事に私に紹介してもらった覚えがないのだが?」

「つい昨日登録したばかりなので、今日連れて来ました。サーニャ、挨拶して。」


「あ、あちしはサーニャだにゃ。つ、つかいま?になったにゃ。」

「私はフリアンナ。君のご主人の先生をしているよ。獣人・・・いや、亜人の使い魔とはね。アリューシャ君にはいつも驚かされるよ。しかし、この服は・・・・・・。」


「学院長が是非にと。」


 断じて俺の趣味ではない。あくまでもレンシアが送ってきたものだ。

 サーニャも制服よりこちらのほうが動きやすいと言っているから仕方なくだ。

 断じて俺の趣味ではない。


「む。君の先生である私より先に学院長に紹介したのかい?」

「いや・・・まぁ、登録する時に一悶着ありましたので。」


「フフ、君のように強かに学院長を利用する生徒は初めてだよ。まぁ許してあげよう。」

「ありがとうございます。」


「ところでサーニャ君。」

「は、はいにゃ。」


 ギラリとアンナ先生の瞳が光る。


「そ、その耳は本物なのかい?」


 好奇心を抑えきれないアンナ先生の魔の手がサーニャへと伸びた。


「ふにゃーーっ!」


*****


 ―――昼休み。

 アンナ先生も交え、魔道具科の工房の裏庭でお弁当を広げる。

 人気が無く寂しい場所だが、周りの視線に晒される事がないのでサーニャも落ち着ける場所だ。

 食事をしながらサーニャを使い魔にした経緯を話す。


「ふむ、私が倒れている間にそんな事が・・・・・・。しかし君も豪胆だね、真夜中に裏通りを歩くなんて。私の事は気にせず泊まって行っても良かったのだよ?」

「次からはそうさせてもらいます。怒られるので。」


 リーフがこちらに呆れた顔を向ける。


「もう・・・、そんな時間になる前に帰ってきなさいよね。」

「ハハハ、それは確かにそうだね。私も気をつけるようにするよ。」


 アンナ先生の笑い声が裏庭に響いた。

 フィーが首を傾げながら俺に問う。


「アリスは先生のところでなにしてるの?」

「ちょっとある物を作ってるんだよ。完成するまで楽しみにしてて、お姉ちゃん。」


「おや、あれで完成じゃないのかい?」

「もう少し魔力消費量を抑えようかと思いまして。せめて先生が気絶しない程度に。」


「あぁ・・・、確かにアリューシャ君以外が使うならそうしないといけないね。」

「一体何を作っているのよ、貴女は・・・。」


「あはは、アリスの事だからまた変なの作ってるんだよ。」

「フフ、それは私が保障するよ、ニーノリア君。」


「た、・・・楽しみ・・・に、してる・・・ね。」


 そう言ってくれるのはフラムだけだよ。

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